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「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SHOP SQUAD -』

- 2nd Season -

Chapter_05 【 γ侵食 - Black Diamond - 】 Part_2

 

 

 

 

 

**      **      **      **      **      **

 

 

 

 ケープタウン・ベイのドックに到着したのは昼過ぎだった。

 空港からはだいたい20kmほどの距離で、たいして離れていたわけではなかったが、徒歩で行くには荷がかち過ぎる。そのあいだに身の安全が保証されるわけもない。

 観光客をアテにできないからか、タクシーのほとんどは現金払い専用だった。

 クレッド・マネー対応のタクシーを捕まえるのには時間がかかったが、ようやく見つけたら見つけたで、運転手の態度がやたらに悪い。嫌悪というよりは無礼で、おそらく三人が外国人だからというより、根っからそういう性格なのだろう。

 おまけに運転が荒く、対向車と衝突しそうになったことも一度や二度ではない。

 これは後でわかったことだが、クレッド・マネーでの決済ではチップが期待できず、またメーターの額に忠実なぶん、不慣れな客を相手に吹っかけることもできないため、タクシー運転手のウケが悪いのだという。

 それでもクレッドしか持ち合わせのない客を目当てに日銭を稼ぐ者もおり、そういう運転手は堅気なぶん、サービス精神などという先進的な言葉からはおよそ縁遠い存在だ。

 支払いを終えると同時にほとんど叩き出されるような形で降車した三人(なにせ最後に降りたクレインのつま先がまだシートにひっかかっている内に相手が発車したのだ)は、騒々しい行程に若干の疲労を覚えながら歩きはじめた。

「アタシ、あっちに乗りたかったなー」

 近くのカーブをゆっくりと曲がり過ぎた、真っ赤な二階建ての観光バスに向かってチャペルが言う。

 それに対して、ベケット。

「知らんぞ、ひったくりに遭っても。なぁおい、観光じゃないぜジョイ・ガール(放蕩娘)。自覚が足りんのと違うか」

「カラー・ワーカー(俸給サラリーマン。カラー=襟、首輪と同音)みたいなこと言うのねぇ。お寂しいこと」

 つん、と鼻をそらすチャペルに、クレインが言った。

「映画の撮影か何かと思えばいい。ほら、人生を映画に例えるなら、それが面白いほうがいい…」

「それを言うなら本だろ。よせよ、それを言ったのはイラクでバラバラに切り刻まれた元軍人(エクス・ミリタリー)の坊やだろう。ゲンが悪いぜアーティースト、死体袋は黒いビニールがお好みか」

「R.I.P(安らかに眠れ)、ご遺族に幸多からんことを。胸が痛むよ、いや、ほんとに」

 2020年のスラングを織り交ぜながら交わされる三人の会話はさながら暗号符丁で、醜く刻まれた音の繋がりが青く澄んだ8月の空に霧散していく。

 ドックに到着すると、ベケットが中古車の通関手続きを行っているあいだ、所在のないクレインとチャペルが炎天下で働く港湾労働者を目の端で追いながら言葉を交わした。

「逞しくなったよね、彼は」

「カレ?」

「少佐」

「ああ。うん」

 どこか上の空、というか、あまり面白くなさそうにチャペルが頷く。

 それはどうしようもないD級映画を一緒に観たあとの、感想を求められたときの反応によく似ていた。

 クレインにとっては予想外で、内心ですこしうろたえながら、気遣うように声をかける。

「どうかした?」

「可愛げがなくなったよ、ベーやん。昔はもっと単純でさ、どこか抜けてて、物を知らなくて。でも、熱かった」

「ん…」

「昔のほうが良かったな、アタシは」

 そう言ったあと、チャペルは身体をビクリと震わせた。

 幽霊でも見たかのように、実際はベケットが背中から肩を叩いたせいだった。

「昔のオレがなんだって?」

「早かったのねぇ」

「早いのは先方さ。もっと時間がかかると思ってたがな、書類をチラと見て丸印さ。公務員てのはあんなに物分かりが良いものだったかね」

 潮風が吹くなかで、チャペルはベケットが首を振った先にいる税関職員の顔をじっと見つめた。

 義眼のズーム機能を使い、複数種のセンサーで黒い肌を走査する。暗視装置のなかでサングラスの奥にある男の瞳がチカと不自然に光り、自分もおなじように見られていることをチャペルは悟った。

「…あれ、DNI(電脳)化してるじゃあないの」

「ほんとかい」

「書類の番号を目でスキャンしたあと、脳の端末からネットに繋いで照合するだけよ。そりゃあ、早いわよ」

「エッジの先端を走ってるねぇ。意外だが、まあ、だからこそ、かな。いわゆる民主主義国家じゃあ、保守派の反対が根強いものな」

 ベケットの言葉に、クレインが相槌をうった。

「それでも年々、トランスヒューマニズムへの関心が高まってきてはいるね。そのうちトロードやワイアーをぶら下げたカミソリ連中がそのへんを歩くようになるのかもよ」

「ネオンサインに巨大なゲイシャ看板も必要になるわね、なんて。ワイアードなんて、ビジョンが古ぅいわよ、クーやん」

「先のことはわからないさ。まだ、ね」

 そんなことを話しながら、三人は荷受に向かった。

 RORO船の貨物エリアに乗り込み、種々雑多な車両がみっしりと詰めて駐車してあるなかで、目当ての車両運搬車と貨物トラックを見つけ、書類に書かれた番号と付き合わせたうえで運転席に乗り込む。

 しばらくして、アイドリング状態で待機していたクレインの貨物トラックの窓をコン、コンと叩く音が聞こえた。

 外ではベケットがOD色のハーネスを片手に笑みを浮かべている。シースにはコンバットナイフが二本、対になって差さっていた。

「少佐、それどうしたの…」

 と、訝しげにクレインが訊ねる。

 サイドウィンドウが下がると同時に運転席にハーネスを投げ込み、ベケットが言う。

「向こうのキャリアカーに隠しておいた。着けておきな」

「これ密輸じゃないかな」

「一度身に着けちまったら、それを『どこで手に入れたか』なんて気にするヤツはいないさ。それにオレたちの武装そのものは合法だしな、というか、むしろ非武装のほうが怪しまれる」

 2016年に企業が保有する私有地の特別自治権が認められたのを皮切りに、国際法の改正により民間企業の職員が護身目的での武装と火器使用を許可されたのは未だ記憶に新しい。

 民間企業保護法と呼ばれるこの新法案は、かつてイラクで発行された連合軍暫定当局第十七指令を参考に作製されたもので、「国連加盟国下において当局の認可を受けた企業が資産および人員を守るために必要な場合は武器の使用が許可される」という極めて不明瞭な文言で以て運用されている。

 その文末は「当法案で言及される範囲内での民間企業職員の自衛活動については、現地国の法的手続きを免除される」という言葉で締められていた。

 これはかつてイラクでの民間警備会社の活動を保証した連合国暫定当局(CPA)の「内部規定」とほぼ合致するもので、要するに民間放送局の警備員三人を無意味に狙撃しようと、ニスール広場であきらかに非武装の民間人十七人を虐殺しようと、起訴も罰則も受けないという馬鹿げた権利の保障を世界規模で拡大するものだった。

「おおっぴらに武器を携帯できるのに、丸腰でいるなんてのは狂気の沙汰だからな。オレたちはあくまで精鋭の諜報部員じゃなくて、身の程知らずな中古車販売業者なんだから」

 自らも拳銃とポリスバトン(トンファー)を腰のベルトにぶら下げながらベケットが言う。

 それに対し、クレイン。

「たしか保護法の適応を受けるには国連の認可が必要だったと思うんだけど。一週間で取れるほどインスタントなものだったっけ」

「さすがに無理だなあ、早くても二週間はかかるって話だったか。だからチャー公に頼んで、国連のデータベースに侵入してもらった。認可を受けた企業のリストの中から、おなじ名前の企業の登録内容を書き変えたのさ」

「大丈夫なのかい、それは」

「いずれはバレるだろうな。だが、まあ、ここで活動している間くらいは平気だろうよ」

 やがてベケット自身も中古車を満載したトレーラータイプのキャリアカーに乗り込み、ディーゼル・エンジンに火を入れた。助手席にはチャペルがついており、ショルダー・ホルスターから抜いた拳銃を点検している。

 アンダーレイルに組み込まれた装置から伸びたケーブルが額のジャックに接続されていた。

 一見フラッシュライトのように見えるこの装置は、DNIとリンクして装弾数や着弾予測地点を視野に表示する有線式の第一世代型スマートガン・システムだ。IFFも搭載されているが、軍や企業のような識別タグを持たないチャペルたちに恩恵はない。

 着弾地点の予測は事前に銃と弾薬のデータを入力しておくことで、システムが風や空気圧、湿度などあらゆる環境からの影響をシミュレートしリアルタイムに更新されるが、弾薬の品質のバラつきによっては誤差が生じる。

 フロントガラス越しの虚空に狙いをつけながら、チャペルがつぶやいた。

「試射したいなぁ。正しい演算結果が出てるかわからないもの」

「どうせ使う機会なんかありゃしないよ、というか、そうでなけりゃあ困る」

 と、ベケット。

 それに対し、チャペルはやや不服そうに反論した。

「急場で使う必要になったとき、全然違う場所に当たったらどうするのよう」

「そこまで心配するなら肉眼で狙いつけろよ、根ッから射撃は下手じゃなかったろう?」

「それもそうね…ああ、そういえばコレ着弾位置の修正機能があったのだわ」

「忘れるな、そういう重要なことを。鈍ってんなー」

 スマートガン・システムには一射目の着弾位置と着弾予測地点の誤差を修正し、演算結果に反映する機能が備わっている。

 ただしこれらの機能は常に強い負荷がかかり、ソフトウェア単体では処理が間に合わないことがある。

 動作を安定させるには使用者の脳に演算の一部を肩代わりさせる必要があり、ハードウェアとの相性もあることから、このシステムは高価な装備を使用できる一部の企業軍の間でしか採用されていない。

 そう、こいつはとっておきの高価な装備なのだ。

 開発には軍が関わっているが、製造しているのは民間企業で、一般にも出回っている。

 質屋に行けば、プレミアつきの古式銃やロシア製の暗視装置などと一緒に、高嶺の花としてショーケースに飾られているのを見ることができるだろう。

 そういうマニア好みの逸品が装着された銃を、チャペルは無造作に硬革製のショルダーホルスターに放りこみ、ゆっくりとスピードを上げはじめたキャリアカーの助手席に腰をうずめて言った。

「それで、どこへ行くのよさ?」

「しばらく国道二号線を走ったあと、ルート300を南下する。ミッチェルズ・プレインの海岸沿いに、前もって用意してあった事務所とガレージがあるんだ」

 ベケットの言葉に、チャペルは鸚鵡返し。

「ミッチェルズ・プレイン?」

「移民の多い土地さ。土地柄で選んだわけじゃないけどな、あまり良い環境じゃない」

「悪くはないってこと?この国で、『あまり良くない』って褒めてるのか、貶してるのかわからないわ」

「金持ちが好んで住みたがる土地じゃないってこと」

「なーる。で、なんでその場所?」

「海が近かったんだ」

「それが重要なことなの?」

「まあ」ベケットは気のない返事をかえした。「多少はな」

 クレインの乗る貨物トラックを後続につけ、盗難車を載せたキャリアカーはスピードを上げはじめた。

 目的地までは直線距離だと20kmほどだが(奇しくも港から空港までの距離とほぼ同じだった)、実際はその1.5倍ほどの距離を走行することになる。周辺のインフラ整備は進んでいたが、ルートの選定は慎重を期する必要があった。

 ベケットの設定したルートは最短距離ではなかったが、主要道路を利用するぶん、比較的安全だと思われた。順調にいけば、一時間足らずで到着できるはずだ。

 ネルソン・マンデラ・ブルーバードを抜け、デ・ヴァール・ドライブからセトラーズ・ウェイ(開拓者の道)へと乗り換える。八月の南アフリカは暑く、クーラーをつけていても額に汗がじっとりと滲んだ。

 西方にテーブルマウンテンの山並みが望めるスヴァルトリフィール川沿いを走っていたとき、ベケットたちは唐突な渋滞に巻き込まれた。

「なんだァ?急に車の流れが止まったな」

 ベケットはしばらく様子を見ていたが、長々と続く車列は一向に進む気配がなく、すでに何台かの乗用車から運転手が飛び出して両手で双眼鏡を作り、彼方を確認しようとしている。

 すこし無用心だったがベケットは運転席から降りると、キャリアカーのてっぺんによじのぼった。手袋をしていなければ火傷を負っていたほど熱くなっていた車体の上にベケットはしゃがみこみ、「あぁ…」とため息をついた。

 やれやれと首を振りながら運転席に戻ってきたベケットに、チャペルが訊ねる。

「どうしたの?」

「検問だよ」

 そう言うと、ベケットは備えつけの無線機に手を伸ばし、クレインに同じ内容を伝えた。

 検問と言っても、バリケードや小屋が設置されているわけではなく、複数人の武装した兵士たちが道路を塞いでいるだけという簡易的なものだ。

 避けられるだろうか?

 撤退、あるいは突破プランの可能性をベケットは頭の中で検討する。

 車列は長く、間隔が短い。そして自分たちは最後尾についているわけではない、反対車線も混み合っている。小回りのきかないトラックでこの流れを脱するのは不可能だろう。

 戦車や装甲車ならまだしも、防弾装備もない標準的なエンジン仕様の民間車両で強行突破など敢行しようものなら、瞬く間にスクラップだ。それに、おそらく相手は対戦車装備も持っていると考えたほうがいい。

「トラブらないことを祈るしかないな」

「装備、積んであるんでしょう?大丈夫なの」

 バンザイお手上げをして背もたれにかかるベケットに、チャペルが訊ねた。

 新型CONスーツ一式をはじめ、任務に必要なものはすべてトラックの荷台や中古車に隠してある。二重底や仕切り板のような単純な仕込みではないから、よっぽど…車を完全なパーツに分けてしまうような…厳重なチェックをしない限り、見つかる恐れはないはずだが。

 心配しても仕方がない、というふうにベケットは答えた。

「下手に逆らうより、素直に流れに従ったほうがいいだろう」

 そこで、クレインからの通信。

『相手の正体は?目的はなんだろう』

「わからん。警察か、政府軍か、あるいは反政府ゲリラか…犯罪調査か、探し物でもしてんのかな。徴発だったら厄介だ」

『ボクらを探している可能性は?』

「ないだろ。道具の手配や出国の手続きはみんなオレたちだけでやってんだ、内通者がいたって追えるもんか。空港か港を出たときにマークされた可能性もあるが、わざわざ人員を派遣して先回りする必要があるか?そりゃあ、SABC1に写っても目立たないほど周囲に溶け込んでるわけじゃないが」

『たんに巡り合わせが悪かったってことだね』

「そう。だから大人しくして、穏便に済ませるんだ。こっちにはやましいことなんかないんだから」

『ほんとに?』

 最後の言葉には答えず、ベケットは無線のスイッチを切った。

 じりじりと焦燥感に駆られながら、車列がゆっくり動くあいだにときおりベケットは腕時計の文字盤を見つめた。正確な時間を知りたかったわけではない。時間の流れが遅いことを確認し、ベケットは手首をハンドルの上にだらしなく乗せた。

 時計は空港の免税店で買った、どこのメーカーのものとも知れない安物だ。欲を言えば黒のベビーG、110番が好みだったが、傭兵でもないのにそんなものをつけて強盗の的になることは避けたかった。ホッテントット族の真鍮装飾だろうと構わず狙う連中には、100ドルの時計すら充分すぎるアピールになる。

 やがてベケットのキャリアカーが検問所にさしかかり、複数人の武装した男たちが車を取り囲んだ。

「Okuma(止まれ)!」

「ズールー語だな」

 チャペルにそう言い、ベケットは運転席の窓からパスポートと営業許可証を男に手渡す。

 受け取った男は眉間に皺を寄せてから、それらをリーダーらしい男に回した。おそらく英語が読めなかったのだろう。

「アメリカン?」

「ヤ」

 リーダーらしき男は懐疑的な視線をベケットに向ける。

 南アフリカに限らずだが、アメリカ人は外国ではあまり歓迎されない。始終どこそこの国に爆弾を落としたり、人を殺したりしているからだ。

 こと南アフリカには二十世紀末に数多くのイスラム教徒、及びイスラム系の武装組織が流入しており、アフガニスタン侵攻の際には新聞等のメディアを通じ「米国に対し報復行動を取る」とはっきり宣告している。しかも彼らは地元の自警団と繋がりを持っているのだ。

 近年は経済開発に乗り出した米国企業との確執もある。

 今回、重装狐チームが米国企業に協力を仰がなかったのはそのせいだった。

 大企業の子会社という肩書きがあれば、装備の調達や国内の移動にかなり融通がきく。その反面、素性(仮の、だが)が割れれば数多の武装組織から狙われることになる。無用なトラブルは避けたかった。

 本来なら国籍もアメリカ以外にしたかったのだが、残念ながらそこまで偽装する時間はなかった。

「中古車販売?Blerrie、こんな時勢にかね」

「この時勢だからこその商機ですよ。ところでこれは何の検問なんです?貴方がたは軍隊ですか?」

「我々は民間警備会社の者だ。このところ国内で不審な動きが相次いで報告されており、公的機関からの委託業務でこうして通行車輌をチェックしている」

 いかにも無知な一般人に見えるよう、努めて平易な言葉を選んで使うベケットに、リーダーらしき男が神経質っぽい口調で言った。やや早口で訛りが強く、聞き取るのが難しい。

 ひょっとしたら細部を誤魔化すために、わざとそういう喋り方をしているのかもしれない。

 民間警備会社…目前の男はそう言うが、本当だろうか?

 正体は気になるが、そのことを確かめる気はなかった。たとえ彼らがカモジャケットにAK-47という、いかにも地元の武装ゲリラを判で彫ったような装備だったとしても。粉塵から身を守るため、ゴーグルを着用しスカーフで口元を覆っているのが尚更胡散臭さを強調していた。

 貴方がたは本当に警備会社の人間ですか。テロリストか何かじゃないんですか。

 そう質問して、「実はそうなんですよ」と答えられたら、いったいどうすればいいというのだ?

 しばらくのあいだ、目前の男とベケットのあいだで問答が続いた。

「武装しているな、Dwankie?」

「許可は取ってありますよ、国連のデータベースに問い合わせれば確認が取れると思いますが…」

「Haw wena!信じられんぞまったく、最近の外国人はどいつもこいつも我が物顔で武器をぶら下げてるときてる。国家の主権と安全保障はどこへいってしまったのだ?そんなに外国で人が殺したいのか、Jou Bliksem?」

「身を守れるなら、それに越したことはないでしょう」

「そのためにわざわざ国連に許可を申請したのか?たかだか中古車を売るために?」

「たかだかってことはないでしょうよ、これらはオレの全財産なんです。この国にはまだ知り合いがいないし、警備員を雇う余裕もないし…」

「そんなはずはない。外国人はみんな金持ちだ」

「金持ちなら、後ろ盾もなしにこんな場所で商売しようなんて考えませんよ。これから稼ぐところなんですから…見てください、これが金持ちの装備に見えますか?」

 こちらに敵意はない、ということをアピールしつつ、ベケットは先を急ぐビジネスマン風の仕草をした。やや怯えながらも、頻繁に腕時計を覗きこむ、というようなことを。

 当然男はベケットの身につけている腕時計を目線でチェックし、そして、すぐに興味を失った。期待通りだ。

 金持ちなら、腕時計のグレードで相手の器量を測る世界に慣れた人間なら、ながいきつね柄のちゃちなデジタル時計など、身につけないほうがマシだと考えるだろう。

 ただし、「これが金持ちの装備に見えるか」という台詞は早とちりだったとベケットは気づいた。チャペルのスマートガン・システムと、サイボーグの証である額のコネクト・プラグは夢見る貧乏人が手出しできる領域ではない。

 そのことにいち早く反応し、チャペルはスマートガン・システムのコードを外すと、いたって自然な動作で頭にバンダナを巻き、コネクト・プラグの存在を隠した。

 彼女のこういう機転の早さは腐っても諜報部員だな、とベケットは感心する。

 ホルスターに入っている限りスマートガン・システムは大型のフラッシュライトにしか見えないし、どういう根拠があって女にバンダナを外せなどと彼らが言うかは想像もつかない。

 ましてキャリアカーの窓はスモークガラスだ。紫外線除けの至って標準的な装備、怪しまれることはないし、注視していてもいまのチャペルの動きが警戒を呼ぶことはないはずだった。

 やがて男は担いでいた銃を両手でかまえ、警告を発した。

「車を調べる。降りろ」

 ここで抵抗する意味はなかった。

 不承不承、といったふうにベケットとチャペルは車を降り、続いて後続のクレインも二人の傍に並ぶ。

「うしろのトラックには何が積んである?」

「家財道具とか、オフィス用品とか。事務所に運ぶんです」

 数人が運転席や荷台、中古車のなかを調べているあいだ、残った男たちが銃を手にベケットたちを警戒している。

 敵意がないとはいえ武装しているので、ベケットたち三人は両手を頭の上に乗せ、両膝をついた状態で待機させられた。疑われているというよりは、当然やって然るべき措置なので、必要以上に警戒することはないな、とベケットは思う。

 三人を見張っている男たちの雑談は英語だったが、さっきのリーダー格の男以上に訛りが強く、しかも、ところどころ理解できない単語が織り交ざっていた。

 ときおりチャペルのほうを見やり、Choty goty、とかなんとか言っている。南アフリカの英語特有のスラングだ。

 そのことに気づいたチャペルが、小声でベケットに囁きかける。

「彼ら、なんて言ってるの?」

「オマエのこと、可愛いお嬢さんだとよ」

「それ、いま思いついたでしょ」

 そのチャペルのツッコミに対し、ベケットは冗談めかして微笑んだが、適当なことを言ったわけではなかった。

 武装した男たちの前でそれらしい態度は見せなかったが、じつはベケットは彼らのスラングをほぼ聞き取ることができる。先刻、リーダー格の男が汚い罵倒語を使ったときも、わざとわからないふりをしていた。

 事情通であることを証明するのが重要な場面でもない限り、知識のひけらかしは余計なトラブルを呼び込む。それでなくとも、外国人が得意げに地元住民みたいな喋り方をして愉快に思うやつはいないだろう。

 しばらく車輌の調査をしているうち、次第に男たちが焦りはじめる様子が手に取るようにわかった。

 時間は彼らにとって味方ではないのだ。

 ずっと前から、この検問のせいで大渋滞が発生している。そろそろ他の運転手たちの我慢も限界に達するはずだ。

 原因が明確である以上、このまま渋滞が続けば暴動が起きる可能性もある。まして運転手たちは武装しているかもしれず、ギャングが混じっているかもしれず、テロリストが混じっているかもしれない。あるいは単に、武装した怒れる一般市民が混じっているかもしれない。

 もし通行止めを喰らっている運転手全員が敵に回るとなれば、こんなちゃちな検問では到底止めることができないだろう。それが彼らにもわかっているのだ。

 入念に調査をすれば…中古車のガソリンタンクを輪切りにしたり、PCケースを分解したり、ベッドの詰め物を抜けば、ベケットたちが悪質な密輸入業者か、凶悪犯罪者か、他国の潜入工作員だと判断することもできただろう。だが、彼らにそんな時間的余裕はなかった。

 けっきょくベケットたち三人は何のお咎めもなくチェックをパスし、アスファルトに密着して火傷寸前だった膝を上げていそいそと車に乗り込みはじめた。

 その間際、クレインがベケットに耳打ちする。

「この国の治安の悪さに助けられるとはね」

「まったく」

 検問を通り抜け、一行はまたぞろトラックを流しはじめた。

 首に巻いたタオルでときおり額の汗を拭い、軍手をはめた手でハンドルを握っていると、まるで本職のドライバーになったかのような錯覚を覚える。

 引退後はそういう生活もアリかもな、などとベケットは思った。

 現在所有している食料品店に自社物流を導入し、経営業の傍らでトラックを転がすのも悪くはない…無茶を考えるようだが、要するに、現在スパイ活動に費やしている時間をそのままトラックの運転にあてるだけだ。

 いまも経営自体は信頼できる人間に任せているし、自分は半ば名誉会長のような肩書きであるから、なにもかもを自分で背負うような真似をする必要はない。そういう体制を早い段階から作ってきた。そうする必要があったから、だが。

 そんなことを考えているうちに…ベケットの脳裏に、一つの大きな疑問が浮かびあがる。

「(…オレは、こんな僻地でなにをやっているんだ?)」

 国のため?まさか。星条旗に信念を奉げるなんてガラじゃない。

 狐魂という種のため?そんなのは欺瞞だというのは、自分でもよくわかっている。

 では、なんだ…

 思考がシリアスになりかけたところで、チャペルの甲高い声を聞き、ベケットは現実に引き戻された。

「ねーベーやん、あれなに?」

「うん?」

 バンダナを巻いたまま、活動的な若者というよりは料理会に参加する若ママみたいな風貌のチャペルが指差すほうを見る。

 さっきの検問所から1500mほど東へ進んだあたりだろうか、スヴァルトリフィール川を間に挟んだ進行方向右手の向こう側に、広大な面積(1km四方ほどか)を有する工場のような施設が佇んでいた。

 稼動している様子もなく、あまり人の出入りがない施設を見て、ベケットが言った。

「あれはアスローン発電所だな。南アフリカで最後の石炭火力発電所だ、20年ほど前に閉鎖されたはずだが」

 たしか40年くらい稼動していたのかな、とつぶやくベケットに、チャペルが訊ねる。

「閉鎖されたのは、やっぱり老朽化が原因?」

「ああ。近くの下水処理場から冷却水を再生利用してたんだが、老朽化した冷却塔の補強に失敗して解体せざるを得なくなったのさ」

「ということは、本当はあそこにでっかい冷却塔が建ってたはずなのね?」

「周辺のランドマークでもあった冷却塔の解体を惜しむ声があったんで、発破解体は発電所の稼動停止から7年も後に行われたんだがな。それと、石炭の輸送コストが発電量に見合わなくなったっていう根本的な問題もあった」

「そのわりに他の施設は残ったままなのねぇ。煉瓦造りの建物とか、あの、100mくらいある二本の煙突とか」

「解体作業はあまり進んでいないようだな…」

 こんなところでも、南アフリカの公共事業が後手に回っている実情が浮き彫りになっている。

 もっともこの施設に関しては、たんに周辺住民の要望で残してあるだけかもしれなかったが。

 そこから2500mほど進んだあたりで、カーナビをじっと見つめていたチャペルが言った。

「右手の向こう側、ショッピングモールがあるみたい」

「ここからじゃあ見えねーな」

「ねぇ、ベーやん」

「行かないからな」

「えー」

 企業紛争が激化するまでは観光で栄えていただけのことはあり、ケープタウンにはショッピングモールが多い。

 たったいまチャペルが発見したヴァンゲートモールもそのうちの一つで、観光客向けのショップが多数入っているほか、スポーツクラブが併設されており、なんとベースボールのプレイフィールドが二箇所も設置されている。

 最近は休暇中の企業警備要員や傭兵が利用することが多いようだ。

「とりあえず、ケンタッキーが喰いたくなったらここに来ればいいってことだな」

 このあたりは視界を塞ぐ高層建築がなく、空が広く見える。

 平屋が並ぶ閑静な住宅街で、道路から見る限り建物はまばらに見えるが、すこしでも奥に入れば息が詰まるほど住宅が密集している過密地帯であることを、ベケットは事前に航空写真を見て知っていた。

 幾つか高架橋を越え、国際空港付近を過ぎたとき、慌しくタクシーに乗ったときには気づかなかった光景を見て少し身震いを見せた。

「まったく同じ見た目の家が地区一帯にズラッと並んでんのは、なんていうか、気色悪いな」

「あれでしょおー?ベーやんたちが言ってた、90年代の住宅建設計画。機能的っていうか、効率的っていうか、機械的っていうか、うーん…いちばん最初のシムシティだってもうちょっとバリエーションあるわよ」

「ニューレスト(新たなる休息所)か。皮肉のきいた名前だよな」

 まるでプラモデルの同じパーツをずらり並べたような景観に、ベケットとチャペルは口々に感想を言い合う。

 だが、それはまだマシなほうであることを知るのにそう時間はかからなかった。

 さらに少し進んだあたりでまた風景が変わり、独創性のないジオラマに情感が溢れだす。

 雑草の茂った広大な空き地、打ち捨てられた巨大なコンクリート・ブロックの塊(なぜこんな場所に?)、土を削っただけの用水路…移民ひしめくロウアー・マンハッタンの共同住宅が五つ星ホテルに見えるような光景だった。

 若干言葉を詰まらせながら、ベケット。

「あばら家というか、掘っ立て小屋というか…バラックが並んでるな」

「見事なまでのスラムだわねー」チャペルも驚いている。

「空港からこんな近いのにか。タクシーに乗ってたときには気づかなかったが」

「トロピコで住宅建造が間に合わないとこんなカンジになるわん」

「知るか」

 さきほど通過した、ショッピングモールからもそれほど離れていない。

 このバラックの住民があのショッピングモールを利用するとは考え難い。ここは被災地域でもなんでもない、ほんの道路数本を挟んだ先でこうも貧富の差を実感できるとは…

「なんていうか、納屋や鳥小屋だってもうちょっと立派なもんだが。見ろよあのサイズ、日本のウサギ小屋なんかメじゃねぇな。刑務所の独房のほうが広いんじゃないか」

「ベーやんけっこう酷いこと言うわね。屋根さえあれば上等だって、ね?雨風を凌げればいいんじゃないの?」

「あれで凌げるかねェ。雨風…」

 補修跡も新しく、というか、補強材だけを繋いで組み立てたような小屋の数々を見て、ベケットは不意に煙草が欲しくなった。

 このあたりには、煙草の健康被害や、ポイ捨てによる環境破壊を真剣に考える者はいないだろうから。

 その後ボーチャーズ・クアリーロードを右折し、クリップフォンテインロードを左折。ミラー・ストリートと交差する十字路でニューアイズリーロードに切り替わる。

 住宅街の中心を突っ切るルートで、このあたりは先刻よりもだいぶ景観がマシなものになっていた。もっとも道路と住宅を隔てる塀がセメントではなく、合板を金具で留めて延々と繋いだものだったりするのだが。

 雨風で歪もうが視界さえ塞げれば問題ない、という点においては合理的であるとも言える。乗用車の衝突を防いではくれないだろうが、それはセメントもあまり変わらない。

 ときおり遭遇する、車道のど真ん中を駆け抜けてくる自転車に冷やりとしながらも、目的の場所に到着したころにはすっかり夕方になっていた。

 もともとの予定ではもうすこし早く到着するはずだったのだが、例の検問のせいで余分な時間を取られた。検問と、検問のせいで生じた渋滞に。だが、こんなのは日常茶飯事だ。驚くに値しない。

 それに今回は時間が逼迫しているわけでもなかったから、これといって予定の遅れを意識する必要はなかった。

 クレインが貨物トラックを格納庫に停めているあいだ、ベケットは中古車を展示スペースに並べていく。展示スペースとは言うが、実際はだだっ広い空き地でしかないため、周囲の風景とあわせて「スクラップ置き場」と呼んだほうがしっくりくる。

 建物が売りに出されてからベケットたちが到着するまでの間に公共の場として扱われていたらしく、ベケットは中古車をキャリアカーから降ろすより先に、散乱しているゴミやガラクタを片づけなければならなかった。

 まあ、そんなわけで…

「短い間の我が家、だな」

 ガラス張りの清潔な空間とはほど遠い、どこぞの町工場のような外観の中古車販売事務所を見渡し、ベケットは言った。

 そこへ助手席を下りたチャペルが腕にまとわりついてくる。

「住めば都になる?」

「短い滞在予定だからな。半年も居るつもりなら、まあ、どうかはわからんがよ」

 真面目に商いをやるつもりはないから、売り出し中の物件からそれらしいものを適当に選んだに過ぎない。

 そのあたりの手配はチャペルが担当していた。たしかネットのオークションを利用したはずだ、建物を選んだのはベケットだが、不動産取引に関する諸々の手続きはチャペルの仕事だった。

 重要なのは取引の記録からこちらの身元を探られないよう綿密な偽装工作を施すことだ。

 エシュロン・システムを引き合いに出すまでもなく、現存するすべての通信網はいずれかの国家ないし企業により傍受されていると考えたほうがいい。将来的にこちらの不利になりかねない情報を残すわけにはいかない。

 チャペル曰く、インターネットがもたらしたグローバルな世界はモグラの空けた穴だらけのような状態だそうだ。

 穴に足を突っ込んで骨折した家畜があちこちに転がり、怪我をせずに歩いているやつは、そう…たんに運が良いだけなのだと。舗装され、穴の少ない道を歩いているだけで、危機を回避する術を身につけているわけではない。

 ちゃんと穴を避けて歩く方法を知っている者など、数えるほどしか存在していないのだ。

 信じられないほど多くの人間が参加しているのに、その実、きちんとルールを把握している者が極めて少ないゲームのよう…チャペルはそう言っていた。

『ガードの方法がレバーを後ろに入れるか、Aボタンを押すのかも知らないのに、適当なガチャプレイで勝てるからって調子に乗ってるようなのが多いのよ。まあ、カモが多くてアタシの損になることはないけど』とは彼女の弁だ。

 事務所ではクレインが貨物トラックから棚や机といった家財道具を運びだしていた。

 これらは数多の車輌とおなじく合法的に輸出したものだが、輸出に関する手続きは必ずしも合法的な手順を踏んだわけではない。

 もとより任務に使う装備を隠匿するためのカムフラージュであるから、現地で揃えるわけにはいかなかった。

 意外にも馴れた手つきで家具一式をあっちからこっちへ持っていくクレインに、ベケットが声をかける。

「ご苦労だな」

「ヒキコモリには辛い仕事だよ」

 首にかけたタオルで汗を拭いつつ、クレインは口ほどには疲れた様子ではない。タフな男だ。

 だが、気張るには何事も限度というものがある。

 特殊部隊、とりわけ米SEALsでは常人が耐えられぬ過酷な訓練と極僅かな休憩のみという環境で、スーパーマンの集団を作ろうという試みが昔から続いている。個の能力を極限まで磨き上げる、ワンマンアーミーの育成…まさに、たった一人の軍隊というわけだ。

 しかし軍の高官がいとも容易く忘れがちなことがある。人間はクリプトン人(スーパーマン)ではない。

 自分たちは特別だなどと思い上がったが最後、装備の自重で海中に沈んで全滅するなどというくだらない末路を辿ることになる。

 ベケットたちは人間ではない…人間よりも頑丈で、鋭敏だ。多少は。

 だからといって、六時間の時差をものともせずに労働を続けて何の差し障りもないほど生物としての枠を超越しているわけではなかった。クリプトン人には負ける。

 そんなわけで、ベケットは仲間たちに休息を提案した。

「本日の業務はここいらで仕舞いにしてもいいだろう。健全にいこうや」

「タイムカードを押して、定時退社、そして明朝に定時出勤というわけだね。でも、まだ寝るには早いよ」

 そう言って、クレインはチャペルと顔を見合わせる。

 最低限の家具は事務所に運び入れたが、建物にはまだ電気も水も来ていない。電力会社と水道局への連絡は済ませてあるが、対応には今暫くの時間がかかるだろう。

 そんな状況で何をするか、といえば、答えは一つしかなかった。ベケットは言った。

「飲みに行こうぜ。付き合えよ」

「なんてこった、サービス残業だ」

 軍手を外して尻ポケットに突っ込み、クレインはほんの少しだけ、自分のこの出で立ちでご近所さんの盛り場のドレス・コードを通るだろうかと考えた。着替えの服など持ってきていない。

 このあたりの客層はどうだろう?いかしたスーツを着て、スポーツカーの助手席に美女を乗せているようなリッチマンが寄りつく場所でないのは確かだ。

 仕事帰りの労働者、失業中のごろつき、運良く小銭を懐にせしめた乞食…うん、自分がそういう連中を差し置いて叩き出されることはないだろう、とクレインは確信した。少なくとも、身嗜みという面においては。

 サーファーが集う海沿いにはもうちょっとばかり客層がマシな、観光客向けの店もあるはずだが、ベケットたちが向かったのは近場にある地元住民向けの酒場だった。

 三人が入った酒場は二階がモーテルになっているらしく、広々とした駐車場にピックアップやトレーラーが停められている。旅行者向けではなく、勤務上の都合で帰宅できない労働者のための簡易宿所のようだ。あるいは、女房以外の女と夜を過ごしたくなったときに利用するのかもしれない。

 店内は外観から受けるイメージよりも清潔で、客層も落ち着いたものだった。少なくとも、西部劇に出てくるようなギャングの集会場には見えない。

 とはいえ黒人一人に白人二人という外国人のコンビが目立つことは確かで、ベケットたちが入店したとき、店内の視線が一斉に集中した。目立たず行動するには人間に偽装するだけでは駄目らしい。

 もっとも、そんなことはベケットにとっては織り込み済だった。

 迷うことなくカウンター席についた彼はごつい体格のバーテンダーを見上げ、愛想よく話しかける。

「テキーラでおすすめのやつを。それと」鏡張りの壁に掛けられたメニューを一瞥し、「スクラップルとスクランブルエッグ( scrapple and scrambled eggs )、あとトーストを頼む」

「食べ盛りねぇ」

 ディナーにはまだ時間が早い。驚くチャペルに、ベケットはウィンク一つ。

「男の子だからさ」

「ガキ大将ね( What's a big boy. )」

 そう付け加え、クレインはラム・コークを注文した。コカ・コーラの看板が表に張ってあったからだが、本当にコカ・コーラを使っているかどうかは疑わしいものだ。

 一方のチャペルは。

「アタシ、カルーア!」

「カルーア?」

 バーテンダーが、万能翻訳機を通さずクリンゴン語を聞いたような表情を浮かべる。

 それを見て、チャペルは注文を訂正した。

「…バドワイザーある?」

 ピーク(かき入れ時)にはまだ少し早いが、すでに席は半分以上埋まっていた。

 くたびれた工場作業員や警備員といった連中が、今日という一日の仕上げをするために祝杯を上げている。彼らはみな同じ臭いがした。固定客だろうか。

 若い男や女、すくなくとも今日を休日として過ごす者…無職は別だが…の姿は見えなかった。ここはそういう店ではないのだろう。汗の臭いを染みつけた男たちは陰気というほどではないにしろ、愛想が良いとは言えなかった。

「はじめて見る顔だね」

 そのバーテンダーの言葉は、たんにベケットたちが一見の客だと思ってのものではなかった。

 この近所では見ない、この国では見ない、いずれにせよ「余所者」だと認識しての言葉だった。なにより、この店の客たちとそう変わらない出で立ちのベケットたちは、観光客には見えなかった。

 だが、その詮索の言葉はベケットにとって都合の悪いものではなかった。

「じつは今日、この国に来たばかりでね。近所で中古車販売をやるんだ、まだ店は準備中だが。でも売り物はあるから、来てくれたら歓迎するよ。車のことなら何でも相談してくれ」

 グラスのテキーラを一気に呷って立ち上がると、ベケットはあちこちのテーブルへ出向き、客に名刺を渡しはじめた。

 これこそ、ベケットが酒場に来た理由だった。

 身分を偽っての潜入作戦、と聞けば、たいていの工作員は周囲から目立たないよう、こっそりと行動したがる。

 しかし本物のセールスマンならば、自らのビジネスチャンスをフイにしたがるだろうか?金を稼ぐためなら労を惜しまず営業に回るはずの職種(ましてや新天地での活動)で、ただ客が向こうから来るのを待つだけ、などというのはあまりにも不自然すぎる。

 そんなものは、政治家が選挙活動中に一切の宣伝をせず事務所に座りっぱなしでいるようなものだ。外から見れば、怪しいにもほどがある。

 だからこそベケットは、自らの正体を隠すために、わざと目立つことも必要だと考えていた。

 見るからに肉体労働者風の格好で、場末の酒場で営業スマイルを振りまきながら名刺を配っているこの男が、新型の麻薬密造工場を潰すために派遣された米国の特殊工作員だなどと、いったい誰が考えるだろう?

 それに、ちょっとしたアドリブでカバーが剥げるようなら、そもそも偽装などすべきではないのだ。

 一通り客に挨拶を終えたあと、カウンターに戻ってきたベケットに料理の皿を差し出しながら、バーテンダーが訊ねる。

「わざわざ外国から?酔狂な連中もいるもんだ」

「オレら三人、もともと旅行が好きでさ。あっちこっちをふらつきながら、商売のタネを探してたんだよ。で、中古車の輸入が『ワリ』がいいってんで、こうして来たワケさ」

「いまこの国じゃあ、あっちこっちでドンパチやってるんだぜ、アメリカでもニュースになってるだろう」

「だからさ。毎日あっちこっちで車が穴だらけになってるってのに、小売業者は撤退してるわけだろう。需要はあるのに供給がない、だからこそ商機があるってこと。危険は承知の上だ」

「国へ帰ったほうがいいぞ。両親を悲しませるようなことはするもんじゃあない」

「悪ィ、オレ、親の顔知らなくてさ」

 そう言うと、ベケットはバターを塗ったトーストにスクラップル(クズ肉とコーンミールを混ぜて焼いたもの)とスクランブルエッグを乗せ、がつがつと食べはじめた。

 テキーラとトーストを交互にやり、地元民ですら眉をしかめるジャンクフードを完食したベケットは満足げに唸り、カウンターの隅に置かれていた竹製の爪楊枝をくわえる。

「オヤジさん、このテキーラいいね。なんて銘柄?」

「アガベ。国産だ。十年以上前に一度生産を中止したが、最近になって製造が再開した」

「へぇ。国産…リュウゼツラン?メキシコから持ち込まれたんだっけ?」

「十九世紀に、飼料用で。アガベは90年代に作られたブランドだ。主要原産地のメキシコが気候変動でテキーラ産業に大打撃を受けたとき、投資家が輸出目的で立ち上げた。2008年に経営者が飲酒運転で逮捕され、幹部が謎の自殺を遂げたあと会社が閉鎖された」

「それで?」

「何年か前にアフリカの多国籍企業が競売にかけられていた施設を買い取り、工場を再稼動させてブランドを復活させた。たしかアメリカの企業と競り合っていたはずだが、企業間の対立が激しくなったのはそれが原因かもしれない」

「酒ってのは罪深いもんだな」

 心にもないことを言っている、と自分でも思いながら、ベケットは改めて店内を見回した。

 コテージ風の内装は薄汚れてはいるが、雰囲気は悪くない。

 古風なランプの暖かいオレンジの光を眺めながら、あれはアンティーク趣味のつもりだろうか、それとも祖父の代から使い続けているというだけなのか、と考えていたとき、新しい客が店に入ってきた。

 他の客が注意を払わなかったところから、ベケットたちのように新参や余所者ではないことはわかった。だが彼が店の敷地を一歩跨いだ途端、店内の空気が一瞬だけピリッと震えた。そのことに気づいたのはベケットたちと、新しい客だけだった。

 新しい客はクレインとチャペルの背後を通り過ぎ、ベケットを通り過ぎると、その隣のスツールに腰を下ろした。

 相手が口を開く前に、ベケットは変哲のない調子でアルコールの息を吐いた。

「昼間はどうも」

「やはり、あのときの連中か。こんなところで何してる」

 新しい客は緊張で少し筋肉をこわばらせながらも、平常心を保った状態で返答した。

 このミスター・ニュー・カマー、あるいはニュー・カスタマーは、他でもない、昼間の検問でベケットたちに足止めを喰らわせた連中のリーダーだった。いまはカモ・ジャケットではなく、至ってノーマルなチェックのポロシャツを着用している。ベケットたちよりも清潔だった。

 あわや昼間の検問の続きをやるつもりだろうかとベケットたちは警戒していたが、どうも、そうではないらしかった。

 もし取調べを続行するつもりなら私服には着替えないだろうし、ベケットたちを見て驚くこともないだろうし、AKを会社に置いてきたりはしないだろうし、なにより、たった一人でことを起こそうとはしないだろう。

 なにも言わないうちにバーテンが差し出したスコッチのグラスに口をつけながら、男はふたたび訊いた。

「観光客向けの店がほかにあるだろう。外国人好みなのが」

「仕事あがりで遠出をする気になれなくてね。それに、このあたりで商売をするなら、ご近所付き合いを良くしておいて損はないだろう?」

「商売…ああ、中古車販売だったか?このあたりで?」

「渡した書類に住所、書いてあったろ。控えを取ってあるんじゃないのか?てっきり、それを調べに来たんじゃないかと思ってたんだぜ」

「いまの私はただの善良な一般市民だ。その日の業務が終われば、制服と一緒に銃も置いてくるのさ」

 男はそう言って笑みを浮かべたが、ベケットは彼の腰のベルトに伸縮式の特殊警防と、拳銃がぶら下がっているのを知っていた。たぶん、いまのは比喩表現なのだろう。

 その後は互いに名刺を交換し、フィクスレイという名のこの男が民間警備会社アマンズィワイトの分隊長であることがわかった。

 検問は現在も他の分隊が継続中で、この活動は数日前から行われているらしい。

 その点について訊ねると、

「業務の詳細や雇い主の情報は明かせない。それは企業秘密だ」とあしらわれてしまった。

 二人が異業種間のやり取りをしているあいだ、バーテンダーとチャペルが他愛のない会話を進めている。

「ところで、さっきの…」

「なぁに?」

 150年近い歴史を持つ黄金色の液体が注がれたグラスをつまらなそうに見つめるチャペル。

 どことなくうろんな雰囲気を醸す彼女に、バーテンダーが強面を向ける。

「カルーアってなんだ?」

「コーヒーのリキュールう。甘くて、ミルクで割るとおいしいのだ」

「フム…」

 バーテンダーは一考した様子で背を向け、棚から象のイラストが描かれたラベルの瓶を取り出してカクテルを作りはじめる。

 やがてカルーア・ミルクによく似たカクテルが注がれたグラスをバーテンダーがカウンターの上に滑らせる。

 古ぼけたカウンターの上をなめらかに走りながら、グラスはチャペルの目の前でピタリと静止した。

「どうぞ、こいつをお試しになってください」

 焦げついた乳白色の液体を見下ろし…警戒すべきだろうか?チャペルは一瞬だけ迷いを見せる。

 これはおいしいのだろうか、という表情をバーテンダーに向けながら、しかし実際に考えているのはアルコール以外の薬品が入っているのではないかという懸念である。

 確たることは何もわからない。ひょっとしたら自分たちの正体は最初からバレていて、この地で麻薬組織の連中が罠にかけようと手ぐすね引いて待ち構えているわけではないと、どうして確証を持てる?

 ひょっとしたらバーテンダーとフィクスレイはグルかもしれないし、客たちは服の下に隠した銃の引き金をひきたくてうずうずしているのかもしれないし、そんな状況で自分たちは、自分たちこそ利口者だと勘違いしている間抜けかもしれない。

 もっとも…そういうアクシデントは、そうそう訪れるものではない。

 チャペルは毒かもしれない、自白剤かもしれない、睡眠薬かもしれない、あるいは、ただの気の利いたカクテルかもしれないグラスを手に取り、口をつけた。

「あら、おいしい。カルーアっぽいけど…これ、なぁに?」

「アマルーラ。アフリカ原産の、マルーラという植物の実から作ったクリーム・リキュールだ。それをコーヒーで割ってみた」

 ラベルに象が描かれているのは、マルーラの実が象の大好物だからである。

 ゲリラの親玉か、さもなければギャングの兄貴分が似合いそうな厳めしい顔つきのバーテンダーを見直し、チャペルは頬をほんのり紅色に染めて言った。

「渋いわあ」

「いかしたサービスだね」

 クレインがチャペルの言葉を請け合う。

 いま彼が口にしているのはギムレットだった。ジンにライムジュースを加えたカクテルだ。

 ギムレットの発祥は英海軍らしい。国を問わず、長い航海を必要とする海軍は食事の偏りによるビタミン不足で脚気が蔓延しやすい。英国ではライムジュースを支給することで問題を解決したが、おそらくギムレットの発祥はそのあたりにあるのだろう。

 クレインが飲むギムレットのベースに使われたジンは英国製で、シックス・オ・クロックという銘柄のものだ。香りづけにジュニパーベリー(セイヨウネズ)ではなくオレンジピールが使われており、爽やかな口当たりが特徴である。

 製造元のブラムレー&ゲージは家族経営の小さな醸造所で、製造はすべて手作業で行われるため、生産数は限られている。その青いボトルを南アフリカの辺鄙なバーで見かけることがあるとは、クレインは考えてもいなかった。

 料金は基本的にすべて前払いで、シックス・オ・クロックのギムレットは高くついた。輸入モノだし、元の価格からして他の銘柄よりもやや高めの設定である。瓶がうっすら埃をかぶっていたところを見るに、常連客にとっては高嶺の花だったに違いない。

 ここでの支払いは旧米ドルだった。物価は標準の約二~三倍、インフレである。

 今回の作戦でベケットたちは一万旧米ドルを用意していた。この国へ来てからクレッドマネーを扱う両替商を探すという手もあったが、それでは不測の事態があった場合の対処が難しいため、あらかじめ協力者を探して港で受け渡しができるようセッティングしてあったのである。

 事務所へ到着したあとに三人はこの旧貨幣を等分し、小額紙幣のみを持ち歩くことにしていた。こんな時代でも、高額紙幣は相手の警戒を誘う。

 ギムレット一杯で20旧米ドル紙幣二枚が古式のキャッシュレジスターに吸い込まれた。それが適正な価格なのか、吹っかけられたのかはクレインには判断がつきかねた。

 ベケットがテキーラ一杯と料理を注文したときには20旧米ドル紙幣一枚で釣りがきた。たぶん自分が贅沢をしたのだろうと、クレインは思うことにした。

 他の二人が話し相手を見つけたあとも、クレインは一人静かに飲み続ける。

 南アフリカで製作された、低予算ドラマだってこうはならんぞというような、どうしようもない有象無象のB級、いやC級、D級、あるいはZ級と呼んでしまって良いかもしれない、凄まじいクオリティの映画群について誰か話を振ってくれればいいのに、と思っていたが、その機会はようとして訪れなかった。

 

 

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 酒場を出て事務所へ戻った三人は、すぐに床についた。

 レイアウトなど何も考えず適当に置いただけのベッドで横になり、アルコールの作用で重くなった目蓋を閉じる。

 街灯の少ない外は闇に染まっていたが、ときおり赤い閃光が散発的に瞬き、遠くから銃声や爆発音が響く。三人はまだ現場に遭遇していないが、この国はいま企業軍同士の争いのせいで内戦さながらの状況なのだ。そこにギャングやテロリストなども絡み、泥沼の様相を呈している。

 しかし企業間紛争と関わらずにいても…争いと無縁でいられるわけではなかった。

 夜遅く、四つの人影が音もなくガレージの正面を過ぎ去り、事務所の扉の前まで忍び寄る。

 蛍光色のシャツにジーンズ、スニーカーという、ごくありふれた服装の一団だったが、その手にはナイフや拳銃が握られている。そのうちの一人が万力で扉のノブを捻り壊し、古びたスチール製の戸を開け放った。

 暗闇のなかで目を凝らしながら、四人の男たちはシーツの下ですやすやと寝息を立てる三つのベッドを発見する。

 男の一人がシーツ目掛けて素早くナイフを突き刺し、拳銃を手にしていた男も腰にぶら下げていたマチェットに凶器を持ち替え、容赦なく純白のシーツに振り下ろす。

 拳銃で撃たなかったのは、治安の悪い界隈でも通報される可能性がなくもない、という懸念からだった。基本的に火器は咄嗟の自衛用で、撃つ必要がなければそれに越したことはない。

 そして刃物を使用したことは彼らにとって幸いだった。おそらく銃火器で滅多撃ちにしていたら気づかなかっただろう…刃物で斬りつけた感触が、およそ生物のそれとは異なるものだということに。

 いずれにせよ、結果は変わらなかっただろうが。

「!?」

 男たちは慌ててシーツを捲り、その下にあったものを凝視する。

 一見すると西洋鎧のようであった漆黒のアーマーが、大口径ライフル弾をも受け止める最新技術の結晶であるなどとは知る由もない。刃を受けた箇所はわずかに擦過跡がついたのみで、たいして損傷した気配もない。

 枕元に置かれたボイスレコーダーから、長時間録音された寝息が機械的に再生されていた。

 一団がそれを確認した直後、一人の男の身体が宙空に投げ出された。武器を奪われ、肩を破壊された右腕が軟体動物のようにだらしなく揺れるさまが一瞬だけ確認されたのち、男はしたたかに壁に背中を打ち、床に転がるまえに気を失う。

 マチェットを持った男はまだ拳銃の使用を躊躇しており…闇雲に撃たぬ分別を持っているだけ玄人であった…気配に向けて刃を振るうも、力強く空(くう)を裂いた腕は呆気なく受け流され、下から突き上げるような掌底を顎に喰らって爪先が地面から離れる。

 電気ショックを受けたかのようにぴょこんと小さく浮き上がると、顎を破壊された衝撃の余波で歯と頬骨がぼろぼろになった男はマネキンのように一切の抵抗なくぶっ倒れた。

 また、実際に電気ショックを喰らった者もいた。高圧電源ユニットが取りつけられた、改造型の電気牛追い棒で突かれた男はうがいのような悲鳴をあげて痙攣し、身体が硬直したまま床にくずおれた。

 瞬く間に仲間たちがやられ、一人残された男はかすれた叫び声をあげながら、闇雲に飛び出しナイフを振り回し続ける。

「ひっ、ひいぃっ、いや、いひゃあぁぁぁあああ!」

 目を凝らしたとて相手の姿は見えず、まるで亡霊と戦っているかのような錯覚にとらわれた男はすっかり恐慌をきたしていた。

 やがて男は背後から腎臓めがけた正拳突きを喰らい、激痛のあまり立ったまま気を失う。

 白目を剥いて倒れる男を受け止めると、ベケットはその身体をゆっくりと床に横たえた。

「何者だい、こいつら」

 肘打ちによる急襲で闖入者の肩を破壊し、その後間髪入れずに投げ飛ばすという、普段はあまり披露することのない格闘術を見せたクレインが誰ともなく訊ねる。

 格闘技に堪能で、琉球空手をベースにブンチャック・シラットなどの型を取り入れた我流のマーシャルアーツを操り二人を沈めたベケットは、床に伸びている男…顔を潰さなかったほう…を見つめ、口を開いた。

「たぶん、酒場にいた客の誰かだろ。腕は悪くないが、殺し屋じゃないな。観光客相手の強盗専門か」

「でー、なんでアタシたちを襲ったワケ?」

 改造型の電気牛追い棒を手に、チャペルがつぶやいた。

 彼らは襲われることをあらかじめ想定していたわけではない。ただ、いつ襲撃を受けても対処できるよう、ベッドで眠るなどという愚は犯さない。

 よほど慎重な襲撃者でない限り、相手が起きるかもしれないというリスクを負ってまでシーツを剥がして正体を確認する者はいない。ましてや暗闇、目視での状況確認が難しいシチュエーションである。

 そこで三人は普段、ベッドを時間稼ぎ用の囮として仕込み、自身はソファやデスクの裏などの物陰にロールマットを敷いて眠ることにしていた。相手から発見されにくく、また攻撃を受けにくい隠れ場所である。

 そのような用法を有効にするため、家具の配置も襲撃者への対処を前提としたものになっていた。

 いわば、これらの行動は三人にとって通常対応なのである。

 襲撃者たちの武器を取り上げ、彼らに猿轡を噛ませたうえで電気コードで縛り上げてから、ベケットが言った。

「そりゃあ、金持ちだと思われたんだろうよ。このあたりにオレたちを気遣って、警察に通報するような連中もおらんだろうし…おいクソ映画、テメーが40ドルもするギムレットなんか頼むからだぞ」

「ボクのせいかい?」

 心外だ、というふうにクレインが肩をすくめる。

 さて、問題は襲撃者たちの今後の処遇だ。

 こちらの正体を知って襲ってきたのではないのだろうから、尋問の必要はないだろう。

 生かしておく理由もないのだが、といって、わざわざ命を奪うのも忍びない。

「彼らのこと、どうするの?」

 そう訊ねるチャペルに、ベケット。

「とりあえず押し入れにでも突っ込んで、オレたちが帰るまで放置…でいいんじゃねぇかな」

 それは襲撃者たちが、致命傷こそ負っていないものの、負傷したまま数日間縛られた状態で捨て置かれることを意味していた。

 あっさり殺されるのとどっちがましだろうか?

 

 

 

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