「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SHOP SQUAD -』

- 2nd Season -

Intermission_03 【 それぞれの祝宴 - Party Night - 】

 

 

 

 

 

**      **      **      **      **      **

 

 

 

 嵐のような三ヶ月間を乗り越え、ブレイは着慣れない衣装に袖を通しながら、あの事件のことを…いや、あの事件のあとのことを考えた。

 ゴスワミ開発部長が行方をくらましたと知ったときは驚いたが、もっと驚いたのが、その時点で会社でもっとも地位の高い者は自分だったと知らされたときだ。別段命を狙われているわけでもないにも関わらず自分も逃げたくなったが、ブレイはそうする代わりに、すべての面倒ごと一切合財にケリをつけることを選んだ。

 インドには他の大国にあるような倒産法は制定されていない。

 まったく存在しないわけではないが、手続きにいささかの時間や手間がかかるのと、インドの役人はルールに忠実ではないくせ融通が利かないという厄介な人種なので、ブレイはなにもかも自分で面倒を見ることにしたのだ。

 ちなみにインドでも例外的に破産申告が認められたことがあり、それは倒産ではなく清算と呼ばれる。

 それはともかく。

 まずブレイは会社の資産をすべて売り払い、土地も売り払って「そこに会社があった形跡」を消さなければならなかった。

 といっても例の襲撃で廃墟となった会社に現金化できそうなものはほとんど残っておらず、査察が入ったあとはゴミ収集業者がひたすら大型トラックを右往左往させる羽目になったのだが。

 土地はe-bayに出せばすぐ値がつくような代物ではなかったし、ケチのついた企業の元私有地など欲しがる買い手はいなかったが、ブレイはどうにか格安で不動産屋に渡りをつけ、それまで名前も聞いたことがなかったような新興企業に売ることができた。来年あたり、そこに社宅が建つらしい。

 建物の取り壊し作業が行われているあいだ、ブレイは死亡した重役たちが抱えていたプロジェクトを改めてチェックし、書類上の不備や使途不明金が存在することを確認すると、重役たちが自分の身内にも存在を伏せていたような個人口座に貯めていたプール金を追跡し、それを乗っ取った。

 それによってブレイは大金を手にすることに成功したが、もちろん、彼は私服を肥やすために探偵まがいの調査をしたわけではない。

 事件で死傷した社員への見舞金・弔慰金の支払いに膨大な額が必要だったのだ。

 また無事に生き残った社員への退職金も用意しなければならず、ブレイが裏から手を回して差し押さえた重役たちの裏金はそれらの支出でほとんどすべて消え去ってしまった。

 本来ならば、警備部門の責任者に過ぎなかったブレイがそこまでする義理はないのだが、ブレイは「ただ真面目に働いていただけの人達」を見捨てるような真似はしたくなかった。

 もちろん…それらは、普通の会社ならば当然やって然るべきことだ。だから社員の誰もブレイに感謝するようなことはなかった。だが、ブレイはそれでも構わなかった。

 身辺整理をして僅かに残った金でブレイはオロシ・ビリス・フォトの三人を誘い、民間警備会社を立ち上げた。

 それはブレイ一人というよりは四人で出し合ったアイデアで、できるだけ早くオフィスを構えるため急ぎ貸しビルを確保、頭数を揃えるため新人募集はかけたものの訓練所の設立もままならないという有様だったが、いちおう活動をはじめるには充分な環境を整えることができた。

 それだけでもブレイの調達した資金では足りず、他の仲間がILC所属時に貯めていた金を出し合ってようやく間に合ったという情けない状況だったが、仲間たちは「自分たちがやりたい仕事への先行投資」とみて嫌な顔を見せることはなかった。

 他の誰のものでもない、自分たちの会社。構成メンバーは狐魂のみ。

 気の置ける身内で回すアットホームな会社、業務内容はアットホームとは程遠いが…故郷を失い、あるいは自分の生き様を見失った落伍者の末路としては充分ではないだろうか?

 そんなことを考えながら…

「カプターン・カマーンダルに傾注!非常に似合っておられますよ社長!」

「プレゼントがいっぱい…ぜんぶ自分のものになればいいのに…」

「きゅいー」

 レンタルした幌付きトラックの荷台で、ブレイは同席している部下の面々を見回した。

 管理官ニィ、よくばりミッツ、獲物を探すハエトリギツネ。

 新人募集広告からの連絡で採用した面々だが、いまにして思えば、なぜこのような荒事に向きそうにない連中ばかり集まったのかがブレイには釈然としなかった。

 構成人員は狐魂のみといえど、狐魂であれば誰でもいいわけではない。

 きちんと採用基準を設けたうえで登用したので、業務の遂行に足る能力は持っているはずだが…

 一方のブレイも傍目からは他の三人とほぼ変わらぬ容姿であったため、外見のあてにならなさは自覚があった。

 女の子らしいミニスカートのサンタ衣装を身につけ、雑多な食料が詰まったカンバス地の袋を抱えながら、ブレイは揺れの激しい荷台から流れる外の風景を見つめる。

 今回の任務は紛争地帯の難民キャンプへの食糧輸送だった。

 危険地帯での慈善活動ということで、国連から委託された公的な仕事である。

 クリスマスだから仮装しよう、と提案したのは先方ではなくこちらの勝手なサービスだったが、そもそもアイデアを出したのは誰だったか。ブレイではなかったはずだが。

 物資の輸送とトラックの護衛が目的ということで、そもそもの目的が難民支援ということもあり、武装勢力から襲撃を受ける可能性は低いと判断したため、現地要員ではないブレイもひさびさに任務へ参加したのである。

 本来なら会社の社長が直接任務に参加するなど控えるべきことだが…そういう杓子定規な物の見方で行動を制限しないため、ブレイはわざわざ自分で会社を立ち上げたのだ。

 とはいえ以前のように、現場での活動に未練があるわけではない。

 その証拠に、ブレイは戦闘が予測される危険な任務には関わろうとしなかった。それはもう、自分の仕事ではない。

 目的地に到着し、白い袋をかついで荷台から降りた途端、ブレイは子供たちの歓声に囲まれた。

 今日は通常の援助物資だけではなく、ブレイが子供たちのために自費で購入した菓子類の配布も行う。駄菓子ばかりだから、それほど予算がかかったわけではない。

 これは仕事ではなく慈善活動に近かったが、これからの活動の先行きを考えると、組織の評判を良くしておくことに越したことはない。目に見える形でこそないが、経費分の価値はある。

 まあ、実際はそこまでドライに考え抜いて実行に移したわけではないのだが…

「やめるのです!やめるのであります!順番を守らないコはメッ!ですよ?」

「多い多い多い多い。人が多い。持ってく数が多い。私のぶんが残らない」

「きゅいー」

 おっと、考え事をしている間に。

 押し寄せてきた子供たちにニィ、ミッツ、ハエトリギツネがもみくちゃにされ、節度もなにもあったもんじゃない手つきで菓子を鷲掴みにしていこうとする動きをどうにか止めようとする。が、あまり上手くはいってないようだ。

 他方、ブレイは隙あらばタックルを試みる子供たちの攻撃を避け、袋ごと持っていこうとする手を払い、欲張り者の果敢な攻めを阻止しながら均等に菓子を配っていく。

 子供たちが狐魂を相手に警戒しないのは、外見(年齢)が自分たちとほぼ変わらないからか。

 やおらハエトリギツネのぼりを敢行しはじめる子供たちを引き剥がしながら、ブレイは子供の相手をしている今の自分の役回りにまったく嫌気を感じていないことに気づき、そのことに自分でも驚いた。

 かつては…ILC所属時代は、やはり納得していなかったのだろう…と、ブレイは思う。

 戦いによって自らの能力を証明することでしか自分を保てない、どこかで…いつまでも…そう考えていたのは確かだ。

 だが今は憑きモノが落ちたかのように、かつてのような焦燥感、苛立ちは感じない。

 それはおそらく、今の自分には守るべきものが存在するからだろう、とブレイは考える。

 裏方仕事に周り、表舞台で大立ち回りを演じずとも自分を必要としてくれる仲間がいて、自分には自分にしか果たせない役割がある。戦う以外で。

 あるいはそれを、ブレイは「居場所」と呼ぶべきかもしれなかった。

 ただの仕事ではない。惰性や義務感で働いていたILC所属時代とは、明らかに感触が異なる。

「(けっきょく、僕が抱えていた不満の本質は、戦いそのものにあったわけじゃなかったってことだ)」

 なにもかもが解決した今さらになってそのことに気づいたブレイは不意におかしさがこみ上げ、フフッと笑みを漏らす。

 なぁんだ、僕は…生き甲斐がないから、過去にすがってただけ…だったのかな?

 かつての自分は戦うことが得意だった。誰にも負けない自信があった。今は違う。でも、それでいい。

 事務仕事も、取引先との関係維持も、組織の管理も、自分が一番得意な仕事ではない。やりたかった仕事でもない。でも、それでいい。

 他のメンバーよりはちょっとだけ上手くやれるから。

 たぶん自分は、空いている穴とちょっとだけ形の違うパズルのピースみたいなものなんだろう、とブレイは考えた。

 ピッタリは嵌まらない。外見も悪いし自分もちょっと居心地が悪い。でも、自分が一番形が近い。

 じゃあ、理想通りでなくても、そこに収まるのは悪い話じゃないんじゃないか。

 いつか自分がピッタリ嵌まるパズルが用意されるのを延々と待つのも、そりゃあ、悪くないかもしれないけど。

 それで組織が上手く立ち行くなら。みんなと一緒にいられるなら。

 不満なんか、ないよ。

「…… …あれ?」

 気がつくと、ブレイは涙を流していた。

 なぜ?戦うことを諦めたから?

 あれだけ執着していた戦士としての自分を見捨ててしまったことにショックを覚えたから?

 いや、違う。

 安心したんだ、とブレイは悟った。

 理由さえあれば、自分は戦いを捨てることができたんだ、ということを知ったから。

「社長さん、笑ったり泣いたり、忙しいのです」

「どうしたんですか?お菓子の袋を取られたのがショックでしたか?」

「きゅいー…」

 いつの間にかブレイは仲間たちに囲まれ、皆の注目を浴びていた。

 難民キャンプの子供たちはすでに菓子を手に散りはじめており、いつからか上の空で仕事をしていたブレイから奪った巨大な袋を巡って壮絶な争奪戦を展開しつつある。

 いささか大変な目に遭いながらも子供相手に声一つ荒げる真似をしなかった優しい仲間たちに見つめられ、ブレイは照れ臭そうに涙を拭うと、営業用の紛い物ではない本物の笑顔を見せ、口を開いた。

「気にしないでよ。これは、みんなと関係ない…ひどく、個人的な涙だから」

 そして、たぶん、二度と見せることのない涙だろう。

 

--------------------------------------------------------------------------------

 

 フィンランド北西部、シャーレクラフ城。

 ノルウェーとスウェーデンの国境に近い、ルート93号沿いに位置するパロヤルヴィ湖を一望できる古城の王の寝室にて、ドミノ・シグナリアの教皇セオとエラスティスは天蓋つきのベッドで二人、裸体のまま寄り添っていた。

 この城はフィンランドがスウェーデンの統治下にあった15世紀に建設され、天然の要塞に囲まれ外界から目立たぬ立地と交通の不便さから、現在に至るまでたいした管理もされず荒れる一方だったが、数年前に取り壊しが決定したときセオがその情報を聞きつけて付近一帯の土地ごと城を買い取り、改装して組織の拠点の一つとして運用をはじめたのである。

 たいていは上級幹部(司祭)用の避暑地として利用されているが、地下の倉庫には大量の食料や武器弾薬が貯蔵されており、近隣住民はみな敬虔なドミノ・シグナリアの信者に転化している。

 もし何らかの理由で武装勢力、あるいは軍隊の襲撃を受けても、半年は優に持ちこたえることができる環境が整っていた。

 城の周囲は迷路のような垣根が張り巡らされており、また上空からの暗視装置による監視や衛星写真の撮影が困難になるよう、光の反射や錯覚を駆使した迷彩が施されていた。

 これらのトリックで守られたシャーレクラフ城の庭を、司祭たちは「ムーンライト・メイズ(月明かりの迷路)」と呼んでいる。

 そういう環境であるから、当然ながら防聴設備も完備されており、最近では何らかの非合法活動を画策する際、この城を使うことが多くなった。

「彼らを…死なせてしまったわ」

 情事のあとのひととき、物憂げな顔でエラスティスがそうつぶやいたとき、セオは彼女が何を指してそう言っているのか、すぐには理解できなかった。

 やがてすぐ、それが三ヶ月前のインドでの作戦のことだと気づいたセオは、片手で彼女の髪を梳いてやり、もう片方の手で彼女の頬に触れながら、信者の懺悔を聞くときのような優しい声で言った。

「彼らは目的を果たせなかった。君も、目的を果たせなかった。彼らの指揮官は君だった。そして、君の指揮官は私だった。もし君が死んだら、私を恨んだかい?」

「…いいえ」

「彼らは殉教者だ。大いなる目的のためなら死を厭わない、しかとその宣誓もしている」

「それでも考えずにはいられないのよ。彼らが死なずに済む方法もあったんじゃないかって」

「もちろん、そういう方法もあっただろう。だからといって、彼らの死が無駄だったということにはならない。なにもかも上手くいく方法もあったのだろう。だが、だからといって君たちが最善を尽くさなかったなどとは、私は他の誰にも言わせる気はないよ」

「そうやって、女を甘やかすつもり?」

「素直に甘える君じゃないだろう?少なくとも、君は物事に対し常に最善を尽くそうとしている。いまのところ、それを批難する理由は見当たらないな」

 そう言って、セオはエラスティスを抱き寄せた。

 返事をするかわりにエラスティスも互いの両脚を絡ませ、手をセオの背中に回す。心臓の鼓動を聞こうとするように顔を胸板の上に乗せ、そっと目を閉じた。

 司祭たちの間では、エラスティスは「教皇の情婦」と呼ばれている。

 しかし性愛や享楽を美徳とするドミノ・シグナリアにおいて、それは蔑称足り得ない。

 またそういう組織でありながら、当のセオは女を囲ったり、寄付金で豪遊するといった贅沢はせず、普段は精力的に活動しながら、ときおり思い出したように好意のある信者や司祭を一人きり、寝室に呼ぶのだった。

 エラスティスは特にセオのお気に入りで、ときおり気難しくなるセオの気性をなだめることができるのは、エラスティスただ一人だった。

 そういう事情を知っているからこそ、司祭たちは敬意の念を込めて彼女を「教皇の情婦」と呼ぶのである。

「どう思う?」

「なにが」

「人間もたくさん死んだわ、私があの会社からウィルスを送信したせいで。私も、そうなると知らずにやったわけじゃないけど」

「どうも思わないさ。人間がどうなろうと、知ったことじゃない。人間に協力する狐魂も。君は?良心が咎めるかい」

「いいえ」

 あっさりと否定したエラスティスに、セオは笑みを浮かべた。

 相手を咎めるようなことを言っておいて、自分はこれだ。それもセオを納得させるためではなく、おそらく本心だろう。部下の死への言及も、単純な良心の呵責からではあるまい。

 過去の経験からだろうが、エラスティスの内面は相当に繊細で、複雑に入り組んでいる。

 ただ一つの事象を指してこれだ、と言えるようなものではない。そういう掴みどころのなさを、セオは気に入っていた。

「私だって、人間の死を望んでいるわけではない。ただ、平和な世界の実現を共に歩むパートナーとしては、彼らはあまりにも信用できない」

 そのセオの言葉には幾らか棘っぽい感情が含まれていた。

 ドミノ・シグナリアの活動の真の目的は狐魂による支配体制の確立であり、そのためには現在の社会基盤を完全に破壊する必要がある。

 今回のCIAに対するサイバーテロはその一環であり、人間の持つ権威の象徴である米国政府と、それが抱える巨大な諜報組織にダメージを与えることが目的だった。

 もっとも今回の攻撃はジャブ程度の小手調べで、あくまでも敵の力量を推し量る程度のものだったが。

 ただ…エラスティスは知っている。

 セオは人間を恨んでいる。

 その理由はわからない。エラスティスは彼の過去を知らない。だが人間の権力者に取り入り、彼らを隷属させることで徐々に人間社会に浸透していく手法の幾らかは私怨によるものだということは勘付いていた。

『彼らに戦争などさせない、人間には家畜の平和が似合いだ。私が飼い慣らしてやる』

 かつて彼が言った言葉を、エラスティスは今でも強烈に憶えている。

 信者や、他の司祭には絶対に見せないような、憎悪に満ちた表情。

 彼は人間を殺したいわけではない。服従や屈服でもない、隷属…それがセオの望みだった。首輪に繋がれた家畜に人間を堕としたいのだ。その自覚さえ抱かせることなく。いや、自覚があってもなお、その境遇に満足してしまうように。

 それが、彼の…復讐なのだ。

「本当は…信じたいんですよね?」

 その言葉を聞いたセオは片眉を上げ、じっとエラスティスを見つめる。それは危険な一言だった。

 すくなくとも、あまり面識のない信者が戯れにそんなことを口にしたら、セオは普段は滅多に見せない顔でその迂闊な言動を後悔させることだろう。

 また信頼の置ける司祭だったとしても、セオは決して愉快そうな顔はしなかったに違いない。

 ただエラスティスは別だった。彼女だけは。感覚共有能力を持つ彼女だけは。

 セオは彼女が戯れや、自分を試そうとしてからかったのではないことを、彼女と感覚を共有することで理解した。彼女はセオが心の奥底に沈めていた微かな欲求を正確に読み取っていたのだ。

「まいったな」

 そう言って、セオは額に手をあてた。否定しなかったということは、つまり、肯定したということだ。

 エラスティスは危険な存在だった。近づければ近づけるほど、気を許せば許すほどに。

 彼女は相手の心に入り込む術をよく心得ている。精神的な弱点、内面に抱える弱さを探ることくらい、お手のものだろう。

 それでもセオは彼女を遠ざけたり、始末する気にはなれなかった。

 なぜならセオの心の内を知ってもなお、それに共感できる存在は稀だったからだ。彼にとって、理解者とは身の破滅と隣り合わせにしてでも身近に置いておく価値のある、得難いものだった。

「君にはいつも驚かされる」

「人生は驚きの連続よ。私がいても、いなくても」

「…。そうだな」

 セオは窓の外を見た。

 そうだな、とつぶやく前に溜めた一瞬の間がエラスティスには気になった。

 その一言は同意には違いなかったが、エラスティスの言葉に感心の意を示したものではなかった。また、無関心に流したわけでもなかった。

 彼が窓のほうを向いたのは、外の景色が見たくなったからではない。

 私から目を逸らした…エラスティスは、そう感じた。

 人生は驚きの連続。ありふれた言葉だ。それが彼に何を想わせたのか?

 エラスティスが口を開くより先に、セオが言った。

「私は、他人を驚かせるのは好きだが。自分が驚かされるのは嫌いだな」

「…そう」

「驚きは少ないほうがいい」

 エラスティスは何も言えなかった。

 セオはエラスティスに驚かされるのが嫌いだ、自分を驚かせるな、と言っているわけではないのだ。

 おそらく彼の過去に関係があるのだろう。

 きっと、過去になにか驚かされるような出来事があったのだ…それも、ひどく悪い状況で。

 どちらかで言えば聞きたがりなエラスティスが、できるだけ穏やかな雰囲気になったときを選んでセオに昔話をせがんだことが、ないわけではない。

 しかし彼は自分の過去を頑として話そうとはしなかった。

『特別な秘密があるわけじゃないが。隠すようなことでもない、ただ、話したくないんだ。他人に知られたくない、というわけじゃない。思い出したくないんだ。過去のことは』

 かつて彼が言った言葉、それが本音だったかエラスティスに量る術はなかった。

 そういえば窓に反射して写る彼の表情、深く沈みこんだ声のトーンはあの時と同じではなかったろうか。

『何十年と積み重ねてきた楽しい、大切な想い出も、たった一瞬の出来事ですべてが壊れてしまう。思い出すことさえ苦痛になるほど』

 悲しみに満ちた表情。

 エラスティスがセオと居ると心が安らぐのは、おそらく、その感情のせいだ。

 彼と一緒にいると、普段はエラスティスに執拗につきまとう亡霊たちが、距離を置きたがる。

 エラスティスがかつて殺し、いまなお彼女を恨んでいる者たちが、セオを前にすると、なぜか所在なさそうに遠くから見つめるだけに留まるのだ。

 まるで彼を…いや、彼に「憑いている何か」を…恐れてはいない…ただ、触れたがらない、干渉したがらない。刺激したくないのだろう、あるいは…「そっとしておきたい」のだろうか?

 亡霊たちの行動の真意までは掴めない、いずれにせよ…セオには、「何かが憑いて」いる。

 彼が悲しむと、その「気」が強くなるのをエラスティスは感じていた。

 おそらくだがセオには自覚がない、エラスティスもその正体を正確に把握しているわけではなく、覚束ないものの存在を口にして彼を不安がらせたことはない。

 彼は何も知らない。そのことを話せば、彼も過去を教えてくれるだろうか?

 

--------------------------------------------------------------------------------

 

「クリスマスか…」

 エレベータが上昇を続けるあいだ、クレインは眼下に広がる街の光景を眺めていた。

 ライトアップされた灰色の都市は美しく、見ているだけで高揚感が沸いてくる。

 狐魂、それもこの星ではなく外宇宙出身の者としてはキリスト生誕など、どうしようもなくどうでもいいイベントではあるのだが、基本的に祭り好きな気質である狐魂が祝いの機会をみすみす不意にすることなど有り得ない。

 アンダーウッドの見舞いも兼ねたクリスマス・パーティは、普段使っている隠れ家からそう遠くない場所にあるホテルの最上階のスイートルームを以前から予約していた。

 盗聴、防犯対策はバッチリだ。なにせ、普段はこちらが仕掛ける側なのだから。

 これは一部の政府職員とホテルの支配人しか知らない話だが、最上階のスイートルームはCIAの管轄下にあり、主にVIPの会話の盗聴用として確保してある場所だった。

 内密な話は盗聴の心配がない安全な場所で、という名目で誘い出し、実際はすべての会話の内容を記録するというわけである。酷い話だ。

 一方で自分たちが利用するぶんには、他愛ない雑談が同僚の耳慰みになることを気にする程度だ。

 普段から聞くに堪えない内容ばかりを仕事で逐一チェックしなければならない者に、何を聞かれて困ることがあろうか?それに、それは自分たちとて同じことなのだ。

 やがてエレベータが最上階に到着し、クレインはナイロン製のバッグを抱えたまま部屋へと向かう。

 VIPが宿泊する際は金属探知機の設置や二十四時間体制で交替する警備員が配置されることもあるが、今回はそういったオプションは用意していない。特別な客だけに貸している部屋ではないから偽装する意味はないし、金の無駄遣いはよくない。

 カードキー(磁気ではなくICチップだ)によるセキュリティが導入された扉を前に、クレインは呼び出しのチャイムを鳴らす。

 先にフロントから連絡を入れておいたからだろう、すぐに内側から鍵の外れる音がした。

 ガチャリと扉が開き、ポロシャツ姿のラフな格好をしたベケットが出迎えた。外はひどい寒さだったが、どうやら室内はかなり暖房がきいているらしい。

「メリークリスマス、中尉。さ、入れよ」

「妹さんの具合はどんな様子だい?」

「元気だよ。ただ、あまり大声は出させるな…オマエこそ、右手は大丈夫なんだろうな?」

「なんとか繋がってるよ」

「参るよな…オレもまだ肘の動きがぎこちなくてよ。ま、次にヤバイ仕事が入るまでゆっくり休もうぜ」

 クレインとベケットは互いに顔を見合わせると、ハァ、とため息をついた。

 普段なら任務の負傷でこんな面倒を背負うことはない、義体を交換すれば済む話だからだ。

 そうならなかったのは、ライアンに義体のストックが切れたことを告げられ、あまつさえ義体製造にかかるコストの高さとベケットたちの行動の無謀さについて苦言を呈されたからだった。

『まったくお前たちときたら、どうせ帰還したあとボディを交換すれば済むと思って無茶ばかりしているだろう。その高級義体を造るのにどれだけ金がかかると思っているんだ?』

 彼女に言わせれば、ベケットたちがもう少し慎重に動けば義体の損傷はもう少し抑えられるはずだということだった。

 義体そのものを交換すれば治療にかかる時間も手間もなく、完治するまでに不快な思いをすることもない。

 ただし今後はそんな贅沢はそうそう許されないだろうとライアンは言った。

『すでに上からかなり文句が来ている。ちょっとは治療の苦しみを知って、今後はもうすこし身体を労わることだな』

 アンダーウッドの喉の包帯が未だに取れないのも、そのせいだった。

 彼女の負傷は油断でも無茶なんかでもなく、むしろ死なずに済んだのが幸運だったのだ。それなのに不自由を強いるとは、と憤るのは簡単だ。その結果を招いたのが自らの軽率さだったとあっては、ベケットにライアンを糾弾することはできなかった。

「諜報部の予算は年々減ってるしなぁ。資料や事件、担当案件は増える一方だってのに…ま、アンタッチャブル(手出し無用)のオレたちも例外じゃいられんってわけだ」

「特別扱いに慣れ過ぎたかな。来年からはもうちょっと謙虚にいこう」

「来年からな。今日はハメ外すぜー」

 最後の言葉はベケットのものでも、クレインのものでもなかった。

 聞き覚えのない声を耳にしたクレインがベケットの肩越しに部屋を覗きこむと、なにやら見覚えのない少女の姿が目に入った。

 スポブラにボーイレッグショーツという、いくら暖房が入っているホテルの室内とはいえ寒そうな格好で、ウォッカ片手に酩酊している姿は子供が誤って酒を飲んだようにしか見えない。

「…このはしたない姿のお嬢様は?」

「オレのほうじゃねぇオメーの知り合いだこいつは」

「エッ、ボクの!?」

 少女にまるで見覚えのないクレインは改めて彼女をまじまじと見つめたが、うきうきと尻尾を振り酒臭い息を吐く狐魂の娘は残念ながら記憶にない。

 正体不明の狐魂を疑念のまなざしで見つめるクレインの手に、少女はグラスを押しつけ、スミノフ・ウォッカをなみなみと注ぎ、邪念のかけらもない満面の笑みを浮かべて言った。

「のめ!まずは駆けつけ一杯だ!」

「いや、あの…キミ、だれ…?」

「なぁんだよおー忘れちまったのかあー?ひどいやつだなおまえ!オレにあんなことしといて」と、少女。

「誤解を招きかねない表現はやめていただきたい…」と、クレイン。

「お、なんだなんだ、コレか?」と、小指を立てるベケット。

「いやぁ色男はツライねぇ~?おっちゃん、ちょっと嫉妬しちゃうなあ~へっへっへっ」

 そう言ったのは相変わらずなヤクザ風ファッションのスクイだった。

 彼の手にするグラスには乳白色の液体が入っており、クレインにはそれが何であるか判別できなかった。

 マッコリ?エーテル?新手のエーテル?アカウント凍結されそうな忌々しいアレ?

 邪推を重ねるクレインを押しのけ、少女が不服そうな表情で喚いた。

「オッチャンも酒飲めよなー、顔に似合わず付き合い悪いぜ?」

「へっへっへっ、悪いなぁ、おっちゃんは酒はニガテなんだぁ」

「なに飲んでんのおっちゃん」と、クレイン。

「ミルクだぁ。チョコレートにはミルクが合うんだぁ。おっと迂闊なことは考えるなよ?そっち方面のネタは通報ボタンが軽くなるからなぁへっへっへっ」

「まだ何も言ってないよ…」

 今回の作戦において、スクイは影の功労者だった。

 事前の情報収集、装備の手配、そういったものはすべてスクイの手によるもので、ベケットたち実働部隊がインドへ到着する一週間前から彼は現地入りして活動していたのである。

 もっとも、ライアンがILC上層部の抹殺までスクイに指示していたとは、クレインも知らなかったが…もちろん、実働部隊の作戦内容にも含まれてはいない。どうやらスクイは、ベケットたちとはまた別の命令系統で動いているようだ。

 帰国後のデブリーフィングと報告書の内容を思い出しながら、クレインはスクイに尋ねた。

「それにしても、スティンガーなんかどこで手に入れたんだい?」

「あん?ありゃあ国境警備隊の倉庫よ、兵站係の一人を懐柔してな。娼館で知り合った上玉の娘っ子をあてがってやったら、もう骨抜きよ。へっへっへっ」

 そう語りながらスクイはクレインの目を見つめていたが、実際はクレインのことなど見えていなかった。

 どうやら当時のことを思い出しているらしい、その表情は爛々としている。

 かつてマフィアの金を奪い取り、そのせいで追われていたスクイだったが、彼は金にがめついというより、根っから他人を騙すのが好きなのだ、とクレインが気づいたのはこのときだった。

 目的達成のための手回しの良さ、詐欺や買収で状況をコントロールするスクイの行動思想はまさしくマフィアのそれで、自らの行動に疑問や罪悪感など微塵も抱いていないらしい様子を見ながら、彼のような存在が諜報機関で正しく機能していることにクレインは興味と関心を覚えた。

「面白ぇのはヨ、娘っ子がな、大学生だったんだが、いわゆる銃器オタクってやつでな。兵站係を落とせって言ったら、金はいらねえから自分も軍用の機関銃が欲しい、なんて言うのよ。なんて言ったっけ、あの、ミニニだかなんだかいう」

「ミニミ、M249。SAW(分隊支援火器)だね」

「ああ、それよそれ。まったく、銃ってのは無駄に種類が多くていけねえやな、フルオートでぶっ放せるのは全部マシンガンでいいじゃねえか、なあ…ま、それはともかくだ」

 胸ポケットの箱から取り出したシガーチョコを齧り、ミルクを啜りながら、スクイは話を続ける。

「あとは簡単だったさ、娘っ子に何もかも任せとけば良かったんだから。自分のために機関銃とスティンガーが欲しい、と言わせるだけで良かった。まあスンナリはいかなかったけどな、兵站係もはじめは娘っ子がテロリストじゃないかと疑ったらしい、ま、モノがモノだしな」

「それはそうだ」

「でもまあ、あの娘っ子は根っからの銃キチガイだったから、その熱意が通じたんだろうな。構造とか、使う弾薬の種類、製造会社、歴史、パーツの名前まで全部把握してたしな。機関銃をテディベアみたいに抱いて、嬉しそうに笑うんだよ。俺にゃあ、あの神経はわからんね」

 へっへっへっ、とスクイはいつものように軽薄な笑いを浮かべたが、彼の行動は、彼自身が口に出すほど容易いことではなかったはずだ。

 たった一週間で作戦のお膳立てをするのに、スクイはかなり忙しく動き回ったはずだ。しかし彼は自分が苦労したような素振りは一切見せない。タフガイぶっているのか、こういう仕事に慣れているのか、はたまた仕事を楽しんでいるのかは、クレインには判別がつかなかった。

「ま、せっかくのクリスマスに陰気臭い立ち話もナンだ。さっさと入りなよ色男、おまえさんが最後だぜぇ」

「そーだそーだ。あと酒飲め」

「うーん…」

 スクイと、未だ正体のわからぬ少女に促され、クレインはすでに面子が揃ってくつろいでいる部屋へ入った。

 到着したのはクレインが最後だったが、それほど遅れたわけではないようだった。パーティは始まったばかりで、例の少女以外は最初の一杯で唇を湿らせた程度にしか飲んでいないらしい。

 扉を開けた途端に暖房の熱気と、ありきたりなクリスマス・ソングがクレインの耳元を覆った。

「クーやんおっそーい!」

「わう、あうっ!」

 だいすけを膝に抱えたチャペルが上機嫌そうに声をかけてきた。

 テーブルを囲むように置かれたソファには他に、アンダーウッドとルイス、エデンの重装狐隊、そしてソナーとティーティーのコンビが腰掛けている。

 クレインが七面鳥の丸焼きから漂う香ばしい匂いに鼻をくすぐられているところへ、チャペルがだしぬけに大声を出した。

「クーやん、プレゼントは?クリスマス・プレゼント!」

「期待してたの?もちろん持ってきたよ」

 そう言ってナイロン製のバッグを下ろしたクレインは、中から次々とDVDソフトのパッケージを取り出していく。

「特選クリスマス映画集だよ。みんな、気に入ったやつを持っていってくれ」

「どれどれ?」

「まず『悪魔のサンタクロース』五部作、『サンタが殺しにやってくる』、『聖し血の夜』、『暗闇にベルが鳴る』、このあたりはクリスマス・ホラーの古典だね。個人的なオススメはこの『サタンクロース』かな、プロレスラーのビル・ゴールドバーグ扮するサンタクロースがスタイリッシュに一般人をスレイしていくんだ」

「ひどい!これひどいよ!クーやん!」

 あまりのろくでもないチョイスに悲鳴を上げるチャペル、その様子を見ていたベケットもため息を漏らす。

「おめーは本当にどうしようもねぇな!」

「相変わらずですね、先輩…」と、これはかつてクレインの指導を受けていた(そして彼の映画趣味の洗礼を受けた)エデン。

 予測された不評にクレインは笑顔のままソフトをバッグにしまい、それを床に置いたままソファへ腰掛ける。なんであらばバッグごとホテルの部屋へ置き去りにする心構えだった。

 べつに不要なわけではない、自分用のは別に確保してあるだけだ。保存用と観賞用と布教用で。

 革のジャケットを脱ぎ、丸めて膝のうえに置いてから、クレインはアンダーウッドの様子を観察した。

 一見すると、普段と様子の変わったところはない。物静かで、穏やかに話し、よく笑う。戦場の匂いのしない、まったく普通の年頃の娘だ。それだけに、首に巻かれた包帯が痛々しかった。

 損傷した肺と腸は縫合で間に合ったらしいが、たしか膝は後遺症の可能性を懸念して交換したはずだ。

 バイオ系の最新義肢は慣れれば違和感なく動かせるようになるが、定着するまで時間がかかる。

 クレインの視線に気がついたのか、アンダーウッドはすこし困ったように微笑んで言った。

「心配しなくても、大丈夫ですよ。あんまり気を遣われても、私も楽しくありませんし」

「無理してないかい?」

「してませんよう。それに怪我のことを聞かれても、率直に言って、私もどう反応すればいいのかわかりませんし。ですから、どうかお気になさらず、ね?」

「本人がこう言ってんだ、あんまり気にしてやるな」

 と、ここでベケットが豪勢なオードブルの乗った大皿を手にやってきた。

 袖をまくり、エプロンをつけた姿はまったく主夫のようである。彼の性分から考えるに、出来合いを皿に盛りつけただけではなく、キッチンを使って自分で調理したに違いなかった。

 「本人がこう言ってるんだから」という台詞は慎重に扱うべきだが(場合によっては限りなく失礼になる)、他の誰よりもアンダーウッドのことを心配しているベケットの言葉であれば、ひねくれて反論する理由はない。

「いや~ん、ベーやん素っ敵~!」

「今朝焼いたばかりのパンに、生ハムのサラダを乗せて食うんだ。この生ハムは二年半熟成した原木からさっき削ったやつだから、うまいぞー?」

 オードブルを見て感嘆の声をあげるチャペル、それに気を良くしたベケットが取り皿をテーブルに並べながら説明を加える。

「チーズも乗せてな。スライスしたのはチェダーチーズと、ドイツのカンボゾーラってやつだ、もちろんそのまま食ってもイケル。フライドポテトは揚げたてだ、油に気を遣ってるから、そこいらで売ってるやつより美味くて健康的」

「イモの種類じゃなくて油を自慢の種にすんのか?」と、これは酔っ払いの娘。

「そらそうよ。料理に大事なのは水、油、調味料だ。あと調理器具な。うまいスシを食いたいならまず醤油にこだわれ、とゆーことだ。素材の質にばかりこだわる連中はそういうところに無頓着でいけねえ」

「ほおー。兄さん、スパイなんか辞めて料理屋でもやったらどうだい?」冗談交じりに提案するスクイ。

 それを聞いたベケットは複雑そうな表情を浮かべ、自嘲気味に首を振ってから言った。

「じつは以前、小料理屋の真似事をやったこともあるんだがな。どうも金銭の収受が発生すると、素直に料理を楽しめなくなるのよ。客の笑顔や感想も素直に受け取れなくなる。オレにとっちゃ料理はあくまで趣味で、仕事にしちゃいけねえんだ、って思ったね」

「そのお店はどうしたの?」とチャペルが訊ねる。

 チャペルはベケットがそういう副業に手を出していたことを知らなかった。もちろん、クレインもだ。

 行動に表裏のないベケットでさえ、仲間の知らない側面があるのだ、ということに二人はいささか驚いていた。

 もとより隠し事をしていたつもりはなく、与太話のつもりで語るベケットはそんなチャペルとクレインの心情など知るはずもなく、淡々と口を開いた。

「オレはオーナーに回って、適当なヤツに店主を任せてるよ。基本的にはそいつに投げっぱなしだな、実入りは…まあ、ボチボチってところか。経営権ごと誰かに売っちまったほうが金にはなるんだが、ま、ちょっとした楽しみを捨てることもないわな」

「ベーやんって意外といろいろやってるのねぇ。他にもお店を持ってたりするの?」

「ン?そーだな、レストランを幾つか、あとハイウェイのレスト(サービス)エリアを二件…そうそう、このホテルの近所にある輸入食料品店な、あれ、オレの店だ。今日揃えた食材はみんなそこで買ったやつだぜ」

「優待価格で?」

「モチ」

 もとはこの界隈で輸入食品を扱う店が存在せず、ほとんど自分用に建てた店だった。

 ただ競争相手がいなかったのと、潜在的な需要は存在していたらしく、当初の想像よりだいぶ繁盛しているのはベケットにとって嬉しい誤算だった。もっとも、建設のために借りた借金はまだかなりの額が残っているのだが。

「それじゃあ、全員揃ったところで乾杯の音頭といきますか」

「もうすでにかなり飲んでる娘が一若干名いるけどね」

 クレインの茶々入れを無視し、ベケットは全員のグラスにドリンクが注がれていることを確認すると、自分のグラスを高く掲げ、ゲホン、一つ咳払いしてから声を張り上げた。

「先の困難な任務で、いろいろ危険な場面もあったが…とりあえず全員無事でよかった!オレは難しい挨拶はできねーから適当に済ませちまうが、今後も無理せず元気にやっていこう!それじゃ、乾杯!」

「「「「「「「「カンパーーーイ!!」」」」」」」

「わう、わふっ!」

 互いにグラスを鳴らし、グッと一杯飲み干す面々(だいすけ以外)。

 ロゼ・シャンパンの繊細な風味に深いため息を漏らすベケットは、感想を口にしようとしたところで「あるもの」を目にして言葉を失った。

「ТАК! ТАК! (イエス!イエス!)」

 それはスミノフ・ウォッカの一パイント瓶を一気に飲み干して熱い吐息を吐き出す酔っ払い少女の姿だった。

「いやーいいな!生き返るな!生きてるっていいなァオイ!うわっははははは」

「完全に酔っ払いのオッサンだこれ」

 しめやかにシャンパンを堪能するクレインの隣にどかりと座り、馴れ馴れしく肩を叩く少女。

 やけにボクに絡んでくるな、というか、少佐が言うにはボクの知り合いらしいけど…そんなことを思いながら、クレインは横目で少女の姿を観察した。

 そのときクレインは直感的に、彼女の肉体が「造りモノ」であることに気がついた。自分と同じ義体だと。

 一方で少女は流し目を送りながら、なにやら含みのある口ぶりで言った。

「…自分の肉体(カラダ)があるってのはいいよな?」

「エ?」

「む~…」

 怪訝な顔をするクレインに、ティーティーが複雑な表情で呻き声を上げる。

 ティーティーと酔っ払いの少女を交互に見比べ、その意味に気づいたクレインは、そういえばこの少女の口調には聞き覚えがあることを思い出し、その場でひっくり返った。

「う、う、う、ウソォ!?え、えーと、キミ、あのときの…」

「全ッ然、気づかねーんだもんなー。オレのこと殺しといて、薄情すぎんよー」

 そう言って、スパーキィ…かつて融合の秘術でティーティーと一心同体になった別世界の同一個体は、悪戯っぽい笑みを浮かべながらクレインに肩を寄せた。

 もちろんウクライナでのクレインの任務のことなど知らない大半の面子はその意味がわからず、ただきょとんとした様子で二人のやり取りを見ている。

「色男も大変だねェー」とスクイ。

「あいつ、やけに先輩に絡むなぁ…」と、これは任務中でスパーキィとコンビを組んでいたエデン。

 ただ事情を何から何まで知っているティーティーだけは別で、先刻から妙な呻き声を上げては、スパーキィとクレインを交互に見つめていた。

「むぅ~……」

「ど、どうしたですか?ティーティーちゃん」

 このところずっとティーティーと一緒に行動していたソナーは、不機嫌そうな彼女を前にどうしたらいいかわからずおろおろしている。

 周囲が微妙な雰囲気になっていることにも構わず、スパーキィはやたらと熱心にクレインにウォッカを勧めていた。

「オラオラ飲め!さっきからノリ悪いぞオマエ、酒は苦手か?それとも、クソッタレな禁欲主義者ってヤツか?」

「キミはちょっと飲み過ぎだと思うよ。ていうか、キミってたしか別世界のティーティーちゃん…だったよね?ひょっとして、ティーティーちゃんも飲兵衛なの?」

「本人に聞いてみろよー」

 からかうように言うスパーキィにつられて、クレインはティーティのほうを見る。

 彼女とソナーのグラスにはノンアルコールのスパークリングワインが注がれており、クレインの視線とその意味に気づいたティーティーは、無言のまま「ふるふる」と首を振った。

「ま、そりゃそうか」と漏らすクレイン。

「あいつ、アルコールは一滴もダメなんだよ。いくら一心同体だったっつっても、カラダはあいつのもんだったからな、無茶させるわけにもいかねーし」

「それじゃあキミも、酒を飲むのは今日が初めて?」

「なんでそうなるんだよ、そんなわけあるか。オレだって昔は自分のカラダがあったんだよ、まあ、昔はそれほど飲まなかったけどな」

 クレインとスパーキィが話をしている間、アンダーウッドたちは別の話題で盛り上がっていた。

 ときおり苦しそうに咳をしながら、アンダーウッドがかすれた声で話をする。

「こんど、YTC(ヤキマ演習場)でニッポン軍と合同演習があるんですよ。私たちも、それに参加することになったんです」

「そういやぁ、国際法の改正で軍の狐魂戦力の保持が合法化されたんだっけな。それとアン、日本軍じゃない。SDF(自衛隊)だ」と、ベケット。

「えす、でぃー…?」

「セルフ・ディフェンス・フォース。ジエータイ。法的には軍じゃないんだよ。日本は軍隊を持ってないんだ、少なくとも、憲法上ではそうなってる」

「なんでそんな面倒な」

「そこまでは知らねぇ」

 異国の奇妙な文化に首をかしげる二人に、ルイスがため息がちに言った。

「狐魂戦力の保持、なんて言い方は咎められますよ?正確に言えば、狐魂の軍への入隊を許可、です。もちろん書類審査やら適性検査やら、国によってまちまちなんですが、簡単には入隊できないようですけどね。あぁ~、もっと早く法改正が進んでれば僕も普通の部隊に配属されてたかもしれないのに…」

「あんた、いまの境遇が気に入らないわけ?」と、エデン。

「だって僕は学費の免除が目当てで、人間を装って入隊したんだぜ?隊長や先輩たちとは違って、生まれつきの戸籍と社会保障番号を持ってる、れっきとしたアメリカ国民なんだ。面倒なく兵役期間を終えて大学へ行きたかったのに、なんだってこんな妙なことに…」

「間が悪かったな。運やタイミングも人生のかなめ石( keystone )だぜ?」そう言ってベケットは笑った。

「んでも、法改正のために動いてたのが狐魂権利保護団体だってのが意外だわよねぇ。狐魂が人間の戦争に巻き込まれることを嫌いそうなものなのに」とチャペル。

「彼らの言うことには、狐魂だからといって軍への入隊を無条件に拒否するのは、深刻な権利侵害だ、という主張なのですわ。狐魂の職業選択の自由を保障すべきだと、それに各国の人権団体も便乗して法改正の機運が高まったのです」とアンダーウッド。

「ま、裏じゃけっこうキナ臭い動きがあったようだけどな。狐魂戦力の保持を合法化したい先進国からの多額の資金援助が目的だった、って話もあるくらいで」とベケット。「資金難が続いてるようだからなー」

 かつて利用されかけた身としては同情のしようもないのだが、当時ベケットたちを使って不正に献金を横領しようとしていた連中はもう組織には存在しないし、なにより半年前に対峙したあの半機械の翼鳥狐魂のことを考えて、ベケットは複雑なため息をついた。

 話が若干辛気臭くなったところで、外野がやや騒がしいことに気づいたベケットたちは据え付けの巨大モニター近くで興奮している面々を見た。

 まるで親の隠したクリスマス・プレゼントを見つけた子供のようにはしゃぐスパーキィに、ベケットが尋ねる。

「どうした酔っ払いガール」

「ここカラオケ・マシンあるじゃん!カラオケ!歌おうぜ!」

「おめー主賓が喉悪くしてんのわかっててよく言えるな」

「あの、兄さま、本当に気にしなくていいから…それに私、歌は聞いているほうが好きですから」

「そうか?」

 本気で怒っているわけではないが、スパーキィの無神経さを咎めるベケットをアンダーウッドがたしなめる。

 先刻は「本人がああ言ってるし気にするな」とうそぶいたベケットだったが、やはり気にならないわけではないらしい。

 そんな彼の思惑とは裏腹に、アンダーウッドは朗らかな笑みを浮かべながら言った。

「そのかわり、リクエストしちゃおうかしら。私、ルイスとエデンのデュエットが聞きたいですわ」

「「エエーーーーッッ」」

「いけないかしら?」

 アンダーウッドの提案に、ルイスとエデンの二人が露骨に嫌な顔をする。

 もとより二人は水と油の関係、その反応は無理もない、というか、アンダーウッドは嫌がらせか何かのつもりで言ったのだろうか、と周囲は訝ったが…

「この二人、歌が上手なんですよ?特に二人のデュエットは惚れ惚れするくらいに」

「エッ、オマエらデュエットしたことあるの!?」驚きの声を上げるベケット。

「…ええ、まあ」

「三人で連れ立って遊んだときに、何度か」

 なんとなく気まずそうにルイスとエデンがつぶやく。

 そもそもプライベートで付き合いがあることを知らなかったベケットたちは目を丸くした。

 アンダーウッドたちはベケットたちとは違い「あくまでも仕事上での関わり」という態度を取ることが多く、友達付き合いをしているような印象をまったく与えなかったからだ。

 またアンダーウッドはともかく、私生活で仲が良いと思われたくないらしいルイスとエデンは意図してそういったことを口外していなかったので、なんとなく居心地の悪そうな表情をしていた。

「オマエら本当は仲良いんじゃねーの?」

「そんなことないですよ」

「そうそう」

 ベケットの言葉を、エデンとルイスはパタパタと手を振って否定した。

 もとはアンダーウッドが強引に二人を誘って街に繰り出したのがきっかけで、ルイスはともかくエデンが    応じるはずがないと部隊の誰もが考えていたが、アンダーウッドはそうは思っていなかった。

 軍規を尊重し上官に逆らうことはエデンのポリシーに反するとアンダーウッドは理解していたし、また部隊結成当初の格闘技訓練でアンダーウッドに手も足も出なかったことから、エデンは彼女に一目置いていた。これはシールズ選抜試験を通過し、あらゆる戦闘技術に精通したエデンだからこその負い目だ。

 さらにアンダーウッドは付き合う上で「強引に仲良くさせるつもりはないし、仲が悪いなら悪いで構わない」と言っていた。

 戦場でパートナーとして行動する以上、互いのクセを読んでカバーできる程度には相手を理解している必要がある。プロの兵隊としてそれは出来て当然だ、ということで、「これも仕事の一環だ」と説明してアンダーウッドは二人を度々遊びに誘っていたのである。

「以前カラオケ・マシンが置いてあるバーへ飲みに行ったとき、二人とも、とっても歌が上手でびっくりしたんですよ」

 微笑みながらそう言うアンダーウッドに、ルイスとエデンはどことなく恨めしげな視線を向けた。

 試しに歌ってみたら、という彼女の言葉に乗せられたのが運の尽き、他の客に持て囃されながら歌唱力対決に熱が入ってしまった二人は、ムキになってデュエット曲を何曲もリクエストしてしまったのだった。

「へーへーへーへーすごーい。アタシも聞きたーい」と冷やかすチャペル。

「先輩…」マジで?と訊き返すルイス。

 ただし諦めムードに入ったらしいエデンは分厚いカタログをパラパラと捲り、曲の選定に入っていた。

「アンタ、何なら歌えるっけ?」

「え、なに意外とやる気満々?僕は遠慮しておきたいんだけどな」

「イツマデモゴネテンジャネーヨ」

「はい…」

 エデンの剣幕に押され、ルイスは思わずのけぞる。

 しばらく二人でカタログを眺め、やがてエデンが声を上げた。

「あ、これどう?『甘い死の夢』」

「夏の映画のやつ?」

「映画?」曲名に聞き覚えのないベケットがおうむ返しに尋ねる。

「今年の夏に公開された映画の主題歌ですよ。『優しい死神』っていう、狐フィアの菖蒲ちゃんが主演の映画で、主題歌が菖蒲ちゃんと死神役の男優とのデュエットになってるんです」

「自分でも気づかないうちに死んでいて、自縛霊になっていた女子高生が、死神に連れられて地獄巡りをするっていう映画です。じつは女の子が死んだのは手違いで、生き返してもらうために閻魔様に会いに行くっていうのが表向きのプロットなんですけど」

「あ!それアタシも観た!」

 ルイスとエデンがベケットに説明していたところへ、チャペルが大声を張り上げて会話に加わった。

「主役の女の子っていうのが、すっごい高飛車で、意地悪な性格なんだよ!それが地獄でいろいろ大変な目に遭って、改心するっていう、クリスマス・キャロルみたいな話…だと勘違いしちゃうんだよね!」

「そうそう、ミスリードなんですよね、それが。オチが意外なんですよ。『優しい死神』っていうタイトルの意味が、クレジット直前の最後の最後にようやく判明するっていう」

 チャペルとルイスが盛り上がっているところへ、ベケットが割って入る。

「フーン。面白いのか?」

「面白いよ!ベーやんも今度観てみるといいよ!」

「つっても夏公開だろ?ソフト待ちじゃねーの」

 そこでクレインも会話に加わった。

「たしか、幾つかの映画館でロングラン継続中だったはずだよ。といっても年末までだと思うけど」

「ヘェー、そんなに人気あるのかい。ていうかクソ映画、おめーも観たのか」

「ボクだってクソ映画しか観ないわけじゃないよ」

「感想は?」

「普通の映画だったよ」

「おめーってやつはよー、本当によー、発想が捻れてるよなァーッ!」

 水準以上のクオリティを保つ作品に対し、基本的にクレインは「普通の映画」という感想しか口にしない。

 逆に言えば、クレインの口からその評を引き出せた作品は、誰にでも薦められる良作ということになるのだが…大抵の場合。

 ベケットがもう一言クレインになにか言おうとしたとき、スピーカからピアノの前奏が流れ始め、スクリーンに映画を短く纏めた編集映像が映しだされた。

「あ、映像出るんだ。ノれる」とルイス。

 スクリーンの中で女子高生…菖蒲が学校へ登校する、日常の光景が描かれている。

 しかし彼女を見つめる同級生たちはみな一様に目を丸くし、驚くか、あからさまに忌避の眼差しを向けていた。

 いったい、なにかおかしなところが?

 菖蒲が近くの同級生に話かけようとしたとき、時間が停止し、彼女以外のあらゆるものが凍りつく。

 やがて彼女の目前に現れたのは…死神。

 彼は彼女に手を差し伸べ、そのまま地獄へと連れ去っていってしまった。ここで、ヴォーカルが入る。

 

--------------------------------------------------------------------------------

 

♠生の呪縛 いまその鎖を解き放とう

 welcome to dead world 死の恐怖のない街

 さあおいで 手を貸してあげるから

 

 ルイスの歌声は典型的なイケメンボイス(通称イケボ)で、なるほど同年代相手に歌い慣れているのだろうと納得させるものだ。

 一方、映像の中では…地獄へといざなわれた少女は、罪人たちが死後に懲罰を受け、永遠の労働に就かされている光景を目の当たりにする。

 はじめは目を逸らすように先を急いでいた菖蒲だったが、やがて罪人の受ける仕打ちの酷さを見かねて手助けに入る。結果的に彼らを救うことはできなかったが、僅かな希望を与えることはできた。

 しかし死神は彼女の行為を快く思っていないようだ。

 

♥渇いた泥纏い 無垢な瞳濡らす血の涙

 夜明け前にすべてを終らせよう

 

 エデンの歌声は普段の無愛想な低音とはうってかわった高い声で、よく通るうえ音量も大きすぎず、非常に聞きやすい。

 また基本的に冷たく突き放すような歌声でありながら、どこか甘く媚びたような声音が同居し、そのアンバランスさがかえって独特な魅力となり、聞き手に関心を抱かせていた。

 その歌声こそルイスがかつて無意識に「天使の歌声だ…」と評したのだが、他の面子にそんなことは知る由もなく。

 映像の中で菖蒲と死神は閻魔大王と対面し、閻魔大王が死神を糾弾するなか、菖蒲は自分が死んだ瞬間と、過去に関わりのあった少年との思い出のフラッシュバックに苦しむ。

 やがて閻魔大王は彼女を生き返そうと手を伸ばすが、菖蒲はその手を叩き、憎悪を湛えた目つきで罵倒を口にする。

 予想外の反応に閻魔大王は束の間呆気に取られていたが、やがて高笑いを上げると、その声は地獄中に響きわたった。

 

♠♥涙はいらない もう乾いてしまったから

  崖の淵 足元が崩れて戻れなくなるまえに

  いま立ち上がる かりそめの誇りを胸に抱いて

 

 曲の終わり際…一人の少年が目を醒ます。

 父、母、そして自分の三人が写った家族写真を見つめ、その後、慌てて階段を下りていく。

 カメラが引いていき、近くの家の屋根の上から、少年の姿を優しく見守る影が…

 

--------------------------------------------------------------------------------

 

「…これネタバレじゃんね?」

「いや、あれだけじゃわかんねーよ」

 曲が流れ終わったとき、チャペルとベケットが口々にそう言い交わす。

 また歌っているときは堂々とした態度を保っていたルイスとエデンは、なにやらきまりが悪そうにマイクをテーブルに置く。その瞬間、あちこちから拍手喝采が巻き起こった。

 無論ルイスとエデンは喜ぶどころか、赤面しながら肩をうつむかせる。

「つ、つぎっ!つぎ歌う人、リクエスト出してっ!」

「はーいっ!」

 ここでだいぶ酒の入ったチャペルが八〇年代アニメの主題歌を歌い、その後にクレインがリクエストした九〇年代OVAの主題歌をベケットとのデュエットで歌い散らした。

 その歌唱力は控え目に言って高いとは言い難い。

 その後はティーティーとソナーがメジャーな流行歌をデュエットしたが、舌足らずなたどたどしい歌い方は子供そのものである。

 もっともベケットら含め彼/彼女らの場合、たんに歌い慣れていないというだけで、致命的な音痴というわけではなかった。

 ただ一人を除けば…

「よっしゃあオレの出番だな!」

 本当に酷かったのはスパーキィの歌声で、口から漏れ出す不協和音はその場にいた全員の脳に拒否反応を引き起こさせ、また声量だけは馬鹿にでかいものだから性質が悪い。

 あまりの歌声の酷さにマイクまで変調をきたしたのか、音割れ/ノイズ/ハウリングの三重奏が皆の鼓膜に突き刺さった。

 歌い終わった頃にはパーティ参加者のほぼ全員が虫の息で、これにはかつての半身だったティーティーも苦笑いでは済まない。

「どうしたオメーら」

「あれだけのことをしといて、悪意が欠片もない!恐ろしいヤツッ!」

 まったく悪びれる様子のないスパーキィに、ベケットが頭を抱える。

 やがて順番の回ってきたスクイがよろよろとマイクに手を伸ばし、震える指でスイッチを入れた。

 しかしマイクを握った瞬間、スクイの眼光がギラリと光り、スッと背筋を伸ばして立ち上がった!

『背中合わせにィ~、生きるゥ~よりもォ~、心寄せ合うゥ~、ぬくもりをォ~』

「おおっ!?」

 スクイの選曲は、まさかの演歌!

 しかも、めちゃくちゃ上手い!

『あァ~、あァ~、振~る~よォな~、こォの~星のオ~したァでえ~、かァ~ぞ~え~る明~日にィ~、ゆゥ~めあァかあァ~りィ~』

 渋く深い味わいのあるスクイの歌声は回復スキルの効果があったのか、曲が終る頃にはスパーキィの壊滅的な歌声で打撃を受けていた面々も血行の良い顔色を取り戻していた。

 ただ歌い終えたスクイに真っ先に話しかけたのは戦犯のスパーキィだったりするのだが。

「おっちゃん歌うまいな!プロだなプロ!」

「へっへっへっ、まあな。これでも昔は歌で食ってたこともあるんだぜぇ?レコードだって何枚か出したんだ」

「…レコード?」

 得意げに語るスクイ、その口から飛び出した「レコード」という単語にベケットが眉をひそめた。

 その昔スクイは日本で活動していたことがあり、ヤクザの後援のもと関西を拠点に興行に回り、食事会を高レート違法賭博の隠れ蓑として利用されていた過去がある。

 しかし何を思ったかヤクザの賭博資金を持ち逃げして国外逃亡し、以後はCIAに拾われるまで各国を転々と放浪していたのだった。ヤバイ稼業に手を染めながら、というのは言うまでもなく。

 それはなにも、スクイが銭亡者であることを意味するものではない。

 彼が人一倍金に執着しているのは確かだが、それはスクイ自身が金を欲しているというよりも、人間の夢を挫き嘲笑うもっとも効果的な手段は金を奪うことだと理解しているからである。

 他者の煩悩を嘲笑う想狐たるスクイにとって、たかだか紙切れのために命をも投げ出す人間の姿は喜劇そのものだ。高利貸しの付け馬として、借金を保険金で清算するため高層ビルから飛び降りる人生の負け犬の姿を何度笑顔で見送ったことか。

 まさしくそれは、スクイの愛する戯曲「セールスマンの死」そのものだ。

 だがスクイがセールスマンの死に抱くのは共感などではない。人生を仕事に奉げ、それでも何一つ報われることなく無様にくたばるしかない人間を嘲笑うためのコメディ。自分は「そっちの側」には立たないという、アウトサイダーとしての自我の確立。

 なるほど自分はロクデナシなのだろう、とスクイは思う。だが、他人がそう評価したからって、それがなんだっていうんだ?

「生きるも死ぬも、浪花節みたくサパッといきたいもんだねぇ。へっへっへっ」

「どうしたい、急に」スクイの独り言に、ベケットが反応した。

「いやなにちょいとな、昔を思い出したのさぁ。人生の負け犬ってのはいつも、『俺はどこで間違えたんだろう』って言うのよ。そんなこと考えたって、何にもならねえってのになぁ。それで、そこで足踏みしたまま、結局はその場から飛び降りちまうのさ」

「弱者を高見から望んで笑うのは感心しないぜ」

「悪ィな、性分なんだ。へっへっへっ」

「そーかい」

 底意地の悪い笑みを浮かべるスクイを見て、ベケットは思わずため息をついた。

 その後もカラオケやらなにやらで盛り上がるなか、クレインは馴れ馴れしく肩に抱きついてくるスパーキィに気になっていたことを尋ねる。

「キミは…もう、ボクのことを許してくれているのかい?」

「いや、許さねーよ?」

「…… …… ……」

 ズーン。

 あっさりと不許の構えを見せるスパーキィに、クレインは肩にずっしりと錘が乗ったように気を落とす。

 見るからに落胆したクレインの腕に両手を絡ませつつ、スパーキィはまったくあっさりした口調で言葉を続けた。

「許してはねーけど、今ここでそのことをウジウジ責めても楽しかねーしなー。ま、せいぜい反省してくれ」

「…努力するよ」

 懐いた猫のように身体をすり寄せながらも辛辣な台詞を吐くスパーキィに、クレインはうなだれながら、果たして彼女は本音を口にしているのだろうかと訝った。

 たんにボクをからかって、反応を見て楽しんでるだけじゃなかろうか?

 そもそも彼女の死は正面きっての戦いの結果なのだから、クレインがこれほどまでに責められる謂れはないのだが、実際に死んだ人間を相手にそれを言えるほどクレインは冷淡にはなれなかった。

 ましてスパーキィは自分のためではなく、ティーティーのために言っているのだとわかっている場合は。

 もっとも当のティーティーは、クレインにベタベタとくっつくスパーキィをなにやら剣呑な目つきで睨んでたりするのだが…

「むぅ~…」

「どうしたですか、ティーティーちゃん」

「あれ。くっつき、すぎ。なんか、やだ。気に入らない」

 気遣うソナーに、ティーティーは低い唸り声を上げながらボソボソとつぶやく。

 嫉妬だろうか。誰に対して…何に対して?

 それはティーティー本人にもわからなかった。ただ、二人が親密に接する光景はなんとなく居心地が悪い気がした。

 だが、すぐにそんなことはどうでも良くなった。スパーキィがふたたびマイクを握ったためだ。

「…ゃ、め~~~っ!!」

 それはチームの誰もが初めて耳にする、ティーティーの大声だった。

 

 

 

**      **      **      **      **      **

 

 

  [ Want more episode? Coming soon ... ]