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「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SHOP SQUAD -』

- 2nd Season -

Chapter_04 【 凍てつく瞳 - Eyes on the ICE - 】 Part_5

 

 

 

 

 

**      **      **      **      **      **

 

 

 

 半壊したビルの壁を駆け上がり、スパーキィはかつて自らの半身であった少女に思いを馳せる。

 …まったくあいつ、ぜんぜん成長してないじゃないか。

「男子、三日会わざれば刮目せよとゆーが…女子だって、三ヶ月もありゃあ修練には事欠かねーだろうに」

 そう思ってしまうのは、かつての自分が、融合の秘術などという外法に手を出すまえは真っ当に鍛錬を積み重ねてきた武人であったからかもしれない。

 平行世界における同一個体であるにも関わらず、ティーティーとスパーキィの性格がまったく似ても似つかないのは、人格の形成における過程…歩んできた人生がまったく異なっていたからに他ならない。

 とはいえ…ティーティーも、戦技訓練では優秀な成績を残していたり、かつて敵対していた相手とそれなりに打ち解けているあたりは、スパーキィが考えているよりも精神的に成長しているのかもしれなかった。

「あいつの甘えたがりにも困ったもんだが、オレもちと過保護すぎるのかもしれんなー」

 いつまでもオレに頼っているようでは困る、精神的に自立してもらわなくては。

 誰にも頼らず生きろとまでは言わないが、特定の個人に依存しなければ生きられないようでは、困る。せめても状況に合わせて、都度に利用する相手を乗り換えるくらい、したたかでなくては。

 そうした想いが強くあったのは確かだが、いや、強すぎたのかもしれないな…と、スパーキィは自省に似た感情を抱いた。

 何にせよ、「一緒でいた時間」が少しばかり長すぎた。

 ティーティーにはスパーキィの考えていることがわかり、スパーキィにはティーティーの考えていることがわかり、それが当然だった日々を思い返せばこそ、「あの泣き虫をどうにかしてやらなければならない」という使命感を覚えるのだが、いまにして思えば、自分こそがその思考に引っ張られすぎているのではないか、という気がしてきていた。

 相手の心が読める、というのは、本来ならば異常な状態だ。

 それを当然のことのように思い、相手の心の内側を把握していなくては、相手をコントロールできなければ気が済まない、それを無意識のうちに実行している、というのは、よく考えなくても危険な状態ではあった。

 わざわざスパーキィの魂をソウルコンテナに保管し、新造義体をあてがってまで蘇生させたライアン(あのクソババア)が、あえてスパーキィとティーティーの間に接点を持たせないようにしていたのは、そのことを予測していたからかもしれなかった。

「ま、そうならそうで…こっちはこっちで、楽しませてもらうとするか、な」

 垂直に壁を駆け上がり続けたスパーキィは屋上の縁で爪先を蹴り、宙で回転しながら着地した。

 屋上では複数の影がせわしなく右往左往していた。おそらくは規則的に動いているのだろうが、スパーキィの目からはうろたえて逃げ回っているようにしか見えなかった。

 逃げているわけではないとわかったのは、彼らがカーキ色の巨大なコンテナを持っていたからだ。肘を曲げず、腰を低く落として移動しているところを見ると、相当な重さなのだろう。

 やがて彼らは地上を見下ろせる位置につくと、とりわけスパーキィたちが乗ってきた、ティーティーたちがまだ近くにいるはずの装甲車を視界に収めることができる場所まで辿り着くと、ゴトンとでかい音を立てて降ろしたコンテナから巨大な筒状の兵器を取り出し、組み立てはじめた。

 どうやらランチャーの一種らしい、形式は見たことのない代物だったが、スパーキィにとって大事なのは、目の前の作業に熱心なILC保安部員の誰もがスパーキィの存在に気づいていないことだった。

 ツーマンセルで四ペアに分かれて作業している保安部員全員の位置を把握してから、スパーキィは彼らが重大なミスを犯していることを思い知らせることにした。

「よお、忙しそうだな( Hi, there )」

「…… …… ……ッ!?」

 スパーキィに声をかけられたILC保安部員たちは息が詰まったような表情を見せ、ほんの僅かな時間だったが、彼女の正体を誰何した。

 ILC保安部員にとってどう見ても敵にしか見えなかったが、もし敵であるなら、わざわざ声をかけずにいきなり攻撃を仕掛けてきたはずだ。にも関わらずそうしなかったのは、何か理由があるのではないかという疑念を払拭しきれなかったからだ。

 しかしどれだけ観察し、思考を巡らせても、両手にバトルライフルを携え佇む漆黒の鎧騎士は敵にしか見えなかったため、ILC保安部員たちは組み立ての途中だったランチャーを放り出し、腰に下げていた短機関銃を掴んで応射を試みようとした。

 僅かな時間、ほんの少しの隙だった。ただ、スパーキィにはそれで充分だった。

「のろいぜ、雑魚ども( Slowly slowly slowly, Amateurs )」

 だらしなく垂らした両腕を上げ、スパーキィはスーツに内蔵されたスマートガン・システムの照準アシストを使わずにピタリと銃口を標的に向ける。

 その動作は相対するILC保安部員たちの目からものろく、緩慢に見えた。

 だが、早かった。確実な動きだった。

 あの程度の動きなら即応できる、そう思ったILC保安部員が銃をかまえかけたとき、次に目にしたのは閃光だった。それがマズルフラッシュか、それとも自分の頭が吹っ飛ばされる直前に生じた衝撃によるものかは、地面に倒れたあともついに理解できなかった。

 ドガドガドガドガドガドガッッ!!

 単発式ながらフルオートばりの速射でスパーキィはILC保安部員を次々と撃ち抜き、大型のバトルライフルをさも拳銃のように軽々と振り回しながら銃弾の嵐を降らせていく!

 爆音、閃光とともに.300ウィンチェスター・マグナム弾の薬莢が跳ね、スパーキィが足を踏み留めて動きを停止したときには、すでに呼吸をしている敵は一人もいなかった。

 聴覚センサーでそのことを確認したスパーキィはバトルライフルを外套の下に吊り下げると、地面に転がっているランチャーを踏みつけ、簡易操作説明が記載されたラベルを一瞥した。

「…新型のナパーム・ランチャーか。こいつは持って帰ればバーサマが喜ぶかもな」

 そうひとりごち、まだ手付かずのコンテナを探して持ち上げたとき、スパーキィは足下から…建物の中から爆発音が響いたのを聞いた。建物全体がぐらつき、足がわずかにふらつく。

「派手にやってるな」

 片手にライフル、片手に大型コンテナを抱えた状態で、スパーキィはほんの少しだけ躊躇ってから、眼下に広がる荒れ果てた光景を見つめ、つぶやいた。

「オレも参加したいのは山々だが、今回はあまり前に出るな…と、言われてるしな…まだ義体に魂が定着しきって(馴染んで)ねェし、今日のところは…先輩がたの戦いぶりをじっくり観察させてもらうか…」

 

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『 Hack Hack, Drakkhen! 』

 なにやら怪しいメッセージとともに、監視カメラのモニタすべてにチープなドットグラフィックで描かれた緑色の竜が表示されたとき、ブレイは思わず頭を抱えた。

「…妨害工作か。自動ダウンロード設定に細工してマルウェアを掴ませてきたな」

 いまだ正体の見えぬ相手の手口を訝しみつつ、ブレイは保安システムをバックアップとの統合性をチェックすることで新たに抽出されたファイルを探し出し、排除していく。

 どうやらファイアウォールとセキュリティを突破されたようだが、それにしては妨害が嫌がらせレベルの児戯に留まっているのが不可解だった。システムの破壊ではなく、あくまでも足止めが目的なのか?

「さっきから有害無害取り混ぜてどうでもいいアプリケーションを送りつけてきてるな…ウィルス入りも多い。裏口でも使ったのか、管理者権限を取ったからって調子に乗ってるな?足跡の数が多ければ攻めるほうも不利になるだろうに」

 次々と送り込まれてくる悪質なデータを検知した先から削除しつつ、ブレイはセキュリティの再構築と、データのダウンロード履歴から侵入者の逆探知を試みた。

 またアカウントを新規に作成し、保安システムのコントロールを旧アカウントから強制的に移行させる。これは通常の対策ではなく、どちらかといえば外部からハッカーがコントロールを奪うために用いる手段だ。

 さらに保安システムの複製を旧アカウント権限で実行(実際には無効になる命令をループさせる)し、それを囮代わりに設置した。

「これですこしは時間が稼げるな。ついでに置き土産でも用意しておいてやるか」

 敵の攻撃手段を解析してその場しのぎで組んだセキュリティ・プログラムと、送信元を追跡してOSを停止させるウィルスをデコイに設置したブレイは、ローカル・ネットワークの全体マップを呼び出して動向を観察した。

 セキュリティに一部だけ穴を空けておき、相手の反応を窺う作戦だった。

 やがて稼働中の社内PCが次々とシャットダウンしていき、機能停止していく様子がブレイの脳裏に写しだされる。

「直接攻撃するほどまぬけじゃないと思ってたけど、うちの社内コンピュータを経由して攻撃してたのか。リモート・コントロールですらない、糸を繋いだままにせずアカウントを書き替えて命令実行ファイルを置いただけだから、ウィルスが実行犯のところで止まって親玉まで届いてないな」

 どうやら敵は多数の社内PCを手下のように操り、保安システムへの攻撃命令を植えつけて放ってきたようだ。

 さながらゾンビ・ソルジャーを操る死霊術師のように、しかもゾンビから術者への接点を手繰れないような細工を施している。

「ぶっ壊した社内コンピュータはあとでリカバリすればいいとして(大事なデータは隔離サーバに保管してあるし)、どうにかして尻尾切りが上手いトカゲの頭を押さえつけないといけないな」

 防戦一方に回るのも、あまり面白くない。

 敵の手数の多さと反応の速さはDNIの賜物だろうが、逆に、そのことがブレイにとっては突破口になり得る可能性があった。

 対DNI用のセキュリティやウィルスは発達途上の分野で、一部の軍や政府機関用に開発されたものが少数ながら存在はするものの、既存のネットワーク上では滅多にお目にかかることはない。

 つまり、対策が取りにくい。

 ブレイは専用のソフトウェアを持っているわけではないが、基本的な構造は知っているため、その気になればいますぐプログラムを組むことは可能だった。

 それに相手が対応できるかどうか、それが勝負の分かれ目になるはずだ。

 もっとも、いまは手を伏せているだけで、敵も同様の手段を使ってくる可能性はある。

「ちょっと対応が早すぎたかな。こっちもDNI持ちだと悟られたかもしれない」

 しばらくの間ダミーの保安システムを相手に遊んでてくれればいいが、いつまでも騙されるほどマヌケな敵だとは思えない。目的は不明瞭で少々遊びの度が過ぎるが、腕はかなり良い。

 敵に舐められることを何よりも嫌うブレイはつい最速のスピードで防御の布陣を敷き直してしまったが、いまはそのことを少し後悔していた。

「悪い癖がでちゃったな…シロート( Noob )のフリをして相手を調子に乗せておくんだった。そうすればもっと時間稼ぎができたのに」

 能ある鷹はなんやらというが、カッとなってすぐ爪を出したがるのは自分の欠点だ、とブレイは自らを戒める。

 まだ敵はダミーの保安システムにさっきまでと変わらずウィルス入りのアプリケーションを矢継ぎ早に送り込んできているが、いまとなってはそれもただのポーズと考えたほうがいいだろう。

 いまごろは別の手段を用意し、そのうちにでかい一撃をかましてくるに違いない。カウントダウンはすでに始まっている。

 もちろん、そんな心配が杞憂であれば、それに越したことはない。

 ここで敵の攻撃を恐れてセキュリティ・プログラムをガチガチに固めるのは悪手だ。複雑な保安網の構築は必要以上にシステムに負荷をかける。咄嗟の事態に反応が鈍るようでは元も子もない。

 そして対DNI用のソフトを即興で組み上げながらも、ブレイは本来の仕事を忘れていなかった。

「ビリス、オロシ、いま小銃が第一開発室そばの自販機の前を南に向かって通過した。マシンガンは中央ロビーの階段の前、ガトリングは姿が見えないね…こいつはちょっと厄介だな」

 監視カメラの映像をもとに、交戦中のビリス・オロシの二人へ敵の位置を無線で知らせる。

 わかりやすいよう、便宜上アンダーウッドを小銃、ルイスをマシンガン、ベケットをガトリングと呼んでいる。もちろん得物からの着想だ、そもそも彼らの名前などブレイには知る由もない。

「それと、フォトが負傷者の収容を終えたみたいだ。もうすぐ全力でそっちのバックアップにつけれるよ」

 

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 バガシャアァァンッッ!!

 自販機の向こう側から壁越しに投げ込まれた斧が、プラスチック片やソフトドリンクを撒き散らしながらアンダーウッド目がけて飛来する!

「うわっ…!?」

 その場に倒れこんだアンダーウッドは間一髪でその一撃を避け、仰向けの姿勢のまま、ダン、ダンと発砲する。

 粉塵が舞うなか、赤外線視野を通してビリスの姿を確認していたアンダーウッドは正確に標的を狙い撃ったはずだが、どうやら斧で弾かれたらしくダメージが通っていないようだ。

 アンダーウッドは慌ててライフルのグレネードバレルに装填していたスモークガス弾を発射し、その場を離れた。

 パッシュウゥゥゥウウウ、着色された塩素酸カリウムと乳糖の混合物が、噴射音を立てながら毒々しいまでの緑色の煙幕となって周囲一帯を覆っていく。

「あの男性、この中を見通してくるかしら…?」

 通常弾頭が通用しないのは先刻身をもって体験したため、目眩まし用の煙幕弾をふたたび装填しながら、アンダーウッドは物陰に隠れて様子を窺った。

 面倒なことに…相手はどうも、こちらの位置をおおよそ把握しているらしい。それも、常に。

 ときおり敵の無線通信を聴覚センサー越しに捉えていたアンダーウッドは、向こうにもソナーのようなバックアップ要員がいることを確信していた。

 狐魂固有の能力か?あるいは、もっと単純な…

「監視カメラ」

 アンダーウッドは素早く視線を巡らせ、フロアの角に配置された監視カメラを素早く撃ち抜く。

 ダン、ダンッ!

 もし監視カメラが敵の唯一の目であるなら、これでしばらくは誤魔化せるはずだが、今の銃声で自分の位置は悟られたはずだから、どのみち移動しなければならなかった。

「…狐魂相手の戦いが、これほど難儀なものだったなんて」

 思わずそんな言葉が口からこぼれたのは、この作戦に参加するまでは自分がひとかどの兵士であったという自覚を持っていたからかもしれない。

 ベケットら旧γユニットの任務を引き継ぎ、世界中の紛争地帯を渡り歩いてゲリラ戦を経験し、ときにはγクラスタとの戦いに身を投じた自分が、まさか遅れを取るなどとは思っていなかったのだ。

 それは単純な経験不足ゆえの慢心だった。

 これまで培ってきた戦術が、セオリーが、まるで通用しない。

 なるべく音を立てないよう細心の注意を払って移動しながら、アンダーウッドは感覚と各種センサー類を総動員して敵の発見に努めようとする。

 敵に発見されるよりも早くこちらが発見し、攻撃されるよりも早く攻撃する。このセオリーだけは変わらないはずだ、と思いながら。

 いまはただ、最善を尽くすしかない。

『アンダーウッドさん、大丈夫ですか?』

 神経を張りつめらせていたところへ、ソナーからの通信が入った。

 仲間の声を聞いて少しだけ安堵しながら、アンダーウッドは自分以外の仲間の安否を確認する。

「はい。他の皆さんは?」

『無事です、いまのところ酷い怪我を負った人は…えーと、ベケットさんが右腕を負傷してますけど…』

「兄さまが?」

『ええ。ただ、気にするなと…もし聞かれたら、ですが、この程度はいつものことだから心配するなと、言伝を頼まれました』

「兄さま…ええ、たしかに。いつものこと」

 幾らか狼狽するものだと思っていたのか、ドライな反応を示すアンダーウッドにソナーは意外そうな顔を向けた。

 当のアンダーウッドとしては心配したいのは山々だったが、それ以上にベケットを信頼しているため、彼が大丈夫だと言うのならそれを疑う必要はないと判断したのだ。

 それはベケットが個人としてではなく、部隊を指揮する統率者として発言したものだと信じたからだった。たんなるやせ我慢ではなく。

「ソナーさん、周辺の状況探査をお願いします」

『あ、はい。すこし待ってくださいね』

 返事のあと、わずかに無音が続いた。

 ソナーの持つ狐の第六感「クレアビジューネ(千里眼)」は遮蔽を透視する特殊な視界で広域を見渡すことができる。

 つまり建物の中に誰が、どこにいるかが手に取るようにわかるということであり、後方支援としてこれほど頼もしい能力はそう他には存在しなかった。

 やがて開きっぱなしだった通信チャンネルからソナーの息を呑む音が聞こえ、小さな囁き声がアンダーウッドの耳をくすぐった。

『アンダーウッドさん、敵が…すぐ隣の、壁の向こう側にいます!』

「…… ……!!」

 咄嗟に驚きの声を上げかけたアンダーウッドはどうにかそれを理性で抑えこみ、聴覚センサーの出力を最大にして耳を澄ませる。

 しかし足音らしきものは聞こえない…ソナーの見間違いか?

「(…… …いや!)」

 いる、確かにいる!足音は聞こえないが、わずかな呼吸音と心臓の鼓動が伝わってくる、それも移動している!

 呼吸よりも静かに移動できるなんて…これは生来の能力か、それとも訓練の賜物によるものか?

 いまそれを考察している暇はない。アンダーウッドはソナー(超音波)・センサーを展開し、音の反射で周辺のオブジェクト・マップをAR(人工視覚)上に表示させた。

 音波パルスを利用したこのセンサーはCONスーツ/アーマーに標準搭載されているもので、瞬間的にではあるが周囲を透視して見ることができる。ソナーの能力は便利ではあるものの視野の共有まではできないため、より正確な敵の位置を探るための行動だった。

 確かに、いる…壁の向こうに、一人。

 両手に小型の刃物をかまえ、姿勢を低くして腰を落とし…立ち止まった!

 どうやらアンダーウッドとルイスが先刻対峙した、あの巨漢の斧使いではないようだ。

 アンダーウッドは静かに銃口を持ち上げ、壁に向けて呼吸を整える。

 このライフルは標準的な7.62x51mm弾、NATO規格のM59を使用する。いまソナー・センサーを展開したことで、目前の壁の厚さは把握できた。欲を言えばAP弾を使いたかったが、しかし…

 この壁なら、充分に抜ける!

 舌を舐め、ゆっくりと引き金に指をかけながら、アンダーウッドは呼吸を止めて照準器を覗きこんだ。

 

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『ついさっき、二人の敵と遭遇した。それなりの訓練は受けているようだが、それが逆に気にかかる…動きが人間的すぎる』

「武器に頼りすぎるって話なら、うん、僕が遭遇したやつもそんな感じだった。特殊な能力を持っているようには見えなかったな」

『それが、あくまで俺たちを油断させるためのポーズなら、たいしたもんだがな』

 そう言うビリスの声は、もちろん、そんなことを本気で信じているわけではないことを態度で示していた。

 何処かへと姿を消したベケットを追っていたオロシは、なるべく瓦礫やガラスの破片を踏まないようにしながら小型無線機越しにつぶやく。

「…油断できないね」

『ああ』

 おそらく「敵を過小評価するのは危険だ」という、言葉通りの意味で受け取ったらしいビリスは静かに頷いたが、オロシが考えていたのはもっと別のことだった。

 油断できない。

 敵が弱いなら。武器に頼らなければ戦えないほど弱いなら。

 いや、弱いからこそ…油断できないのだ。

 連中はまさか、負けるために、敗北を覚悟してやって来たわけではあるまい。であらば、勝つために来たのであれば、その勝利というのがどういった形であれ…手段は選ばないはずだ。

 それを象徴するのが、オロシを故郷から追いやった人間の恐ろしさだった。

 オロシとビリス、そしてフォトはかつて、砂漠に住む民の末裔だった。

 血筋という意味で言えば今もそうなのだが、その生きかた、生きざまを指して言うのであれば、三人はすでにまったく別のものに変質してしまった。

 パキスタン北部の砂漠地帯でひっそりと暮らす三人の生活は、いまにして思えば隠居も同然だったが、べつに何かから隠れていたわけではなく、生まれつき砂とともに生きる術を身につけていた三人にとっては、それが普通だったのだ。

 化学の進歩による人間の生活圏の拡大によって、ときおり三人の姿は人目に触れるようになるが、それでも生活に変化が訪れるようなことはなかった。

 地元民は珍しいものを見るような目で三人を遠巻きに観察していたが、特に害意などはなく、たまに二、三ほど言葉を交わしたり、あるいは流行り病が村を襲ったときは、助けを求めてきた者にフォトが助力したこともあった。

 そんなことを繰り返すうち、やがて三人は地元民から「サーラブ・アサーラ(砂漠に住む狐)」と呼ばれるようになっていた。

 積極的に交流を図ったわけではないが、逃げたり隠れたりする必要も感じなかった。ただ、いままで通りの三人の生活が続けば、それで満足のはずだった。

 しかし三人の生活圏内に油田が発見されたことで、事態は急速に変化する。

 これまで人間とは過不足なく付き合ってきた三人だったが、さすがに近所に石油プラントが建設されるとなっては、黙って見過ごすわけにはいかなかった。

「ここは先祖代々、一族が暮らし続けてきた土地だ。それを破壊するような施設の建造はやめてほしい」

 そう訴えたが、しかし石油会社はすでに土地を買収しており、法的にはむしろ三人のほうが不法居留者であると逆に脅しをかけてきた。もちろん三人は、自分たちが暮らしてきた土地に値段がついていることなど知りもしなかった。

 土地に勝手に値段をつけて、それで自分たちのものだなどと、こんな横暴な話があっていいのか?

 もっとも…三人の主張にどんな正当性があったとしても、石油プラントが生み出す莫大な経済効果を前には、たかだか三人の先住者の言うことを聞いて石油会社が撤退するなどということは有り得なかった。

 オロシ、ビリス、フォトの三人に残された道は、故郷を捨てるか、戦いを選ぶかのどちらかだった。

 そして…三人は、武器を手に取った。

 孤独な戦い、小さな戦争のはじまりだった。

 「たかだか化け狐三匹」と高を括っていた石油会社は小隊規模の私兵を送り込んできたが、地形を利用したゲリラ戦術を展開する三人の手によって襲撃部隊はいとも容易く壊滅し、早々に認識を改めることになる。

 やがて石油会社は高度に訓練された武装組織の構成員や外国人傭兵を雇って三人の殲滅に乗り出したが、もとより高い戦闘能力を持つ三人の前ではそれでも不充分だった。

 そんななか、いつしか不穏な反乱分子としてテロリストに認定されていた三人を排除するため、政府軍が派遣された。その裏では金の流れを巡る人間の思惑があったのだろうが、そんなことは三人には関係なかった。

 ただ、来る敵は潰す。それだけだった。

 やがて主力戦車と攻撃ヘリからなる中隊規模の殲滅部隊が派遣されてきたが、それでも三人を駆逐することはできなかった。

 ビリスの斧は戦車の装甲を軽々と突き破り、オロシの投擲する槍は空を飛ぶ鉄の鳥を正確に射落としていく。さらに破壊され破棄された兵器の残骸で造られたフォトのゴーレムが、かつての乗り手や味方であったはずの兵士たちに牙を剥いた。

 けっきょく正規軍の機甲中隊は無残に敗走し、象が蟻を踏み潰すような簡単な作戦だと楽観視していた軍部はこの結果に仰天した。

 また事態が大きくなったことで、油田を巡る争いの臭いを嗅ぎつけた各国企業が「対テロ作戦の支援」という名目で私設軍隊の派遣をはじめ、それがやがて企業同士の覇権争いへと発展していく。

「いつまで続くんだ、こんな戦い……」

 すでに、最初に戦っていた石油会社を撤退させるだけでは済まないスケールにまで戦争が発展し、三人は負けることこそなかったが、蓄積していた疲労によって戦意が喪失しつつあった。

 企業軍の投入する新型兵器や、昼夜問わず敢行される爆撃によって故郷はすでに荒廃しており、もはや守るべきものも失いつつあった。

 三人は降伏を決意したが、そもそも誰に降伏を呼びかければいいのかわからない現状を見たとき、すでに自分たちが争いの「蚊帳の外」に置かれていることに気がついた。

 彼女たちの故郷はいまや新兵器の実験場と化しており、牽制や挑発から嵩じた企業軍同士の抗争に発展していた。

 もはや石油会社が目の仇にしていた狐魂の排除などとっくに忘れ去られており、油田の利権すら眼目ではなく、ただ互いの力を誇示するために争いを続け、負けないために大量破壊兵器を次々と投入していった。

 そう、負けないために…

 ハァ。

 過去を思い出していたオロシはため息をつき、いま自分たちが対峙している相手について考えた。

 人間は弱い。だが、負けず嫌いだ。だから道具を使う。自分たちより強い者に勝つために。

 勝てなかったら?強い武器を作ればいい。

 それでも勝てなかったら?もっと強い武器を作ればいい。

 恐ろしい連中だ…素直に、オロシはそう思った。

 それで、この惑星を何度も滅ぼせるだけの大量の兵器が世界中のあちこちに備蓄されているというのだ。脅威というほかなかった。

 ただ、負けないために。手段は選ばない。目的すら重要ではない。それはオロシがかつて身をもって体験した、人間の恐ろしさだった。

 もしいま戦っている連中が、本当に兵器に頼るだけの非力な連中だったら、人間とおなじ性質を持つ連中だったとしたら、それこそ警戒しなければならない。勝利を欲する弱者ほど手に負えないものはない。

 あのとき、気づかないうちに戦争からドロップアウトしていた三人は誰にも背中を見られぬまま故郷を離れ、しばらくは国境周辺で傭兵として活動していた。

 あるときγクラスタとの遭遇戦でブレイが所属していた傭兵部隊と共闘し、そのときの縁でいまの職を紹介され、つい先日まではわりと平和な日々を過ごしていたのだった。

 あえて再び隠れることをよしとせず人間社会と関わりを持とうとしたのは、これだけ情報化が進み衛星から地表のあらゆる場所を監視できるような世の中でひっそりと隠れて生きることなど不可能だと悟ったせいもあったが、けっきょく正面から付き合ったところで、平和なんて長続きしないもんだな…と、オロシは自嘲の笑みを浮かべた。

 いまの職場は第二の故郷と呼ぶには愛着が薄く、それだけは唯一の救いだった、と思いながら。

 いずれにせよ、平和を乱してくれた闖入者には速やかにご退場願わねばならない。

「…… …… ……!?」

 さて、敵はどこにいるか…訓練の成果というよりは、生物が住むのに適さない砂漠という過酷な環境に鍛えられた生来の能力を駆使し、一切の音を立てることなくフロアを移動していたオロシは、奇妙な違和感をおぼえて耳をピンと立てた。

 いま、なにか耳鳴りのようなものが聞こえたような気がする。

 ほんの一瞬、気のせいかと思うほど一瞬だったが、その一瞬だけ、いやに騒がしく音が乱れたような気配がした。まるで壁同士が反響し合ったような…

 おかしい。

 オロシは呼吸音すら殺しつつ、収縮させた槍を数本手に神経を集中させた。

 音の発信源は、おそらく、壁の向こう側。物音はしないが、間違いなく何者かの気配がする。

 

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 ヴィーッ、ヴィーッ!

 突如としてベケットの脳内で警告音が鳴り響き、仲間の危険を知らせるバイタル・モニターが視野に割り込み表示された。

 << UNDERWOOD, FATAL DAMAGED!! >>

「なに……ッ!?」

 赤字の警告メッセージがスクロールすると同時に、アンダーウッドのCONアーマーを模したボディ・マップに複数の赤い光点が明滅をはじめる。

「大丈夫か、アン!」

『…ぐ、ぅ……ぁ……かはっ……』

 <<喉部刺創、気管損傷!頚椎損傷!>>

 <<胸部刺創、右肺損傷!>>

 <<下腹部刺創、結腸損傷!>>

 <<右脚部刺創、膝蓋骨損傷!腓骨頭損傷!>>

 いったい、なにが起きた!?

 次々とスクロールしていくメッセージに目を見張り、自分とアンダーウッドの位置がかなり離れていることを確認してから、ベケットは彼女の傷の状態を思った。

 喉と肺へのダメージは致命的だ、おそらくいま、アンダーウッドは呼吸ができていない。

 ほかも膝のダメージ、内臓への傷、どれも無視できるものではない。

 つまりアンダーウッドは現在かなり危険な状態で、要するに、死にかけていた。

 何らかの攻撃を受けたことは確かだろうが、攻撃を受けたということはつまり、攻撃者がすぐ近くにいるということだ。

 ベケットは急いで仲間に無線で呼びかけた。

「ルイス!!」

 

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 やったか?

 目前の壁に向けて数本の槍を投擲したオロシは、壁を貫通して突き刺さったそれを見て考えた。

 手応えはあった。

 やがてすぐ、咳のような、くぐもった吐息が聞こえてくる。そして僅かな水音と、血の匂い。

「…仕留めた」

 先手を打ち、有効ダメージを与えるのに成功したことを確信したオロシは、もう一本槍を手にし、とどめを刺すためふたたび投擲しようとかまえた。

 槍を投げ込もうとした直後、けたたましい破砕音とともに壁が崩れ落ちる。

 ズドガガガガガガンッッ!!

 飛散する漆喰とモルタル片に煽られるようにオロシは姿勢を崩し、ぐらりとその場に倒れこんだ。

「くっ…一手遅れた。仲間か」

「隊長!」

 耳煩わしい金属音を立てながら駆け寄ってきたのは、大口径機関銃の銃口から硝煙を漂わせたルイスだった。

 瓦礫の下敷きになったアンダーウッドのアーマーには複数の槍が突き刺さっており、アサルトライフルの引き金にかかった指は、彼女がまさに発砲寸前であったことを証明していた。

 すぐさまルイスはアンダーウッドを背に抱え、油断無く銃口を周囲に向けながら後退をはじめる。

「ベケット先輩、指揮を( taking command )!」

『前線は俺が引き継ぐ、おまえはすぐアンを連れて装甲車まで戻れ。ソナー、そっちにソウルコンテナは積んであるな!?』

『あっ、は、はい!一基だけですが…』

『上等。いまアンのアーマーを操作して強制冬眠( cold sleep )モードに移行させた、しばらくは保つはずだ』

 CONアーマーに搭載されている強制冬眠モードは、装着者が致命傷を追った場合に後方へ護送するまでの肉体保護を目的とした機能だ。生命活動を維持するため代謝を極限まで抑え、またショック症状などの精神的な影響をカットする役割もある。

 ルイスはアーマーのパワーアシストを最大出力で機能させると、全速力で駆け出した。

「ちょっとバッテリーの消費が激しすぎるけど…いまは隊長の安全確保が最優先だもんなあ」

 もとより長期潜入まで視野に入れてデザインされたCONスーツとは違い、CONアーマーは後方支援があることを前提に戦地での運用を目的とした装備だ。長時間の使用は想定していない。

 ただし、いまは一刻を争う状況だ。

 肉体は魂の器に過ぎない。狐魂は、というか、生命の核は魂で、肉体は魂を保護するための容器にすぎないのだが、その容器が破損した途端、魂は急速に衰弱をはじめる。殻の割れた卵のように。

 だからこそ肉体を死なせないことが大切であり、強制冬眠モードはその時間を延ばすための、かなり強引な措置だった。

 しかし致命傷を負ったアンダーウッドの肉体は、強制冬眠状態下でもどれだけ長く保つかわからない。

「ここでアーマーを酷使すると、あとで満足に戦えなくなるけど…『前線は引き継ぐ』って言葉からすると、ベケット先輩は一人で戦闘を引き受けるつもりだな。無茶な人だ、相変わらず…」

 そう言って駆けるルイスを、しかし、オロシは見逃さない。

「逃がすか…っ!」

 ぐい、じゃらりと音を立てて予備の槍を手にしたオロシは、それをルイスの背中目がけて容赦なく投擲する。

 空(くう)を切り裂きながら飛来する数本の槍を避ける余裕は、ルイスにはなかった。

 そのかわりにアンダーウッドの身体を少し持ち上げた、すべて自分に命中するように…ルイスのアーマーは他の仲間のものよりも特に頑丈で、うまくすればダメージを少なく抑えることができると考えていたが、不思議なことに、まったく楽観視したくはならなかった。

 来るべき苦痛に備えてルイスは歯を食いしばったが、彼の背中に命中する直前、槍はバリバリと音を立ててバラバラに砕け、そして散った。

 銃声はなく、そのかわりにドリルの回転音に似た騒音が鳴り止むと、何もなかったはずの空間がどろりと歪んだ。

「逃がしてあげてほしいんだな」

「チィ…ッ、まだ仲間がいたのか」

 オロシが舌打ちする目前で、CACS光学迷彩を解いたクレインが姿を見せる。

 続いて、ベケットの無線。

『おい、遅ぇぞクソ映画!』

「すまない、ゴーレム相手に手間取ってね」

 そう言って、クレインは石を切断したときにできる特有の靄のような膜が張ったクローを回転させてみせた。

 クレインがゴーレム相手に遅れをとったと見るか、ゴーレムではクレインを止められなかったと見るか。

 解釈はそれぞれだが、現状が変わらない以上はいま追求すべき問題ではないだろう。

 もっとも、クレインがここへ辿り着く前に破壊したゴーレムは総数の一部であったらしい。いま、逃走するルイスのあとを数体のゴーレムが追いかけていた。

『あっ、やばいな…』

 急いで現場に向かおうとしていたベケットは、ばらばらに崩れ倒壊した壁の隙間を通して高速飛行するドローン型ゴーレムを視認し撃墜を試みる。

 ヴドガガガガガガッ!!

 ガトリングガンの掃射で壁ごとぶち抜き、ガッ、ゴガッ!数体のゴーレムが爆音を立てて粉砕される。

 しかしすべてを処理することはできず、またルイスとゴーレムはすぐにベケットから見えない位置へと移動してしまう。ルイスも機関銃で応戦してはいるが、片手での正確性に欠ける射撃はゴーレムに軽々と避けられていた。

 そのとき…ドガンッ!

 横殴りに吹っ飛ばされたゴーレムが粉砕され、ほかのゴーレムたちも間を置かず次々に撃墜されていく。

『いい腕だ、さすがだな』

『こんなのは小手先( pirce of crap )です』

『そこはケーキじゃないのか…褒め甲斐のないやつだぜ、相変わらず』

 ルイスとクレインの耳に、ベケットとエデンの会話が飛びこむ。

 それにしても、致命傷を負った負傷者にとどめを刺そうとするなんて悪趣味な連中だ…とルイスは思ったが、実際はオロシやフォトの攻撃の矛先はルイスに対して向けられたもので、彼女たちの目的はあくまで負傷者を増やすことだった。

 真っ先にアンダーウッドを保護しようとしたことで仲間意識が強いことは知れたので、であらば怪我人を増やし、負傷者の安全確保と引き換えにベケットとクレインを無力化することを視野に入れての行動だった。

 いずれにせよ追撃が阻止されたことで、その思惑は実現の機会を逸したわけだが。

「いちいち怪我人追い回す隙なんぞ与えるかよ」

「そうだな」

「…… ……ッ!?」

 ゴドガッ!!

 移動中、独り言をつぶやいたベケットに応じる声が聞こえると同時に、すぐ近くの壁が破壊されベケットが吹っ飛ばされる。

 CONスーツ着用時は無理な姿勢制御をすると逆に肉体にダメージを与えるため、ベケットは勢いに流されるまま無様にゴロゴロと転がり、しばらくのち起き上がって敵対者と相対した。

 ベケットの重量級CONスーツを軽々と吹き飛ばし、粉塵のなか佇んでいたのはビリスだった。

「たしかに怪我人をいたぶっても面白くはないし、不名誉なことだ。貴様はまともに戦えるのだろうな?」

「さて、どうだかな」

 値踏みするような目つきで睨みつけてくるビリスに、ベケットはガトリングガンの銃口を向けた。

 オロシとの戦いで受けた右肘の傷は応急医療用ポリマーで塞ぎ、若干の局部麻酔を投与してある。もちろん、そんな状態では満足に動かせないため、現在ベケットの右腕は外骨格モードで可動させていた。

 外骨格モードは腕そのものではなく腕を包む装甲を動かすもので、第一世代型NIによってCONスーツのメインシステムに接続されている脳の命令で自在に操ることができる。

 しかし皮膚電極とメインシステムを通して身体を動かす際、脳の命令から実際に可動するまで若干のラグがあり、反応が遅れるという欠点があった。

『あ、わ、わたしがアンダーウッドさんに敵の位置を教えたせいで、こんなことに…』

「今はそういうのはいい、反省会は帰ってからゆっくりだ」

 どうやらアンダーウッドが致命傷を受けたことに責任を感じているのか、動揺したソナーの声が聞こえる。

 しかし起きてしまったことは変えられないし、彼女を責めたところで何が変わるわけでもない。そんな無駄なことに時間を費やすつもりはない。

 じりじりと近づいて牽制するビリスの動きを注視しながら、ベケットはアンダーウッドの行動記録を確認した。

「(敵発見の報告を受け、敵の位置を確認し、攻撃する。落ち度はねぇはずだが…?)」

 実際はアンダーウッドが引き金をひく前に壁の向こう側から槍を投擲され、串刺しにされた。

 どこに存在がばれる要素があった?

 物音は立てていない、ソナー・センサーで敵の正確な位置を掴んだうえで静かに攻撃態勢に移行し…

 待てよ?

「撃ってこないのか?」

「そっちが先でもいいんだぜ」

 業を煮やし煽ってくるビリスの言葉を適当にあしらいながら、ベケットは敵の正体を掴みかけた気がしていた。

 もし耳のいいヤツだったら、人間の可聴域を超える超音波を聞き取ることができるんじゃないか?

 正確に聞き分けることができなくても、壁を反射する超音波に気づいて発信源を探ることもできたのでは?

 カー……、、、ン…

 ベケットは自らもソナー・センサーを展開し、ビリスの顔色を窺った。

 発信した自分自身は見ることも聞くこともできない、壁を乱反射する超音波。

 ビリスは…ビリスの瞳孔がわずかに開き、ベケットを睨みつける!

 こいつは気づいている!

 ベケットが確信を得ると同時に、ビリスが口を開く。

「いま、なにかしたな」

「耳のいいヤツだな。お仲間もオマエとおなじくらい良い耳をしてるのかな?」

「俺を試したのか?」

「もともと考えられる要因はそれほど多くなかったからな。こんな場所で、オマエらみたいなタイプの狐魂に出会えるとは思ってなかったが」

「ほう…少しは…戦い慣れている、というわけか!」

 ズゥアッ!

 言葉の結びと同時にビリスが斧を投擲する。

 凄まじい風切り音を立てながら飛来する斧をベケットは間一髪でかわすが、ビリスがチェーンを引っ張ると、斧はふたたびベケットの頭部目がけてUターンしてきた!

「うおおっ!?」

 先の回避行動で姿勢を崩していたベケットは、ターゲット・マーカーをつけていた斧がふたたびこちらに向かってきたことを察知。スピード、軌道からの予測で、いまから避けることは…不可能!

 斧を撃ち落とすのも間に合わない!

 そう判断したベケットはすかさずチェーンに照準を合わせ、発砲した!

 ヴドガガガガッ!

 ガトリングガンの銃口から連続して弾丸が放たれ、斧と繋がっているチェーンを破壊。その影響で斧の軌道がブレ、ベケットの頭部に真っ直ぐ飛んでいた斧は肩の装甲を削るだけで狙いを外し、そのまま壁に激突した。

 しかし、こうなることを…予測していたわけではないだろうが、ビリスはすでにもう一本の斧を振りかぶり、投擲する体勢に入っていた。

 だがベケットも二本目の斧にはすでにターゲット・マーカーを設置しており、返す銃口でビリスの手を離れたばかりの斧を破壊し、そのままビリスを狙い撃ちにする!

 ガガガガギガギガギンッ!!

 斧の投擲と同時に予備の斧へ手を伸ばしていたビリスは、間一髪で銃弾を防ぐことに成功する。

 腕をクロスさせ斧で防がれた銃弾がはじかれ、跳飛して壁や床を砕きながら飛散した。

 やがてHUD上でガトリングガンの残弾インジケータが赤く点滅し、このままでは弾切れを起こすと知ったベケットは、左腕を伸ばしてロケット弾を発射した!

 パシュゥゥウウウゥゥゥッッ!

 白煙を噴き上げながら小型ロケット弾がビリス目がけて飛翔する、しかしその狙いは大きく外れ、ビリスの頭上へと逸れた。

 もとより銃口の狙いがビリスの胴体の真ん中よりもかなりズレていたため、そのことを理解していたビリスは防御姿勢を取るよりも先に攻撃へ移ろうとしていたのだが…

 ズン、ドゴガガッ!!

「…っ、なに!?」

 ビリスの頭上で炸裂したロケット弾は天井を破壊し、大量のコンクリート片がビリス目がけて降り注ぐ!

 ドガッ、ガラガラガラガラ!

「ぬ、ぐおああぁぁぁぁ!!」

 瓦礫に埋もれたビリスはしばらく身動きが取れなくなり、苦悶の声を漏らす。

 しかしすぐに腕を振るいあげて瓦礫をはね飛ばし、ふたたび戦闘態勢に入る。

 が…

「…あの男、どこへ消えた!?」

 わずかに前後不覚に陥っていた間にベケットは姿を消し、あたりはしんと静まりかえっていた。

 どこに隠れているのか、奇襲を仕掛けるつもりか?

 神経を研ぎ澄まし、ビリスは感覚を総動員してベケットの気配を読み取ろうとする。

「どこだ…」

 ほんのわずかな異変も逃さぬよう注意していたが、しばらく待ってみたところで、物音一つ、気配のかけらも感じることができない。

 なるほど、隠れんぼも得意というわけか。

 だがテクノロジーに頼るような狐魂が、そう長く姿を消していられるはずもない。訓練の賜物か、あるいは機械的な作用によるものかは知らないが、どのみち時間は俺に有利に働く。そうビリスは思った。

 さあ、姿を見せろ…そのとき、決着をつけてやる。

「…いや、違う!」

 おかしい、何かが変だ。

 そのときようやく、ビリスは自分がベケットの術中に嵌まったことに気がついた。

 気配を感じないのは、相手が気配を消しているからではない。そもそも近くに存在していないからだ。

「あいつ、逃げたな…ッ!!」

 あれだけの武装に身を包んで、まさか尻尾を巻いて逃げ出すなどとは思っていなかったビリスは頭にカッと血が上ったが、すぐに冷静さを取り戻して痕跡を探しはじめた。

 床の焼けた跡は、おそらく背中のバーニア噴射によってついたものだろう。もともと、ああいったものは室内で使う想定をしていない。火事にならなくて幸いだった。

「フム…」

 幾つかの痕跡は見つけた、追跡そのものは可能なはずだが、相手が移動に音を立てず、またビリスよりも早く動けることが気がかりだった。

 その気になれば壁や天井も破壊して動くだろう、本気で逃げられたら追いきれない。

 耳をすませていると、ベケットが移動する音はわからなかったものの、遠くでオロシとクレインによるものと思われる戦闘音が響いていた。そちらに合流すべきか。

「予備の斧も少なくなってきた。あまり無茶はできんな…」

 ジャラリ、ビリスはチェーンを揺らすと、両手に斧を握って移動をはじめた。

 

 

 

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