「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SHOP SQUAD -』

- 2nd Season -

Chapter_05 【 γ侵食 - Black Diamond - 】 Part_5

 

 

 

 

 

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「どうやら彼らはここから侵入したみたいだね」

 爆風で崩れ落ちた隔壁の大穴を覗き込み、クレインがつぶやく。

 施設に及んだ破損は最小限にして最大の効果を発揮しており、適切な量の指向性爆薬を適切に仕掛けたことがわかる。

 敵かもしれない相手と同じ場所から侵入するのは気が引けたが、別の場所を爆破してこちらの存在を気取られるほうが厄介だ。実際、やれないことはない…クレインの装備には潜入工作に必要な道具が一通り揃っている。爆薬は言うに及ばず。

 ガンシールドの銃口を周囲に間断なく向けながら、チャペルが言った。

「ベーやん、大丈夫かなあ」

「むしろボクらは自分たちの心配をしたほうがいいと思うよ」

「薄情なの?」

「信頼の証と言ってほしいな」

 搬入口に散らばるシャッターの破片を踏み越えながら、クレインはメインカメラの赤外線暗視機能をオンにした。

 周辺はまだ爆破の影響がだいぶ残っており、粉塵がもうもうと立ちこめている。こういう環境ではライトで照らしてもミルク色の靄を浮かび上がらせるだけで、暗闇と比べても前が良く見えるということはない。

 アルシッドの兵隊たちは暗視装置を携帯しているはずだから、苦労はなかったろう。

 実際に確認したわけではないが、全員がFELIN準拠の装備を身に着けているとすれば、ヘルメットに装着するタイプの暗視装置は標準の装備セットに含まれるはずだ。

 露払いはもう済んでいるから、あまりここに長居をする理由はなかった。

 二人ともあえて口にはしないが、床に散らばっているのは瓦礫ばかりではなかった。爆発の衝撃で運悪く吹っ飛ばされたのか、その直後の突入してきた特務部隊員の銃撃を受けたのか、あるいはその両方だったかもしれないが、少なくない数の死体が転がっていた。

 気になるのは、死体の中に酷い切り傷を負っている者がいることだが…

「これナイフの傷だと思うかい?」

「いやん、そーいうの女の子に見せないで欲しいのだわん!」

 銃弾とは違う傷をこしらえた死体を掴んで持ち上げてみせるクレインに、チャペルが批難するような声を…実際、批難しているのだろう…あげた。

 べつに悪趣味でやってるわけじゃないけどね、と言いながら、クレインはひとまず抱いた疑念を保留としておくことにする。

 明らかにナイフでついた傷ではなかったが…胴体を真っ二つにしかねないほどの大きな裂傷跡を脳裏に浮かべつつ、クレインは思う。ダイナミック・エントリーでナイフを使う理由はないし、そもそもナイフは斬るものではなく、刺す、突くための武器だ。

 あるいはγ中毒者による被害かもしれなかった。いずれにせよ一撃でつけられた傷なのは間違いない、そういう攻撃方法を持つ者と遭遇する可能性があることは留意しておく必要があるとクレインは考えた。

 ふとチャペルのほうを見ると、彼女はパントマイムのような動きで壁のあたりを探っていた。配線を探っているのだろう。

 やがて電源ケーブルに混じって床の近くをのたくっているLANケーブルを発見すると、チャペルはビニール被膜を剥いて中継器を噛ませ、ネットワークへの侵入を試みた。

「プロキシを検知…バイパス…セキュリティのアルゴリズム走査、暗号プロトコル解読。ファイアウォール突破…完了。一般企業レヴェルのセキュリティねぇ。サイバー犯罪対策とかは考えてなさそうね」

「どんな感じだい?」

「ネットワークは施設内の防衛設備の管理にだけ使われてるみたい。取引のデータとか、内部資料とか、そういうのは見当たらないわん」

「保安システムにアクセスできるかい?監視カメラに何か写ってないかな」

「うーんとねぇ、監視カメラ網は既にダウンしてるのよねえ。ぜーんぶ真っ暗だわさ。といっても、彼らが突入してからハッキングしてシステムをシャットダウンできるような時間的余裕はなかったし、ネットワークに侵入した痕跡もないし…侵入中ならすぐにわかるしねー」

「ということは、物理的に破壊されたってことかな」

「そーいうこと。サーバールームに流れ弾でも当たったかしらね」

 わかったことといえば、ここではチャペルの能力があまり役に立ちそうにない、ということだった。

 むぅー、とチャペルが面白くなさそうに唸る。

「それで、アタシたちがやるべきことって?」

「麻薬製造設備の破壊、ブラックダイヤモンドに関する資料の回収、あればだけど…それと関係者の抹殺、施設に侵入した第三勢力への対処、か。臨機応変に、というか、状況に応じて行動する必要があるね」

「ベーやんからの連絡を待ちつつ?」

「そうだね。合流する気はあるようだから、そのうち彼から何か言ってくるだろう。ただ、あまり期待はしないほうがいいかも」

「あー、やっぱりあんまり信用してないの」

「たとえボクらがピンチに陥ったとして、そうそう都合よくヒーロー登場なんてことには…いや、カレはそういうこと、わりと平然とやりそうだよねえ」

 生来の英雄気質である年来の相棒の姿を思い浮かべ、クレインは含み笑いを漏らす。

 搬入路脇には大量のプラスチック製折り畳み式コンテナが積まれており、爆破の衝撃で崩れた箱から中身が飛び出していた。

 白い粉がばら撒かれ、大気中に散っている…

 だが、これは麻薬ではないだろう、とクレインは思った。彼らの商売物はコカインやヘロインではない。

 おそらくは混ぜモノに使うブドウ糖だろう、とクレインは推測をつけた。それを裏づけるように、白い粉と一緒に植物炭末色素の黒い液体が床に流れ落ちていた。

 なるべくそれらを踏まないよう気をつけながら二人は前進する。物を粗末にしないため…ではない。

 もちろん、自分たちが動き回ったあとに白や黒の足跡をつけないためだ。今日びはカートゥーンの悪役だってそんなヘマはしない。ここでリバイバルをやる気もない。自分たちはスパイかもしれないが、スパイVSスパイではないのだ。

 充分に気をつけていたつもりだったが、それでも10m近い高さのある天井から音もなく落下してきた敵に対処することはできなかった。

「……ッ!?」

 ドンッ、という衝撃とともに背中に重圧を受け、クレインは吃驚する。

 異変を察知したチャペルがクレインのほうを振り向き、クレインは彼女が着用しているC.O.N.スーツのモニタ映像を中継して自分の姿を見た。

『グァアアガアァァァァアアアアアアアッッ!!』

 身体中から盛り上がった筋肉が棘のように隆起したγ中毒者が背に跨っていた。腕の関節が四つあり、手には五本の指のかわりに巨大な鉤爪が伸びている。

 クレインはすぐさま右手の巨大クローでγ中毒者を斬り払おうとしたが、できなかった。

 腕が背中にまで回らなかった。

 咄嗟に身体を反転させ、チャペルに背を向ける。すでにγ中毒者が腕を振り上げ、クレインの脳髄を突き刺そうとしていた。

「 Shoot it(撃ってくれ)!」

 キャキャキャキャキャリキャリキャリンッッ!!

 削岩機のような音をたててシールドガンの二連銃身が火を噴き、γ中毒者の背中に赤い花を咲かせる…裂けた皮膚が花弁のようにめくれ、血飛沫がとぶ。

 γ中毒者が金属音に似た悲鳴をあげ、クレインの胴体を締めつける脚の力が弱まったと同時に、クレインは左手でγ中毒者の首根っこを掴んで地面に引き摺り下ろした。

 床に叩きつけられたγ中毒者の顔面に素早く二発拳を叩きつけたあと、クレインは右手の巨大クローを高速回転させ、γ中毒者の肉体を切り裂く。

 バリバリバリバリバリッ!

 骨と肉を乱暴に引き裂く音が響き、おびただしい量の血とともに砕けた骨と肉片が飛び散った。

『アアアアアオオオオォォァァアアアアアッッ!!』

 おぞましい叫び声をあげ、へそのあたりから頭の天辺まで真っ二つにされたγ中毒者がぐったりと横たわる。

 死んだ…はずだ。たぶん。

 ひょっとしたらまだ生きているかもしれないが、このざまでは動けたとしても、たいしたことはできないだろう。魚市場で解体された鮪のような有り様では。

「クーやん大丈夫?」

「ああ。えらく派手に返り血を浴びたよ…あとで拭いておかないと」

 心配するチャペルに、クレインは問題ないというふうに片手を挙げる。

 クレインはすぐに立ち直って次の行動に移るつもりだったが、それよりも早くチャペルがクレインに近づき、スーツの背面部分を指でなぞった。

 数箇所が凹んでおり、砕け散った鉛が熱でこびりついている。チャペルのシールドガンからの発砲でついた傷だ。γ中毒者に命中したもののうち、肉体を貫いた何発かがそこまで到達したのである。

 幸いなことに一発も装甲を貫通していなかった。元が対人用の弾頭で、クラスⅡ程度の軽量のボディアーマーであれば貫徹可能だが、最新型のC.O.N.スーツの装甲に対しては無力だった。

 理屈ではわかっていたが、実際に試したわけではなかったから、チャペルとしてはそれが少しだけ心配だったのである。

「あー、良かった。抜いてたらどうしようかと思った」

「カタログは信頼しなきゃ。ボクは心配してなかったよ」

 ひとまず危機は脱したが、銃声を立てたことで他の連中にこちらの存在を気づかれた可能性は高い。

 映画やテレビゲームではサプレッサーをつけていなくても銃声など大した音量がないように聞こえる。それはだいたい本物の銃声ではなく作られた効果音だからだが、どのみち本物の銃声をサンプリングしてもそう違いはない。

 なぜなら、マイクは銃声特有の高音を拾わないからだ。だから実際に聞いた音と、その場で録音した音声を聞き比べるだけでも歴然と差が出る。本物の銃声は、小口径ライフル弾でさえジェット機のエンジン音と同じレヴェルの騒音を発する。

 特に屋内では音がよく響く。

 少しでも銃撃戦慣れしている者なら、音の発生源や、使用された銃火器の種類を推測するのはそう難しいことではない。

 遠くで誰かが射的大会をしている、などと相手が勘違いすることを望むべきではない。

 すぐに行動する必要があった。

 素早く移動すれば、追跡を撹乱し相手の行動を逆手に取ることができる。もっとも…

 もっとも、それはさっき真っ二つにしたやつと瓜二つの、γ中毒者たちが群れを成して迫っているのでなければ、の話だった。

 積み上げられたコンテナの上や隙間から異形のγ中毒者たちが続々と這い出し、いましがた冬眠から目覚めたかのように舌なめずりをする。そう、冬眠から目覚めたばかりの獣のように…飢えた目つきでチャペルとクレインを睨みつけていた。

 あまり食欲をそそる見た目ではないはずだが。

 キャキャキャキャキャリキャリキャリンッッ!!

 ふたたびチャペルのガンシールドが火を噴き、血飛沫と火花を散らしながら銃弾が倉庫内を跳ね回る。

 しかし…敵の数が多い!

「弾幕薄いよなにやってんの!」

「これ以上は無理だよ~っ」

 とても二つの銃口では足りない物量を前に、二人は焦りを見せる。

 また予想されたことではあるが、γ中毒者たちは痛覚が極端に鈍いか、または存在していないようだった。

 生物に痛覚が備わっているのは身体の異常を知ることで致命的な状態に陥るのを避けるためだが、どうやら彼らにとって、そんなものは無くても問題にならないらしい。

 四肢をばねに飛び上がり、豹のように飛びかかってきたγ中毒者…口の中には鮫のように鋭い牙が生えている。しかし吸血鬼を名乗るにはあまりに醜い乱杭歯だ…をこめかみへの素早いフックで叩きのめし、クレインは大型クローを回転させながら振りかざした。

 別の方向から襲いかかってきたγ中毒者がまともに刃の回転に巻き込まれ、身体の中心軸が吸い込まれるように一直線に死のミキサーを通過する。

 バリバリバリバリッ!!

 木材を粉砕機に放り込んだような激しい破砕音が響き、γ中毒者は悲鳴をあげる暇もないまま乱雑に腑分けられたパーツとなって飛散する。

 刃に絡みついた頑強な脊髄や肋骨といった部位が力任せに砕かれ、それでもクローユニット内部のモーター回転が鈍る気配はない。

 これはスーツの改良のたびに出力の強化と回転軸の補強を続けた結果だった。いまではちょっとした大型の工業製品の強度をゆうに上回り、刃が痛むことはあっても内部機構が破損することはないだろう。

 最初期型は血を浴びるだけでショートし、肉片が挟まるだけで動作不良を起こしたものだが、いまとなってはそんな心配もない。

 とはいえ、それでも化け物の大群を相手にするには役不足だった。なんといっても、まさしく「手が足りない」状況だ。

「ごめんクーやん、弾切れた!リロード!」

「エッ」

 クレインの位置からすこし離れた場所で、チャペルがシールドガンに装着された巨大なドラム型弾倉を外していた。

 もともと彼女の装備は矢面に立って戦うことを想定していない…まして、こんな状況での戦いは。

 敵が迫る状況で、遮蔽が何もない場所での再装填は命取りだが、予備武装であるバックアップ用の拳銃だけで凌げるような場面でもない。

 新しい弾倉をレシーバーの装填口に差し込んだ時点で、二人のγ中毒者がチャペルに向かって飛びかかっていた。その口から吐き出す呻き声は、暴力衝動そのものを表現しているかのようだ。

 なるほど彼らは人間だ、と、先ほどの「動物のような」という感想をクレインは訂正する。

 要するに、ただ殺せればそれで良いらしい。じつに人間的だ。

 それを実行させるわけにはいかなかった。

 カシュン、という金属が擦れる音とともにクローの刃が三本同時に射出され、高剛性ワイヤーで繋がれた巨大なブレードが高速で移動するγ中毒者に向かって飛翔する。

 照準補正機能だとか、射出後の軌道修正はできない。単純に勘を頼っての攻撃だった。

 ドザッ、ズザザン!!

 二本の刃がγ中毒者の首と胴を寸断し、もう一本の刃が別のγ中毒者の胴体を射抜いて吹き飛ばし、壁にその肉体を縫いつけた。

 クローユニット内部の巻き上げ器が高速回転してワイヤーを引っ張り、刃を戻すと同時にクレインはチャペルへ駆け寄る。

「離れるとマズイ、背中合わせだ。全周防御」

「二人しかいないのにぃ?」

「手持ちの札で勝負するしかないさ」

 わざとらしくおどけてはいるが、怯えた様子はないチャペルに、クレインはクローの刃を鳴らしながら言った。

「ジャックとクイーンのツーペア。強い手札じゃない。ただ、クズ札ばかりが多い役無しの相手になんか負けやしない」

 そして、ニヤリ、ヘルメットの内側で笑みを浮かべてみせる。

 その言葉を聞いたのか…理解したのか…二人を取り囲むγ中毒者たちが、激昂したかのように一斉に唸り声をあげた。

 γ中毒者の鉤爪の一撃をかわし、クレインはその腹にクローを突き刺す。先端が皮膚を突き破った途端、まるで腕が袖を通すような滑らかな動きで巨大な刃が胴を貫いていた。

 そのままクレインは腕を振り上げ、クローの刃を回転させる。空中でミキサーにかけられたガンマ中毒者の肉体がひしゃげ、四散した。

 チャペルも射撃を開始する。ガンシールドの二つの銃口から小型の4.6x30mm口径弾が雨あられのように降り注ぎ、ターゲッティング・システムが捕捉した標的を次々に蜂の巣にしていく。

 いったいどれだけ居るんだ…?

 次々と迫り来るγ中毒者を屠りながら、クレインは内心で焦りはじめていた。

 彼らが元は正常な人間だったことに対する感情など、とうに失せていた。それが人為的に作られ、保管されていたのかどうかもまた、今はどうでもよかった。

 いずれチャペルの銃はふたたび弾切れを起こす。そうなったときに、自分一人で捌ききれるかどうか。

 状況が変わらなければジリ貧だ。それでも負ける、というか、殺される気はしないが、こんなところで負傷したり、余計な時間を費やすのは御免こうむりたい。

「きゃっ!?」

 そんなことを考えていた矢先、一人のγ中毒者がチャペルの背にのしかかっていた。

 多少の衝撃などものともしないC.O.N.スーツを着用したチャペルがよろめき、膝をつく。それだけの質量があるのだ、このγ中毒者…全身が筋肉の塊と化した、殺戮の飢えをみたすことにのみ執着するモンスター。

 振り向きざまにクレインはそのγ中毒者を袈裟斬りにかけ、肉体を三等分に寸断する。

 しかしその直後、クレイン自身も別のγ中毒者に組みつかれ、その場に倒れてしまった。

 すぐさま振り払おうとするが、オリンピックのアスリートも羨みそうなγ中毒者の圧倒的筋力に対して思うように身動きを取ることができない。

 くそっ、たいしたエクササイズもトレーニングもなしにこんな肉体を得られるなら、たしかに人気が出るだろうよ…そう思いつつ、しかしクレインは事前のブリーフィングで、ブラックダイヤモンドの効果は多幸感と覚醒作用があることしか聞いていない。

 そもそも麻薬の摂取は肉体強化を目的としたわけではない、これは純粋にγ細胞が生物に与える「予期せぬ変化」に過ぎない。

 やがてクレインにのしかかっていたγ中毒者が節くれだった腕をあげ、鋭い鉤爪を振るおうとする。

 C.O.N.スーツの攻撃軌道予測は装甲の薄い部分、首筋への一撃を高い確率で示していた。

 まずい!

 無茶な姿勢からクローの刃を射出しようとしたとき、クレインの目の前でγ中毒者の頭部が爆発した。

「!?」

 なにが起こった…クレインは直前の映像をスロー再生で確認する。

 クレインに致命的な攻撃を加えようとしていたγ中毒者は頭部が瞬間的に熱され、沸騰し、膨張のちに破裂したらしかった。周囲に飛び散った血液が蒸気を発しながら、マグマのように泡立っている。

 ブーン、ジジジ、という音とともに、二人のまわりにいたγ中毒者たちが次々に爆散していく。

 助けが来たのか?しかし、これは…少なくとも、ベケットの戦い方ではない。彼のスーツにこんな武装はない。

 考えるよりも先に、救い主が飛び出してきた。箱型の物体が二つ、空中をホバー移動しながら急角度でカーブする。

「なんだい、アレは」

 たったいま目にしたものを前に、クレインが呆然とつぶやく。

 すでにその正体の半分は推測できていた…γ中毒者の肉体を破壊した熱線攻撃。あれはチャペルの放ったドローンが撮影した映像で見た、謎の突入部隊が使用していた無人兵器の持つ武装に違いなかった。

 だがその実物を目にしたとき、クレインは思わず自分の目を疑った。

 てっきり精密機器の塊であろうと予測した「それ」は、まるで小学生が夏休み自由課題で作るような、ダンボール箱を加工して作ったようなみすぼらしい代物だったのだから。

 とはいえクレインが油断していたこと、ごく初歩的なミスを犯したことは言うまでもない。「見た目で判断するな」という鉄則を。

 現にその夏休みの工作…星狐カエルムは、空を自在に飛び回り、ルビー色に光る目から破壊的威力を持つ光線を放っていたのだから。すでに。

 そして自分の迂闊さを悟ったクレインは即座に反応し、クローを構えた。

 ビュィィィイイイインッ!

 大気中の水分が大量に蒸発したような音が響き、カエルムの瞳から光線が発射される。それはクレインの頭部を狙ったもので、彼が咄嗟に庇わなかったら、見事に命中していただろう。避けなかったのは、背後にチャペルがいたからだ。

「チーちゃん、伏せてッ!」

「えっ!?」

 クレインがチャペルに警告を発す、視線はビームを凝視したままだ。

 クローの刃が鏡に光を当てたように光線を跳ね返してくれればいい…クレインにはカエルムの武装が実際にどういうものなのか、機構や性質など見当もつかなかったが、とにかく、そういうことが起こればいいと思った。

 もちろん、そんな都合の良い現象は起こらなかった。

 ものの一秒も経たないうちに光線は重合金製のクローを融解させ、バジュッという金属が液状化してはじける音を立て、クレインの額に向かって一直線に飛び込んだ。

 そのまま受けたら間違いなく光線が頭部装甲をも溶かし、頭が吹っ飛ぶ…そう考え、クレインは大きく仰け反る。

 チャペルがさっきの警告のあとすぐに伏せず、突っ立ったままなら光線は彼女に命中する。そのことは理解していた。そうならないことを願っていたし、おそらくその程度の願いはかなうだろうとも思っていた。一見どんくさそうだが、彼女もプロだ。

 もちろんチャペルは考えるよりも先に身体を動かしていた。

 床に伏せながら周囲に視線を走らせ、自分の背後にいた…クレインの正面に飛び込んできた二機のカエルムの存在を確認する。

「なにあれ!ていうか、ウソ、あれエ?」

「クソッ、なんだかボクは毎回顔を狙われてる気がするな」

 まずカエルムの外見に驚き、そののち、あれが例の武装した無人機だということを理解し驚くチャペル。

 一方でクレインはなんとか倒れないよう重心を落として踏ん張りつつ、背を仰け反らせたままの姿勢で左腕部に装着された多層弾倉型ガス式麻酔銃の内臓式シリンダーを回転させ、通常の麻酔弾とは異なる弾薬を装填する。

 そのまま外骨格モードで姿勢を固定し、クレインは再度こちらに狙いをつけようと首を振るカエルムに向けて発砲した。

 バシュウッ!

 炭酸ガスの噴射音とともに軽合金製の注射弾が発射され、カエルムの顔面に命中する!

 すると…

 バガッ!!

 爆発音とともにカエルムの顔面が吹っ飛び、プロペラ(尻尾)の回転が止まると同時にきりもみしながら墜落した。

 その姿を見届けることなく、クレインはセンサーで別のカエルム…γ中毒者の対処をしているらしい…を捉えると、そちらにも注射弾をお見舞いする。

 バシュ…ズドンッ!!

 それはクレインに背を向けていたカエルムのプロペラ(尻尾)に命中し、カエルムは尻から火を噴きながら地面にぐんにゃりと倒れる。

 仰け反ったままの姿勢から外骨格モードを使って直立姿勢に戻るクレインに、伏せたまま周辺警戒するチャペルが尋ねた。

「なにそれ、アタシ、クーやんの服にそんな武装積んだ覚えないんだけど」

「複数の弾を扱えるっていうから、弾倉の一つに液状爆薬を充填した注射を装填しておいたんだ。着弾すると内部のニトロメタンとエチレンジアミンが攪拌されて、同時に信管が作動して爆発する」

「あのークーやん、複数っていうのはね、えーと、いろんな種類の薬品を扱えるようにっていう配慮…いや、言葉のうえでは間違ってないのかな。ううん」

 元々の想定では戦闘中に相手を無力化するための強力な麻酔や、作戦の都合上で捕虜から情報を訊き出すために使われるであろう自白剤など、用途に合わせて使い分けるための機構だった。

 さすがに注射器に爆薬を詰めるなどという発想はチャペルにはなかった、そんなアイデアはビデオゲームですらお目にかかったことはない。弓矢ならまだしもだが。

 γ中毒者の生き残りはもう存在しないようだった。みんな死んだか、散り散りになったかしたようだ。

「ハァ。一番の商売道具を失ってしまったな」

 そう言って、クレインは刀身の半ばから醜く融解したクローの刃を見つめてかぶりを振った。

「ほんの一瞬で三枚とも持っていかれたよ」

 替え刃など持ってきてはいない、カミソリではあるまいし。

 こんな状態でも、まあ、戦えないことはない、融解した部分を思い切り叩きつければ、ただの人間相手なら手酷い怪我を負わせることができるだろう。治療しても跡が消えないようなものが。

 とはいえ本来の性能を考えるなら、それではあまりにも役不足だった。

 それで得たものといえば、レーザー攻撃がクレインの頭部へ伸びるまでのわずか一秒足らずの時間稼ぎだったわけだが、もしそれが無ければ、いまごろクレインは首なしになっているか、避けてチャペルを犠牲にするかの二択だったろう。

 人生とはほんの一秒差で決まるゲーム、とは、よく言ったものだ。

 二人は周囲の安全を確認すると、プロペラを破壊されて横倒しになったまま地面の上で小さな手足をバタつかせているカエルムに近づいた。

「これは…狐魂?」

「みたいねえ、ボディは機械みたいだけど…無線操縦式じゃなくて、本当に自律機動型だったなんて。驚きなのだわ」

 クレインはカエルムの首根っこを掴み、決してその目が自分たちのほうを向かないよう…この期に及んでビームで焼かれたら目も当てられない…持ち上げる。

 まるで猫みたいに摘まれたカエルムの様子を見るチャペルは、まるで動物病院の医師のようだ。

「う~ん、解剖しないと詳しくはわからないけど…たぶん、低級の狐魂を封じたソウル・コンテナが核になってて、動力源は小型のエーテル・リアクターかな?まあ、言ってみれば全身サイボーグね」

「そういう技術って、ウチしか持っていないものだと思ってたよ」

「技術の公開も提携もしてないし、そもそも表に出てない技術だから、まったく関係なしに同じものを作った技術者が向こうにもいるんだろうけど。地球のおソトじゃ、それなりに見かけるモノらしいし」

「それ、ライアン女史から聞いたの?」

「そうー、彼女『ソト』から来たヒトだから」

「その点に関してはボクらも変わらないけどね。ここに来るまでの記憶がない点を除けば」

 そう言いつつ、しかしクレインは何気なくチャペルの口から漏れた言葉に疑念を覚えた。

 ライアンの正体については誰も知らない。知らなかった、はずだ。少なくとも局内の職員は彼女の過去を知らないし、それはクレインも、ベケットも同様だった。それとなく推察することは可能だが、ライアンが「地球外から来た」と断定できるような情報は何も知らなかった。

 なぜチャペルは知っているのか?

 気軽に口にしたところから、男二人に内緒で秘密を共有しているとか、誰も知らないところで何かを企んでいる、ということはないだろう。

 C.O.N.スーツや他の技術の開発でチャペルは度々ライアンと協力して作業しているし、そのとき世間話のついでにライアンの寝物語を聞いた、という可能性は充分にある。ライアンがそういう迂闊なことをする姿はあまり想像できなかったが。

 ひょっとしたらチャペルとライアンは自分が考えているより親密なのかもしれないな、とクレインは思った。まあ、プライベートな親交があるほどではないにしろ。

 そんなクレインの内心を他所に、チャペルはじたばたともがくカエルムの腹を撫でながら言った。

「とりあえず、そのへんのコンテナに適当に閉じ込めておいて、余裕があったらお持ち帰りしちゃおっか」

 

 

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「隊長、カエルム一番機と二番機からSOS」

「ウム……」

 チャペルとクレインに先んじて麻薬工場内部に潜入していた部隊…フランス企業アルシッド・エレクトロニクス擁する特務部隊セルヴィル・オ・パラディ(略称SAP…Servir Au Paradis、『神に仕えし者』の意)の隊長ダングラールは、腕部に装着された液晶モニタを見つめる部下に頷きかけた。

 隊員全員とカエルムの状態はすべて情報リンクシステムによってモニタされており、なにか異常があった場合には部隊員全員が即座に反応することができる。

 それによると銃撃音があった入り口付近に向かわせたカエルム二機はそれぞれ頭部とブロペラ部に被弾し行動不能になったようだ。

「やはり、我々以外の何者かが紛れ込んでいるようだね」

 今回の任務で支社から持ち出してきたカエルムは六機。

 うち二機は自分たち…工場内にて現在行動中の部隊の前後を警戒しており、破損した二機を含む四機は施設内の偵察を行っている。

 あまり状況は芳しくない。

 当初の予定では電撃的奇襲をもってすみやかに目的を達成し、早期に撤退するはずだった。じっさい、相手がただの武装ゲリラであったなら苦戦するはずのない布陣だったのだ。

 まさか人外の化け物どもが跳梁跋扈しているなどとは…

 ダングラールが頭を痛めているあいだ、部屋の隅で誰かが電源を入れたまま放置したらしいラジオの音声がノイズ混じりに漏れてきた。

『…ザザ…現在、急増する海賊事件に対処するため、米海軍艦隊が南大西洋沖を哨戒中…ザ……一時はフォールス湾に接近し、南アフリカ政府はこれを不用意な挑発行為として非難…』

「相も変わらずアメリキは無節操だな」

 ラジオから聞こえるニュース放送を聞いたSAP隊員の一人がそんなことをつぶやくが、誰もそれには答えない。

 ひとまずカエルムのSOSは無視するほかあるまい。

 そう考えたとき、ダングラールは急に施設の入り口付近に残してきた負傷兵と衛生兵のことが心配になった。

 先に聞こえた銃撃音と、カエルムがSOSを発信した座標の位置から考えて、カエルムを無力化した「何者か」は自分たちが爆薬で空けた入り口から侵入してきた可能性が高い。

 最悪の事態を想定しなければならないか…!

 ダングラールが自らの判断ミスを呪いかけたとき、無線機から調子の外れた男の声が聞こえてきた。

『アーアー、ハロー?ボンソワール?聞こえてるかい?』

「誰だ」

 発信先は負傷兵の治療のために残してきた衛生兵からだった。しかし、この声は明らかに彼とは違う。しかも英語だ。

 おそらくは正体不明の侵入者の一人だろう。

 わざわざ連絡してきた意図はなんだ?ふざけているのか?

『オーケー、繋がったな。英語はわかるか?イングリッシュ?」

「何者だ。用件は」

『せっかちだな。だからって怪我人ばっか外に放り出しておくのは関心しないぜ、ロクに安全の確保もできていないうちに…』

「君が使っている無線機は僕の部下の持ち物だ。彼をどうした」

『無事だよ。だいたい、こっちは敵か味方かもわからん連中の怪我の治療を手伝ってやったんだ、感謝しろよ』

「君が?」

 どうも妙な展開になってきたな、とダングラールは思った。

 相手の正体が何であれ敵意はないようだが、それはあくまで表面上のものに過ぎない。いったい、何を企んでいるのか。

 無線機越しに相手の男…ベケットが言葉を続ける。

『でまあ、オレにはオレの仕事があるもんでよ。オタクらの仲間の子守をしてやるわけにゃいかねーから、何人か戻して面倒を見てやったほうがいいんじゃねーかと思って、こうしてわざわざ連絡してやったんだ』

「それを信用しろと?」

『じゃあ、こう言い替えたほうがいいか?こっちは人質を取ってるから、助けに来たほうがいいぞ』

「なに」

 どういう言い分だ、と思った矢先、通信が切れてしまった。

 負傷兵や衛生兵の健康状態をモニタした限り、危害を加えられた様子がないのは確かなようだ。履歴を見ると一時的に心拍数が上昇したときはあったが、それも現在は平静を保っている。

「どうしますか、隊長」

「気に食わないが、何人か向かわせたほうがいいだろう」

 相手が良からぬことを企んでいない、と決まったわけではない。最後の憎まれ口はただのハッタリだろうが。

 任務遂行は最上級、最上位の、最優先事項だ。場合によっては仲間を犠牲にすることを厭わぬ覚悟が必要なときだってある。

 だが、だからといって、無闇に仲間を見捨てて良いわけではない。

 人道的な話をしているわけではない。ただ、優秀な工作員の育成には金がかかる。

 常にコスト削減に頭を悩ませる雇い主…企業の幹部…にとっては、プリンターのコピー印刷一枚にかかるコストが気にかかるのと同じくらい、人員の損耗も憂慮すべき問題なのだ。

 不要になった書類の裏紙すら使い回す連中だから、新しく人を雇いなおすよりは、怪我人に会社の保険制度の素晴らしさを説くほうを選ぶに違いない。

 

 

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 通路のいたるところに散らばるγ汚染者の死体を避けながら、クレインとチャペルは情報として持ち帰れそうなものを探して施設内を彷徨っていた。

 天井からぶら下がっている蛍光灯はわずかに明滅を繰り返しており、それが二十一世紀以後爆発的に普及したLED灯ではなく、旧式の蛍光管であることがわかる。

 どれだけテクノロジーが発達しても、旧来の技術を使い続ける国は幾らでも存在する。技術的に取り残されたか、それが習慣になっているのか、あるいは意地になっているのかはわからないが。

 たぶんここもそうなのだろう、とクレインは思った。備品庫の蛍光灯が在庫を切らしても、ここの連中は照明をLED灯に交換することなんか考えないんじゃないだろうか。

 とはいえ、とクレインは考える、その機会はもう巡ってこないだろうが。

 この麻薬工場がどれだけ地下深くまで造られているのかはわからないが、爆薬を使って埋めてしまえば同じことだ。

「ねぇクーやん」

「なんだい?」

 ひとまず脅威を撃退し、一転静かになった施設内を警戒しながらチャペルがクレインに尋ねた。

「ここ、悪魔が出てきたりしないよね?」

「エネミーソナーに反応はないよ」

「ダークゾーンとか回転床はないよね?」

「送電システムか発電機が停まればダークゾーンにはなるけど、回転床はないと思うな」

「えーと」

「3Dダンジョンっぽいよね、ここ」

「うん」

 言おうと思っていたことをクレインに先取りされ、チャペルは黙りこくった。

 クレインの雑学知識の専門は映画なので、ゲームに関してはそれほど堪能なわけではないが、チャペルとの長い付き合いを通して大分感化された趣はある(これはベケットも同様)。

「どうやら連中が保有していた(という言い方が正しいのかはわからないけど)γ中毒者は入り口で一斉に襲ってきたのが大半だったようだね」

「あれで全部だったらいいんだけどなー」

「入り口に全軍動員とかゲーム的にはすごく凄まじいバランスだよね」

「戦闘開始と同時にチャージ(突撃)命令出して放置みたいな」

「すごく頭の悪い戦法だけど、それでたった二人相手に全滅するってクソゲーすぎるよね」

「ガンダムがッカタいんじゃあぁ!」

 そう(短距離レーザー通信を通して)言ったあと、チャペルのスーツが不自然な震え方をした。どうやら笑っているらしい。

 C.O.N.スーツは非常に気密性が高いため、声が外に漏れることは決してない。

 仲間同士の交信は短距離レーザー通信か、遠距離用の高度暗号化無線通信を使用し、それ以外の他者とコミュニケーションを取る場合は内蔵の拡声器を用いる。

 それらのモードは脳波で自在に切り替えることができる。ベケットとクレインは頭部に貼りつけた皮膚電極を通してそれを行うが、DNI(直接神経接続)化しているチャペルは脳と機械を直接繋いでいるため、他の二人よりも反応速度が早い。

 それでも戦闘において他の二人のほうが優れているのは、持ち前のセンスの差だろうか。

 一度だけ演習でそれぞれがC.O.N.スーツを交換して能力の測定をしたことがあるが、結果は散々なものだった。もっとも、それは単に慣れの問題だったかもしれないが。三人のスーツは個人用にカスタマイズされており、他者が使用することを想定していない。

 もっともチャペルは、三人とも同じ標準型のスーツを着用して訓練に挑んでも、自分はベケットやクレインほど上手くは戦えないだろうと思っていた。

 反応速度が早ければ、有利な条件が揃っていれば上手く戦えるほど、戦闘というのは単純なものではない。それは戦闘という要素を構成する無数の要素の一つでしかない。ほんの僅かな外的要因が加わっただけで結果は万華鏡を覗くように変化するし、それは訓練も実戦も変わらない。

 完璧に対等な状況での結果を計測することなどできないし、そもそも、そんな状況が訪れることなど有り得ないのだから、そんなことをしても意味はない。

 必要以上のことを気にかけても仕方がないな、とチャペルは思った。やるべきことをやる…いつも通りに、行って、仕事をして、帰ってくる。簡潔に。

 それが難しかった。

「 Arrête(動くな)!」

 レーザー照準器のルビー色の輝きがC.O.N.スーツのなめらかな曲面で反射し、クレインがチャペルに警告を発しようとするのと、暗闇の中から声が響いたのは同時のことだった。

 待ち伏せしていたのか、あるいは偶然の接敵か…

 二人に狙いを定める光点は一つや二つではなく、幾筋もの紅線(こうせん)が漆黒の鎧を貫かんばかりに照らされていた。

 気づけば周囲には次世代歩兵用のハイテク装備に身を包んだ兵士達が展開しており、ワインボトルほどもある大型のサプレッサーを装着したブルパップ型アサルトライフルを肩づけに構えている。

 もし連中の銃に装填されているのが、消音効果を高めるための亜音速弾であるなら、とクレインは考えた。

 標準的なフルロードのNATO規格弾よりも初速はかなり落ちるはずだから、何発かはスーツの装甲が問題なく耐えるだろう。

 もっとも、そうしたリスクを負う必要があるかどうかはまた別の問題だ。

「どうしよう、クーやん」

「動かないほうがいい。もし相手がボクらを殺すつもりなら…警告なんかせずに、最初から撃ってる」

「だよね」

 もし相手が企業工作員なら、どうしても必要がある場合を除いて警告を「するな」ということは、真っ先に教え込まれるはずだ。

 余計な手間をかけて不利になることはあれど、有利に働くことはない。

 彼らは警察ではない。常識的な行為が部隊を危険に晒し、それが原因で命を落とすことも珍しくはない。もちろん、銃口の先にいるのが非武装の民間人…特に子供だった場合などは、話は別だが。

 ゲリラ相手の戦争では子供ですら脅威になり得るが、企業工作員がそうした状況に出くわすことは稀だ。

 さて、相手はどういうつもりなのかな…クレインは暗闇に潜む何者かの動向を窺いつつ、ソナー・センサーを展開した。超音波が無限の反射を繰り替えし、モニタ上の仔細な3Dマップを描きだす。

 どうやら相手の人数は五人…いや、六人?

 いずれも壁やコンテナなどの影に身を隠し、こちらから姿が見えないよう位置取りを工夫している。実際、肉眼ではレーザーの赤い光しか確認できず、射手の輪郭すら掴むことができない。

 いや待て、もう一人いるぞ…!

 動くな、とチャペルに警告したにも関わらず、クレインは左手のクローを構えようとし…自慢の武器が無力化されたことを思い出し、爆薬装填済の麻酔銃と催幻フィールドのどちらを使うべきか迷った末、自制することを選んだ。

 もう一人、銃を持たず、明らかに他の者とは違う服装をした男はどこから現れたのか…どうやって現れたのか…二人の前にふわりと躍り出ると、腰に吊るしてあるサーベルの鍔を「カチリ」と鳴らした。

「御協力に感謝する。余計な抵抗はなさらぬよう…そちらが翻意を見せない限り、こちらから手出しはしない。ひとまずは」

「やーん、いいオトコじゃない」

 黒のラインが入ったエメラルド色のジュストコールを翻す男…ダングラールを前に、チャペルがなにやら感心したような声を発する。それはクレイン宛ての短距離レーザー通信ではなく、内蔵拡声器によるものだった。個人的意見を周囲にアピールする必要があると思ったのだろう。

 チャペルが伊達男に見とれているのを内心快くは思わないながらも、クレインは外面上は無抵抗を装いながらモニタ上でデータ収集を行っていた。

 作戦中の行動はすべてビデオ録画されているものの、それは解像度があまり高くなく、またハードディスクの容量を圧迫するため任務終了後は研究所のサーバーに転送した時点で削除してしまう。

 研究所のデータサーバーにアクセスできる状況であれば任務中でも動画の閲覧が可能だが、セキュリティ上の問題から、そうした行動を取ることは滅多にない。

 しかしビデオ録画と同時に、鮮明な画像を必要とされるポイント(そうした操作は脳波による命令で自動的に処理される)では写真も撮影され、そのデータはC.O.N.スーツ内のハードディスクにずっと蓄積される。

 それは場所であったり、物であったり、または、人であったり…

 クレインは過去に撮影した写真データから、かつてSAP隊と接触したときのもの…昨年春に中国のチベット自治区ガリ県ツァンダ郡で行われた作戦行動で収集した画像を呼び出していた。

 間違いない…クレインはこの偶然に驚きを隠せなかった。

 チベットでアルシッドの兵士たちとすれ違ったとき、遠目に互いを認識した程度だったが、なんとなくウマが合いそうにないな、などと思ったことを、おぼろげながら覚えている。

 あのときの男だった。

 たったいま目前にいるダングラールと、写真にある彼の姿を交互に見つめ…実際はそれほど厳密なチェックが必要なわけでもなかった。顔どころか、特徴的な服装まで同じだったのだから。

 なんでこんなところに?

 もっとも、その質問を先にしたのはダングラールのほうだった。

「たしか、君達は…チベットで見かけたね」

「お互いにね」

 そうだったっけ、というジェスチュアを見せるチャペルはこの際無視するとして、クレインは特に驚いたふうもなく言葉を返す。

 あれから幾度か改修されているとはいえ、C.O.N.スーツの基本的なフォルムは変わっていない。

 こんな装備はどこでも見れるものではないから、覚えられ、認識されたこと自体は驚くべきことではなかった。

 ただしダングラールの言葉にはそれ以上の含みがあったことをクレインは知らない。

 チベットで彼らの行動を追跡していたこと、ともすれば交戦状態に発展していたかもしれないこと、そして、コン・ホーに破壊されたクレインのヘッドセットを回収していたことは、ダングラールは言わなかった。

 クレインにも。チャペルにも。そして、いまこの場にいない、もう一人の重装狐にも。

「よう、行き違いで先に接触したのがオレのほうで良かったな」

「あっベーやん」

 ダングラールの背後から、自分の庭にいるような何とも緊張感のない足取りでベケットがやってくる。

 別れ際、施設の外にいた負傷者を治療するためC.O.N.スーツを脱いでいたはずだが、現在はふたたび戦闘装束に身を包んでいた。ベケットとSAP隊が互いに警戒を抱いていないところを見ると、どうやら事前に話はついているらしい。

「どういうこと」状況を把握しきれないクレインが尋ねる。

「さすがに衛生兵一人に負傷者のお守りをさせるのはキツかろうと思ってよ、衛生兵が持ってる無線機ぶん取って、こいつらに連絡したのよ。オレは優しいからなぁー」

「突入前に周辺の安全確認はしたつもりだったけど、少々認識が甘かったようだ。心遣いに感謝する、ムシュウ」

 わざとらしく大股で歩くベケットに、ダングラールがうやうやしく一礼する。

 どんな茶番だ、と思いながらも、クレインは状況が三つ巴の戦いなどという、ややこしくも有り難くない状況に発展することは避けられたことを知り、内心では安堵していた。

 懸念があるとすれば、どれだけ相手にこちら側の情報を知られているか、だが…お互いに。

 状況を再確認するためか、ダングラールは部下に銃を下ろすよう手でジェスチュアをしながら、三人に向かって話しはじめた。

「君たちはマカラハン・コーポの特務部隊だったか…実際のところどうなのかは知らないし、知りたいとも思わない。この施設を占拠している連中が製造している麻薬の情報を探っているらしいが、その点について我々は感知しない。おおいにやって頂いて結構だ」

『ねえ、少佐』

『なんだ』

 ダングラールが話をしているあいだ、クレインとベケットは相手にそれと知られないよう短距離レーザー通信で会話を交わす。

『あいつらにどこまで話をしたんだい?』

『正体はバラしてない。ブラック・ダイヤモンドについては…密造者はγを薬物転用している、という話はした。ここの連中、γ中毒者を目の当たりにしてるなら、そのくらいの説明はしてもいいだろうと思ってな。名前は教えてない。アレはウチ(CIA)が便宜的につけたコードだから、言いふらされてウチの関与を知られたら面倒だ』

『それで、ボクらの目的はなんだと』

『非人道的な研究と活動をしている悪の組織をブッ潰しにきた正義のヒーローだと言ってやった』

『なんとね』

 間違ったことを言っているわけではないが…

 表情の見えないヘルメットの下でクレインがぐるりと白目を剥き、二人の会話を聞いていたチャペルのボディが小刻みに揺れる。おそらく笑っているのだろう。

 そんなやり取りがあるのを知ってか知らずか、ダングラールは表情を変えぬまま話を続けている。

「我々の目的は…連中に拉致された研究者の救助だ。先日、我が社の現地支部に勤務していた遺伝子工学の専門家が誘拐された。連中の目的はわからない。が、いずれにせよ対処法は一つだ」

「謎の組織に拉致された研究者…映画だと絶対に助からないポジションだね」と、クレイン。

「そういうのを拡声器使って言うんじゃない」と、ベケット。

「ともかく」二人の声を無視し、ダングラールが言う。「我々の利益は相反しないわけだ。だから、今後我々は協力して任務に臨むのが最善かと思う。拉致された研究員の捜索に力を貸してくれるなら、我々は事前に入手した連中の資料をすべて君たちに譲渡しよう」

「なんだかそっちばかり有利な気がするな」

 ダングラールの提案にクレインが難色を示し、しばし場の空気が重くなる。

 いままで沈黙を保っていたチャペルが眉間に皺を寄せつつ、渋い声を発した。

「ちょっとぉクーやん、いまここでひねくれる必要なくない?」

「勘違いしないでほしいんだけど、いまのは反対したわけじゃないよ。意見じゃない、ただの個人的な感想さ」

「それが余計だっつーんだよ」

「 Aseez ...(もういいだろう)」

 三人のやかましいやりとりにうんざりしたのか、ダングラールが母国語でつぶやいた。

 続けて、彼の背後に控えていた部下たちがこっそりと進言する。

「 Nous devons obtenir peu, capitaine.(カピターン、これ以上は時間の無駄では)」

「 Je suis là pour toi, putain de grenouilles!(聞こえたぞ、フランス野郎)」

 間髪入れずに突っかかるベケット。

 先刻までのフレンドリーな空気はどこへやら…互いにプロなので、無闇に銃口を向け合うようなことはしなかったが、一触即発の状態に近づいているのは間違いなかった。

 両者が相手の力を借りず独自に行動する方法の模索をはじめたとき、チャペルが大声を張りあげた。

「もぉーっ!仲違いしてる場合じゃないよ、みんな、やるべきことがあるんだから!Amour et paix、らーぶ、あんど、ぴぃすっ!仲良くやろうよ、ね?」

 そう言って、わざとらしくジタバタと手を振るチャペル。

 その所作は女の子らしくはあったが、この場に似つかわしいものではなかった。であるにも関わらず、SAP隊はチャペルに対し不快感や疑念よりも、興味と関心を抱いたようだった。

「案外、こういうときは女性のほうがしっかりしているのかもしれないな」とSAP隊員。

「なんでそうなる?」ベケットが突っ込む。

 

 

 

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