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「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SHOP SQUAD -』

- 2nd Season -

Chapter_05 【 γ侵食 - Black Diamond - 】 Part_4

 

 

 

 

 

**      **      **      **      **      **

 

 

 

「おいおいおい、なんだいったい」

「アタシじゃないよ!?」

 不意のアクシデントにベケットが唖然とし、チャペルがパタパタと両手を振る。

 チャペルが近距離レーザー通信波でベケットとクレインにスパイドローンからの映像を送り、何事が起きたのかを確かめる。すでに他の場所を調べていたドローンも一箇所に集め、さまざまな角度から事態を検討できるよう試みていた。

 映像は荒く精度も低いため、細かい部分まではわからなかったが、どうやら指揮所が何者か…ベケットたちとは別の第三者…によって襲撃を受けているようだ。

 スパイドローンに音声の録音機能はなかったため、音は現在位置から聞こえるものだけが手がかりだった。

 短いあいだに録音できたものをフィルタにかけ、何が起きているのかを掴もうとする。

「お客人はサプレッサーを使っているのかな?」そう言って、クレインはチャペルのほうを振り向いた。「無線の傍受はできる?」

「やってみる」

 この爆発と銃声は、見張り台に立っている歩哨にも聞こえたはずだ。おそらく、彼らの通信網は蜂の巣を突いたような騒ぎになっているに違いない。

「しっかし、ヒトが神経使ってコソコソやってんのに、随分と無神経な連中がいたもんだな」

「まったく」

 不平を漏らすベケットに、クレインが同意する。

 マフィア同士の抗争か?もっとも、麻薬工場の持ち主がマフィアと決まったわけではないが…

 パーティと聞いていますぐ飛び出すわけにはいかないが、さりとて、いつまでもこんな場所でグズグズしているわけにもいかない。

 男二人が気を揉むあいだ、警備兵たちが交わす無線通信の傍受に成功したチャペルが親指を立ててみせた。

「スクラングル解析完了、そっちに中継するよ」

『イジドリーケ、こちらイドワラ3。いまの音はなんだ?現況を報告されたし、イジドリーケへ。こちらイドワラ3』

『こちらイジドリーケ、武装勢力の襲撃を(銃声)受けている。正体は不明、(金属音)(ノイズ)あれは…なんだ?』

『こちらイドワラ8、ここからは何も見えない。援護に向かうべきか?指示を乞う』

『イジドリーケ、イドワラ1、いったい何が起きている?』

『こちらイジドリーケ、イドワラ全隊へ告ぐ。持ち場を離れるな、繰り返す。持ち場を離れるな(爆発音)、以後通信は控えろ。無駄な会話でチャンネルを塞ぐんじゃない』

 どうやら警備隊本部のコールサインはイジドリーケ、敷地外周の警備にあたっている歩哨のコールサインはイドワラというらしい。

 歩哨に現状維持を命じたということは、まだ壊滅的事態には陥っていないということだ。

 通信内容とスパイドローンの映像から察するに、両者とも装甲車輌の類は持ち合わせていないらしい。そんなものを持ち込める場所でもないが…少数チームのベケットたちにとって、敵が歩兵戦力のみというのは幾らか慰めになる。

 ただし、実際は「そうではなかった」ことがすぐにわかったのだが。

「ねえ、これ…なんだい?」

 クレインが珍しく戸惑ったような声音でチャペルに音声通信を飛ばす。

 三人が見ている映像は同じものだから、ほかの二人にもクレインがなにを発見したのかがすぐにわかった。

 謎の襲撃チームの背後から、箱型の飛行物体…靴箱ほどのサイズだろうか…が複数飛来し、警備部隊に攻撃を仕掛ける様子が確認できる。

 異様なのはその攻撃方法で…

「…ビームか?これ」ベケットが眉間に皺を寄せる。

「高出力のレーザー光線かしらねぇ。でも対人殺傷用に使えるなんて、どういう技術なのかしら」

 おそらくは無人兵器の一種と目される飛行物体から光の筋が放たれ、警備兵に命中すると同時に身体の一部がはじけ飛び、命中箇所から発火が生じる。

 その様子は暗視フィルター越しからも鮮やかで、なにやら異様なものを見ている雰囲気に陥った。

 現在、対人兵器としてのレーザーはエネルギー効率と発熱問題が解決できず、どの国の軍隊も実用化には至っていない。小型化に成功したとしても、わざわざコストの安い実弾兵器の代わりに運用する理由がないからだ。

 また歩兵部隊が運用するものとしては視力を奪うなど、一時的に戦闘能力を喪失させる機能を持った個人携行用装備が試作されたこともあったが、たったいま映像で目にしたような対人殺傷目的の小型レーザー兵器の存在は噂で聞いたこともなかった。

 もっとも、そのことで一つわかった点がある。

「どうやら奴さん、ゲリラやマフィアじゃないな」苦々しくベケットが吐き捨てる。

「こういう高価な玩具(オモチャ)を扱えるのは企業の私有軍隊ねぇ。えぇと、公には私設警備部って言うんだっけ?」と、チャペル。「どっちでもいいけど」

「無人兵器ってことは、イスラエルか…フランスあたり?もちろん、ウチ(米国)のほうでなければ」クレインがつぶやいた。

「兵隊と連携が取れてるな…試験運用って雰囲気じゃないな。ちょっと待て、虫(スパイドローン)を下がらせたほうがいいぞ。人間の目は誤魔化せても、機械の目(センサー)を通したらモロバレだ」

「えっ…あ!うん、わかった」

 ベケットの指示を受け、チャペルは慌ててスパイドローンを銃撃戦の現場から退避させる。

 もっと相手の情報が欲しいところだったが、この状況で同等の最新装備を持った第三者がいることを知られるのはまずい。現場で網を張られるのは避けたい。

 必ずしも正体が露見すると決まったわけではないが、高度な無人兵器を装備した部隊が暗視装置の類を持っていないとは考え難い。

「それにしても、無人兵器を扱うなら、操縦班がどこかにいるはずだけど…」

 チャペルが口にした疑問に、ベケットが言葉を返す。「すこし離れた場所に潜伏してるのかもな。普通、あのテの無人兵器は精密な操縦は難しいはずだが…歩兵戦闘に介入して正確に敵を狙い撃てるとは、相当腕が良いんだろう」

「さぞかし高い給料を貰ってるんだろうね」そう言って、クレインがふと気になった様子でつぶやいた。「…自動操縦っていう可能性は?」

「自律型っていうこと?」チャペルが首を振る。「無理無理ィ、あのレベルで機動できるAIなんか組めないわよぉ。たとえ作れたとしても、そんな危なっかしいシロモノ、現場の兵士が嫌がるわん」

「そういうもの?」

「ちょっとした処理の遅延が致命的なミスに繋がるモノぉー。リアルタイムな情報処理を邪魔する要因なんて幾らでも転がってるしィ、眠い頭で繁華街を時速100km/hでカッ飛ばすくらい危険なのサ?」

「なるほど、近くで運転していたくはないね」

 いずれにせよ、ライフルを持った警備員では…ショッピングモールや空港でごろつきを相手に睨みをきかせるには充分だが…スーパーテクノロジーで完全武装した特殊部隊を相手にするには、あまりにも分が悪かった。

 おそらくスーパーソルジャーたちはこのまま警備本部を制圧するだろう。それも、容易く。

 それで、そのあとは?どうなる?麻薬工場に侵入するのか?

 連中は麻薬工場のことを知っているのか?

 そうとしか思えなかった。それ以外の理由で、こんな辺鄙な場所を襲撃するなど有り得ない。

 企業軍の特務部隊が直接乗り込んできたことこそがその証明になっている。通常、彼らは余計な損耗を抑えるため、些事にわざわざ出向くことはない。

 大抵の汚れ仕事は傭兵や影走狗( Shadowrunner )と呼ばれる、何も知らされていない外部の人間を雇って実行される。ベケットがミスター・ホワイトを使ったように、ミスター・ホワイトがフィクスレイを雇ったように。

 その手間すら惜しんだのは、外部の人間の手に委ねたくないほど重要な任務だからだ。

「彼等、ブラック・ダイヤモンドのことを知ってるのかな?」クレインがつぶやく。

「そう考えたほうがいいだろう」ベケットが言った。「チャー公、ヤツら無線機の類は使ってないのか?」

「いまのところはダンマリ。映像では密集してたし、使うとしても突入後に散開してからじゃないかなぁ」

「そうか…」

 あまり考えたくはないことだったが、よりにもよって、ベケットたちと謎の工作チームは任務がブッキングした可能性がある。

 このまま引き揚げる、という選択肢を取ることができない以上、何らかの形で接触することになるだろう。

 敵ではないかもしれない。だが、特殊作戦において「敵ではない」は銃口を向けない理由にはならない。

 言うまでもないが、穏便に済ませられるならそれに越したことはない。どうするべきか…ベケットが頭を悩ませたとき、またもや警備兵たちの通信が慌しくなった。

『全隊、イジドリーケ、緊急警戒態勢。イシカブを解き放つ、繰り返す。これよりイシカブを解き放つ、全周囲警戒』

『り、諒解…ジーザス…わかった、こちらイドワラ2諒解。シット』

「なんだ?」

 警備隊本部からの指令と、それに対する警備兵のただならぬ反応にベケットは片眉を吊り上げる。

「猛獣でも解き放つつもりかな」と、クレイン。

「アフリカといっても、サバンナじゃないぞ。いったい、こんな山奥になにを飼ってると思う」

 そう返しながら、不意にベケットの脳裏に、ライアンとのブリーフィングで見た映像がフラッシュバックした。

 ブラック・ダイヤモンド…結晶化したγ細胞によって肉体が変貌し、理性のないバケモノと化した人間の写真。

「まさか…」

 ベケットの内心に一抹の不安と焦燥が生じたその矢先、獣のようなけたたましい咆哮…否、狂気に満ちた叫びは野獣ですら慄くほどにおぞましい…が一帯に満ちた。

 それは銃撃戦のさなかにあってすら異様さが際立っており、チャペルとクレインの耳にもはっきりと届く。

「なに、いまの」

 まるで亡霊でも見たかのような表情でチャペルがつぶやく。

 おそらく、この二人はあの声の正体に気づいていない…ベケットは内心の動揺を抑えながら、この事実をどう評価すべきか思案した。

 そもそも警備本部が言った「イシカブ」とやらがγ汚染者のことを指しているとは限らないが、可能性は高いとベケットは思っていた。問題は、連中は最初からこのような事態を想定してバケモノを飼い慣らしていたのかどうか、だ。

 いまなら隠匿された施設にこれだけ目立つ警備体制が敷かれているのも理解できる。

 この囲いは侵入者を寄せつけないためのものではない。自分たちが飼っているバケモノを外に出さないためのものなのだ。警備兵たちが最初からγ汚染者の存在を知っていたらしいことも、その裏づけであるはずだ。

 問題は、敵が怪物であるという点ではなかった。撃ち合いで負ける気はしない。

 問題は、十中八九、状況が撃ち合いに発展するだろうということだった。

 警備本部が部下に警戒を促したのは、おそらく、怪物の動きをコントロールすることができないからだ。敷地内を勝手に動き回り、隙あらば金網を越えて外へ出て行く可能性があるからだろう。そのための警戒宣言なのだ。

 つまり、もう、傍観していられるような状況ではなくなったということだ。行動を起こすべき時だった。

「突っ込むしかねェな」ガトリングガンの銃身を持ち上げ、ベケットがつぶやく。

「ちょっと早計じゃない?」と、クレイン。

「どのみち銃声を立てた時点で捕捉されるんだ、オレたちが余所者だってのは音の種類でバレるだろうしな」

「標準の火器じゃないもんねぇ」

 左腕をすっぽり覆う巨大なガンシールドを持ち上げながらチャペルが請け合った。

 もっとも、ここから警備本部までは多少の距離がある。遭遇するまでには時間がかかるか、運が良ければ避けることもできるだろう。

 そう思いベケットが顔を上げた、そのとき。

『ギィィゥゥオオオゲエエェェェェェッッ!!』

「…足速ェな」

 上下対称に生やした四本の腕を威嚇的に伸ばし、白目を剥きながら口泡を飛ばす異形の者が立ちはだかる。

 腰を低く屈め、驚くべきスピードで長距離を瞬時に移動してきた脚力を使い獲物に飛びかかろうとした異形を、ベケットのガトリングガンの銃口が正確に捉えていた。

 ヴヴヴヴヴヴイィィィーーーーンッ!!

 電気モーターの回転音と同時に無数の大口径弾が発射され、いままさに跳躍しようとしていた人型の異形を粉砕する。すでに足が地を離れていた異形は残骸と化したまま勢いだけで前進し、無様に転がり落ちたまま動かなくなった。

 キンキンキン、という金属音とともに銃身の回転が停止し、薬莢とベルトリンクが月明かりを反射しながら岩場の斜面を滑っていく。

「さて、挨拶は済んだぜ」

 銃口から硝煙を噴き上げるガトリングガンの銃身を持ち上げ、ベケットはフライドチキンの食べ残しのような酷い有り様を見せる異形の生命体…γ汚染者の死体を焼夷剤で焼き払う。

 γ細胞がもたらす影響には未知なる部分が多く、たとえ宿主が死んでも油断はできない。

 一度でも他の構造体と融合すれば決して分離することがなく二次感染の恐れはない、とは言われているものの、それについて100%の確証があるわけではない。なによりγに汚染された構造体をそのまま放置しておくわけにはいかなかった。

 もともとベケット率いるチーム・ガンマ(旧ガンマ・ユニット)はもともとγクラスタに対抗するため組織されたもので、対γ用の装備を標準で身につけている。たったいま使用したサーメイト高温焼却剤もそのうちの一つだった。

「とりあえず、これだけやっとけば死体が起き上がるようなことはないだろ。そんなことがあるとも思えねェが」

「火は目立つけど…まあ、放っておくわけにもいかないよね」

 本来なら自分の居場所を知らせるような行動は咎めるのだが、このときばかりはクレインも反論はしない。

 とりもなおさず彼らの活動目的は、この地球からγの脅威を排除すること。まずそのことが根底にあることを忘れてはならない。数々の任務は、それを成就するための過程にすぎないのだ。

 それは例えて言うなら、ヒーローの目的は人助けであるということ…ヴィランを倒すのは、目的ではない、あくまで手段の一つ…そのことを履き違えてはならない、ということ。

「麻薬工場の壊滅、情報の入手、第三者の介入、γの脅威…やること(問題)が多過ぎて呆れちまうが、まあ、そのためにオレたちは給料を貰ってるからな」

 そう言って歩き始めるベケット、その言葉に従うかのように他の二人も後に続く。

 岩場を踏み越え、いつまた異形の怪物の襲撃があるともわからないため…警備兵がわざわざ確認のために駆けつけてくる心配はないだろうと思われた…三人は互いに死角をカバーし合いながら前進を続ける。

 幸いにもこの自然保護区内でもっとも標高の高い岩場は傾斜が緩く、踏破が可能だったため、稜線から身体のシルエットが浮かばないよう慎重に丘の裏側へ…隠れ谷の向こう側へと回った。

 すでに聞こえてくる銃声は散発的になっていたが、その範囲は広がっていた。

 おそらくは敷地の外へ脱走を試みるγ汚染者と警備兵のあいだで衝突が起きているのだろう。彼らの銃の腕が良ければいいが…とベケットは思った。

 三人が目的地へ近づいたころには、麻薬工場付近からの銃声はほとんど聞かれなくなっていた。

 あの襲撃チームはどうしただろう、とベケットは思う。

 バケモノたちを相手に身を引いたか、それとも麻薬工場へ突入したか。言うまでもなく厄介なのは後者だった。可能性が高いのも。

 そこで、クレインが尋ねる。

「少佐、聞きたいことが」

「なんだ」

「例の、無人兵器を持つ謎の部隊について。もし接触した場合はどうするんだい?」

「撃つな。とりあえずは…交渉できるようなら、こっちに敵意がないことを示そう。余計な面倒は背負い込みたくないからな。ただ、どうしても相手に聞き分けがないようなら、自分ではなく相手に死んでもらえ。詳細は各個判断に任せる」

「了解」

 丘陵から窪地を見下ろす形になり、遥か遠方に指令本部と思われる微かな明かりが見て取れた。

 手を伸ばせば掴めそうに見えたが実際はまだ2~3kmほど離れている。そのことに気づき、ベケットは今になって、先に襲いかかってきたあのγ中毒者がどうやってこの距離を一瞬で移動してきたのかふたたび疑問に思った。

 もしγ細胞を使った肉体強化がドーピング検査で引っかからないようなら、オリンピックは大変な騒ぎになるだろう。

 前方はなだらかな斜面で遮蔽がないため見通しが良かった。それはこちらの姿も発見されやすいことを意味していたが、いまさら警備本部がパトロールを派遣するとは思えなかったし、C.O.N.スーツは遠目からは岩肌と見分けがつきにくい。それに、申し訳程度ではあるが装甲の色を外周に合わせるカムフラージュ機能も備えている。

 暗視装置を使って前方を監視したとき、ベケットは奇妙なものを眼にした。

 蛍の光のようなものが複数、揺らぎながらこちらに近づいている。

 しばらくしてベケットはそれが別の何かの一部であることに気づく。やがて全体の輪郭が浮かび上がり、それがγ中毒者の目であることがわかった。

 数は複数で、形状はまちまち。辛うじてベースが人間なのはわかったが、どれも手や足が普通の人間よりも多かった。海賊が主人公の日本のコミックスに出てくるような、アンバランスに筋肉が肥大化した者もいる。

 ベケットはガトリングガンの銃口をかまえ、生物的な勘で一直線にこちらへ向かってくるγ中毒者たちをポイント、スマートガン・システムのオート・ターゲット・ロック機能で次々にタグ付けをしていく。

 一度モニター上でタグ付けをしておけば、あとは射撃管制システムが自動的に標的を狙い撃ちしてくれる。定点目標だけではなく、動的目標相手でも素早いリアルタイム補正で的を逃がさない。

 ベケットだけではなく、チャペルもすでに狙いをつけていた。クレインは背後など死角からの襲撃に備えている。

 それぞれのカメラが捉えた映像は互いに共有している。

 ベケットが叫んだ。「射撃開始( Open Fire )!」

 ヴヴヴヴヴヴイィィィーーーーンッ!!

 キャリキャリキャリキャリカカカカカンンンッッ!!

 ベケットのガトリングガンとチャペルのガンシールドが一斉に火を吹き、特徴的な銃声が響き渡る。

 降り注ぐ銃弾の嵐を受けてγ中毒者たちは次々に吹っ飛び、粉砕され、斜面を転げ落ちていった。

 苛烈な掃射によって倒れ伏した異形の者たちに、ベケットはもう一度だけ横薙ぎの銃撃を加える。人間ならとっくに死んでいるダメージを受けていたのはわかっていたが、念のためだ。

 所謂オーバーキル、80年代から連綿と受け継がれるSAS式(相手が倒れるまで撃て)の思想だ。必要があるから、やる。それだけだ。感情的な理由からではない。相手は醜いバケモノだが、個人的な恨みがあるわけではない。

 どのみちその場で死体は焼くので、彼らの両親が葬式で必要以上に悲しい思いをすることはないだろう。

「射撃停止、確認…脅威目標をクリア。これより焼却処分を実行する」

 目前の死体の山から生体反応が消えたことを確認し、ベケットはサーメイト焼却剤を取り出す。こんな数を相手にすると知っていたら火炎放射器を持ってきたのに、と思いながら。

 実際、はじめからγを相手にするとわかっていて、それが一定の被害をもたらす規模のものであることを確認しているときは予備武装として大型燃料タンクつきの火炎放射器をC.O.N.スーツに装着して出撃することがある。

 ただしそれはひどく嵩張り、重く、邪魔になる。

 なにより戦闘では機敏な動きが求められるのに、機敏な動きを妨げるそいつは戦闘の後に必要になるのだ。やってられなかった。だから、普段は外している。

 最初から火炎放射器でγクラスタを攻撃すれば手間いらずだ、と考えたこともある。実際は着火したまま飛び回ったγクラスタがあちこちに炎をお裾分けし、凄まじい二次被害を出す結果となった。「火葬パーティだ」というクレインの嫌味がいまでも脳裏の片隅にこびりついている。

 いやいや…任務中に心がくだらない寄り道をはじめたことを自覚し、ベケットはさっさと焼却剤に着火してγ汚染者たちの死体を焼き払う。

「そのうち、彼らを治療する方法も見つかるのかしら」とチャペルがつぶやいた。

「どうだろうな…少なくとも、あいつら(γ中毒者)の存在は当初のγとの戦いでは出現が予期されていなかったものだ。γ細胞を薬物に混入して摂取するとはな…治療ねぇ。うち(CIA)でもそういう研究はやってないし、民間の医療機関に至っては存在すら知られてないだろう。でなけりゃあ、困る。民間レベルで治療法が確立されるような事態にはなってほしくない」苦々しい表情でベケットが言う。

「だからいま、ボクらがここにいる。だろう?」そう言って、クレインが肩をすくめた。

 まるでバイオハザードの世界だな、とベケットは思った。ああいうのはモニターの中で楽しむには充分だが、現実にああいうことが起きて欲しいと思ったことは一度もない。

 倫理観や正義感からではない、尻拭いをするのは自分だとわかっているからだ。

「すこし移動のペースを早めようか。先行した連中に工場を爆破でもされたらかなわねぇ」

 そう言って動きはじめるベケットに、チャペルが疑問を口にする。

「でも、大丈夫かしら?警備隊はまだ表に残ってるんでしょう?」

「どうかな。たぶん屋内に引っ込んだんじゃねぇか」

「どうして?」

「γ中毒者を野に解き放つのに、自分たちが残ってたらまず真っ先にやられちまうだろう?味方の見分けがつくよう教育されていたようには見えないからな」

 それは今気づいたことだが、とまでは、ベケットは言わなかった。

 おそらく警備本部の連中は化け物を外に解放したあと、山中…天然の要塞の内部にある麻薬工場へ引っ込んだはずだ。侵入者を化け物と抱き合わせにして外に締め出したわけだ。

 そのことを裏づけるように、工場のほうから巨大な爆発音が響く。三人が立っている位置からも巨大な火柱が上がっているのが見えた。

「あれはたぶん、例のお客が壁を爆破したんだな。施設の内部へ侵入するために…どうやら諦める気はないらしい」

 そう言いながら、しつこい連中だ、とベケットは無言でつけ足した。

 おそらく彼らの会社の上司は異形の化け物より恐ろしい存在なのだろう。成果もなしに帰ったら素手で八つ裂きにされるに違いない。あるいは、任務の失敗を死よりも恥ずかしいものと考えるサムライ精神の持ち主か。

 どのみち自分たちも素早く行動する必要があるな、とベケットは思った。他人の心配をしている場合ではない。さもなければ自分たちが何の成果もなしに手ぶらで帰り、八つ裂きにされるか、詰め腹を切るかの決断をしなければならなくなる。

 岩場から足を踏み外さないようにしながら、三人は素早くも慎重に傾斜を下っていく。

 いっそのこと転がり落ちたほうが早いかもしれないが、頑丈なスーツに身を包んでいるからといって怪我をしないわけではない。鎧は無事だが中身が悲惨なことになる、ということだって十分に有り得る。

 いっそのこと飛行できる自分が先行して安全を確保するべきか?とベケットは考えた。だが、すぐにそれを脳内で否定する。いや、やめたほうがいい。状況を正確に把握できていない以上、単独で先走るのは危険だ。

 幾らかの時間をかけて警備隊本部まで近づくと、そこが悲惨な有り様になっているのがわかった。

 おそらくレーザー攻撃を受けた影響だろう、あちこちから火の手が上がり、それがカンバス地のテントに燃え移っている。そこいらじゅうに積み上げられたコンテナが倒壊し、中身がこぼれていた。概ね糧食(レーション)や下着といった補給品の類だ。

 消火器を使ったのか、あちこちにシリコンや硫酸アンモニウムといった化学物質で構成された消化剤の跡が見て取れる。たぶん、途中で諦めたのだろう。銃火が飛び交うなかで消火活動を続けるには大変な忍耐を要する。

 銃弾やレーザー攻撃を受けて死んだ警備兵の死体があちこちに転がっていたが、これで全員だとは思えなかった。

 横転したトラックの近くに、麻薬工場へと続く隔壁が見える。生き残った警備兵たちは皆、あの向こう側へ引っ込んだに違いない。

 さて、自分たちはどのルートで侵入するか…そう考えはじめたとき、ベケットはそれほど離れていない距離から悲鳴が上がったのを聞いた。

「 Putain de putain, ne venez pas avec moi! (ちくしょう、こっちに来るんじゃねえバケモノ!)」

 声があったほうを向き…間接が四つ以上あり、ところどころ枝分かれしている腕で何者かを組み伏せているγ中毒者の姿が見える。

 ベケットはC.O.N.スーツの大腿部装甲を開き、格納されていた大口径拳銃を抜いて精密照準モードでγ中毒者の背中に狙いをつけた。

 ドガンッ!!

 爆音が空気を切り裂き、.730口径のホローポイント弾がγ中毒者の首のつけ根に命中、大動脈を破壊しながら直進を続けた弾頭はγ中毒者の頭部をもろとも粉砕する。

 先刻までγ中毒者に襲われていた何者かは大量の血飛沫と破裂した頭部の残骸をもろに引っかぶり、それでも恐慌をきたさず地面に転がっていたライフルを手に取り、慌てて銃口をベケットに向ける。

「 Qui es-tu!? (おまえ、何者だ!?)」

「 Il suffit de parler anglais, vraiment vous voulez poser une mauvaise question. (そういう質問をしたいなら英語で話せよな)」

 銃口を向けられながらも動じることなく、ややぎこちないフランス語で返すベケットに相手は驚いたような表情を見せる。

 軽いショック症状を起こしているらしい男は見たところ軍人のようだったが、防弾ヘルメットにはカメラとディスプレイが一体化した暗視装置が装着されており、装備のあちこちに電子装置やバッテリーがぶら下がっている。間違いなく特殊作戦要員だ。

 どこかで見たような格好だ…と思い、ベケットはすぐに昨年4月のチベットで遭遇したフランス企業の兵士たちの姿を思い出した。彼らの操る言語とも一致する。

「 Alcide électronique? (アルシッドの兵隊か?)」

「 Tu ne sauras jamais. (言う必要はない)」

「 Pourquoi si sérieux? (カテェなぁ)」

「どうしたの?」

 ベケットとアルシッド社の兵士が問答を繰り返しているところへ、銃声を聞きつけたチャペルとクレインが駆け寄ってくる。

 数が増えたせいか、アルシッド社の兵士は余計に怯えてしまったようだ。ごつい照準器を載せた新型のFA-MAS小銃を子供のお守りのように抱えるが、すでに戦う意志を無くしていた。

 また周囲を見回すと、あちこちで呻き声をあげながら倒れている兵士たちの姿が見える。

「どうやら、負傷兵だけ外に取り残されたらしいね」と、クレインがにべもなく言った。

「 Whoa, êtes-vous médecin?(へぇ、それじゃあオマエは医者か)」

「?」

 ベケットの言葉に、アルシッドの兵隊はぽかんと口をあけて彼のほうを見返す。

 さっきまでの口の堅さとはまた違った反応に戸惑い、こめかみを掻くベケットにクレインが言い添えた。

「 Aide-soignant militaire. 」

「なんだって?」

「衛生兵、と言いたかったのだろう?訳語のチョイスに問題があるよ」

「ヘッ、所詮はニワカ仕込だものよ」

 各国語を習得しているスーパーエージェントといえど、そのすべてがネイティヴ並というわけには中々いかないものだ。

 目前の兵士は標準的な歩兵装備のほかに…先進的な電子機器を除けば…医療バッグを肩にかけていた。一見すると爆薬入れのようにも見えたが、攻撃的な道具を入れるなら赤十字マークのついていない鞄を選ぶだろう。

 おそらく彼が所属する部隊の指揮官は、手負いを連れたまま突入を敢行するこはできないと判断したのだろう。ひとまず安全の確保が確認された場所に負傷者と衛生兵を残して先行したものと思われた。

 問題は、負傷者を残した場所が安全ではなかったことだが。

「とりあえず助けてもらったんだから礼くらい言えよな…と言いたいところだが、逆の立場だったらオレも礼なんか言わないだろうな」

「恩知らずだからぁ?」

「そうじゃねーよ。たとえ不利益にならなくても、部外者の手を借りたっていうのは外聞のいいもんじゃねーからな」

 戦場に似つかわしくない口調で語尾を甘くのばすチャペルの言葉を躱しながら、ベケットは現在の状況の査定を試みた。

 ギャングに毛が生えたような民間警備会社でも、任務終了後には必ず報告書を書くものだ。中身は適当で、誤魔化しに満ちているかもしれないが、それでも終業のチャイムが鳴った途端に頭を空っぽにしてタイムカードを押して帰宅するというわけにはいかない。

 まして大企業お抱えの特務部隊ともなれば、任務遂行における経過は分刻みの仔細な報告を求められるだろう。彼らの場合は装備…自社製品のテストも兼ねている。軍属の特殊部隊より熱心な可能性もある。

 こちらの望むような形での協力は望めないか…

 そんなベケットの考えを読んだのか、クレインが左腕に装着された多層弾倉型ガス式麻酔銃を掲げて見せた。

「クスリ使うかい?」

「物騒なことを言うなよ。滅茶苦茶評判悪くするからな、ソレ」

 改良されたクレインの麻酔銃は多数のシリンダー型弾倉を内蔵しており、用途に応じて異なる種類の弾を撃ち出すことができる。

 おそらくは自白剤の使用を提案したのだろうが、そういう類の薬物の使用は相手組織にひどく心象の悪いものを残す。

 こちらの正体がばれなければ問題ない、というわけにはいかない。

 どれだけ気をつけていても裏で情報が回って正体が露見することは普通に有り得るし(基本的には誰もが見て見ぬフリをするので、おおっぴらに喧伝されることはまずないが)、相手の恨みを買う行為というのは、将来どういう形で自分の首を絞める遠因となるかわからない。

 とはいえ、そういうことを気にしない局員がいるのは事実だ。星条旗の下では自分こそがルールだと思い込み、目的のために手段を選ばない者もいる。

 やがては組織の力を自分自身の力と思い込み、道を踏み外していく…

 まあ、そんなことまでは考えなくとも、ある程度は自省したほうが結果として上手くいくことが多い、というのがベケットの流儀であったから、安易な解法に頼るのはなるべく避けたいところだった。

 その後もベケットはアルシッドの衛生兵に所属や目的、部隊の規模などを質問するが、相手はただ黙ったまま言葉を返す気配はない。

 さすがにうんざりしたのか、処置なし、といった具合にベケットが首を振った。

「戦時捕虜だってBIG4(名前、所属、階級、認識番号)くらいは話すもんだぜ。愛想のねぇヤツだな」

「愛想とかいう問題かな」

 クレインとしては、チームリーダーのベケットがいつまでも第三勢力の兵隊如きにかかずらっていることのほうが気がかりだった。

 放置しておいても害はなさそうだし、先行した部隊に遅れを取らないためにも、さっさと施設内へ侵入すべきだと考えていたのだが、次にベケットが発した意外な一言がクレインを若干動揺させた。

「おい、オレここに残るからオマエら先に行け」

「なにその判断」

「怪我人ばっか残して放置しておけねーだろ。またあのバケモノが来たら絶対に死人出るぞ」

「いや、そうは言ってもね。さすがに、彼らの子守をするのは人が好すぎるんじゃあないのかい?」

「ここで見殺しにせず助けておけば交渉材料になるだろーが…それに、もし放置して死人が出たら十中八九逆恨みされんぞ。オレたちが殺したと思われるかも」

「それでボクらが戦力を割くっていうのは、何か釈然としないな…」

「なんだよ、チャー公と二人じゃ不安か?こんくらいの任務、単独で凸ったことだってあるだろーが。なぁに、オレもすぐ追いつくさ」

 そう言うと、ベケットはクレインの返事を待たずにC.O.N.スーツの着脱プロセスを起動した。回線がオフライン状態になり、装甲が展開すると同時に内部に充填されていたエアが音を立てて排出される。

 ヘッドセットを脱ぎ捨て、インナーウェア姿のベケットが固い岩の地面の上に躍り出る。

 その姿を見たアルシッドの衛生兵は「アッ」と驚きの声を上げた。

「 Renardivisé(狐魂)!?」

「いけねぇ、擬態すんのを忘れてた」

 しまった、というような態度を一応は表に出すものの、その実どうでもよさそうな口調でベケットがつぶやく。

「残るのはいいけど、なんで脱いだの」クレインが口を挟む。

「負傷者の手当てだよ。あのごついスーツ着たままでそんな作業はやれねーからな」

 いいからオマエらは早く先に行け、というふうに手を振るベケット。

 どこまで人が好いのやら、なんだかんだ言って本当は怪我人を放っておけないだけのくせに…とクレインは内心で思いながらも、それは口に出さず、やれやれと首を振ってチャペルと共に壁に空いた大穴から工場内部へと侵入を計る。

 二人が離れるのを傍目で確認すると、ベケットは困惑したままのアルシッド衛生兵に向かって言った。

「 Je reste ici.(オレここに残るわ)」

「 Quel genre de décision était-ce?(どんな判断だ)」

 自ら武装解除して近づいてくるベケットを訝るアルシッドの衛生兵に、ベケットは負傷者を治療する手伝いができるということ、自分も正規の医療訓練を受けているから一通りの施術は可能なことを伝えた。

 その行動の真意を測りかねている衛生兵から医療バッグをひったくるようにして奪い、ベケットは内容物を確認する。

 負傷者の数は7~8人と多く、致命傷を負った者はいないものの、何人かは出血が酷く衰弱している。もたもたしていたら手遅れになるかもしれない。

 なにより、まずいことに、見当をつけず適当に治療するだけでは医療品が足りなくなるかもしれない。

 今回の作戦でベケットは医療キットを携行していなかった。作戦中の負傷はC.O.N.スーツの機能で応急処置が可能だし、そもそも第三者との接触自体、想定された事態ではなかった。ましてスーツを脱いだ状態で敵地での活動を行うことなどは。

 手当ての前に綿密な打ち合わせをする必要があった。

 衰弱の酷い負傷者がいるのは気がかりだったが、治療を焦るあまり、本来なら助かるはずだった人間を死なせてしまうようなことになるのは避けたい。

 どうやらアルシッドの衛生兵も同じことを考えていたらしい。ところがさっきまで治療できる人間は自分一人しかおらず、おまけに怪物の晩飯になりかかったのだ。錬度の高い特殊作戦要員でも動揺するのは無理のない状況だった。

 いまはだいぶ落ち着いており、未だにベケットを警戒してはいるものの、そのレヴェルは「敵対分子」から「胡散臭い余所者」くらいまでに低下していた。

 彼は患者全員の容態を把握しており、ベケットはその情報をもとに医療品の総量と作業手順を推量し、怪我の度合いが酷い負傷者から治療にあたる。

 万全を期すなら自分で負傷者全員の容態を改めて確認する必要があったが、そんな時間はなかった。それに、相手もプロだ。その点を尊重し、相手の警戒を解くためにも、こちらは相手に最低限の信頼を置いていることを示さなければならない。

 負傷者の治療にあたりながら、ベケットはアルシッドの衛生兵に話の水を向ける。

「 Hey, que faites-vous ici? Allez, parlez-moi bien?(なあ、オマエらここで何してたんだ?言えって)」

「 Vous parlez d'abord, je vous parle.(そっちが先に話すなら)」

「 Nous allons y entrer, et sur quoi?(いつまでもそう邪険にするなよ)」

 相手はすでに心を許している、すべてではないにしろ、幾らかは。それはわかる。

 ただ情報を漏らすつもりはないようだった。プロ意識ではない。この期に及んでベケットが危害を加えてくるようなことはないとタカを括っているのだ。

 畜生め、とベケットは内心で毒づく。

 相手の認識が正かったからではない、場合によっては、その限りではないことを証明する必要があるかもしれないことを思ってのことだった。

 

 

 

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