「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SHOP SQUAD -』

- 2nd Season -

Intermission_01 【 約束 - Calamity - 】

 

 

 

 

 

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 シリアでの作戦から8年後。

 肉体を交換してCIAに移籍し、各国を飛び回って狐魂を探す生活にも慣れたころ。

 幾度目かの日本での任務に就いたとき、ベケットは不意に過去の約束を思い出したのだった。

「そういや中尉よ」

「なんだい、少佐」

 突然話しかけてきたベケットに、クレインは足を止める。

 互いの呼び名が「曹長」「軍曹」でなくなってから、もう随分と経つ。佐官、尉官で呼び合うことに未だに違和感があるものの、実質、スパイ稼業に足を踏み入れてからのほうが付き合いが長いことについて、ベケットは奇妙な感慨を覚えていた。

「シリアでの作戦を覚えてるか?俺を交戦地域に置き去りにしやがったろ」

「あぁ。キミがカートゥーンばりに派手な不時着を決めたやつかな、あのときの映像が手元に残ってないのが残念だよ」

「おまえねー。イヤミばっか言いやがると、いつか本当にシメんぞ?」

「パワハラ反対。職場環境の改善を要求するでござる」

「あぁうぜぇ。あーうぜぇ」

 毒を吐きながら繁華街を練り歩くベケットを、しかし見咎める者はいない。

 狐魂特有の擬態能力で、人間に姿を変えているためだ。傍目からは、ごく普通の青年にしか見えないはず…もっとも、日本は世界的に狐魂の存在には寛容な国なので、それほど警戒する必要はないのだが。

 ベケットとクレインが定型通りのやり取りをするなか、一歩離れた場所を歩いていたチャペルが、ぽつんとつぶやいた。

「あるよ?」

「……なに?」

「あのときの映像。個人的に残しておいたの、もちろん内緒で、だけど」

 唖然とするベケットを前に、チャペルはいたずらっぽい笑みを浮かべると、こめかみのあたりを指さして脳内無線でネットに接続したというジェスチャーを示し、言った。

「YouTubeへの接続を確認。動画をアップロォォォォォォォ」

「やめろ!」

 もちろん、一兵士が戦闘記録を個人的に所有することは規則で禁じられている。また、そのようなことがないよう厳しいデータチェックが課せられるはずだが、どういうわけかチャペルはそういった類に対する「ごまかし」が異様に上手かったのである。

 ベケットとチャペルが揉み合う(*禁則事項*的な意味はない)のを見つめながら、クレインは腰を屈めてつぶやく。

「で、少佐。なんでいまさらシリアでの話なんかを?」

「い、いて、いてて!そこは引っ張るな!そこは引っ張るな!いやさ中尉、あのときの約束、まだ果たしてもらってねーと思ってな」

「あのときの約束?」

「いたいいたいいたい!痛いってオマエ!っ、ごまかすな、ホラ、メシ奢れって約束だったろうが!」

「…あぁ~。あったねぇ、そんなことが。なにもかもが懐かしい」

「いてぇぇぇぇぇッ!そこは伸びないから!そこは伸びないから!テメェ、勝手に遠い思い出にするんじゃねぇよッ!」

「…キミ、忙しいね」

「だったらこいつを止めろよ!ていうか、なんでオレが一方的にやられてんのかわかんねーよ!?」

 チャペルに身体のあちこちを掴まれたり引っ張られたりしながら、ベケットが抗議の声を上げる。さすがにこれは周囲の通行人も苦笑い。

 まわりの視線に気がつき、スポーティな姿勢でスッと立ち上がったベケットとチャペルは何事もなかったかのように軽く身繕いを整えると、そのまま通りを歩きはじめた。

 早足で二匹に追いついてから、クレインが訊ねる。

「…恥ずかしかったのかい?」

「ったりめーだろ!」

 大声を出したことでまたぞろ衆目を集めたベケットが向かったのは、表参道から一本脇道に入った先にある小料理屋。

 少し道を外れただけで雑踏を覆っていたざわめきが嘘のように静まり、若者や中年の買い物客、くたびれたサラリーマンにかわって強面の男たちが無言の目配せを交わすのが見える。

「ここ、安全なのかい?」

「ニューヨークの裏路地よりは情緒があるだろ?こう見えても夜中に女が一人で歩いたって大丈夫なんだぜ」

 小声で確認を取るクレインに、ベケットは「なんてことはない」というふうに首を振った。

 続いて、チャペルが興味本位で問いかける。

「アタシみたいなか弱い女の子が歩いてても平気かな?」

「大丈夫だろうよ。地元マフィアだってピストルだのテイザーだの隠し持ってる女にそうそう手出しはしねー」

「あらやだ。気づいてた?」

「…どうやって空港の検閲通したんだてめー」

 そうやって辿り着いた先…障子戸をガラガラとスライドさせて入った向こうは、なんとも家庭的な食卓然とした佇まいのテーブルが広がっていた。表の灯篭には、「膳狐亭」とある。

 周囲を見回すと、客はいずれも耳と尻尾を生やした者ばかり。同族であればそれがファッションではなく、生来のものであることは一目瞭然だ。

 ここの客は狐魂ばかりなのだ!

 驚きのあまり変装を解いてしまい、耳と尻尾を出し全身にふさふさした毛をみなぎらせながら呆然と佇むチャペルとクレインを余所に、ベケットは慌ただしく駆け回る割烹着姿の狐を大声で呼び止めた。

「やぁーオタケさん!ひさしぶり!」

「あら、あら、まぁ。あのときのガイジンさん?で、そちらのかたは…」

「職場の同僚。だよな?」

 話を合わせろ、と無言の圧力をかけるベケットに、チャペルとクレインは口を閉じたままコクコクと首を上下させる。

 どうにか一つだけ空いていたテーブルにつき、メニューをパラパラとめくりながら、チャペルがベケットに尋ねた。

「べーやん、ここの常連サンなん?」

「ってほどじゃねーけどな。まだ二、三回しか来てねーし…でもまぁ、日本に来たときには必ず寄ってるな」

「ここ、狐魂ばかりみたいだけど」

「ここはそーいう店だからよ。日本が狐魂に寛容な国だからっつって、そのへんのメシ屋に入ってフツーに食事するってのも中々難しいしな」

「フーン…」

 改めて客層を観察すると、四足狐に六足狐、犬っぽいたぬきだのサラリーマンだの、とにかく雑多な狐魂が思い思いに料理を口に運んでいる。中には外宇宙の深遠を偲ばせる存在もいたりと、なるほど人間社会に溶け込むにはちょっと難しそうな狐魂も多い。

 どのみち仕事に関係しない限りはあまり深く関わらないほうが良さそうだ、そんなことを考えながら一同はメニューを見つめ直す。

 定食から丼モノ、麺類、カレーなど定番は一通り揃っており、僅かながらあんみつやアイスの盛り合わせなどのデザートも用意されているようだ。手頃な値段設定にも感心しつつ、クレインがつぶやいた。

「少佐が気に入ってるってことは、味も保証OKなんだろうね」

「あまり期待しないでくださいね?うちは特別素材に拘っているわけでもありませんので…」

 クレインの言葉に応えたのは、背中に立って注文を取ろうとしている女将のオタケだった。

「きつねうどんだって、うちのはべつにレベルが上がるわけでもないのに…ベケットさんたら、凝りもせずに来るんですから」

「なーに、愛情があればなんだって美味いもんさ」

「あらお上手、うふふ。ところで今日は、獲れたてのガーパイクがおすすめですけど」

「あ、あー…それはいいや」

 満面の笑みで薦めてくるオタケに、ベケットは若干引き気味の笑みを浮かべながら丁重に辞退した。

 その態度に疑問を覚えたチャペルが、ベケットに訊ねる。

「オススメ、イヤなの?」

「…オレぁどーも、この国の、魚だのなんだのが生きてたときのままの姿で出てくる、てぇ文化が苦手なんだよなー」

 けっきょくベケットは予定通りにきつねウドン定食の大盛りを注文し、チャペルが季節の野菜天丼、クレインがちょっと冒険して鍋焼きのガーパイクを注文したところで、また新しい客が入ってきた。

「あれー、もしかして満席?」

 戸口に立っていたのは、栗色の髪をストレートに伸ばした袴姿の女性。その頭と尻には、もちろん耳と尻尾がくっついていた。

 その顔に見覚えがあったベケットは、席に腰かけたまま声をかけた。

「なんだ、アカネちゃんか」

「あー、軍人さんだー!」

 軍人、という言葉に店内のざわめきがフッと止まる。

 狐魂は本来、軍に籍を置くことを禁止されている。もとより狐魂の軍事利用が国際法で禁止されているからなのだが、それが形だけのもので、実際は各国の軍隊が狐魂を戦闘部隊に配属させていることは半ば公然の秘密と化しているのも事実だ。

 そんな状況で、軍人として振る舞う狐魂が、同族からあまり好意的な目でみられないのも無理からぬことだった。下手をすれば、狐魂のイメージの低下を招きかねない。

 軍での活動を強制されているならともかく、自らの意思で在籍しているとなれば尚更だった。

 チャペルとクレインが緊張の面持ちで状況を見守る中、ベケットが軽い口調で言葉を返す。

「む、昔の話だって、それはよ…今は別の仕事に就いてるって、ホラ見ろよこの服装。軍人には見えねーだろ?」

 デニムのジャケットにカーゴパンツという、自身のありふれたストリート・ファッションを指すベケットに、どうやら他の客は興味を失ったようだ。

 店内にふたたび平穏な空気が流れ、さりとてアカネの席がなく途方に暮れるしかない状況に変わりはないわけで、ここでベケットは一計を案じた。一つのテーブルにつき客は四人まで、とくれば。

「相席でよければこっち来いよ、いまさら他の店探すのも面倒だろ?」

「えーっ、いいんですかー?」

 いいよな?無言のまま返事を促すベケットに、チャペルとクレインは首を縦に振る。

 自身の隣、クレインの向かいの席に腰かけるアカネの、若く瑞々しい肢体を見つめながら、チャペルがなんとはなしにベケットに尋ねた。

「どーいう知り合い?」

「どーもなにも、別のメシ屋でたまたま知り合ったんだよ。そのときは姉妹も一緒だったけどな」

 ベケットがケープ・アカネ・スナギの三姉妹に出会ったのは、オランダはアムステルダムのとあるレストランでのことだった。

 世界中の料理を学ぶため各国を旅して回っていた三姉妹が、修行の一貫で師事を仰いだレストランにベケットがたまたま立ち寄ったのがきっかけだったが、調理担当のケープとスナギとはほとんど会話らしい会話はなく、味利きの研鑽を積んでいた(傍目には客席で食べまくっているようにしか見えない)アカネとグルメ談義で話が弾んだのである。

 と、ここで一計を案じたベケットが、クレインの肩に身を寄せて話しかけた。

「なぁ、せっかくだから彼女の分も奢ってやれよ」

「それはちょっと約束が違うんじゃないかな」

『…気前の良い男はモテるぜ?(ヒソヒソ)』

『まぁ、女の子を幸せにするのは男冥利に尽きるというものかな(ポツリ)』

「そんなわけでアカネちゃん、今日の食事代はコイツが出してくれるってさ」

「本当ですかぁーっ!?ありがとうございますっ!」

 にぱーっ。

 アカネが爛々と目を輝かせ、満面の笑みで礼を述べる。しかし、それが意味することにクレインは未だ気がついていない。

 一方で、チャペルがあまり面白くなさそうな表情でぶすっと漏らす。

「アタシだけ奢ってもらえないのー?」

「わかったわかった、チーちゃんの分も出すから」

「さっすがクーやん!男まえだのクラッカー!」

「…いまどきその表現は年齢を疑われウボァー」

 ダムッ!

 口を滑らせかけたところで爪先をカカトで踏まれ、クレインは妙な呻き声を上げながら俯く。

 やがて、さっき注文を済ませたばかりのアカネに先んじて重装狐たちのもとへ料理が運ばれてきた。

 きつねウドン定食…関西風のあっさりした汁が特徴で、ぶ厚い油揚げに刻んだ万能ネギの乗ったスタンダードなきつねウドン。ご飯は白米ではなく胚芽米で、さらにアワ・キビ・ヒエ・ゴマ・ハトムギの五穀がブレンドされている。カブとキュウリの御新香は自家製で、クセが少ないため野菜や漬物が苦手な人でも食べやすいという。

 季節の野菜天丼…産地直送のナス、カボチャ、サツマイモ、インゲン、青唐辛子などが丼狭しと乗っており、タレはやや甘めながら酸味の強い日本酒を使うことで味に深みを持たせてある。ご飯は定食つきのものと同じ胚芽米に五穀をブレンドしたものだ。味噌汁は荒挽きの赤味噌をベースに西京味噌を合わせたもので、具はサトイモにわかめとシンプル。御新香は定食つきのものと同じ。

 鍋焼きのガーパイク…太古より形態を変えず生存し続けている淡水狐魂ガーパイクを一匹まるごと使った大胆なメニューで、長ネギ・豆腐(ぶつ切りで、鍋には珍しい絹ごし)・シラタキ・シイタケ・白菜など他の食材も惜しみなく使われている。汁はみりんと薄口醤油がベースの優しい味つけになっている。御新香は定食つきのものと同じ。

「オッ、来たねェ~!」

「ごはんが白くないのね」

「ああ。オレは健康志向ってワケじゃねーが、こういうのも悪くないモンよ」

 どこか郷愁を感じさせる料理を前に、静かにテンションを上げるベケットとチャペル。

 一方、クレインは別の意味でテンションが上がっていた。

「お、お、お、オオオォ~ッ!?」

「…うわぁ~……」

 形を保ったまま丸ごと一匹鍋に放り込まれたガーパイクを見て、クレインとチャペルが絶句する。

 ベケットは今回が初見ではないため、感想を控えつつ自分の料理に手をつけはじめた。

「く、クーやん、これ食べるの…?」

「こいつ、動くぞ……!」

 ピチッ、ピチッ。

 どこかやる気がなさそうに尾鰭を動かしていたガーパイクは、しばらくして動きを止めると、不意にクレインの呆気に取られた表情を真っ向から見据えて、言った。

『タベテ』

「うへぇ」

 驚きのあまり、クレインは思わず腰を浮かべて隠し持っていたナイフの柄に手をかける。

 戦場では常に冷静沈着、且つシニカルな姿勢を崩さないクレインも、日常で遭遇する異常事への耐性はそれほど高くなかった。モニター越しでないなら、なおさらだ。

 頬に一筋の汗を垂らし、臨戦態勢に入るクレインに、ベケットが一言声をかけた。

「なぁ、中尉」

「…なんだい、少佐」

「それは、料理だ。言いたいこと、わかるな?」

「理解したくない。アヘ顔チクチン脱糞くらい理解したくない」

「中尉」

「なんだい少佐」

「 い い か ら 落 ち 着 け 。 そ し て 食 べ ろ 」

「アイエエ…」

 いっときガーパイク・リアリティショックに陥りかけたクレインだったが、いままで潜り抜けてきた修羅場の数々を思い出し、またゲテモノグルメ紀行のレポーターやZ級モンスターパニック映画の主人公たちが遭遇した惨事に思いを馳せることで、どうにか精神の均衡を取り戻すことに成功する。

 しかし、クレインの身に降りかかる災難はそれだけでは済まなかった。

「いっただきまーすっ!」

 朗らかな食前の挨拶とともに、丸干しのガーパイクにかぶりつくアカネ。

 美味しそうに食事する女性っていうのは健康的な色気があっていいものだ…そんなことをぼーっと考えながら鍋焼きのガーパイクをつつくクレインだったが、やがてアカネの目の前にどんどん積まれていく料理の数々を見て色を失う。

「オゥ…」

 あまりに豪気なアカネの食べっぷりに思わず声を漏らすチャペル。

 苦笑いを浮かべながら次々と空の食器を運んでいくオタケの後姿を見つめながら、ベケットはアカネが食べ放題を実施している世界中の店から出禁を喰らっていることをクレインに教えたほうが良かったろうか、などと考えた。

「ア、アバッ」

 妙な悲鳴を上げるクレインを横目に、チャペルがベケットに囁きかける。

「ね、ねぇ、べーやん…こうなること知ってたん?」

「ンー、まぁ、普段ナマイキばっかり言ってるから、たまには一泡吹かせてやろうかと思ったんだが…ちょいとやり過ぎたかな」

「アバババババー!や、やめて~!ビデオ買えなくなっちゃう!」

 悪びれることもなく後ろ頭を掻くベケット、その隣でクレインがいつになく情けない悲鳴を上げる。

 けっきょくアカネは五十人前ほどを一気に平らげ、それでも奢りの総額が四万円を超えなかったのは膳狐亭の良心的な価格設定ゆえか。

 ATMに駆け込むこともなくどうにか手持ちだけで支払いを終えたクレインは、店を出たあとに赤く染まった目尻をおさえて言った。

「…少佐」

「なんだ中尉?(ニヤニヤ)」

「いつか殺す。むしろいま殺す」

「オゥやってみろや!」

 おもむろにカーバーナイフを取り出すクレインに、ベケットは伸縮式の特別製トンファーを振り抜いてそれに応じる。

 神室町ばりの突発的な喧嘩の発生に周囲がざわつくなか、チャペルが緊張感のない間延びした声で言った。

「らうんどわ~ん、ファイっ!」

 

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 後日。

 近年、幻想都市チバ・シティを騒がせている辻斬り事件の新たな犯行現場で、先に到着していた警官を押し退けて付近の検証に当たっていた霊能局捜査課の刑事サチコ・ギブソンの目の前に、いささか見慣れないガイジン三人組が現れた。

「ねぇ、ここは一般人立ち入り禁止なんだけど。…非常線張っといたはずなんだけどなァ…」

「知ってるよ。狐魂絡みの事件か?これは」

 先頭に立っていた黒人男性の言葉に、サチコはハッと顔を上げる。

 そこでようやく、サチコは三人から狐魂特有の、同調するオーラを感じ取ったのだった。男二人がなぜか傷だらけだったことに、首を傾げながら。

「それ、じゃあ…あんたたちね、連絡があったCの字って。できれば、スパイごっこは余所でやってほしいんだけど」

「心配すんな。邪魔はしねェさ」

 そう言って、ベケットは大股で犯行現場に踏み込んだ。

 

 

 

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