「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SHOP SQUAD -』

- 2nd Season -

Chapter_05 【 γ侵食 - Black Diamond - 】 Part_3

 

 

 

 

 

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 夜中に襲撃を受けたこともあり、チャペルが次に目を覚ましたのは昼前だった。

「うや…?」

 すっかり高くなった太陽の日差しが、チャペルの寝ていたソファの裏にまで届き、彼女の顔を明るく照らしている。

 むくりと起き上がったチャペルは額をおさえ、普段セットしてあるはずの目覚まし用ソフトウェア…起きずにいると脳にガツンと衝撃が響き、ご丁寧なことに二度寝防止の機能までついている…がオフになっていることに気がついた。

 昨夜の騒動のあと、設定時刻をすこしずらすつもりが、そのまま寝てしまったのだった。

 ぼんやりと寝ぼけ眼をこするチャペルに、ガレージから出てきたベケットが声をかける。

「よう、オソヨウ。ゆっくり眠れたみたいだな」

「起こしてくれればよかったのにぃ~…」

「べつに、女の睡眠時間を削ってまで急ぐようなことは何もねぇさ。朝メシ、食うか?」

「もうお昼ごはんだね。なにがあるの?」

 薄手のシャツに下着のみという格好でシーツから這い出てきたチャペルに、ベケットがビニール袋を差し出す。

 中にはコンビニで買ったスナックやドリンクのほかに、屋台で買ったと思しきジャンクフードが幾つか新聞紙に包まれた状態で放り込まれていた。

「喫茶店でテイクアウトをやってたんでな。フィッシュアンドチップスに、カラマリのフライ、プレーゴのバーガー」

「朝っぱらから油モノですかい」

「朝っぱらからポテトチップスをコーラで流し込む女の言葉とは思えないぜ」

「うぬう。ところで、プレーゴってなにさ?」

「牛肉のステーキ、だな。たしか、元はピザソースか何かの名前だったはずだが。たぶん、なんか間違った形で言葉が伝わったんだろ…南ア製英語ってやつ」

 コーヒーも買ってきたが、冷める前に全部飲んでしまった、とベケットは言った。

 チャペルはビニール袋のなかを掻き回し、黒い缶に鋭い目つきで口を大きく開けた虎のイラストが描かれているエナジードリンクを手に取った。見覚えのないブランドだ、エド・ハーディというらしい。これも南ア製だろうか。

 洒落たブランチなど自分には無縁だな、などと思いながらチャペルは缶のプルタブに爪をひっかけ、ゴクゴクと喉を鳴らして半分ほど一気に飲み干した。寝起きの乾きを癒すとともに、カフェインの覚醒作用で脳が回転をはじめる。このままゲームを始めたくなる気分だ。

 オフの日課を諦めながら、チャペルはエナジードリンクの缶に口をつけたままベケットに訊ねる。

「ところで、クーやんは?」

「いま偵察に出てるよ。一般人がどの程度まで近づけるか、それと、可能な範囲で警備状況を探るために。おそらく武装した警備兵が配置されてるだろうが、近づいただけでいきなり撃たれることはないはずだ」

 麻薬製造工場があるというコーゲルバーグ自然保護区は観光地で、誰が隠れ蓑として利用しているにせよ、目立つような敵対行動はまず取らないはずだ。わざわざ注目を集めるような真似はすまい。

 工場の座標は出発前に取得済みだったので、あとは侵入ルートを設定するだけだった。山に囲まれた地形だから、相手が全方位に大規模部隊を駐留させているのでない限り、方法は幾らでもあるはずだった。

 ヘリが使えるなら空挺降下という手もあったが、今回の任務ではそうしたオプションは用意されていない。それに対空レーダーやAAガン(対空砲)が隠されている可能性を考えると、すこし危険すぎる。

 周囲を見回し、チャペルは事務所がだいぶ整理されていることに気がついた。

 昨夜までは不法入居者の寄り合い所みたいだったのが、いまではビジネス客を迎えてもまったく問題ないほどに整頓が行き届いている。家具の位置もかなり動かされており、これだけの作業を行うあいだに自分が目を醒まさなかったのは鈍感なせいか、それともベケットの手際が良かったのだろうかとチャペルは訝しんだ。

「スーツはもう取り出したの?」

「ああ、ガレージに吊るしてある。まだ組み立ては終わってないけどな…手こずるぜ、あれは」

 そう言いながら、ふらりとガレージに向かうベケットのあとをチャペルはついていく。

 表の展示スペースに収まらなかった何台かの中古車が並ぶなか、その奥の目立たないスペースに三人のC.O.N.スーツがチェーンのついたフックに吊るされていた。

 機械油にまみれた軍手で額の汗を拭いながら、ベケットが言う。

「車をバラして、パーツを取り出して、また車を元通りに戻して…難儀だったぜ」

「本当に、起こしてくれれば手伝ったのに…」

「ウォーミングアップには丁度良かったよ。万が一客が来るといけないから、表の車は全部組み立てたが、ガレージにあるぶんは放っておいていいな」

 ベケットの言葉通り、ガレージのあちこちに車のフレームやシート、その他パーツが直置きされていた。もともと組み立てなおすつもりもないので、きちんと並べることもせず雑然と積まれている。

 おそらく今日はスーツを組み立てる作業にかかりきりになるだろう。それに防音設備がない以上、日没までしか作業はできない。騒音を立てて周辺住民との軋轢を生み、余計なトラブルを招くことは避けたかった。

 通常客への応対でガレージを見せることはないが、クレーマーとなれば話が変わってくる。特に何か考えがあるわけでもないのに、中を見せろと騒いで譲らない可能性がある。相手は強盗でもなんでもないから、そのときはぶちのめして黙らせるというわけにはいかない。

 相手が強盗なら、返り討ちに遭って海の底に沈んだとしても、誰も深く気には留めない。あるいは思わぬお宝を発見して、市外の故売商まで換金へ行くのに一日か二日かけることもあるだろうから、束の間姿を消しただけで詮索されることはないだろう。だが、スーパーマーケットのレジ打ちとか集合住宅の管理人が相手ではそうはいかない。

 これは倫理の問題ではない。ただ、市街地のど真ん中で近隣住民を敵に回すのはヤバイ。

 スーツを着用して銃を撃ちまくりながら脱出すれば逃げれなくもないだろうが、そんなことをしたところで、最初からスカッドミサイルでも使ったほうがマシだったと上司に言われるのがオチだ。

 日が落ちればゆっくり休めるから、それまでベケットは休憩を入れずに作業を続けた。

 チャペルはC.O.N.スーツの電気系統やシステム関連のチェックを担当し、念入りに各部のコンディションを確認する。いざというときにエラーが発生して機能がストップするようでは目も当てられない。

 もっとも実戦での運用を想定して、チャペルは多少の不具合があってもそれを無視して稼動し続けられるようシステムを組んではいたが、何にせよ過信は禁物だ。

 真夏だから日が落ちるのは遅いだろうと思っていたが、午後七時にはすでにかなり暗くなっていた。

 大部分の作業を終え、そろそろ夕飯の用意を考えなければならなくなったとき、展示スペースに一台の車が入ってきた。

 近くにコンビニがあるわけではないから、少し間借りしたいだけの非礼な一般人ではないだろう。

 敵か味方かのどちらかのはずだった。ベケットとチャペルは運転席にクレインの姿を確認し、肩の力を抜いた。

 薄明かりを照らして帰還したのは、ダークグリーンのトライアンフ・スピットファイアだった。2シーターの小型スポーツカーで、英国製だがデザインしたのはイタリア人だ。ハード・トップをつけているので多少は目立たなくなっているが、どこでも見かけるような車種ではない。

 丹念に整備が行き届いていたので、元のオーナーはさぞかし悔しがったことだろう。まさか盗まれた一週間後に南アフリカの海岸沿いを走っているとは夢にも思うまい。

 こいつを盗んだのはクレイン自身で、間違いなく自分の趣味で選んだものと思われた。

 助手席から大きなビニール袋を取り出し、ドアにロックをかけるクレインにベケットが近づいていく。

「楽しいドライブだったか?」

「まあね」

 ベケットの質問には幾らか咎めるようなニュアンスが含まれていたが、クレインは表情一つ変えなかった。ベケットの意図に気づかなかったわけではない。たんに無視しただけだ。

 つまり、いつもの光景だった。

 肩をすくめるベケットの横を素通りし、クレインは解体されたアリエスのボンネットに腰かけているチャペルに手を振る。

 床にそっと置かれたビニール袋をがさがさと探り、中から漂う香ばしい匂いにチャペルが声を上げた。

「おう、けんたっちーだ」

「ボクは少佐のようなタフガイとは違うからね。得体の知れない屋台で買ったディナーより、こういう無難なやつのほうが落ち着く」

「うっせ」

 三人はテーブルを囲むなどという上品な真似はせず、それぞれが積まれたタイヤや車のシートに腰かけると、勝手に食事をはじめた。

 スパイスのきいた香ばしいチキンをガツガツと平らげつつ、チャペルが疑問を口にする。

「そういえば、このへんってけんたっちー多いよね?なんでだろ」

「人種のるつぼだからねぇ」

「?」

 困惑顔を見せるチャペルに、クレインがさらに説明を加えた。

「宗教上の制約だよ。ホラ、鶏肉を禁止してる宗教ってないから」

「あ、そっか。イスラム教徒多いんだっけ」

「牛や豚を禁止する宗教は他にもあるしね。それにイスラムの場合、鶏肉でもイスラム教徒が処理したものでないと口にしちゃいけないっていう決まりがあって、飲食店用の審査機構もちゃんとあるんだ」

「つまり、こいつは敬虔なムスリムが由緒正しい伝統に則って捌いたチキンってわけだ」ベケットが口を挟む。

「そういうこと。まあ、さすがにモスクの隣に店があったのはビックリしたけど」

 外食で世界展開を狙うには、どんな混ぜ物がしてあるかわからないハンバーガーよりも、チキンのほうが有利であるらしい。

 多少胃袋が落ち着いて食事のペースがスローになりはじめたとき、ベケットがクレインに訊ねた。

「で、首尾は?」

「敷地内は立ち入り禁止になっていたよ。なんでも、危険な猛獣が紛れ込んだとかで…厳戒態勢下っていうのかな。フェンスの囲いのなかを、ライフルで武装した警備隊が巡回していた」

 外出の理由が夕飯の買い出しではないことを思い出したクレインが、訥々と偵察状況を報告する。

「パッと見ではギャングには見えなかったな。あるいは、彼ら自身は本当に雇われた外部の保安要員なのかもしれない。外周には100m間隔で監視塔が設置してあって、そこに見張りが立ってたよ。おそらく無線で定時連絡を取っているだろうから、潜入するときは始末せずにやり過ごしたほうがいい」

「武装は?」

「だいたい国産のベクターR4を使ってるね。ただ部内で装備が統一されてるわけではないようだ、M4やカラシニコフを持ってるやつもいた。稀にUZIもいたかな」

 紙コップ入りのミントティーをすすりながら、まるで明日の天気について話すような口ぶりでクレインは続ける。

 数年前とは違い、現行のC.O.N.アーマーは主要小銃弾の直撃を受けても表面装甲ではじくので、正面から突入してもたいしたダメージを受けることなく守備勢力を撃破することは可能だろう。

 とはいえ、三人は戦争に来たわけではない。今回の作戦はあくまで隠密潜入であり、余計なトラブルは避けるに越したことはない。

 政府職員が違法に武器を持ち込んで現地民と施設を攻撃するのは明らかに内政干渉であり、れっきとした侵略行為である。その目的が犯罪組織の撲滅であっても、公的な活動なら事前に現地政府への通達があって然るべきであり、もし今回の攻撃が露見すれば国際社会からの批難は到底免れない。

「車で外周をぐるりと回ったけど、監視塔のせいであまり深いところまで調べられなかった。24時間態勢だろうから、おそらくは敷地のどこかにCP(指令本部)があるんじゃないかな。そこは避けて通りたいね」

「で、侵入路の目星はついたかよ」

「まずいね」

「なに?」

 思わしくないクレインの口ぶりに、ベケットが眉をひそめる。

 紙コップを潰し、鳥の骨が入った防水紙のパッケージに放り込みながら、クレインが言った。

「衛星写真では気づかなかったけど、あそこは岩肌に草が生えているだけで、木がほとんどない。実際に見るまでは、てっきりジャングルかと思ってたよ…誰にも見られずに潜入するのはすこし骨が折れるね」

「中東を思い出すな。最近、あっち方面はご無沙汰だから」

「たしかに」

 要するに、隠れるのが難しい地形というわけだ。

 もっとも今回はいままでと違って、クレインのスーツに装着された新型装備が役に立つはずだった。隠密作戦用の特殊装置が組み込まれているのだ。いわずもがな過信はできないが。

 どのみち、いまさら特殊な手段を使うことはできない。

 チャペルが所持している携帯型端末から投射されたホログラフの地図を睨みつつ、ベケットが言った。

「まず南下して、R310道路から国道二号線を経由しR44道路に乗り換える。プリングル湾に入り江があるから、そこにボートを隠そう」

「ボート?」

「あれさ」

 意外そうな顔をするクレインに、ベケットが格納庫の隅のほうを親指でさして顎をしゃくってみせた。

 そこにはバラバラに分解された車輌に混じって、エンジンつきの小型ゴムボートが置かれていた。ゾディアック社製の高性能モデルで、外観は民間用のスポーティなカラーリングだが、中身は軍用とまったく変わらない。

「オレたちは作戦が終了したあと、スーツを持ち帰らにゃならんからな。入国したときとと同じ方法で出国はできない…で、こいつの出番よ」

「ボートでどこまで行くつもりだい…さすがにアレで太平洋を横断するのは無茶だよ」

「それは、実際にそのときが来てからのお楽しみだな。ただ、こいつが使えなくなるようだと、オレたちは徒歩でアメリカまで帰らなきゃならなくなる。地球の裏側までな」

 ボートを入り江に隠したら、北上して自然公園の敷地内に侵入する。

 麻薬工場が隠されている場所までは6kmほどだが、直進すると山頂にぶち当たるため、場合によっては迂回する必要が出てくる。ただ衛星写真を確認した限り急斜面ではないようなので、そのまま最短距離を進める可能性はあった。

 実際にコーゲルバーグ自然保護区に侵入するのは夜になってからだが、ここからプリングル湾までは60kmほど距離があり、道路がどれだけ混雑するかわからない以上、夕方には出発しなければならないだろう。

 今日のところはゆっくり休んで、明日になったら追加の情報収集と、C.O.N.スーツの最終調整をする。

 一杯ひっかけるために出かけるのは避けたほうが良いだろう。先日の襲撃者たちはまだクローゼットのなかで昏倒している。昼頃に目を醒ましたので、モルヒネとスコポラミンの混合薬を注射して黙らせたのだ。

 酒場で彼らの知り合いと出くわして、「やあ、昨日君たちを襲った友人たちはどうしたんだい?」などと訊ねられるのは避けたかった。

 

 

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 ベケットたちが早めの就寝の用意をしているあいだ、スプリングフィールドではまだ太陽が真上より若干西に傾いた位置にあった。

 米秘匿狐魂研究所では、ライアンが一人の男を連れてオフィスへ案内する途中だった。夏用コートを腕に巻きつけ、第一ボタンを外した男の身体からは、一度シャワーで丹念に洗ったくらいでは落ちない薬品の匂いが染みついている。

 ライアン、続いて客人の男がオフィスに入ったのを確認し、付き添いのマグダラがコーヒーを勧める。

 男がクリーム入りを、ライアンがいつも通りのブラックを頼み、マグダラは用意のため退室する。その仕草は一見すると秘書かなにかに見えたが、彼女が正規の保安要員で、なにか問題が発生すれば、すぐにでも結界構築のためあちこちに残した『印』を結ぶであろうことを男は察した。

 古ぼけた革張りの椅子に腰掛け、オフィス内を一望する男を見つめながら、ライアンが口を開いた。

「普段、ここに客人を通すことは滅多になくてな。碌なもてなしもできず、すまない」

「気遣いは結構です。それに外部の人間がここまで入ってくるなど、ほとんど奇跡のようなものでしょう?」

 男…UFSO(狐魂権利保護団体)オランダ支部附属研究所の主任ノーマッド博士はおどけたような口調で軽く背をのけぞらせ、それを見たライアンが苦笑した。

 ベケットとの面会で言った、昨年から連絡を取り続けていた面会相手とはノーマッド博士のことだった。

 理由は幾つかある。

 狐魂が人間社会に対して与える影響をコントロールするため、狐魂として組織の中枢にいるという立場が互いに似ているというのが一つ。また、地球へ放逐され重症を負った狐魂のための義体を製造している、博士の技術的手腕に個人的な興味があったというのも一つ。

 ノーマッド博士が面会を先延ばしにしていたのは、単純に激務が続いたため時間を確保できなかったせいもあるし、なにより、存在そのものが非公式である米狐魂調査チームの正体を疑っていたせいもある。

 打診があった際、ライアンが昨年にシロッコとベケットが接触した事件を引き合いに出したため、「やらせ」でないことはすぐに理解できたが、それでも陰謀や下心なしに会いたがっているという話は、にわかに信じ難かった。

 ましてノーマッド博士が発明した義体技術に興味があるとなれば、それを利用したがっているのではないかと考えていたのだが…

 実際に当人と会って、そうした認識が間違いであったことを悟るのに、それほど時間はかからなかった。

 ふたたび入室してきたマグダラからコーヒーを受け取り、彼女が退室したあと、ライアンがノーマッド博士の瞳をじっと見据えて言った。

「君の義体技術は…随分と古いものだ」

「なんですと?」

「あの、シロッコという少女、そしてUFSOに保護され治療を受けた狐魂たちが身につけている義肢、あの技術は君のオリジナルではないだろう?すくなくとも、この地球で発明されたものではない」

「開口一番、なにを言い出すかと思えば…言いがかりをつけるおつもりですか?」

「たんに興味があるだけだよ。あれは百年前、惑星ナーサティアで対γ用に開発された戦闘用義肢に使われていた技術だ。幾らか改良されてはいるが、基本設計と、制御チップのプログラムに偶然では有り得ない一致が見られた」

「私が製造した義肢を研究したのですか?」

「入手するのはさほど難しくなかった。一般向けに供与されているものであるしな」

 そのときにはノーマッド博士も、自分がここへ呼ばれた理由を呑みこみはじめていた。

 はじめ、この会合は敵対的なものになるか、さもなければ相手の利を汲むような条件を提示されるのではないかと考えていた。しかし、そうではない…ノーマッド博士は思った。

 これはひどく個人的な話なのだ、と。

 ノーマッド博士は表情を変えることこそなかったが、内心では動揺を抑えきれずに訊ねた。

「ひょっとして、私とあなたは…以前、会ったことがあるのではないですか」

「ああ。言葉を交わしたことはなかったが」

「やはりあなたは、マスター…!!」

 感極まったか、ノーマッド博士はライアンにすがりつくような姿勢でひざまづく。

「まさか、再会することがあるとは思わず…もう一度会いたいなどという考えが頭にのぼることすら…」

「やはり君は、セイバー・プロジェクトの生き残りか」

 セイバー・プロジェクト(救世主計画)。

 ライアンが故郷の星を追われ、地球へ墜ち延びるまえ、数多の惑星に立ち寄った際に設置した惑星救済用プログラム。

 惑星が外敵による危機に見舞われたときに起動し、速やかにそれを排除する超強力な戦闘用サイボーグ、それがセイバー・プロジェクトだった。

 しかし大半は当初の計画通りに作動せず、またライアンの擁する研究チームも計画発動の初期を除いて経過の観察を継続することができなくなったため、けっきょく、ライアンは自らの研究を破棄するよう形で中断せざるを得なくなったのである。

 ノーマッド博士が言う。

「私は…あなたの姿を直接目にしたことはありません。私が目覚めたとき、私は荒野にただ一人ぽつりと残されていました。生命維持ポッドとともに。私は自身のメモリバンクに登録されていた情報から自らの素性を知り、あなたの存在を知り、そして自らの使命を知りました」

「おそらく、その頃にはすでに私は地球にいたのだろう。γの追撃を受け宇宙船が破壊され、クルーは皆殺しに遭った。セイバー・プロジェクトの監視ネットワークもすべて破壊され、私一人が辛うじて小型脱出艇を使いパブース湖へ不時着したのだ」

「そうでしたか…すでに察されていると思いますが、私の製造した義肢は、メモリバンクに残っていたあなたの研究データと、私自身のボディを解析した結果です」

「汎用性を重視して、機構の簡素化やメンテナンス性の大幅向上が見られる。いい腕をしているよ」

「ありがとうございます。専門の技師でなくともマニュアルがあれば誰にでも扱える、というのが私の理念ですので」

「そうらしいな。ところで、いま一つ。聞きたいことがある」

 ライアンの声に、ノーマッド博士の表情が硬くなる。

 彼は意図的に「ある種の質問」をかわそうとしていた。それが不可能なのもわかっていたが。ライアンが「それ」を訊ねない、などということは有り得ない。

「なぜ、地球に?」

「…… …… ……」

 ノーマッド博士は答えなかった。ため息とともに、視線が宙をさまよう。

 それをライアンが咎めることはなかった。追求することなく、ノーマッドの目を覗きこむようなこともせずに、静かにブラックコーヒーに口をつける。

 途端、ノーマッド博士がお椀を持つように両手で支えていたコーヒーカップが割れ、クリーム入りのコーヒーがぶちまけられた。そのことに、ライアンよりノーマッド博士のほうが驚いていた。

 力の加減を間違えたな、とライアンは思う。ノーマッド博士が普段は白衣の下に隠している超高性能義体は、その気になれば容易くコンクリート・ブロックを握り潰すことができる。

 両手からコーヒーを滴らせ、ノーマッド博士は呆然とつぶやいた。

「…私は…生きていては、いけないのかもしれない……」

 そう言って、拳をきつく握りしめる。

 パキ、パキとコーヒーカップの破片が音を立てて潰れ、ライアンが静かに見守るなか、ノーマッド博士の両目に洗浄液…人口涙…が溢れた。

「みんな死んでしまった」

 粉々のセラミック片が突き刺さった手で顔を覆い、人工皮膚が引き裂かれる。

「任務を果たせなかったわけではないのです。ただ、私は救世主としての役割以上のものを自らの人生に求めるべきではなかった」

 絶望の声が冥府から沸きあがる。

「ただの狐魂として生きるべきではなかった」

 

 

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 ダーバンヴィラ工業地帯沿い。ペンキすら塗られていない羽目板で囲われた、ハイランズという安造りのフード・ステーションでフィクスレイは米企業マカラハン・コーポレーションの幹部と対面していた。

 民間警備会社アマンズィワイト…高速道路でベケットたちを足止めしたチームを率いていたフィクスレイは、マカラハン・コーポに雇われていた。通常業務は検問と定期連絡、レポートでの報告だが、それとは別に、彼がたったいま相席しているミスター・ホワイトとは個人的な契約を交わしている。

 いわゆる民間警備会社というのは名の通り、警備が仕事だ。その対象は土地だったり、建物だったり、ときには要人やコンボイのように動いていることもあるが、ともかく、受け身の任務であることに変わりはない。

 その範囲を逸脱する攻性の任務を請け負うことはない。できない…民間企業保護法によって保障された火器使用の規定はあくまで護身目的であり、それこそ、傭兵気取りのチンピラがあちこちで爆竹を鳴らすのを防ぐ砦として機能している。

 だが、ときにはクライアントがそうした活動を必要とすることもあり、フィクスレイは会社の契約とは別に、要請に応じて非合法活動に携わっていた。

 その際に支給される「特別手当」は、臨時ボーナスとしてはかなり旨味がある。ただし、かなり危険な綱渡りであることは言うまでもない。失敗すれば死ぬか、捕らえられればそれ以上の地獄が待っている。軍人ではない傭兵に捕虜待遇は期待できない。

「最近はあまり声をかけてくれなかったじゃないか。いよいよ世界に平和が訪れたのかと思っていたぜ」

 チキンと豆の入ったチリスープをスプーンで掻き回しながら、フィクスレイがわざとらしい笑みを浮かべる。

 ミスター・ホワイトは礼儀のための愛想を過去に置いてきた様子で、セラミック繊維製の人工皮膚が張りついたような仏頂面でフィクスレイを一瞥する。サングラス越しの瞳から、球形レンズが動く「チッ」という微小な機械音が響いた。

 ちくしょうめ、物騒な野郎だ…フィクスレイは舌打ちし、スープに口をつける。

 ミスター・ホワイトが注文したのはブラックコーヒーの一杯のみで、それもまだ口につけていない。長話をする気はないらしい、おそらくは飲む気もないのだろう。ただ、店から追い出されないために客としての体裁を保っているだけだ。

 後から来て先に出る。それがミスター・ホワイトのいつものやりかただった。

 どうせならビールでも頼んでくれればいいのに、とフィクスレイは苦々しく思った。そうすればミスター・ホワイトが店を出たあとで自分が少し良い気分になれる。一緒に取り残されるのが冷めたコーヒーでは惨めな気分が増すばかりだ。

「で、用件は?」

「検問のレポートを読んだ。三人組の外国人を相手に手間取ったようだな」

 抑揚のない声でミスター・ホワイトが告げる。エコーがかっているのは喉に統合呼吸器を埋め込んでいるからだ。

 手間取った、というのは、検問で車輌をチェックした際の時刻がすべてレポートに記載されているからだ。

 ベケットたちが乗るトラックを調べるのに、通常のチェックよりもかなり時間をかけたことが数字でわかる。そのことを指摘しているのだろう。

 しかし、これは反省会ではない。わざわざ言及したということは、なにか理由があるのだ…

「あれは御宅らの知り合いかい?言っておくが、あの状況ではあれ以上の対処は不可能だった。素直に通すのも、拘束するのも、うちの規定に照らし合わせれば論外だ」

「それはわかっている。ローレンス・ベケット、デイビッド・クレイン、ジュリエット・チャペル、この三名は我々が社に甚大な被害をもたらす可能性がある」

「へえ…西洋人だから、あんたらの仲間じゃないのかと思ってたぜ」

「人種やイデオロギーさえ同じなら争いが起こらないほど、人間は平和には作られていない」

「そのおかげで俺たちは金を稼げてるけどな。いまさら牛を引いて畑を耕す気にはならん」

「平和が訪れたとて、か。人間は増えすぎたな」

「ヒトの命の価値が重いほど他がワリを食うのさ。で、俺になにを頼みたいんだ」

「連中が所有する店を燃やしてほしい。決行は明日の夜、中に人がいたら始末しても構わない」

「随分と急な話だな。焼き討ちってことは、暗殺が主目的じゃないんだな?商売敵への警告かい…おっと、そのへんは俺の領分じゃなかったな」

 手を振り、フィクスレイは軽くおどけてみせた。

 先日酒場でベケットが言ったように、営業許可証その他の控えから店の位置はわかっている。

 24時間で兵隊と装備を揃え、模擬訓練もなしに攻撃を仕掛けるのは難題だが、やれないことはない。内容が単純な破壊工作なら尚のことだ。消防車の出動が遅れれば近隣に被害が出るだろうが、そんなことは知ったことではない。

 念のためフィクスレイは質問をする。

「中に人がいたら始末してもいい、と言ったな?無人なら店を焼くだけでいいってことだろうが、もしあの三人がいたらどうする?殺さないという選択肢もアリなのか?」

「殺したくない理由でもあるかね」

「そうじゃない。状況を考えてくれ…店を襲ったとき、俺たちがあの三人の存在に気づいたとしよう。で、たいした抵抗も受けずに拘束できたとしよう。そうなっても殺すべきなのか?たんに脅して解放するだけでいいのか、それともあんたらに引き渡したほうがいいのか?それは、そっちの都合の話だろうが」

「フム…」

 クライアントから聞きだせることは何でも聞く、というのがフィクスレイの主義だった。

 相手も作戦の失敗を願っているわけではないだろうから、成功させるために必要な協力は惜しまないはずだし、そうする義務がある。

 また質問を怠ったばかりに、任務中に思考を煩わせるようなことは避けたかった。

 金のために人を殺すこともあるが、フィクスレイは快楽殺人者ではない。殺さなくて済むのならそれに越したことはない。

 しばらくしてミスター・ホワイトが言った。

「もし三人の存在を確認したら始末してくれ。警告は必要ない…死体は一緒に燃やしてほしい」

「建物は全焼、身元不明の死体発見がニュースで流れるのをお望みか。事故に見せかけたほうがいいか?」

「その必要はない」

「あくまで故意の犯行ってことにしたいわけか。いや、いまのは言い過ぎたな」

 いったいなんの目的で、どんな利益がある、などということを訊ねる気はなかった。そんなことをしても意味はない。

 ただし任務の性質を理解するための最低限の情報は必要だ。今回の任務にしても、通常、この手の工作で「どちらでも良い」などというのは有り得ない。どちらかを望んでいるはずなのだ。たとえ、依頼者自身がそれに気づいていなくても…だ。

 相手が気づいていないのなら、気づかせて聞き出す。

 こちらは任務に失敗したら極刑は免れぬ身なのだ。現場で反撃を受けて殺される可能性だってある。いずれも、つまらない見落としが原因でそうなる可能性がある。それを回避するための策は尽くして然るべきだった。

 これは遊びではない。仕事なのだ。

 その後もニ、三やり取りをしたあと、ミスター・ホワイトが勘定書を持って席を立った。やはりコーヒーには口をつけなかった。毒でも入っていたのかもしれない。

 ああいう連中も人間らしい食事をするのだろうか、とフィクスレイは訝る。

 涙のかわりに洗浄液を分泌し、イオンポリマー金属複合筋繊維に覆われた鋼鉄製の骨格を持ち、白い血を流す怪物が、法的には自分と同じ人間であることを未だに実感できないでいた。

 

 

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 いったいなぜこんなことになってしまったのか、とナグは朦朧とする頭で考えた。

 あの外国人たちに拘束されてもう二日になる。ついさっきも妙な注射を打たれたばかりで、全身から力が抜け、まともに思考が働かない。

 飲まず食わずのままクローゼットに放り込まれていたせいで、縛られていた手が変色しかかっていた。

 ついさっき、ようやく狭い箱型空間から出してもらえたところだ。といっても解放されたわけではなく、今度はベッドに縛りつけられただけで、状況はほとんど変わっていない。身体を四つ折りにしているよりは大分楽だったが。

 ずっと身動き取れなかったので、下着を汚してしまっていた。クローゼットを開けたときに外国人たちは嫌そうな顔をしたが、それ以上のリアクションはなかった。予想はしていたのだろう。こういうことに慣れているのか?

 自分たちはいったい、どういう相手に喧嘩を売ってしまったのだろう?

 酒場で羽振りの良い外国人を見つけたので、押し込み強盗に入った。それ自体は手馴れたもので、特にミスはなかったはずだ…

 暗闇のなかであっという間に叩きのめされ、拘束された。

 護身用に武術を習っていた、という可能性は充分に考えられた。そうならそうで、なぜ俺たちを閉じ込めておく?警察に引き渡すこともなく、命を奪うでもなく、生きたまま手元に置く理由はなんだ?

 なにもかも…理解できないことだらけだ。

 しばらく前、クローゼットから引きずり出されたときに僅かに窓の外を見たときは夕方だった。もう日が暮れているだろうか。

 猿轡を噛まされているうえ、シーツが顔の上まで被さっていたため、すこし息が苦しかった。

 外国人たちはどこかへ出かけたようだ。そのうち帰ってくるのだろうか?

 もし戻ってこないようなら…そのうち薬の効果が切れるだろうから、そのときに拘束を解いて脱出するしかない。それが可能なら夜明けまでの行動になるだろうから、ひどいざまで通りをふらついていても見咎められる可能性は低い。

 復讐は考えないほうがいいだろう。

 この手際は警察か軍関係者のそれだ。あるいは、企業が雇っている特務エージェントかもしれない。

 もし生きて脱出できたら、近所の診療所の厄介になって…悪い連中と喧嘩した、とかなんとか言って…数日を安静に過ごし、そしてすべてを忘れる。

 そこまで考えたとき、ナグの耳に「カチカチカチッ、ブッブッブッ」という低く鈍い音が届き、身体に違和感を覚えた。

 モルヒネ注射のせいで感覚が麻痺していたことは、おそらくナグにとって幸運だった。亜音速で放たれた複数発の9mmパラベラム弾頭を胴体に受け、ナグは痛みを感じぬまま気を失い、そして死んだ。

 

 

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「確認しろ」

 黒い目出し帽をかぶり、MP5F-SD消音短機関銃をかまえたフィクスレイが仲間にサインを送る。

 揃いの迷彩服を身に着けた同僚がゆっくりベッドに近づき、赤い染みのついたシーツを引き剥がす。猿轡を噛まされ、手足を拘束された男が横たわっていた。

 ジーザス、と同僚がつぶやく。異様な光景を目の当たりにしたせいか、それともシーツを剥がした途端に小便の臭いが広がったせいか。

「誰かに先を越されましたか?」

「いや、違う…こいつは別人だ」

 ベケットたち三人の顔を覚えているフィクスレイは、麻薬で朦朧としたまま死んだナグの死相を見て舌打ちする。

 他の死体も似たり寄ったりで、少なくとも色白の男や金髪の女とは見間違えるはずのない人相だった。おそらくは地元の不良どもか、どこかで見たことがあるような気がしないでもないが…

 どうやら事態が予定通りに進行していないらしいことを察した同僚が小声でフィクスレイに耳打ちする。

「ひょっとして、嵌められたとか?」

「まさか。そんなことをする意味はない…だが、連中に勘づかれた可能性はある。情報漏れかもしれん」

 フィクスレイはMP5F-SD…強装弾向きのフランス仕様…を軽くかまえなおすと、素早く指示を出した。

「予定通りにやる。燃料を設置して撤退だ、待ち伏せとブービー・トラップに警戒しろ。窓際には立つな」

「了解」

「了解」

 四人チームのうち二人が出入り口を確保し、一人がバックパックから手製燃料爆弾を仕掛けるところをフィクスレイが見守る。

 手製燃料爆弾の主成分はガソリンで、砂糖を混ぜ粘性を高めることで延焼時間をのばし、火が消えにくいようになっている。20リットルのウォータータンク一杯に詰まったそれは、この建物を焼き払うのに充分な効果を発揮するはずだ。

 電気信管と導爆線は元ローデシア軍将校の知人に譲ってもらった。地元の武器商人で、紛争のときに海外から持ち込まれた物資を老後の糧としている。品質保持期限をだいぶ過ぎているが、テスターで確認した限りでは動作に問題はなかった。

 ただし時限装置は手に入らなかったので、爆破には電気コードを使わざるを得なかった。ジャンク屋に転がっていた、家電製品用のコードをところどころ縒り合わせたものだ。見てくれはかなり悪い。が、目的を果たすにはこれで充分だ。

 仕掛け屋が手製燃料爆弾に信管と導爆線をセットし(不慮の事故で爆発する危険があるため、通常、爆弾と発火具は使用する直前まで別々に保管する)、束に巻かれた電気コードを抱えてゴーサインを出す。

 ポイントマンが先導し、フィクスレイともう一人が仕掛け屋を保護するような動きで全周囲警戒しながら建物を出た。

 やがて表に停めてあったピックアップトラックに辿り着くと、フィクスレイが運転席へ、ポイントマンが助手席へつく。

 他の二人が荷台に乗り、エンジンがスタートした頃合いを見計らって仕掛け屋がポケットから標準的な9Vの乾電池を取り出し、剥き出しになった電気コードの銅線を両極に押しつけた。

 ボン、という、くぐもった炸裂音とともに炎が噴き出し、暗闇を赤く照らし出す。

 これからもっと酷くなるはずだが、それをじっと見守るつもりはなかった。フィクスレイはクラッチを切ると同時にミッション・レバーをトップに入れ、深くアクセルを踏み込んで急発進する。

 その間際、仕掛け屋が手放した電気コードの端がアスファルトの上に垂れ、続いて乾電池が地面の上を転がった。

 

 

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「なんか燃えてない?」

 同時刻。

 ボートを入り江に隠したあと、ベケットら三人はバッフェル川沿いを移動してコーゲルバーグ自然保護区に潜入していた。

 新型のC.O.N.スーツに身を包み岩山を移動していたクレインは、自分たちが出発してきた事務所のあたりから火の手が上がっていることに気がつく。

 彼の声に促され、背後を振り返ったベケットがつぶやいた。

「ああ、どうやら連中が仕事をしてくれたようだ」

「連中?」

「マカラハンのエージェントに、オレたちの『足跡』を消してくれるようにな」

「今回は企業の協力はアテにしないんじゃなかったの?」とチャペルが尋ねる。

 ベケットが答える。「表向きはな。エージェントも、実行部隊には企業の敵対分子が相手だと説明してるはずだ。ただまあ、身代わりを残したのはアドリブだけどな…プロは動きが読みやすい。期待通りに動いてくれたようだ」

 マカラハン・コーポレーションのエージェント…ミスター・ホワイトと事前にコンタクトを取ったのは南ア入りする前だ。

 そのときはまさか現地入り後に泥棒に入られるなどとは思っていなかったし、滞在中、予定に若干の軌道修正を加えることを伝える手段もなかった。

 携帯電話を使えば連絡は取れただろう…通話記録が残るリスクを無視できるのなら。

 現在でも諜報活動や特殊作戦においてはアナログな手段が多用される。電子的な通信手段は傍受される危険が高く、またサーバーに残った記録を奪取される可能性もあるからだ。内通者の危惧もある。

 ともかく、予定通りには行ったわけだ…そうベケットは考えたが、もちろん、放火の実行者が検問所や酒場で因縁のあったフィクスレイだとは知る由もない。

 厳戒態勢下にあるせいか、周囲は急ごしらえで仕立てられた電灯に煌々と照らされていた。

 本来ならいまごろの時間はすっぽり闇に包まれているはずだ。こちらには暗視装置があるし、今日は天気が良い…暗闇のほうが都合が良かったが、そのことを恨んでも仕方がない。

 幸いにもベケットのチームは過去、悪天候に悩まされたことがほとんどなかった。

 ときにはそれが、現場での経験不足となって襲ってくるかもしれないと思い悩むこともあったが、実際に任務にあたっているときは天候に恵まれて良かったと心底安堵する。

「もし雨に降られていたら、この岩場は難物だったろうな」ベケットが言った。「濡れたら滑りやすいだろう」

 三人は電灯の明かりを避けて移動する。

「ところで、アタシたちに協力したマカラハン・コーポにはどんな見返りがあるの?」と、チャペル。

「愛国心じゃあ足りないか?」そう答えてから、ベケットは反論が来るまえに吹きだした。「なんてね。情報だよ、情報。うちの組織は、数多の企業が喉から手が出るほど欲しがっているような類のネタをダンボール単位で倉庫に抱えているんだぜ。わかるだろ( Know what I mean )?」

「それね( I knew exactly )。色とりどりのアメちゃんの中から、お好きな種類のものを進呈」

 これらの会話は近距離レーザー通信で行われており、外に漏れ聞こえることはない。

 もうすこしで監視塔が並ぶ警戒区域に侵入する、というところで、クレインがつぶやいた。

「明かりがあるのも考えようによっては便利だ」

「なんだって?」ベケットがおうむ返しに尋ねる。

「周辺全域が闇に包まれていたら、敵はすべての方向を警戒するだろう?でも、明かりがあればそこしか見ない…大抵は。つまり、闇が普通以上に迷彩として機能する。それに、明かりがあるということは、おそらく敵は暗視装置を持っていない」

「そうとも限らないんじゃないの?」とチャペル。

「いや」クレインが言葉を続ける。「暗視装置っていうのは基本的に攻撃する側が携帯するものだ。それに、この広大な敷地にカメラが仕掛けられているとも考えづらい。ここは私有地ではないからね…」

 明かりを避けて暗闇を移動する侵入者を狩るため、暗視装置を装備した警備兵が待ち伏せをしている可能性も、なくはない。

 が、事前に侵入者の存在を示唆する明確な情報を入手しているのでなければ、僅かな可能性を危惧して人員を割くのは非効率的だし、あまり意味がない。第一、それで完璧な警戒態勢を保てる保障もないし、バッテリー供給の問題もある。

 それに、もし連中が暗視装置つきのカメラの類を仕掛けているか、NVGを携帯しているとすれば…それはもう、三人にはどうしようもできなかった。

 相手が暗視装置越しにこちらを銃の照準器で捉えていることを想定するとしても、匍匐で一秒に10cmづつ進むような労力はかけられないし、それこそ時間の無駄だ。

 敵が夜間暗視装置特有のグリーンの視界でこちらを見つめているかどうかは、暗闇のなかで正確に銃弾が飛んできたときに判明する。そのときは、初弾が命中しないことを祈るしかない。

 そうした成り行きは、ことにお利口な完璧主義者にとっては面白くないかもしれないが、元来、特殊作戦とはそういうものだ。無限のリソースを使って、なんでもかんでも事前に対処するというわけにはいかない。

 やがて敷地全体をぐるりと囲むように覆う金網フェンスと、身投げするのに便利そうな監視塔が視界に入った。

 暗闇に身を潜めつつ、ベケットはメインカメラの倍率を上げて監視塔を注視した。国産のベクターR4小銃を持った歩哨が一人、ちゃちな折り畳み式テーブルの上には携帯型のトランシーバーが置いてある。

 事前にクレインが言っていた通り、おそらくは15分か30分間隔でどこかにある指令本部と定時連絡を取っているに違いない。

 たんにやり過ごすだけならクレインのスーツに内蔵されている麻酔銃を使えばいいが、もし定時連絡がなければ敵は即座に侵入者の存在を察知するだろう。少なくとも、寝ぼけて遅れただけとは考えまい。

 相手がプロなら…そう考えるべきだ…パトロールをこの監視塔付近だけではなく、歩哨がやられてからパトロールが派遣されるまでの時間にベケットたちが移動可能な範囲内をくまなく捜索するはずだ。

 なにより、侵入経路があっさりとモロバレするのは、精鋭の特殊作戦チームとしてはあまりに無様でみっともない。

 それらを勘案し、ベケットはクレインに言った。

「例の新型装備を使ってみるか」

「アレかい?屋外では効果が半減するんだけどねぇ…」

 あまり気乗りのしない様子でつぶやきつつ、クレインは肩部に装着された箱型装置のカバーを外し、金属製のノズルを露出させる。

 シュー、という音とともにノズルから霧状の物体が噴射され、それは電磁誘導による準精密照射モードで歩哨に向かって(幾らか拡散しつつも)飛んでいく。

 それを吸い込んだとき、おそらく歩哨は若干の違和感を覚えたはずだが、その正体については見当がつかなかっただろう。

 至近距離でなければ噴射音を聞くことはまず不可能で、たとえ霧状の物質が飛散しているのを目にしたにせよ、それが第三者による攻撃であると判断するのは難しい。これといって体調に変化がなければ尚更だ。

「ヒットした。たぶん、いけると思う」出力パラメータをモニタで確認しながら、クレインが他の二人に告げた。

 改めて三人は監視カメラの類が周囲に存在しないことを確認すると、フェンスを素早くよじ登って敷地の内部へと潜入する。ゆっくりできないのは、もたもたしているとC.O.N.スーツの自重で金網が変形し痕跡を残してしまうからだ。

 登るときにキンキン、カラカラという音が響き、歩哨が三人のほうを向いたが、特に何かに気づいた様子はなく、風か何かと誤認したように視線を外した。おそらく、正常な精神状態であればもっとよく注視したはずだろう。

 そうならなかったのは、クレインが使用した機能…催幻ステルスフィールド( Aggressive Stealth System )による影響を受けているせいだった。

 これは中枢神経系に作用する超小型のマイクロマシンを空気中に散布する装置で、呼吸などによってマイクロマシンが体内に侵入すると、あらかじめ設定されたプログラムに沿って標的の思考が制限される。

 たとえば今回は、局所的に注意力を欠落させ、C.O.N.スーツを装着した三人の存在を認識できないように設定されていた。

 それでも照明の下に姿を晒すとか、目立つ動きをすれば怪しまれる恐れはあったが、そうでなければ自分の感覚がいじられていることに気づくことなく歩哨は任務を継続するだろう。三人が侵入した痕跡はどこにも残らない。

 マイクロマシンは時間とともに体外へ排出され、また、万が一体内に残留することがあっても、0.001mmの超小型機械が発見される恐れはまずないはずだった。

 要するに電子的な催眠装置であり、現在はまだ限定的な用途しか試していないが、使い方次第では恐ろしく強力な兵器になるだろう。絶対に局外へ漏らしてはならない技術だ。

 歩哨をやり過ごして敷地内への侵入に成功はしたが、問題はここからだ。

 最終的にこちらの存在は発覚するだろうが、それが遅いに越したことはない。なにせ今回は相手の戦力や規模が不明なのだ…ひとたび交戦状態になれば、時間が経つほどこちらが不利になる。

 はじめは動揺した十人の兵隊でも、一時間後には完全に戦力を整えた百人の軍隊に変貌しているかもしれない。できればそうなる前に脱出したい。

 各種暗視装置つきのメインカメラで周囲を見回しつつ、クレインが言う。

「赤外線センサーの類は仕掛けられていないね。警戒は専ら人の目に頼っているようだ…」

「アタシも新しい玩具(オモチャ)使ってみようかなー」

 おもむろにチャペルがそう言いだし、左腕をすっぽり覆うように装着されていた小型機関銃内蔵のガンシールドを地面に突き立てた。

 表面に防弾装甲が張られたこのガンシールドには通信装置や他の電子戦装備も含まれており、チャペルが着用する新型C.O.N.スーツの主要装備となっている。

 カシャ、というカメラのシャッター音に似た機械音とともに装甲側面のスリットから数羽のハチに似た昆虫が飛び出した。否、昆虫ではない、ロボットだ…超小型カメラと無線装置、動力を搭載したスパイドローンである。

 羽を持つ昆虫の飛行原理については未だに解明されていない部分が多く、その研究と再現…虫型ロボットの製造…は各国の専門機関が取り組んでいる課題でもある。

 チャペルのスパイドローンは、彼女自身の独自研究をもとに作られた試作品だった。

 技術的には安定しておらず、稼働時間が短いほか強風下や悪天候下では運用が不可能という欠点を抱えていたが、小型であること、自然の生物に擬態可能という利点はそれらを補って余りある。

 こうしたガジェットの製造に、いかに技術的な難問を抱えているかを知らないベケットが素っ気なくつぶやく。

「まるで夏休みの工作みたいだな」

「せんせぇーじょうずにできましたわん!」

 一方のチャペルも、わざわざ苦労を口にするようなことはしない。

 ブーンという羽音をたて、スパイドローンは上空に飛び上がっていく。複数の偵察蜂たちはそれぞれ異なる方向へ向かい、チャペルのモニターに映像が写しだされた。

 撮影はある程度の高度を確保したうえで行うため、よほど勘か耳が良い相手でなければ存在そのものを知られることすらあるまい。

 もっとも映像をチェックしている間は注意が散漫になるため、ベケットとクレインが周辺の警戒を怠らないよう援護する必要があった。

「う~ん、この近くにパトロールは出てないみたいねぇ。というか、基本的に定点警備だけみたい?」

 赤外線フィルターを通したモノクロームの映像に、チャペルが眉をひそめる。

 そもそも、この警備の連中はなんのために雇われているのだ?

 おそらく敵は南ア政府の職員と何らかの繋がりを持ち(国ぐるみか、個人的な付き合いかはわからないが)、書類上は合法的な形で土地を借りてはいるのだろうが、いったい、どういう事態を想定しての警備なのだろう。

 しばらくして、チャペルが驚きの声を上げた。

「あっ、あったっぽい、指揮所みたいなの。テントがたくさん張られてて人通りが多いよ」

「場所は?」ベケットが尋ねる。

「8km先、二時方向。やん、工場の入り口から近いのだわん」

「予想されてたことではあるけど」と、クレイン。「容易にはいかないね」

 秘匿された麻薬工場は岩山を掘ったトンネルの奥地、つまり地下に隠されており、地上からそれと判別するのは困難だ。

 CIAの情報解析によると、過去二年間にこの岩山近辺で頻繁に大型トラックが出入りし、複数のルートで積荷が国外へ送り出されていることが確認されている。

「目立たないよう移動して、外のアーミーは無視して内部へ潜入したいね」他の二人のものより高度なセンサーを積んだ偵察装置で稜線を見回しながらクレインが言う。

「道路は避けて移動しよう。斜面に沿って、傾斜がきつくないようなら北の高い部分を越えちまうか」ベケットが請け合った。「夜明け前に脱出したいからな。ま、焦りは禁物だが…」

 そのとき…

 ボン、という炸裂音とともに空が赤く染まり、立て続けに銃声が聞こえてきた。

 

 

 

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