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「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SHOP SQUAD -』

- 2nd Season -

Chapter_04 【 凍てつく瞳 - Eyes on the ICE - 】 Part_7

 

 

 

 

 

**      **      **      **      **      **

 

 

 

「バウ、ハウッ、ワウワウ。クゥ~~~ン……」

「うひゃあ」

 チャペルが目覚めたとき、バイザーがだいすけの唾液でべとべとに汚れていた。

 顔を舐めまわすだいすけの頭を撫で、チャペルは立ち上がりかける。

「ウッ、寒いワー…さっきまで死んでたから体温下がってるワン。血の巡りも悪いし」

 身体を思うように動かせず尻もちをつき、しばらくチャペルはそのままじっとしていた。

 硬直していた身体をほぐし、腕をさすりながら、チャペルは周囲を見回す。

 チャペルの周辺には苦悶の表情を浮かべながら床に伏している数人の警備員の姿があり、彼らがだいすけの攻撃を受けたのは明白だった。

 警備員はみな銃を手にしていたが、発砲した痕跡はなく、薬莢も落ちていない。

 よし、よし…チャペルは優秀なボディガードを抱えあげ、全身を撫でくり回しながら、褒美のジャーキーを与えた。

「カウッ、カウ…あぐあぐ。もっちもっち」

 一生懸命に顎を動かしジャーキーを咀嚼するだいすけを連れて、チャペルはサーバールームから出た。あまりもたもたしてはいられない。

「でも、フフッ…まさか、あの状態から蘇生するなんて、ブレイちゃんは考えつかなかっただろうなー」 

 死によって魂は肉体を離れ、異なる次元…あの世、天国、冥界、名称とその性質には諸説あるが…へと昇華されるが、実のところ、魂がなにをもって「死」と認識するかは、はっきりと解明されていない。

 脳は思考や身体の制御といった、生命の機能のほとんどを担う重要な器官だ。

 しかし脳こそが生命の核である、という保障はどこにもなく、脳が機能を停止したからといって、それを死と定義することはできない。

 そもそも現代の科学では魂の存在を証明できない以上、脳と魂の繋がりを解明することもまた、限りなく困難であった。

 またチャペル個人の感想として、脳は数ある臓器のうちの一つでしかなく、身体機能が完全に停止するまでは「死」と呼ばれる現象に満たないと認識していた。もちろん、脳の機能停止が肉体の死に直結していることは言うまでもないが。

 そこでチャペルは脳の機能が停止した時点でDNIドライブを脳から魂へと直結し、進行中のタスクを保持したまま蘇生プログラムを実行、脳の機能を復活させるという前代未聞のシステムを構築したのだった。

 もちろんこれは限りなく邪道であるうえ、確実に蘇生できるという保障もない。

 そんな脆弱なシステムに生命を託すという行為そのものが狂気の沙汰だったが、それでも、チャペルは自分に対抗できる腕を持つハッカーを欺くにはこれしかないと考えていた。

 まあ…上手くいったから、いいとしよう。

「こちらチャペル、目標達成しましたァン♪帰還準備願いまぁす」

『…チャペルさん!?そんな、本当に生きて…あれ、でもどうして…?』

 チャペルの通信を受けたソナーが、ひどく動揺した様子で…当たり前だが…応答する。

 クレインは黙ったまま、先に装甲車に戻っていたルイスと、先輩に先駆けて撤退の準備をはじめたエデンは落ち着かない様子でEEGを見守っていたが、ただ一人、ベケットだけは立ち話の長い買い物帰りの主婦を待ち侘びたような声で尋ねてきた。

『ちょいと危険な寄り道をしたようだな、あまりみんなを心配させんなよ?』

「えへへー、ゴメンゴメン」

『で、なにやった?』

「科学では証明できないこと。哲学的疑問の、哲学の部分をちょいと科学的に利用してみました、みたいな」

『よくわからん…脳に余計なモンくっつけてないだろうな?』

「だぁ~いじょぶ、今度の敵は礼儀正しかったからね。死人の脳を虫(バグ)に噛ませるようなこと、しないよ」

『ならいいがな。オマエ、手は抜かんかったろうな?』

「失ッ礼しちゃうワン、真面目にやりましたよ~だ。プシュイ、プシュイっ」

『わかった、わかったからその猫のクシャミみたいな声出すのはやめろ。オーケイ、撤退だな。援護はいらんな?』

「面倒なのはそっちについてるんでショ?だったらアタシは裏からこっそり逃げるのだわん」

『早く来いよ。距離はそっちのほうが遠い』

「りょーかいなのだ」

 軽く敬礼のポーズをとり、チャペルは通信を切った。

 どうやら仲間たちはわりと本気で自分のことを心配したらしい、ちょっと悪いことをしたかな…とチャペルは反省する。

 自分が死んだら仲間たちはどう思うか、考えたらわかりそうなものだが、実際のところチャペルはそのあたりのことはまったく考えていなかった。

 いかに敵を欺き、出し抜くか。

 そもそも死んだあとのリスク(蘇生が失敗したあとのこと)など考えても仕方がないのだから、周囲の心象などまるで眼中になかったが…ときおりベケットが「いささか無神経」と自分を揶揄す理由がすこしわかった気がする、とチャペルはひとりごちた。

 あまり反省はしていなかったが。

 音を立てず疾走するチャペルと、チャカチャカ爪の音を立てながらついていくだいすけが並走し、廊下を抜けて非常階段へ向かおうとしたとき、防火扉の前で何者かが佇んでいるのが見えた。

「最初から…こうしておけばよかった」

 悔恨、恥辱、そして怒り…さまざまな感情をないまぜにした声で、彼はそうつぶやいた。

 白と黒のコントラストが織り成す、髑髏をモチーフにした強化外骨格。

 背中にかけている黒の外套( cloak )は体温を保護するためのものではないだろう。たんなるカッコつけか、あるいは、それが戦場の匂いを感じさせるためか。

 ブレイにとってそれはまさしく礼装だった。

 どんなときでも、いつ、どこで、どんな気分であっても、それを着れば、その匂いを嗅げば、自分がかつていた戦場の記憶が、自分が戦士だったときの記憶が蘇るからだ。

 彼がただの挨拶のつもりでここに来たわけではないことはわかっていたチャペルは、すぐさま左腕を突き出して二連装サブマシンガンを発砲する!

 ヴババババババババン!!

 大型バイクの排気音のような重低音が響き、閃光とともに大殻の薬莢が宙を舞う。

 銃弾を防ぐような装備をブレイは持っておらず、かといって避ける様子もなく…あの装備は銃弾を防げるのか?

 チャペルが疑問を抱きかけたとき、ブレイの右腕が発光した。

 刹那、内蔵のエーテル動力を利用したプラズマ・ラウンドシールドが形成され、銃弾をことごとくはじいていく!

「エッ、なにあれ!?」

 はじめて目にする武装に、思わずチャペルは大きな声を上げた。

 空中で潰れた弾頭が壁や天井に突き刺さり、破片の一つがだいすけの足元に命中する。

「あっふぉあおおおおおぉぉんん!!」

 怪我こそしなかったものの、金属片によって穿たれた床の穴を見つめ、だいすけは情けない悲鳴をあげた。

 エッ、犬…?

 これまで監視カメラ越しにしか彼女たちを見ていないブレイは、一見ただのペットにしか見えないだいすけの姿に束の間躊躇する。

 しかし仲間に大見得切ってチャペルの脳を解剖してみせると言ったもののそれは果たされず、さらにいま、ブレイは本来の持ち場を離れてここにいる。これ以上の失態は許されなかった。

 ババババババッ、ガチンッ!!

 やがてチャペルの銃が弾切れを起こし、彼女が動揺も露わにブレイを見つめる。バイザー越しに表情は見えなかったが…

 再装填の暇は与えない!

 ドンッ、ブレイは床を蹴り上げると左手にプラズマ・ブレードを纏い、チャペルに向かって一直線に飛びかかる!

 しかし!!

 ジャアァァーーーンッッッ!!

「ぐああぁぁぁああッッ!!??」

 ブレイを「最大級にめんどくさいやつ!」と認識しただいすけが最大出力で放ったADフィールドに捉えられ、戦意や覇気をごっそりと奪い去られる!

 しまった!そういえば…ブレイは監視カメラの映像を思い出す…謎の力で警備員を無力化したあの手口、てっきりチャペルが何らかの武器を使ったのだとばかり思っていたが、この犬の能力だったのか!?

 いささか鮮明さを欠き、狐魂の能力のすべてを仔細に収めるには不充分な監視カメラの性能を呪いつつ、吹っ飛ばされたブレイはどうにか立ち上がり、ふたたびプラズマ・ブレードを腕に纏う。

 だが、チャペルもこのチャンスを見逃さなかった!

 ガチャリッ、二連装サブマシンガンを腕に固定していたレールがせり上がり、チャペルが叫び声とともに腕を振り抜く!

「はああぁぁぁぁぁ…ブッ壊すほどッ、シュウゥゥゥーーートオォッッ!!」

「なにぃっ!?」

 ズシャアアァァッ!!

 レールに仕込まれていたカタパルトによって射出された銃が高速で吹っ飛び、ブレイのみぞおちに命中した!

 銃身がひしゃげ、機関部がフレームを突き破り、パーツがばらばらに飛散する。

 当然それを受けたブレイのダメージも尋常ではなく、一見ヤケクソのような馬鹿げたこの攻撃は致命傷でこそないものの、高速射出された巨大な金属塊による衝撃は強化外骨格を通して大きな打撃を与えた。

「ぐあっ、かっ…かはっ……!!」

 呼吸が止まり、ブレイはうずくまったまま苦しそうに息を吐き続ける。

 避けれなかった…予想外の攻撃だったせいもあるし、だいすけのADフィールドの影響もある。

 しかし前線を離れて久しく、また全盛期から大きく衰えた…そもそも前線を退いた原因でもある…身体能力は、ブレイの予想を大きく越えて戦闘力の低下を招いていた。

 もっと動けるはずなのにッ!!

 焦りを隠せないブレイのこめかみに、カチャリ、拳銃の銃口が押しつけられる。

 ブレイのそばには、すでに接近していたチャペルが拳銃を手に佇んでおり、引き金にかける指を絞りかけていた。

 抵抗しなくては…

 ただでやられるつもりはない、なんとか一矢報いて……!

 ブレイがそう考えた直後、チャペルは銃口を逸らし、そのままだいすけを連れて行ってしまった。

 …逃げられた?

 ぜい、ぜいと荒い呼吸をつきながら、ブレイは地面を這って壁にもたれかかる。

 反撃の意図を察して身を引いた、のだろう。おそらく。ただ、遠くから雑に撃つこともできたはずで…

 生かされたのか?

 見逃されたのか?

 一度は銃口を向けながらも、何もせずに自分を放置したチャペルの意図がわからず、ブレイは頭を抱えた。

 失敗した。

 自分がしくじったことは、いまさら確認するまでもなかった。

 いますぐにチャペルを追ってもおそらく間に合わず、そしていまのブレイにはチャペルを追う余力が残っていなかった。

 なんてことだ、僕はいつか自分が戦わなければならないような事態が来ることを想定して、そう、そうだ…なんで強化外骨格を、オペレータには不必要な装備を職場に持ち込んだのか、いま思い出した。

 いつかこんな日が来ることを予見していたからだ。

 自身が武装を身に纏い、闘争の場に出て行かなければならない状況が来るかもしれないことを予想、いや、希望…切望?そう、そんな事態を、心のどこかで密かに望んでいたからだ。

 自分はまだ戦える。全盛期ほどではないにしろ、かつて凄腕の傭兵として馴らした経験がある。

 大抵の敵には負けない、負けるはずがない、そう思っていた。

 知らぬ間にクスリに溺れ、肉体がボロボロになる前の、全盛期であれば!本来の実力が発揮できていれば!

 こんな失態は…

 そこまで考えて、ブレイはあることに気がついた。

 どうやって?

 もう元の自分には戻れない。そのことは自分がよく知っていたはずだ。納得していたはずだ。

 それなのにいま、自分は「昔の肉体があれば」と考えている?まるで、いつか…なにかのきっかけで元に戻れる、あるいは、こういう逼迫した状況であれば、奇跡でも起きて本来の力を取り戻すことができるとでも考えていたのか?

 なにを根拠に?

「ああ、そうか…」

 けっきょく、自分はなにもわかっていなかったのだと、このときブレイはようやく自覚した。

 わかっていたふりをしていただけなのだ。

 本当はなにも納得していなかった。できるはずがなかった。

 いつか元通りの力を取り戻すことができる。いつか昔のように戦うことができるようになる。だって、自分は自分だからだ。

 まるで偽者のようないまの自分は、本当の自分じゃない。

 昔できたことが、今できないはずがない。

 いつか本来の自分を取り戻して、そうすれば、みんなに本当の自分を知ってもらえる。ただの事務屋じゃない、強い自分の姿を…

 それは、いつ?

「…ちくしょう…ちくしょう……!!」

 床に座りこみ、膝を抱えながら、ブレイは嗚咽を漏らしはじめた。

 もう、あの頃の自分には戻れない。絶対に。二度と。

 いままでわかっていた「フリ」をしていたが、納得していなかったことを、いま、ブレイは実感として理解していた。

「ちくしょう……」

 絶望するブレイの耳に、遠くからの銃声が響いた。

 

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「おい逃げるぞクソ映画!」

「わかってる」

 ドコッ、ドガガガガガガッ!

 投擲された巨大な斧を寸でのところでかわし、斧が飛んできた方向へガトリングガンの弾をばら撒きながら、ベケットはクレインに向かって叫んだ。

 CACS迷彩でオロシの攻撃をかわしていたクレインは巨大なクローの刃を飛ばして牽制し、そのまま後退をはじめる。

 高剛度ワイヤーで繋がれたクローがガチャリと音を立ててクレインの手に戻り、ふたたび発射準備にはいった。

「帰還かい。ザイオン・ダブがボクらを呼んでる」

「連中は戦いの途中でオレらを逃がすつもりなんかないだろうが、こっちも敵の流儀に合わせる必要なんかないからな」

「前戯と正常位はかわしたけど、背中を向けた途端にオカマを掘られないよう気をつけないと。彼女ら、けっこうアブノーマルなのが好きそうだと思わないかい?」

「片腕もいでる時点で相当にハードコアだぜ、それもセルフでな。ベルリンのスナッフじゃあるまいし…遮断素子(カットアウト・チップ)を過信するなよ、経験は脳に残る。なにより、オマエのケツの保証書はオレについてないからな。自己責任だぜ、アーティースト」

「なあに、まだ身の破滅に手間をかけるほどじゃないさ」

 それだけ言うと、クレインは手持ちの煙幕と催涙弾のピンを片っ端から抜いてばら撒きはじめた。

 ドドンッ、ドンッ、ズドドドンッ!!

 視界が毒々しい色の煙に覆われるなか、二人を追うビリスとオロシは走るスピードを落とさない。

「止まるな、一気に突っ切るぞ!」

「わかったよ兄さん!」

 さらにはフォトの操るドローン型ゴーレムが回転翼を利用して煙を霧散させ、ビリスとオロシは妨害をものともせず突破する。

 その直後…

 ドガンッ!!

 大きな炸裂音とともにドローン型ゴーレムが飛散し、素材となるコンクリートや金属片が地面を転がる。

「エデンか!無事に装甲車まで戻れたな」

『いまカーゴハッチを開けて装甲車の荷台から援護しています、エンジンも温まってますよ!』

 ILC本社ビルの入り口を抜け、ベケットとクレインの間を通ってゴーレムを破壊した大口径弾を放ったのは、先んじて待機組と合流したエデンだった。

 続いて無数の銃弾が飛び込み、ベケットとクレインは慌ててそれを避ける。

「おいルイス、いまオレらにも当たるところだったぞ!.50口径はさすがに穴が増えるぜ!?」

『えっ、あ、マジ!?すいませんッス』

『このドジ…』

 おそらくエデンと同じく援護のつもりだったのだろう、機関銃をぶっ話してきたルイスにベケットは苦言を呈する。

 反省しつつもどこか真剣味の欠けるルイスを、エデンが低い声でなじった。

『今度はちゃんと狙って撃ちなさいよね…先輩、背中は私たちが引き受けます。前だけを見て走ってください』

「信用するぜ。トチッたら恨むからな」

『うぅ…』

 エデンとルイスの援護射撃を受け、ベケットとクレインは弾が自分に当たらないよう祈りながら全力疾走する。

 スーツのアシスト機能を使い、CONアーマーより速い時速60kmのスピードで走るベケットとクレイン。しかしビリスとオロシも置き去りにされることなく、むしろ徐々に距離を詰めてきていた。

 しかもベケットとクレインの背後にピタリとつくことで銃弾をも避けていたのだ。

「…まぁ、そうなるよな」

 このままじゃ、ちょいとヤバそうだ…そう思っていたとき、ベケットの目前にチャペルが現れた。

 地下階から上がってきたとき偶然に鉢合わせたのだが、ビリスとオロシの猛追を受けての逃走中とあって、タイミングが悪い。

「わっ、なんかすごいことに…えっ、えっ?」

 状況を把握しきれず頭からクエスチョン・マークを生やすチャペルに激突しそうになったベケットは、咄嗟にだいすけごと彼女を抱え、ブースターを点火して一気に速度を上げた。

「しっかり掴まってろよ、落ちたら拾ってやらんぞ」

「あっ、チーちゃんずるい」

 さっきの全力疾走よりもさらに速いスピードで飛行をはじめたベケットに、クレインは巨大クローの刃を一本だけ射出し、高剛度ワイヤーを足に絡ませる。

 足に掴まり地面を引きずられるクレインに、ベケットが叫んだ。

「っざっけんなこのクソ映画、スピード落ちるっつうの!」

「ボクだけ置いてかないで欲しいなー」

「だったらせめて摩擦を少なくしろダァホ!飛ぶ意味なくなるだろうが!」

 チャペルとだいすけ、さらにクレインを伴っての飛行は単独よりもかなり速度が落ちるが、それでも足で走るよりは速かった。

 またベケットは燃料と装甲車までの距離を計算し、可能な限りの出力で飛行を続ける。

「ちくしょう、片方しかないんだぞ…無茶させやがって」

 オートバランサーでどうにか姿勢を保ちつつ飛ぶベケット。

 やがて追いつくことが難しいと悟ったのか、オロシが槍を投擲する姿勢にはいった。

 これはやばい、いま投げられたら防げない!

 そう悟ったクレインは、ベケットに向かって言った。

「少佐、拳銃を!」

「なにィ?後悔するなよ!」

 クレインと視界を共有してオロシの姿を捉えていたベケットは不服そうな声を上げながらも大腿部の装甲を展開し、大型拳銃を射出する!

 クローユニットを展開したクレインは束の間宙を舞う拳銃を即座にキャッチし、普段は滅多に使わないスマートガン・システムの照準補助機能を使い槍をターゲッティング、投擲された瞬間にそれを撃ち落とした!

 ドガガンッッ!!

 凄まじい爆発音とともに爆炎が噴き出し、クレインの腕を激痛が襲う!

 なんて反動だ…罰ゲームなんてもんじゃない、などと思いながら、クレインは麻酔を使って腕の痛みを無理矢理に遮断し、腕が壊れる覚悟でもう一発、オロシの胴体の中心に向けて発砲する。

「あぶない…ッ!!」

 槍を撃ち落された直後、クレインが照準する腕を下げなかったことを認識したビリスが跳躍し、オロシをかばうように体当たりする!

 グシャアッ!

「ごっ…がはっ」

「兄さん!?」

 ビリスと身体が重なった瞬間に血と肉片を浴び、オロシは恐怖に目を見開く。

 地面に横たわったビリスは苦しそうに呻き声をあげ、腹から血を流している。

「そんな、兄さんっ!?」

「お、俺は…大丈夫だ。俺が丈夫なのは知っているだろう、心配する必要は…ない…!」

「でもっ…!」

 咳き込みながら血を吐くビリスを見て、オロシの中でなにかが「キレ」る。

 槍を両手に掴み、歯を剥き出しにするオロシを見て、ビリスが弱々しい声で諌めかけた。

「待てオロシ、行くな。いいか…ゴホッ、あの先には連中が全員集まってるんだ、万一追いつけたって、おまえ一人では…おい!?」

 しかしビリスの警告がほとんど耳に入らなかったのか、オロシはそのまま飛び出していってしまう。

 すでにベケットたちはビルの入り口を潜り抜けており、その先には装甲車のカーゴハッチを開けて彼らを回収しようと仲間たちが待ち構えていた。

 このまま逃がすか、一人だけでも道連れに…!

 オロシがふたたび槍を構えて投げようとした、そのとき、目の前に何者かが「降って」きた。

 ビルの中から槍を投げようとしていたオロシの前に、ビルの外…おそらく屋上から落下してきたと思しき重装狐の影が写る。

 頭を下に高速で落下してきた重装狐…スパーキィは、そのままの姿勢でナパーム・ランチャーを発砲する!

 ドガガガンッッ!!

 オロシの目前に着弾したナパーム弾の炎があっという間に広がり、オロシは攻撃の機会を失ったまま後退せざるを得なかった。

 一方、地面に激突する寸前で身体を回転させて見事に着地したスパーキィはナパーム・ランチャーの発射筒を放り投げ、一度の跳躍で軽々と装甲車の上部装甲に跳び乗る。

 仲間の無事を確認したスクイはシフトレバーを操作し、一気にアクセルを踏み込んだ。

「全員乗ったかい旦那がた、それじゃあ、いっちょう飛ばすぜぇ」

 やがてベケットたちを収容した装甲車はカーゴハッチが閉じきらないうちに急加速し、猛スピードで敷地外へと飛び出していった。

 駄目だ、もう追いきれない…ナパームの炎に阻まれながら追撃の機会を失ったオロシは、消火をフォトのゴーレムに任せてから、改めてビリスの容態の確認に向かった。

 瓦礫にもたれかかり、苦しそうに息を吐くビリス。

「そんな、兄さん…死なないでよぉ……!!」

「兄貴を勝手に殺すんじゃあない」

「え?」

 目に涙を浮かべていたオロシは、強がりというよりは不満そうなビリスの声を聞き、その傷の容態を改めてよく観察する。

 一見かなり派手に出血しているようで、実際に毛皮が剥がれ筋組織が剥き出しになっていたが、それだけだった。

「あ…」

「言ったろう、俺は頑丈なんだ。腹筋は抉られたがな…強烈なパンチだったから無事とはいかんが、命に別状はない」

 そう言ってビリスは固く握っていた拳を開き、手の平に乗せた、変形した弾頭をオロシの前に差し出す。

 弾はビリスの強固な腹筋に阻まれ、肉体に突き刺さったまま体内まで到達できなかったらしい。

「どれだけ強力な弾丸を使おうと、所詮は拳銃だ。威力に限界がある。少なくとも、俺には通用せん」

「当たり所が良かっただけでしょ?強がり言ってないで、ホラ、傷を見せんしゃい」

「あ、フォト」

 オロシが顔を上げると、そこにはいつの間にかビリスの傍らにいたフォトが医療器具一式を抱えて立っていた。

 拳銃、とりわけ火薬量の多いマグナム弾は、ライフル弾と同等の遅燃性火薬が用いられる。薬量の少ないピストル弾に用いる速燃性火薬を一度に大量燃焼させると銃身内部が一気に高圧化し、銃が破損するからだ。

 しかし拳銃の短い銃身では、ライフル用火薬がすべて燃焼しきる前に弾頭が銃身から離れてしまう。つまり、不完全燃焼分のエネルギーがすべてロス(無駄)になるのだ。

 拳銃とライフルの威力に超えられない壁があるのはそういう理由だった。

「そうはいってもねぇー、普通はこんなタマ喰らって生きてられないんだからね?しばらく安静にしてないと駄目だよ」

「うぐぬぅっ!?むうううう…」

 穏やかな表情のまま容赦なく消毒薬をぶっかけるフォトに、ビリスは苦痛に歪む表情を見せる。

 それでも悲鳴の一つも上げないのはさすがといったところか。

 天然由来の生薬をすり込み手際よく包帯を巻いていくフォトに、そういえば、とオロシが問いかける。

「そういえば、ブレイっちは?ハッカーの相手してたんじゃないの?」

「さっきから呼びかけてるんだけど、応答してくれないんだよねー」

「…まさか、やられちゃったの?」

「いや、待て」

 最悪の事態を懸念するオロシに、ビリスが「待った」をかけた。

 続いて、フォトに念押しで確認を取る。

「応答しない、と言ったか?応答がない、じゃなく?」

「知らない。気難しいんだもん、カレ」

「ボクが呼んでみようか?」

「よせ、やめておけ」

 通信機のスイッチに手をかけたオロシを、ビリスが止めた。

「ブレイが無事で、連中が全員無事に逃げおおせたこの状況を見る限り…まあ、しばらくそっとしておいてやれ」

 そう言い終わるか、終わらないかというタイミングで電灯が切れ、周囲が暗闇に包まれた。

 どうやらハッカーが配電システムに細工をしたらしい、すぐに予備電源が作動して非常灯が点灯したが、それよりもビリスは外の様子のほうが気にかかった。

 割れた窓ガラスの向こうから、わずかに光が差している。夜明けが近いのだ。

 すっかりくたびれた様子でビリスはオロシとフォトの肩を抱きながら、これまで張り詰めていた緊張の糸をほぐし、つぶやく。

「すこし休もう。今回のはさすがに給料に見合わない仕事だった」

「いままで楽をしてきたツケが回ったのかもね」

「かもな」

 

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 後日。

 解体業者が見積もりを出すためにあちこちを駆け回り、廃品回収のトラックが頻繁に往復するなかで、ゴスワミ開発部長は険しい顔つきのまま携帯電話のボタンをプッシュし続けていた。

 彼はこのところ一睡もしておらず、油断すると瞼が片方だけオモリのついた秤のように落ちかけたが、いまはまだ眠るわけにはいかなかった。

 襲撃事件を無事に生き延びた職員は全員帰宅させ、重傷者は病院に移した。

 これから亡くなった職員の葬儀と遺族への補償の段取りも行わなければならないが、それよりもまず連絡を取らなければいけない相手がいる。

 「緊急連絡先」として教えられていた取引先の番号にかけ続け、何度目かの発信がようやく繋がった。

『やあゴスワミさん、ご無事でおられましたか。あの騒ぎを生き延びるとは、いやはや強運の持ち主ですなあ』

「ふざけたことを言わないでくれ!あれは全部、あんたのせいだろう…?」

 その言葉は質問ではなく、確認だった。

 大声を出したのは怒りからではなく、たんに周囲がうるさいせいで自然とそうなっただけだが、交通整理や作業員の指示が飛び交うなか、電話の向こう側はノイズ一つない静けさに満ちていた。

 まるで防音設備の中にいるかのような。あるいは、聖堂だろうか?

 しばらく無音が続き、ゴスワミがふたたび口を開きかけたとき、スピーカからため息が一つ、漏れてきた。

『なんの話かわかりませんね』

「あんたの差し金だろう、うちの会社からウィルスを送信したのは?商品を渡した、あの日に」

『あっはっはっ、気づいてましたか』

 重装狐チームの襲撃でなにもかも失ったゴスワミの耳に、男の無責任な笑い声が響く。

 男の名はセオ。愛狐教会から独立した分派ドミノ・シグナリアの教祖で、ゴスワミが開発した新型コンピュータ・ウィルスの買い手でもあった。

 ILC社は一般用の教材ソフトと軍用のセキュリティソフト開発が主な業務だったが、このところ一般向けソフトの売り上げが伸び悩み、軍用のシェアも他の会社に取られたばかりで、会社は進退窮まる状況に陥っていた。

 そこでウィルス・ソフトの開発を持ちかけてきたのがセオ率いるドミノ・シグナリアで、明らかに違法且つ危険なソフトウェアの開発に会社ははじめ躊躇していたが、セオが用意した開発資金と、高額の報奨金はあまりに魅力的で、社長以下役員の了承のもとゴスワミは新たなチームを編成してウィルス開発に臨んだのだった。

 ウィルスが完成し、セオの部下エラスティスにサンプルを渡したのが半月前。

 まさかそのときに社内からウィルスをアップロードしていたなど、気がつきもせず…

「なんてことをしてくれたんだ、まったく!ともかく、ソフトは完成しているんだ。報奨金は払ってくれるんだろうな?それと、今回の件でこちらが被った損害の埋め合わせもしてくれなければ困る」

『やだなあ、勝手に話を進めないでくださいよ』

「……なに?」

『セキュリティは脆弱、それにウィルス自体も…二、三人でしたっけ?たったそれだけ殺したっきりで全力で仕返しを受けたんでしょう?そんな杜撰なものに大金を払えと?こんなもの、そこいらの乞食に爆弾でも持たせて施設に特攻させたほうがまだ成果が出ますよ?』

「いったい、なにを…」

『つまりあなたの作ったウィルスは、こちらの要求性能を満たしていなかった、ということです。不良品ですよ、言ってみれば。不良品にお金は払えません』

「それは言いがかりだ!我々の作ったソフトは完璧に動作…」

 そこまで言いかけて、ゴスワミはすでに電話が切れていることに気がついた。

 リダイヤルを繰り返すが、応答がない。やがて繋がったと思ったら、スピーカから流れてきたのは『現在この番号は使われておりません』という無機質な案内音声だった。

 頭に血がのぼったゴスワミは携帯電話を床に叩きつけ、肩を怒らせながら荒い息をつく。

 おそらく…セオは、本気で「不良品」と言ったわけではあるまい。

 ゴスワミが開発したウィルス・ソフトは、先方が要求した性能を完璧に満たしていた。

 彼らはそれを確かめるべく、自分たちに被害が及ばないようわざわざILC社の仕業に見せかけ、そしてウィルス・ソフトの成果が自分たちの予想(あるいは、目的)にそぐわないものだとわかると、あっさりILC社を見捨てたのだ。

 あるいは最初から、ILC社を犠牲にするつもりで計画を練っていたのか。

 自分はこのことを予測しておくべきだったのか?

 やり場のない怒りを抱えたまま虚空を見つめるゴスワミに、暗闇から声が一つ、投げかけられる。

「どうやら、面倒な相手と関わりを持ったようですね」

 調度品の上に腰かけていたコン=ホーは、ミニの和服からのびる扇情的な太ももを見せつけるように組みなおし、ゴスワミはその白い肌を意識しないよう視線を足元に向けた。

 戯れか、あるいは自身の性的な魅力に頓着がないのだろうか?

 けだるそうに膝を抱えたまま、コン=ホーは言葉を続けた。

「まさか、私が到着した翌日に武装集団の襲撃を受けるなどとは予想してなかったですが…とりあえず、貴方が無事でなによりです」

「監視カメラの映像を見たかね?襲撃者について、なにか心当たりは」

「…さぁ」

 ゴスワミの質問を、コン=ホーは適当にはぐらかした。

 もちろん彼女は襲撃者がかつて自分たち姉妹の対峙した「あの」重装狐チームであることを理解していたし、襲撃前夜のデモパーティでチャペルと遭遇したことから、中身が別人であることも有り得ないとわかっていた。

 だが、そのことをゴスワミに伝える理由はない。ゴスワミが知らなければならない理由はない。

 コン=ホーがインドへ来たのは、重装狐チームの襲撃を受けるよりも前に、身の危険を感じて大連工業公司に連絡を取ってきたゴスワミを保護するためだった。

 ILC社と大連工業公司は以前、ソフトウェア開発における技術提携を行ったことがあり、そのときの縁を頼ってゴスワミは中国への亡命を望んでいたのである。また大連にしても、実績のある技術者の確保を拒む理由はなかった。

「まさか、事態がここまで急転するとは思いませんでしたが…どのみち、我が社が貴方の身柄を保護することに変更はありません。とはいえ時間があまりないので、できればいますぐにでも出発したいのですが」

「そうだな…」

 コン=ホーに促され、ゴスワミはやや躊躇いがちに眼下の光景を見つめる。

 かつていっときは夢に見た社長室の窓からの眺めは最悪だった。廃墟と化した敷地を眺め、このまま逃亡すれば山積みの事務処理を誰が負うのかと考えたが、社長に見捨てられたあとで、会社のためにこれ以上尽力する意義も見出せなかった。

 自分がいままで築き上げたもの、自分がいままで人生を賭けて貢献してきたものの残滓に背を向けかけたとき、ゴスワミは窓ガラス越しに動くものを発見し、動きを止めた。

 あれは…窓清掃用のゴンドラか?

 下降を続けるゴンドラには一人、工具箱を手に持った人間が乗っている。

 解体業者の着るブルーの制服に身を包んだ女が横長の工具箱を開けたとき、ゴンドラが強風に煽られ、女のかぶっていた帽子が吹き飛ばされた。

 帽子の下に隠れていたハニーブロンドの髪がふわりと踊りだし、狐耳がぴょこんと飛び出す。

 制服で変装していたエラスティスは工具箱から短銃身の散弾銃をかまえると、一片の躊躇もなく、口元に笑みすら浮かべながら、窓越しにゴスワミを狙い撃った。

「…ッ!?伏せてーーー!!」

 殺し屋の出現に動転したコン=ホーが叫んだとき、ドゴンッ、エラスティスの放った大口径スラッグ弾が窓の防弾ガラスを貫通した。

 抵抗素材への直撃によるインパクトで変形した弾頭は若干のエネルギーを失いながらも、人間の内臓を喰い破るには充分な力を内包したままゴスワミに向かって飛翔する。

 しかし弾頭は防弾ガラスを突き抜けた直後に不自然に軌道を変え、大きく下方にカーブして床に着弾した。

 ドガンッ、ドガンッ、ドガンッ、フィンガー・レバーを操作しながらエラスティスは立て続けに発砲するが、弾丸はどれもゴスワミを貫くことなく軌道を変えて床や壁を叩いて止まる。

 それがコン=ホーのサイコキネシスによるものと気がついたとき、エラスティスは彼女の広い袖口から数本のアンカーが射出されたのを見た。

 アンカーは巨大なデスクや棚に突き刺さり、それらを宙に飛ばしてエラスティスに向け投げつける!

「え、あっ。ちょ……!」

 ゴガシャアァァーーーンッッ!!

 スラッグ弾によって数発の穴が穿たれた防弾ガラスを突き破る調度品に押し潰されながら、エラスティスは逃げ場のないゴンドラから放り出された。

 ゴンドラとともに落下した調度品が地面に激突し、破砕音とともに悲鳴が上がる。

 銃声と、それに続く奇妙なトラブルに外は騒然となっており、一方で命を狙われて腰を抜かしているゴスワミの襟を掴んだコン=ホーは彼を引っ張りながら非常階段へと向かった。

 ようやく立ち上がったゴスワミはふらつきながら、厳然たる表情で歩を進めるコン=ホーに尋ねる。

「あ、あれはいったい…!?」

「私に訊かないでください、あれは貴方の客でしょう。いつまでもボーッとしてないで、シャキッとしてください。死にたいんですか」

「い、いや…でも、もう殺し屋は追い払ったはずじゃ」

「もし貴方を本当に殺す気で送り込まれたなら、どうして彼女一人だと思うんです」

「エッ!?」

「立ち止まらないで!」

 低音を残したややヒステリックな声に追い立てられながら、慌てて非常階段を下りるゴスワミの頭は混乱しっぱなしだった。

 殺し屋だって?トラブルはまだ自分を弄ぶのに飽きてないのか?

 そもそも狙われているのは彼女のほうじゃないのか…そう思ったあと、ゴスワミはエラスティスの銃口がまっすぐ自分の心臓に向けられていたこと、家具を投げ込まれるまでコン=ホーの姿は眼中になかったことを思い出し、寒気を覚えた。

 三階にさしかかり、地上階へ向かう距離をようやく半分詰めたところで、二人は奇妙な格好をした集団と出くわした。

 白い戦闘服に黒のプロテクターを纏わせ、ライフルに装着されたレーザーサイトをピタリと二人に向けてくる。

 一見してSWAT部隊を彷彿とさせる屋内突入用の重装備だったが、その服装はどの国の部隊とも似ておらず、マスク越しに二人を見据える彼らは、一切の警告なしに発砲しようとしていた。

 オーグヴァルンド、ドミノ・シグナリアの対外用異端排撃部隊だ。

 兵士たちが引き金をひきかけたとき、銃口がくるりと回転し、隣にいた仲間に向けられる。

 一人だけではない、全員の銃がそれぞれ仲間同士に向けられていた。それがコン=ホーの能力によるものなのは明らかだった。

「……!?待て、撃つな…」

 そう言って、兵士は引き金から指を離す。

 しかし銃は兵士の手を借りることなくひとりでに引き金が動き、撃鉄がピンを叩いて弾丸を発射した。

 ドガガガガガガガガガンッッ!!

 狭い閉鎖空間で複数の銃が一斉に火を吹き、兵士たちはあっという間に物言わぬ屍となって階段を転げ落ちていく。

 コン=ホーのサイコキネシスは意思による抵抗を受けるため、生命体を操ることは難しい。彼女は兵士ではなく、銃そのものを操ったのだ。

「うわ…」

 あの襲撃があった夜の後でさえ、戦闘と死を実際に目の当たりにしたわけではないゴスワミは、一瞬にして一方的な殺戮を前に喉を詰まらせる。

 返り血を浴びつつ兵士の死体を平然と踏み越えるコン=ホーは、硬直したまま動こうとしないゴスワミの服を念動力で引っ張り、厳しい口調で言い放った。

「急いでッ!」

「はっはい」

「下にタクシーを待たせてあるから。連中も警察に追われるリスクを負ってまで追撃はしてこないはず」

 階段を下り、瓦礫に埋もれた地面を駆け抜けてから、コン=ホーは自分が乗ってきたイエローキャブ風のアンバサダーに近寄り、車内の様子を窺う。

 フロントガラスには複数の弾痕が穿たれ、運転手がシートに背をもたれて倒れていた。血のあぶくを噴き、ぴくりとも動かない。

 おそらく、ドミノ・シグナリアの連中は自分がタクシーを降りたときから見張っていたのだ、とコン=ホーは直感する。

 運転手が殺されたのはついさっき、オーグヴァルンドが建物に突入する直前の出来事だったに違いない。

 車だけなら使えるか?

 そう思い、コン=ホーは念動力の応用で車体を構成するすべてのパーツに霊力を流し、異常を走査する。

 間もなく後部座席の上に見覚えのない箱型の物体が放置されていることに気がつくと、その外郭を感覚で触れながら正体を見破ろうとした。

 粘土状の物体。信管。導線。起爆装置。原始的なエッグタイマー。

 間違いなく爆弾だった。

 スパイ映画のように丁寧に仕掛ける時間がなかったからだろう、窓から適当に座席に放り込まれただけだが、そんなことは爆発すれば何も関係なくなる。

 じっとこちらの太ももを見つめていたゴスワミ(エロ親父め…)を念動力で吹っ飛ばし、コン=ホー自身も慌ててその場に倒れこんだ。瓦礫でバリケードを構築しようかとも考えたが、爆発の衝撃で吹き飛んだ破片が突き刺さる可能性を考えると、余計なことはしないほうがいい。

 すぐに…ドガッ、グワシャーーーンッッ!!

 タクシーが爆発炎上し、黒煙を噴き上げる。

 その爆音と衝撃はコン=ホーの予想を遥かに越えるもので、こんなことならもっと離れるか、爆弾を遠ざけておくべきだったと考えながら、コン=ホーは耳鳴りとガソリン臭でぐらぐらする頭をおさえ、ゴスワミの姿を探した。

 念動力で飛ばされたゴスワミは瓦礫の上に仰向けに倒れ、手と顎から血を流していた。

 肩を貸して立ち上がらせようとしたところ、足の激痛を訴えてくる。ざっと観察したところ右足首を捻挫をしているようだった。

 普段から研究室にこもりきりだったせいだろう、まともに受け身も取れなかったに違いない。そのことを批難しても仕方がない。

 敷地をぐるりと回るように歩いてから、コン=ホーは瓦礫の影に停めてあった赤い車体のドゥカティ966を見つけると、ふわりと座席に飛び込んだ。イグニッションに鍵は刺さったままだった。

 それはコン=ホーが現地で雇った工作員が持ってきたもので、万が一タクシーが利用できなくなった場合に備え、関係者の一人を装い乗りつけてきたのだ。もし問題がなければ彼はそのままバイクに乗って帰れたはずだが、そうでなくとも、新車を買って釣りが来る程度の金は渡してある。

 もちろん、通し番号ではないキャッシュで。今回の仕事の成功にはそれだけの価値があるからだ。

 ヘルメットをつけないままエンジンをスタートさせ、コン=ホーはもたもたするゴスワミを睨みつけた。

「早く乗って。それくらいできるでしょう」

 どうやらゴスワミがつける予備のヘルメットもないらしかった。もっとも、この界隈でノーヘル運転を見咎めるような酔狂者はいない。

 すこしだけ躊躇ってから、ゴスワミは傷む足をどうにか持ち上げて座席の後部へ尻を落ち着け、おずおずとコン=ホーの腰に抱きつく。運転中に振り落とされないため、これは不可抗力だ。仕方がない。

 コン=ホーもそのことは理解していたし、そもそもゴスワミを無傷でインドから連れ出し中国まで帰るのが任務だったため、彼の命を最優先に行動していたのだが、それでも若干嫌そうなため息をついてから、バイクを発進させた。

 和服の少女にスーツを着た中年男という奇妙なコンビを乗せたスーパーバイクが走り去ったあと、ぐしゃぐしゃに潰れたゴンドラの傍らから身を起こしたエラスティスは、自分が仕事を失敗したこと、部下のオーグヴァルンド隊も標的を始末できなかったらしいことを理解し、やれやれとかぶりを振った。

「あの中国鼠、けっこうやるじゃない」

 电子霊…大連の特殊工作員の存在は、エラスティスも前もって把握していた。

 もっともその能力については周知されておらず、情報の不足さえなければ、もっと上手くやれたのに…とエラスティスはひとりごちる。たとえば、建物ごと爆破するとか。

 いずれにせよ暗殺の機会を失っただけでなく、実行部隊の損失まで被ったとあっては、セオの叱責は避けられないだろう。

 もっともゴスワミ暗殺はあくまでILCとの裏取引が公になることを恐れてのもので、それほど重要性は高くなかったが…だからこそ忠実且つ訓練された兵士を失ったのは、エラスティスにとって都合が悪かった。

 とにかくいまは、早くここから逃げなければならない。

「आप अरे, यह मुसीबत क्या है(おいあんた、これはいったい何の騒ぎだ)!?」

 どうやらトラブルの当事者だと思われているらしい(実際その通りなのだが)、エラスティスの肩を乱暴に掴んできた現場作業員のこめかみを、尻ポケットに突っ込んでいた小型拳銃で撃ち抜く。

 パンッ、乾いた銃声が響くと同時にまたぞろ悲鳴が上がり、ブルーの作業服が散り散りになるのと入れ替わりに周辺地域をパトロールしていた警察官が飛び込んできた。

 パトカーの後部座席に積んであったのだろうライフルを手に向かってくる警官を素早く射殺し、そのままエラスティスは彼らが乗ってきたパトカー(白塗りのシェヴィー)の運転席へ身体を滑りこませてアクセルを全開まで踏み込む。

 急発進と同時にドアを閉め、数人の野次馬を撥ね飛ばしながらエラスティスは逃走する。

 数時間後にパタンコート警察は乗り捨てられたパトカーを発見したが、逃走したエラスティスの行方はついに発見できなかった。

 

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「ドミノ・シグナリア…妙な連中が敵に回ったものだ」

 三ヵ月後。

 今回の事件の裏付け調査を進めていた、CIA傘下の狐魂研究センター所長ライアンは分厚い報告書の束をデスクの上に置いた。

 このデジタル最盛期に紙媒体もないもんだとは思うが、お役所というのは森林資源の浪費がことのほか好きなのだ…というのは、職員間でよく囁かれるジョークである。もちろん、そんなくだらない理由で利便性を犠牲にしているわけではない。

 問題視されるのは電子データの脆弱性だ。

 セキュリティの問題もそうだが、特定の環境でしかデータを閲覧できない特性は長期保存に適していない、という意見は公的機関では未だに根強い。

 組織というのは人員の入れ替わりが激しく、そのせいで閲覧環境が失われることも珍しくはない。

 紙媒体の文書にも欠点は多いが、たとえば博物館で見られる数百年前、数千年前の文書を見るに、保存性という面ではたしかに優れていると言えなくもない。

 だからというわけでもないが、合衆国政府では一部の公的文書を紙媒体のみで発行することもあった。

 それはともかく…

 ドミノ・シグナリア。愛狐教会の分派。

 あらゆる欲望を肯定することで平和を実現する、という過激な思想の団体だが、その行動については不明瞭な部分が多く、資金調達やテロまがいの破壊工作なども、確たる目標のもと進めている可能性が以前から示唆されていた。

 今回の事件でチャペルが入手した情報と、それに基づく予備調査で判明したこと。

 彼らの目的は…人間が築き上げた社会システムそのものの破壊だ。

 それは世界平和の実現のため。

 人間が支配者階級の頂点に君臨する社会構造の変革、狐魂による統治こそが戦争と荒廃に満ちた歴史に終止符を打つ唯一の方法であると、指導者のセオは本気で考えているらしい。

 狐魂の団結と、人間に自主的な隷属を促すことで。そのプロセスは半ば洗脳教育に近かったが…

 荒唐無稽な話ではある。だが、無視はできない。

「これを戻しておいてくれ」

 分厚い書類の束を持ち上げ、ライアンが他に誰もいない空間でつぶやく。

 すると…部屋の隅にかかっていた影が蠢き、ふわりとライアンの手から書類を浚っていった。

 やがて影は人の…いや狐魂の姿となり、グレーがかった美しい黒髪の青年が現れる。

 彼の名はハディ。差異狐の称号を持つ、闇に生きる狐魂である。

「俺の仕事は文書庫の管理であって、雑用じゃネェ。何度も言ってるだろう」

「たまには動いたほうが健康にいいぞ」

「日の下にいると立ちくらみ起こしてブッ倒れるヒキコモリのバーサマがよく言うぜ。それに何度も言うが、俺は光が苦手なわけじゃーない。ま、暗闇のほうが落ち着くがな」

 彼は…慇懃無礼であった。

 紙に湿気や日の光は大敵である。研究所の秘匿文書庫は地下に作られ、優れた保存環境を構築するため光の射さぬ冷暗空間が確保されていたが、利便性から言えばほぼ最低と言っていいレベルだった。

 その状況が改善されたのはハディの就任後からで、彼は暗闇でも物が見えるうえ、就任してから間もなく文書庫に存在する膨大な量の書類の見出しを覚える優れた記憶力の持ち主であった(ただし機密保持の観点から、すべての文書の閲覧が彼自身に許可されているわけではない)。

 そのため職員は必要があればハディに必要書類の概要を伝えるだけでよく、広大な文書庫をさまよう手間から解放されたのである。

 ちなみにハディの過去を知る者は多くない。どうも、奇習の残る田舎の寒村で事件を起こしたところを、ライアンの管理する狐魂調査チームに保護されたらしいが。

 やや性格に難のある職員が増えたことに苦笑いを漏らしながらも、ライアンは白衣のポケットから煙草のパックを取り出す。

 なにげない動作ではあったが、それを見逃さなかったハディは肩に乗っていた使い魔を飛ばすと、ライアンの手から煙草のパックを奪い取ってしまった。そして、一言。

「この施設は全面禁煙だ。いい加減に覚えろ」

「いいじゃないさー煙草くらい」

 そう言ったのはライアンではなく、いつからそこにいたのか、ハディとほぼ同時期に研究所の警備担当に就任した狐魂のマグダラだった。

 浄罪狐…罪を洗い流す者を意味する称号を持つ彼女は水を司り、その力を使って施設全域に結界を張っている。

 役職のせいか普段は落ち着いているが、根は落ち着きがなく悪戯好きな性格である。

 彼女の水の結界とはいささか相性が悪いハディは、不服そうな表情を隠そうともせずに言った。

「余計な口を出すんじゃネェ水商売女。使い魔を引っ込めな、余計なモンをつけて帰ると大事な書類にカビが生える」

「君は規律よりも先に礼儀を学んだほうがいいんじゃないかな、ハディ」

「あら、ラゴゥル」

 新たに部屋に入ってきたラゴゥルに、マグダラはさして傷ついたふうもない表情で手を振った。

 先刻まで扉の前で立っていた制服姿の狐魂…ラゴゥルは修験狐の称号を持ち、かつては世界中を飛び回り肉体の鍛錬に励んでいた過去を持つ。

 はじめはベケットたちと同じ狐魂調査チームへの編入が予定されていたが、最終的にどういうわけかライアンのボディガードとして採用され、彼自身もそのことに異存はないという。彼曰く、「外はすこし飽きた」らしい。

 旗色の悪くなったハディが影の中に隠れようとしたとき、また別の来客が入室してきた。

「お、今日は賑やかだな?寂しさを紛らわす相手ができて良かったじゃねーかボス」

「どいつもこいつも私を年寄り扱いしおって…まだ見た目はピチピチだぞ?」

「このまえ最新型とか言って二世代前のモデルをそっくり作り直したボケ老人がよく言うぜまったく…」

 そう言って入ってきたのはベケットだった。黒のジャケットをラフに着こなし、あまり似つかわしくないマフラーを首に巻いているのを見て、外はもう冬なのだな、などとライアンはぼんやり考える。

 今日のベケットの来訪は幾つかの簡単な事務報告のみで、口頭で済むものだった。

 もともと特別な事例でない限り、ベケットの仕事は制服や規則がセットでついてくるわけではない。すくなくとも一般的な社会人にとっての規則とは違っており、そのことがときおり、諜報に関わる人間を無法者に見せることがある。

「しっかしラゴゥルは相変わらずスーツが似合わんのな」

「ボタンとか飛ばせます」

「やらんでいい」

 実直そうな外観とは裏腹にジョークを好むラゴゥルと軽口を叩きあうベケットに、ライアンはふと思い出したように尋ねる。

「あれからアンダーウッドの容態はどうだ?」

「まだ激しい運動は無理だが、だいぶ落ち着いてるぜ。これから見舞いのパーティをやるんでな、なにせクリスマスだ」

「そうか…済まなかったな。あんな精鋭がいるとわかっていれば、訓練まがいの人選は避けたんだが」

「気にすんな。仕事だよ、仕事」

 そう言って、ベケットは持っていた雑誌をテーブルの上に落とした。

 ソルジャーオブフォーチュン、月刊ベースで発行されている「愛国者」向けの軍事専門誌だ。ベケットが開いたページはモノクロのニュース一覧で、どちらかといえば記事よりも広告のほうが目立っている。

 ニュースのほとんどは紛争地域にありがちな四方山話だったが、そのうちの一つがライアンの関心を惹いた。

 北インドに狐魂のみで構成された民間警備会社が新設、コアメンバーはIT企業の元警備スタッフか…

「ほう」

「狭い世界さ。そのうち、また顔を合わせる日があるかもな」

 

 

 

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