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「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SHOP SQUAD -』

- 2nd Season -

Chapter_04 【 凍てつく瞳 - Eyes on the ICE - 】 Part_6

 

 

 

 

 

**      **      **      **      **      **

 

 

 

 ガキ、ギャリンッ!バキバキッ!!

 オロシの槍捌きを、鋼材をも断ち切るクローの斬撃でクレインがいなす。

「その槍は、曲がったり変形したりはしないのかな?」

「そんな器用な真似できるか!」

「あ、言っちゃっていいんだ」

「それがわかった程度で僕を倒せるつもりなら、やってみるがいいさ!」

 クレインの挑発に負けじと言い返しながら、しかし後退したのはオロシのほうだった。

 互いに密着しての戦闘では槍のリーチを活かせないためだ。見たところ、クレインは他の重装狐とは違って銃火器といった遠距離用の兵装を積んでいない。

 大きく跳び退いたオロシは攻撃のモーションを見せることなく、構えの状態から槍を伸ばしてクレインを突こうとする!

 ガキン、ガキンッ!

 しかしその小賢しい攻撃はクローの一振りで防がれ、さらにクレインは腕を振り抜くと同時に麻酔弾を発射!

 すでに次の攻撃へ移ろうとしていたオロシは炭酸ガスによる発砲音に面喰らい、上体をひねって避けたものの、大きく体勢を崩してしまった。

「くっ!」

 まずい!

 バランスを保つため、その場に足を踏ん張ったオロシは、間髪入れず飛び込んできたクレインを見て動揺する。

 フォトのゴーレムをも切り断つ、大きく回転する巨大クロー。あんなものの一撃を受けたらただでは済まない。

「ハァッ!」

 クローが接近する直前、オロシは身体を浮かせて腰をひねり、回転蹴りを見舞う!

 ドガンッ!

 強烈な蹴りを顔面に受けたクレインは大きく吹っ飛び、ゴロゴロと地面を転がった。

 しかし…

「おい!」

 まだ床を舐めるクレインに、蹴りの直後にどうにか着地したオロシが鋭い眼光を揃えて言い放つ。

「なんだ、いまの」

「痛いなぁ」

「いま、わざと喰らったろ」

「いきなりわからない言いがかりはやめてほしいな」

「…いいけど」

 クレインが仰々しく吹っ飛んだのは、蹴りのダメージが強烈だったからというより、むしろオーバーアクションでダメージを受け流したと考えたほうがいい。

 だがオロシが気になったのは、そういうことではなかった。

 クローの一撃が迫る直前、クレインの動きが鈍くなったのだ。

 格闘戦というのは、戦い手のメンタルが如実に表れる。すこしの間対峙すれば、相手が素人か、手馴れているかどうかはすぐにわかるものだ。

 いま目の前にいる相手は、少なくとも、狐魂相手の戦いで精神的に後れを取るような未経験者ではない。

 にも関わらず、攻撃の直前で躊躇いを見せた。

 おかしい…オロシは思った、クレインに限らずだが、今回の襲撃者はなにもかもがひどく「ちぐはぐ」で、なにを考えているのかがまったくわからない。

 ひょっとしてこいつは、攻撃を躊躇したのか?

 まさかこの場で、戦いに疑問を抱く青臭いヴェテランなんてものが見られるなどとも思っていなかったが…

「(…まぁ、いいか。戦いがラクであるに越したことはないし)」

 相手が面倒なことを考えているなら、勝手に考えさせておけばいい。こちらには関係ない。

 殺しを躊躇するようなら、遠慮なく殺させてもらおう。

 ヂャギンッ!

 槍を短く収縮させたオロシは、床を蹴り大きく跳躍してクレインに肉薄する。

 ギミックによる小細工やリーチの有利不利を捨てたオロシは、苛烈な連戟(ラッシュ)による接近戦を挑んだ!

 ガギ、ガギンッ、ギャリ、ギャリッ!ガガガガガッ!!

 槍と爪、刃と刃が互いに擦れて火花を散らし、歯が浮くような金属音が鳴り響く。

 急所を狙う危険な一撃をことごとくはじき返しながら、クレインはアイカメラ越しにオロシの顔を、目を見る。目の奥に宿る相手の本性を見る。

 そこにあったのは原始的な闘争本能と、獣性だった。殺しの本能(Killer instinct )がそこにあった。

 普段の彼女がどのような振る舞いをしていたのかはクレインにとって知る由もない。ただ、いま目の前にいるオロシは、闘いに言葉を必要としない、純然たる殺戮機械としてそこにあった。

「さあ、あんたの仕事を見せてみなよ!こんな場所まで何をしにきたのか、その爪で証明してみせろ!」

「…クッ!!」

 バズンッ!

 爆発音とともに白煙が吹き出し、クレインのスーツに装備されていた催涙ガスが部屋中に充満する。

「小細工を…っ!」

 片手で目と口を覆いながら、オロシはクレインを逃がすまいと一撃を見舞おうとする。

 しかし槍の切っ先はわずかにクレインのスーツに届かず、クレインはCACS光学迷彩を作動させると、姿を消してしまった。

 ビュンッ、すかさずオロシは槍を伸ばし、扇風機のように高速で回転させて催涙ガスを吹き飛ばす。

 化学物質に対して多少の耐性がないではなかったが、それでも大量に吸い込んでも無害でいられるほどではない。

「あいつ、どこ行った…?」

 逃げたか?

 いや、自分に気づかれず完全に無音で遠くまで行けるはずはないだろう、とオロシは考える。

 光学迷彩を使ったことから、どこぞに隠れて不意討ちの機会を窺っているか、あるいは、たんにこの場はやり過ごそうとしているのか。

 相手からはこちらが見えているのかもしれない。

 自分は相手がどこにいるのか、近くにいるのかどうかすらわからない。こちらから攻めることができない以上、反応は受身に回るほかない。

 だが、僅かでも相手がその存在の痕跡を見せたとき…最速のスピードで反撃を叩き込んでやる!

「さぁ、こい…」

 すわ持久戦に持ち込む気か、とオロシが考えかけたそのとき、オロシの背後から物音が!

 カチンッ

 何かしら軽い物質が地面に落下した音、それを耳にしたオロシは即座に槍を投擲する。

 方向は、音がした後方…ではなく、目前の天井!

 ドガッ!!

「ぐあっ……!?」

 槍が天井に突き刺さると同時に鮮血が噴き出し、CACS迷彩を解いたクレインが姿を現した。

 クローを使い天井に張りついていたクレインの前腕部に槍が深々と刺さり、射止められたクレインはそのまま身動きが取れない状態になってしまう。

「あんな小細工で騙せると思った?」

「思ったより耳がいいんだね、参ったな…」

 ぎろり、まっすぐこちらを睨みつけてくるオロシに、クレインはヘッドセットの下で情けない笑みを浮かべた。

 さっきの音…オロシを撹乱するため、麻酔弾を一発だけ抜き出してクレインが投げつけたものだ。

 しかしオロシは麻酔弾が地面に落ちるよりも早く、麻酔弾が空を切る音を耳にし、さらに麻酔弾が落下した音と合わせてクレインの居場所をおおよそ特定、攻撃を仕掛けたのである。

「つまらない真似ばかりしやがって。死ね」

 次の手を繰り出すのに、オロシは躊躇しなかった。

 数本の槍を取り出し、クレインを串刺しにすべく一気に投擲しかける。

 しかしオロシはクレインの片手がフリーであることを意識していなかった。生半可な抵抗や、あるいは麻酔弾による攻撃であれば受けれる自信はあった、しかしクレインの次の手を予測はしていなかった。

「うおおおおおおおッ!!」

 苦しそうな呻き声をあげ、クレインは左手のクローを回転させる。

 バリバリバリバリッ!

 けたたましい破砕音とともに、クレインは槍で射止められた自らの右腕を切断し!おびただしい量の血をオロシの顔面めがけてはじき飛ばした!

「なっ、このッ…!」

 血の目潰しを受けたオロシは前後不覚に陥り、投げた槍は的を大きく外してしまう。

 そして右腕の切断と同時に落下したクレインは、まっすぐオロシに向かってクローを振り下ろした!

 ドザンッ!

「うわあああぁぁぁぁっっ!!」

 右肩から左の脇腹にかけ、大きく切り裂かれたオロシは悲鳴をあげた。

 鮮血がクレインのスーツにはね返り、いっとき攻撃に逡巡を見せた男を無貌の殺戮機械に覚醒させる。

 傷口からわずかに骨が覗く切り裂き跡をかばうオロシに近づき、クレインが回転するクローの一撃を見舞おうとした、そのとき。

 ドガッ!

 オロシの背後の壁が粉砕され、チェーンで繋がれた斧が飛び出しクレインの頭部に直撃する!

「…… …… …ッッ!!」

 ズゴンッ!

 頭部に斧を突き刺したままクレインは大きく吹っ飛び、瓦礫の山に放り出された。

「オロシ、無事かッ!?」

 斧で破壊され、鎖が伸びる壁を跨いで乗り込んできたのはビリス。

 おそらくは人間であれば造作もなく真っ二つにされていたであろう傷をおさえながら、オロシは必死に苦痛をこらえつつ一歩、二歩と後退する。

「ちくしょう、兄さん…不覚をとったよ」

「内臓には達してないか。命に別状はないが、軽症ではないな」

「ごめん…」

「責めてはいない」

 そこまで言ったところで、ビリスは「何者か」の気配を察知し、急ぎオロシの身体を抱きかかえた。

「に、兄さん…?」

「しっかり掴まっていろ、くるぞ!」

 ビリスが強靭な後ろ足で地面を蹴り、大きく跳躍すると同時に、数発のロケット弾が白煙の尾を引きながら飛び出してくる!

 ドンッ、ドガッ、ドガガガンッッ!!

 爆発と同時に天井が崩れ、先刻までビリスたちが立っていた場所が瓦礫で塞がれた。

「視界が遮断されたな、敵との間に壁ができたか…だが、今はそれも有り難い。フォト!」

「はいよー、派手にやってるねぇ」

 負傷したオロシを抱えるビリスに呼ばれ、どうやら途中で合流していたらしいフォトがゴーレムの装甲を纏った姿で飛び出してくる。

「あーあー、女の子が傷作っちゃってまったく」

「うるさいなぁ…」

 魔術師、傀儡回し、錬金術師、薬師。

 メイジであり、優れたシャーマンでもあるフォトが用意した特性の軟膏を塗布するあいだ、オロシはずっと不機嫌そうな顔でぷいと視線を背けていた。

 実兄に甘えることには素直でも、親友でありライバルでもあるフォトに油断した顔を見せるのはポリシーに反するらしい。

「んでも、オロシが近接戦で後れを取るなんて、意外だにゃあー」

「言わないで。僕が一番気にしてる」

 てきぱきと包帯を巻き、適切な処置を施していくフォトに、オロシはなんとなく釈然としない表情でつぶやく。

「よくわからない連中だよ。滅茶苦茶しやがる、何がしたいのかわからない」

「それは俺も気になっていた」

 オロシの容態を気遣いながら、言葉を継いだビリスが先を続ける。

「はじめは鉄砲玉かとも思ったが、仲間がやられたときの、あの手際。誰一人犠牲を出すまいというあのやり方、あれは西側のポリシーだ」

「だろうね。たぶん、アメリカ人だ」

「アメリカ?」

「歌さ。連中の仲間の一人、僕と戦っているときに.45口径がどうのと歌ってた。長いほうでも短いほうでも、あんなものに共感を持つのは自称巡礼の父( Pilgrim Fathers )を祖先に持つ連中だけだ」

「なるほどな。そう、連中がアメリカ人だとして…こんな場所でなにをしている?」

「さぁ…」

 ビリスの呈したもっともな疑問に、オロシとフォトは首をかしげる。

 あるいは、我関せずといった表情を見せ…兵隊の仕事に「考える」という項目は存在しないという、優秀な戦士たらんとする意識がそうさせたのかもしれないが、しかしビリスが考えていたのは、敵の動機には違いなかったがその理由や正当性ではなかった。

「考えてもみろ。いいか、仮にこの会社を爆破し、従業員すべての抹殺が目的なら、巡航ミサイルの一発でも打ち込めば済む話だ。そんな装備を持っていないか、外交的な配慮でできなかったのなら、それでも他に方法は幾らでもあったはずだ。わざわざ少数の兵隊を送り込み、負傷者が出たらすごすごと引き返すような、中途半端なことをしなくても…これは、いったいなんだ?」

 ビリスの問いかけを、オロシとフォトは神妙な面持ちで受け止める。あるいは、受け流したのかもしれない。

 なぜならビリスは答えを求めて問うたのでないのは明らかだったし、その言葉に続きがあることを二人は知っていたからだ。ついでに言えば、まだオロシとフォトはビリスの真意を汲み取れないでいた。

 周囲を見回し、いますぐ敵の攻撃に晒されることはないであろうと判断したのち、ビリスは言った。

「つまり、連中の目的はただの攻撃じゃあない。俺たちを皆殺しにするのが目的じゃない、もしそうなら、もっと上手くやれているだろう、あれはそういう連中だ。つまり、他に目的があるんだ」

 

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「生きてるか」

 瓦礫を踏みつけ、地面に伸びるチェーンを辿って歩くベケットの声にこたえる者はいなかった。

 やがてベケットは巨大な斧を見つけ、それを引き抜き、斧が刺さっていた「それ」を起こすと、もう一度だけ言った。

「生きてるだろ?」

「やれやれ、仲間の健康状態のモニタ機能があると、おちおち死んだフリもできないな」

「頭部の反応は消えてたが、心臓は動いてたからな」

「まったく」

 ベケットに差し出された手を掴み、瓦礫に埋もれていたクレインはゆっくり身体を起こした。

 ばらばらに砕けたヘッドセットが瓦礫を転がり、クレインは血まみれの顔面を拭おうともせず立ち上がる。

「どうもボクは頭を攻撃されることが多いから、今回から顔面装甲にチタンプレートを入れておいたんだけど。そうでなければ、いまごろはスイカのように頭ごと真っ二つだったろうな」

「ああ。それと気づいてないかもしれないから一応言っとくが、おまえ、右腕がちぎれてるぞ」

「知ってる」

 重症を負いながらも、そんなのはなんてことないというふうに振る舞うクレインの態度に、ベケットは顔をしかめる。

 見た目ほど酷い状態ではない、というよりは自棄やヤケで怪我を無視しているようにしか見えないクレインの肩を掴み、ベケットがやや激しい口調で言った。

「おまえ、まだ難しいことを考えてるな?作戦前の説教だけじゃ足りなかったか。仲間の命がかかってるんだぞ」

「性分でね。それに、賭けたのは自分の命だけさ」

「で、その代償に腕を無くしたってわけか。何に賭けた、えぇ?神が奇跡をケツに突っ込む確率のオッズは何倍だったんだ?」

「土壇場で、ただ相手を殺す以外に誰も彼もが納得できる結末を用意できるか、さ」

「クソッたれだな、オイ、とんでもねぇクソッたれだ。まずまともに戦って勝てる見込みすら立ってねえのに、そんなもん賭けになるか」

 口汚く罵るベケットを、クレインは無表情のまま見つめ返す。

 いや、クレインは無表情であろうと努力していたが、実際は不満の色がありありと出ていた。

 なぜならクレインが目指していたのは、他ならぬベケットの生き様だったからだ。敵を殺さず、余計な敵を作ることなく事態を「なんとかしてしまう」、そんなベケットの手際を嫉妬していたからだ。

 まさかそんなことは予想もしていないベケットは、先刻と変わらぬ激した様子でまくし立てた。

「いいか、オレが言いたいのは、殺せとか、殺すなとか、そういう話じゃねぇ。手段はどうでもいい、任務のことを考えろと言ってるんだ。任務のために必要なら殺すことを躊躇するなと言ってるんだ、それができなけりゃ、おまえ、こんな仕事はやめちまえ」

「…でもさ」

 クレインがものを言いかける、しかし、その先が続かない。

 言いたいことがあるならはっきり言え…ベケットはそう言いかけたが、しかし、すぐに口をつぐんだ。

 なぜなら、この場合、この状況でのこれ以上の叱咤は逆にクレインの口を閉ざすことになりかねず、また、待っていればクレインは胸の内を明かすだろうと理解していたからだ。

 普段は決して他人に本音を明かそうとしないクレインが、よりにもよってベケットにそれを話すような状況は、戦場で深く傷ついているというような、感情が昂ぶる場をおいて他になかった。

「でも、少佐は…殺さないじゃないか。手っ取り早く殺したほうが良かったような状況でさえ。なんだかんだで、うまく…丸く収めてしまうじゃないか」

「おまえ…」

 この段になってようやく、クレインを悩ませていたのは他ならぬ自分自身の生き方であったことをベケットは理解した。

 と同時に、クレインが自分の本質、行動の規範をまったく理解していないこともまた、理解した。

「いいか中尉…オレはな、何をさておいても任務のことを第一に考えてる。殺さないのは、殺さなくても任務の達成に支障はないと判断したときだけだ。なんたって、昨日の敵が今日も敵とは限らない世界だからな。余計な恨みを買うよりも、そのほうが有利に働くことは多い。だが、任務の達成に必要だと判断したら、オレは躊躇なく敵を殺す」

「それは何が違うんだい、少佐、ボクが敵を殺すまいとしたのと、どう違うっていうんだ」

「オマエは任務じゃなく、もっと別の次元でものを考えてるだろ!?善悪とか、真理とか、任務なんぞ関係ない次元でモノを判断しようとしてる、前提がとっちらかってんだよ!それがクソッたれだと言うんだ、おまえ、なんのために殺すまいとしてるのかさえ自分でわかってないようなザマで、いったい何ができるってんだ、エエッ!」

「なるほど、あくまで任務のためっていうわけかい?余計な感情は不要だと、昨日の敵が今日味方になったら、なにもかも水に流そうっていうわけだね」

「なにが言いてぇ」

 いままでじっとベケットの言葉を聞いていたクレインの瞳に、冷笑家の光が輝く。

「もし、キミの妹さんが死んだとして…キミの妹を殺したやつと、明日は仲間として協力しあえと言われたら、キミはそれに納得できるのかい」

「…アンか」

「そんな極端な話でなくとも、たとえば偶然入ったバーに妹さんを殺したあの狐魂がいたら、キミはどうするんだい?もう任務は終わって、そいつを殺す理由が何一つないからといって、一緒に酒を飲むことができるかい」

「そうしたいよ」

 てっきり反論するか、考えなしに肯定してくると思っていたクレインは、より神妙な面持ちでまっすぐ見つめてくるベケットの表情を見て困惑した。

 よく忘れそうになるが…そういえば、とクレインは思い出す。

 いま目の前にいるこの男、ずっと同僚として付き合ってきたこのベケットという男は、普段のがさつな態度から想像するよりずっと複雑な心の持ち主であることを。

「そうしたいよ。『ようあのときは大変だったな、だが互いに仕事だから恨みっこなしだ。一杯奢るから一緒に飲もうぜ』と、そう言ってやりたいよ。だが、わからねぇ。ひょっとしたらその通りにできるかもしれねぇ。さっぱりした気持ちで仲直りできるかもしれねぇ」

「少佐…」

「だが、アンはオレにとって大事な妹だ。正直、いまだって不安でたまらねぇんだよ、もし蘇生措置が間に合わなかったらどうしようってな。だからもしアンが死んで、それでそういう状況になったら、オレは一も二もなしにそいつをブッ殺しちまうかもしれねぇ。こればっかりはわからねぇ、そのときにならないとな。そのときどんな気持ちになるのかなんて、そんなのは今のオレにはわからねぇ」

 そこまで言って、ベケットは大きく息を吐き出した。

「だからよ、そんなこと、いま考えたって仕方がねぇだろうが。わからねぇんだからよ。オマエはそういうことを考えてるんだろう、任務中に。それはやめろ。意味ねぇから」

 妹の死を引き合いに出した手前、殴られることくらいは覚悟していたが、アッサリとそう言い放つベケットに、クレインは拍子抜けしてしまった。

 なんとなく納得しきれていないような表情を見せるクレインに向かって、ベケットはさらに言葉を続ける。

「1+1は2じゃないかもしれねぇ。でも答えがわからねぇなら、答えを知る術がなけりゃあ、本当の答えが幾つかなんて、考えたって仕方がねぇだろう。ましてや任務中によ」

「とかくこの世は複雑怪奇だよ。それを素通りせずに真実を、正しいことを追究するのは悪いことかい」

「悪いと言い切るつもりはねぇが、オマエは難しく考えすぎるんだよ。ネジの締め方だって、その気になりゃあ百通りは思いつくんだぜ、シンプルに考えなけりゃあよ。どんなに単純なことでも、難しく考えちまったら、そいつは、それだけ難しくなっちまう」

「肝に銘じておくよ」

 そう言うクレインの表情は納得とは程遠いものだったが、これ以上議論を交わすつもりもないようだった。

 まったく敵地のど真ん中でなにやってんだか…ベケットも頭を掻きつつ、クレインから目を背ける。

 生きることには、物事を成すには「納得」が必要だ。道理が。自分用にあつらえた道理というものが必要なのだ。そしてそれは、時として正義や真理といったものとはかけ離れたものになることがある。

 そのとき、どう感情に折り合いをつけるのか。そこが問題だった。

 自分でも納得できないようなことを、周囲に必要とされているからという、それだけの理由で続けるのは、ひどく難しいものだ。

 とりあえずクレインは、自分が羨んでいる相手がどんな論理(ロジック)で行動しているのかをここで知ったわけだ。いまのところはそれで充分だった。

 左手のクロー・ユニットを開放して額の血を拭うクレインを見つめながら、ベケットは敵の襲撃に備えつつ、独り言を漏らした。

「チャー公のやつ、上手くやってるだろうな…?」

 

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「ちくしょう、これは…こいつは……ッ!!」

 第一セキュリティルームの制御卓の前で、ブレイは冷や汗をかいたまま、それを拭うことなく硬直していた。

 いままで目の前に広がっていた電子の海が姿を消し、視界が完全にブラックアウトしたあと、無数の数字の羅列がエメラルド色に明滅し、体内を寄生虫が這いずり回るような感触が全身を支配していた。

 一度コードを身体から引き抜こうと考えたが、身体が動かない。腕が、手が、言うことをきかない。

 間違いない、これは対DNI用の攻撃ウィルスだ!

 存在は知っていたし、ロジックはわかっていた…ついさっきまで、ブレイ自身もそれを組み上げていたのだ…しかし、実際に喰らったのは今回が初めてだった。

「…ついに、仕掛けてきやがった…!!」

 五感を奪われながらも、ブレイは努めて冷静であろうと試みる。

 ウィルス、と聞くとなにやら生物的なものを思い浮かべるが、コンピュータウィルスというのは詰まるところ、ただのプログラムに過ぎない。利用者に害を成す、ソフトウェアの一種に過ぎないのだ。

 そのことを直感的に理解していれば、原因の特定と排除はそれほど難しいことではない。

 オーケイ、冷静にいこう。

 五感がない…視覚。なにも見えない。いま「見せられている」映像は視覚を飛び越して脳に直接送られた信号によって錯覚させられたものだ。下卑たポルノ映像やスケアリー・フラッシュではなく、迷光を見せるのは、まあセンスが良いと言っていいだろう。

 聴覚。なにも聞こえない。触覚。なにも感じない。味覚、嗅覚、は…この際、どうでもいいだろう。

 だが、脳は生きている。それで充分だった。

 生命維持に必要なぶんだけの最低限の機能を残して脳をシャットダウンし、DNIドライヴをセーフモードで再起動して脳をふたたび活性化させる。この時点でウィルスの機能は一度停止したはずだが、五感はしばらく死なせたままにしておいた。そのほうが集中できる。

 この状況でウィルスが再活性化することはあるまいが、ブレイはウィルスが格納されたファイルを発見すると、それを隔離領域に移してから展開した。

「(中身はなんだ、軍用か?それとも、個人で組み上げたのか…)」

 おそらくは自分が組もうとしていたものと内容的にそう大差はないだろうと考えていたブレイは、その予測が大きく外れたことに驚きを隠せなかった。

 既存のソフトウェアとは似ても似つかない、構造がまったく異なるプログラム。

 それは、だが、そう、似たようなものを見たことがある、その「独自の言語で組まれたプログラム」の類型を、自分はつい最近見かけたことがあるということにブレイは思い当たった。

 パーティ会場で交換した、Amiga500用のデモが収録されたROMディスク。

「…あいつか……!!」

 そのとき。

 そのとき、ようやくブレイは自分の敵の正体を知った。

 

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「んふふ、驚いてくれたかしらん?」

 正体不明の攻撃を検知するのは容易なことではない。

 おそらくはウィルスを喰らって慌てふためいているであろうブレイの姿を想像して微笑みながら、チャペルは「本来の仕事」を片付けるべく、社内サーバに保管されたデータを片っ端から調べていた。

 もうあまり時間がない。

 アンダーウッドが致命傷を負い、ルイスとともに撤退したことはチャペルも理解していた。これ以上の時間稼ぎは任務全体を危険に晒す可能性がある。

 今回の任務はIL社の襲撃と重役の抹殺だったが、それらはあくまで副次的なものに過ぎない。見せしめのための恣意的行動の一環だったが、本題はそこではなかった。

 そもそも、いったい誰に対しての見せしめだというのか?

 おそらくCIAにウィルス攻撃を仕掛けたのはIL社の本位ではなかったはずだ。意図が不明すぎる。

 内部に危険分子が存在していたか、あるいは外部の反米勢力と何らかの接触を持っていたか。CIAの興味を惹いたのはそこだった。

 手がかりとなる内部資料の入手、それこそが今回の任務の主目標であり、武力制圧隊から離れ別行動を取っていたチャペルこそが作戦の要だった。ベケットたちの活動はあくまで敵の注意を逸らし、時間稼ぎをするための陽動に過ぎなかったのだ。

 だがそれも、もうそろそろ幕仕舞いのときだ。

 ブレイを無力化したチャペルはついに目当てのものを探り当てた。厳重な防壁プログラムが走査する、独立した保全ノード。

「これね…いかにもお宝が眠ってるってカンジだわ」

 ここまであからさまだと、かえって罠を疑うレベルだが…しかし保安システムから完全に切り離された隔離領域を餌にするなんてことを、あのブレイがするだろうか?

 それに、いまさら尻込みする理由もない。時間も…

「アンちゃん、無事かな…」

 チャペルはあまり他人の生死に頓着しない主義だが、それでも親しい仲間の身内となれば、多少は話が別だった。

 自分が任務を完了するまで装甲車は動かせない。

 ソウルコンテナへの魂の移動が済んでいれば生命の無事は保障されるが、それはソウルコンテナを積んだ装甲車が攻撃されないことを意味するものではない。

「大詰めね。かかりましょ」

 まずはノードのアクセスを試みたユーザーの脳を灼き殺す防壁…ブラックICEをどうにかしなければならない。

 たしかIL社は軍用ソフトウェアの開発を請け負っていたはずだから、この漆黒の氷はおそらく自社製だろう。もちろん、このような殺人プログラムは本来ならば所持どころか開発そのものが違法であるはずだが、攻撃対象のDNIが普及していない現在では、こういったプログラムの存在そのものが世に知られていない。

 力技で突破するか、うまくやり過ごすか、それとも別の入り口を見つける…あるいは、作るか。

 チャペルはセキュリティ・ソフトの診断ツールを偽装してシステムのチェックを試みた。

 防壁周辺には侵入者の存在を知らせるための警報システムが幾重にも張り巡らされており、迂闊に手を出すと脳にヤケドを負うのは間違いない。

「さぁて、いや、ふむ…これは逆に利用できるわね」

 多くのプログラムが同時に起動している、ということは、それだけサーバーに負荷がかかっている、ということだ。

 チャペルはダミーのアクセス承認要求プログラムを即興で組み上げ、多重起動して防壁に叩き込む。無理矢理に侵入しようとしているわけではないから、これでは警報は作動しない。

 毎秒数百~数千に及ぶアクセス要求(それも単体で、だ)を捌くとなれば、処理速度の低下は免れまい。

 もちろんこれは異常な動作なので、それなりに高度な検出プログラムが走っていれば管理者に警告が発信されるはずだが、その警告を受け取ることができる管理者はいまこの会社にいない。ブレイは無力化したし、重役一堂は空の藻屑だ。

 システムの動作が重くなったところを見計らって、チャペルが警報の一斉解除を試みる。

 警報が侵入者を察知し、防壁を起動させるまでの、ほんの僅かな猶予。

 正常に機能しているなら、さすがのチャペルも手出しはできない。しかしサーバーに高負荷がかかり、システムの動作がわずかに遅延しているこのタイミングでなら…十ミリ秒単位での状況判断とタスク更新が可能なチャペルであれば、それが可能になる。

「ウフフ…この支配感、一度味わっちゃったらもうナマの脳には戻れないわねぇん♪」

 もとよりDNI改造を施せば、誰でもこのような業(ワザ)を行使できるようになるわけではない。

 高価な演算装置を脳と直結したところで、思考がそれに追いつかなければ何の意味も成さないのだ。デジタル的な思考への適合、瞬間的な判断能力、それらは類稀な才能のみがもたらす宝と言って過言ではない。

 それゆえ彼女はCIA内で特別なコードを与えられている。「電界の支配者( Chapel the Cybermansy )」と…

「警報装置、予備システム、全解除!さーて、お宝との対面だ♪」

 防壁そのものは無効化していないが、警報が作動しなければ無害なはずだ。むしろ、下手に手出しをすると危ない。

 セキュリティを解かれた保全ノードにアクセスし、内部に侵入する。

 内部は…単一の秘匿フォルダのみ?

「これは…」

 チャペルがフォルダの構造を解析しようとした、そのとき。

 バツンッッ!!

 破裂音とともに視界がブラックアウトし、目の前で激しい光がチカチカと明滅をはじめた!

「うわ、しまった!?」

 フォルダに仕込まれていた罠に嵌まった!?

 いや違う、自分は作業に慎重を期していた。それにフォルダそのものには罠が仕掛けられていた形跡はなく、罠が作動する兆候もなかった。

 これは…外部からの攻撃だ!

 慌ててチャペルは緊急時用のオペレート・ツールを起動し、攻撃に用いられたウィルスの構造解析を試みる。

 こんな真似ができるのは、ブレイしかいない。それはわかっている。

 驚くべきことだが、どうにかしてこちらの対DNI用ウィルスから復旧することに成功し、反撃を仕掛けてきたのだろう。

 さて、それで…いったい、どんなウィルスを掴ませてきたのやら。

 ウィルスの位置を特定し、構造解析を開始。

 おそらくは自分が使ったのと同等の対DNI用ウィルスであろうが、中身は大きく異なっているはずだ。そう、チャペルは考えていた。

 さっきまでは。

「これは…まさか、ひょっとして……!!」

 ソースコードの展開に成功したチャペルは、その内容を見て愕然とした。

 中身は自分がブレイに使ったものとほぼ同じ。そう…「ほぼ」同じ。

 チャペルが独自に考案したプログラミング言語「C#Chapel-Code」で書かれている、だからこそ、こうもあっさりとソースコードにデコンパイルすることができた。

 しかしチャペルが作ったオリジナルのウィルスと比べコードの行数が多く、ファイルサイズが大きく異なる。

 命令文の組み替えが多く、新しく追加された文はほとんどが無駄や余分の多いダーティコードだ。中にはチャペルでさえ読めないものもあり、ウィルスがまともに動いていること自体が奇跡に近い。

 だが、それが問題だった。だからこそ問題だった。

 オリジナル言語の開発者であるチャペルですら読めないコード。

 そもそもこの言語自体が半ば暗号に近いもので、チャペルか、開発に協力したソナーでもなければ対応表を見ながらでも扱いに難儀するようなピーキーな代物だ。

 名前こそC#コードと似ているが、内容はまったくの別物である。

 そうした言語で構築されたウィルスを、まがりなりにも改変し送り返してきた、ということは。

 僅かではあるが、ブレイはチャペルが開発した言語を理解している!

「アッハハッ、やっぱり…『アレ』は、ちょっとサービス旺盛すぎたかな?」

 そうつぶやき、チャペルは内心で力なく笑った。

 もしブレイが対DNI用ウィルスによる攻撃でC#Chapel-Codeを初めて目にしたのなら、ここまで迅速な対応はできていなかったはずだ。

 それが可能だったのは、そう、チャペルがデモパーティで渡したデモROMがあったからに他ならない。

 事前にそれを閲覧していたからこそ、言語の性質をあらかじめ把握していたからこそ、咄嗟の対応が可能だったのだ。もちろん、それとて奇跡に近い産物であることに変わりはないのだが。

 こうなるかもしれない、こういうことが起こり得る可能性があるかもしれない、ということは、チャペルにもわかっていた。

 だがあの場では、ああいった形で同好の志への敬意を示さずにはいられなかった…というのは建前で、どちらかといえば、ブレイにそれだけの実力があるかどうかを試したい、という気持ちのほうが強かった。

 事実としてブレイにはそれだけの実力があり、そのせいでチャペルがピンチに陥ったことは確かなのだが。

「それにしても…ウィルスを改造するにしては中途半端だなぁ」

 チャペルが気にしているのは、ブレイの放った対DNI用ウィルスが、チャペルが使ったときと同じ非殺傷設定だったことだ。

 もとよりチャペルはブレイを無力化できればそれで良く、殺すつもりはなかったうえでの非殺傷設定だったのだが、ブレイがチャペルを生かしておく必要はないはず。

 しかし…もし。

 もしも改造の手間を惜しみ、最速でチャペルを無力化することを考えていたのだとしたら、無防備になったチャペルを襲うことは容易い。

 まして、チャペルを「殺す」のに「自分が手を下す必要はない」としたら…?

 チャペルの脳髄に、チリチリとした感覚が近づいてくる。

 コードを改めてチェックし、そこに警報装置と同じ危険信号を発信する命令文を発見したチャペルは、たいして驚いたふうもなく、投げやりな口調でつぶやいた。

「オイオイオイ。死んだわアタシ」

 やがて警報を受信し作動したブラックICEがチャペルの脳髄を直撃し…チャペルの脳波がフラットライン(心電図停止)を描いた。

 

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『ベケットさん、チャペルさんのEEG(脳波計)が…!』

「わかってる、こっちからも見えてる!」

 HUDのバイタル・モニタからチャペルの健康状態を確認していたベケットは、ソナーからの通信に対してやや苛ついたような声で応答を返した。

 その直後…ドガンッ!

 巨大な戦斧がベケットのスーツの背中に叩き込まれ、二基装備されているロケットブースターの片方が粉砕される。

「ヤロォ…やってくれるじゃあねえか!」

 ヂギンッ、ドガガカカガカカッッ!!

 片方のブースターに点火して反転し、ベケットは攻撃を受けた方向へ向き直ると同時にガトリングガンを放つ。

 瓦礫と粉塵で視界が悪いなか、さきほどベケットに一撃を喰らわせたビリスが床を転がって銃弾を避け、さらに巨大なゴーレムが立ちはだかり銃弾をすべて胴体で防いだ。

 ちくしょう、やめだ、弾の無駄だ…ベケットは銃口を上げ、その場からいったん飛び退く。

 コンクリートを銃弾で削り続ければフォトの操るゴーレムを破壊することは可能だが、そんなことをしても、また新しいのを作られるだけだ。

 クレインもオロシ相手に片腕での苦戦を強いられているはずだが、いまのベケットにはクレインに手を貸せるだけの余裕がなかった。

 ブースターが一基破壊されたのは痛いな、とベケットは舌打ちする。

 姿勢制御装置のおかげで片方だけでもバランスの取れた飛行は可能だが、推力は落ちるし、エネルギー効率も悪化する。それにもう、燃料があまり残っていない。

 ゴウン…

 次の行動を躊躇していたベケットの目の前に、ゴーレムの巨大な拳が迫る!

 ガトリングガンでは殴られる前に拳を破壊できない、そう判断したベケットはロケットポッドをかまえ、照準をセットする。

 そのとき…バゴンッ!

 大口径弾がゴーレムの拳を直撃し、周囲に破片を撒き散らす。直後、ベケットにエデンからの通信が入った。

『ベケット先輩、大丈夫ですか?』

「おまえ、そんなとこでなにやってる?」

『なにって、援護を…』

「もうすぐチャー公の仕事が終わる、そしたら撤退だぞ…おまえ、一人だけそんな離れた場所にいたら置いてけぼりになるぞ?いますぐ装甲車に戻れ」

 遠方から狙撃でベケットを援護していたエデンにとって、その言葉は心外だった。

 なにか意図があるんだろう、考えがあっての上での発言なのだろう、それは理解していたが、二対三で苦戦しているうえ、チャペルがフラットラインした状況でベケットの言葉に頷くのは容易なことではなかった。

 もしかして、現状を理解していないのでは?あるいは、頭がいかれてしまったとか?

 とっくにわかっているはずとは思うが、それでもエデンはベケットに確認せずにいられなかった。

『あの、ベケット先輩…チャペル先輩の脳波が停止しています』

「そうらしいな」

『撤退するなら、チャペル先輩の身体(ボディ)を回収しないと。なんなら、私がいまから突入して…』

「まあ、待てよ。そう焦るな、よくないクセだぜ」

 ドガッ、ゴガガガガンッ、バギンッ!……

 通信の向こう、ベケットが複数のドローン型ゴーレムをガトリングガンで粉砕する音がノイズ越しに聞こえ、エデンは眉をしかめる。

 どういうわけかさっきのベケットの言葉の端々には、余裕のようなものが感じられた。

 エデンがふたたび口を開きかけたとき、ベケットの通信が届く。

「まぁ、普通に考えりゃあ死んでるんだろうよ。ただ、あいつの場合はな…なんというか、マコイ・ポーリーの真似事でもしてるのかしらんが、」

『なにが言いたいんですか?』

「あいつはな…たまに、ああいうことをやるんだよ」

『ああいうこと、って…』

「いや、オレも詳しいことは知らねェよ。あるいは本当にただおっ死んだだけかもしれねえしな。ただ、あいつは腕利きだ。この作戦の成否はあいつにかかってる、もし自分の身が危険だと知ってれば、何らかの形で次善策を用意するはずなんだ。いちおう、アレでもプロだからな」

『チャペル先輩が、メッセージを残す間もなくやられるほど相手が優秀だったという可能性は』

「もちろん、それは有り得るだろうな。だが、チャー公がオレに何の痕跡も見せずやられたってのが、どうも引っかかる…だから、もう少しの間だけ、オレはあいつを信用していたい」

 それだけ言うと、ベケットはソナー・センサーで周囲を探査し、直後に飛来してきた斧をブースターの噴射による跳躍で避ける。

 相手が超音波を知覚して反撃に出ることは予測済みだ…ベケットは斧が飛んできた方向にロケットを打ち込みながら、いたって平静そのものといった口調でつぶやいた。

「たぶん、あいつ、なにか仕込んでるんじゃねぇかな」

 

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 勝った。

 勝利を確信したブレイは、次の作業段階へ移行しようとしていた。

「もしあいつが高度なDNI手術を施しているなら…もちろんそうだろうけど…脳内に記憶装置を埋め込んでいるはずだ」

 ブラックICEで脳を灼いてしまったため、DNI経由で直接脳に干渉するのはほぼ不可能になってしまった。

 しかし電源ユニットが生きているなら、内部記憶装置を読み取ることは可能だ。管理者権限を書き換え、データをコピーすればチャペルの記憶のすべてが手に入る。

 もっともセキュリティを破り、膨大なデータへのアクセス権を取得するには時間がかかる。

「まあ、どうせ相手は死んでるんだし…ゆっくり構えるか」

 呑気なことを言ったようだが、ブレイは油断しているわけではなかった。

 セキュリティさえ破ってしまえば、アクセス権の取得とデータのコピーはソフト任せだ。ブレイが能動的に動ける余地はない。

 それよりも、いまはオロシたちの様子が気になる…優勢であるにも関わらず、どうにも決め手に欠いているようだ。

 監視カメラをチェックしながら、無線のスイッチに手をかけようとした、そのとき。

「……なんだ?」

 ブレイは、あることに気がついた。

 脳死後も稼動を続けていたチャペルのDNIシステム内で、一つだけ秘匿( Hidden )モードで進行しているタスクが存在していることを。

 それは、データのコピー。

「…いったい、何を……?」

 これはブレイが意図したものではない、生前のチャペルの行動によるものだ。

 何のデータをコピーしていた?

 そこではじめて、ブレイは気づく。

 いままで、チャペルの目的はセキュリティへの妨害工作だとばかり思っていた。あくまで襲撃チームの補佐のためだと。

 違うのだ。

 こいつは最初から、会社が隠していたデータを探るために侵入していたのだ。ブレイへの攻撃はそれに気づかせないための、あくまで迷彩。

「こいつっっ…ッ、片手間で僕に挑戦してやがった……ッッ!!」

 頭に血がのぼり、すぐさま対抗措置を取ろうとした、そのとき。

『はい、おしまい♪』

 ブッツン……

 チャペルの声がブレイの脳内に響き、一方的に回線が切断される。

「え……?」

 なんだ?

 なんだ、いまの?

 いまのは…あいつの声か?

 死んだはずじゃないのか?ブラックICEを喰らって…たしかに脳死状態だったはず。

 どういうことだ…わからない…わからない……!!

 ただ一つわかっているのは、ネットワークを離れたチャペルを追う方法はもうないということ。

 あと一息でセキュリティを突破できるところだったのに、すべてが台無しになった。

 だが、そう…だからといって、ブレイにできることが何一つなくなったわけではない。

 ブレイはセキュリティ・システムの制御卓に接続していたコードをすべて外すと、椅子をはね飛ばす勢いで立ち上がった。

 

 

 

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