「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SHOP SQUAD -』

- 2nd Season -

Chapter_04 【 凍てつく瞳 - Eyes on the ICE - 】 Part_4

 

 

 

 

 

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「チッ、視界から消えた…どう、そっちから見える?」

「あー、無理だなありゃ。河岸(かし)を変えるか?どのみち、ここから狙える的はもう多くないしな」

「そうね…」

 狙撃用ライフル、カスタム型VDロングボアのユナーテル・スコープから目を離したエデンは、中腰の姿勢で高倍率ビノキュラーを覗いていたスパーキィに向き直った。

 ちくしょう、自分があそこにいれば…エデンはそう思ったが、あとの言葉が続かなかった。実際に口にしたわけではなく、たんに頭の中で思い浮かべただけであるにも関わらず。

 もっとまともな戦いができる?

 エデンはスナイパーだった。ミリタリー・スナイパーだった。USMC(米海兵隊)のスカウト・スナイパーだった。

 彼女はSEALsの選抜試験にも合格していたし、もし(彼女にとっては極めて不本意な)陸軍に転属し1st CASTERに組み込まれていなければ、SEALs所属のスナイパーとして採用されていただろう。

 それはつまり、彼女は戦場のプロフェッショナルであり、歩兵の持つあらゆる技能を最高レヴェルで習熟していることを意味していた。

 そんなエデンの長年の不満は、スナイパーという肩書きだけで「的当て屋」と思われることだった。

 的当て屋…遠くから的を撃つしか能のない単一技能特化。安全圏から狙い撃ちする卑怯者。

 冗談じゃない、自分は近接戦闘だって、敵地潜入だって、なんだってこなせるんだ。専門知識が必要な爆発物や電子機器だって扱えるし、ダイバー訓練も高高度落下傘降下も経験がある。

 そういう「歩兵が必要とされる技術」をすべて習得したうえで、さらに「狙撃」というスペシャルな技術を持つ、それがスナイパーというものだ。ミリタリー・スナイパーというものだ。

 もっとまともな戦いができる、うん、そうだ。

 一番狙撃が得意、という理由で「突っ込み」の一員として参加することはほとんどないが、それでも、他の隊員より上手くやれる自身はあったし、エデンはそういう機会が来るのを望んでいた。

 しかし、ああ…いまは駄目だ。今回は。その機会じゃあない。

 いまそれをやったら、それはただの「命令違反」だ。

「場所を移ろう…」

 エデンがそう言って、立ち上がりかけた瞬間。

 バズッ……ッッン!!

 爆発音とともに草木が薙ぎ倒される音がし、同時に「ビチャ、ビシャッ」という、肉片が周囲に降り注ぐ音が聞こえてきた。

 すぐさまエデンは腰に下げていたサブマシンガンをかまえ、スパーキィも中腰のまま180°ターンして二挺のアサルトライフルを両手でかまえる。

 いまのは二人が侵入者対策に仕掛けておいたクレイモア地雷が炸裂した音だった。

 断崖に位置取るエデンとスパーキィをぐるりと囲んでカバーするように、木々の間に張り巡らされたワイアーと連動している。

「…保安部員の連中は敷地内から出てこないんじゃあなかったか?」

「保安部員ならね」

 すくなくとも味方では有り得ないだろう。

 たしか装甲車に残っていたのはバックアップ担当のソナーと、護衛役のティーティー。そして運転手。

 建物に突入したうちの誰かが様子を見に来たとは考えられないし、それに、彼らはスナイパーが背中の用心を怠らないことは知っているはずだ。

 なにせ同僚と元教官なのだから。

 それに、味方だったとして…味方の仕掛けたまぬけ罠(ブービートラップ)に引っかかるようなのは、早晩、別の理由でおっ死ぬだろう。気に病むまでもない。

 エデンとスパーキィはそれぞれアイカメラの熱源探知機能をオンにし、森の中で慌てふためく複数人の影があることを確認した。銃を手に姿勢を低くし、動揺を悟られまいとしている。プロの動きだ。

「連中、オレたちに気づかれたとわかってるのかな?」

「あれだけ音をたてて、こっちが呑気にスコープを覗いてるとは考えないでしょうよ。ただ、怯えた兎みたいに戸惑ってるんじゃないかと思ってるかもしれないけど」

「八人組で狩りに来たのか。一人減っていまは七人…分隊としちゃあ標準的な数だが、どうかな」

「ワイアーを警戒して動きを鈍らせてる相手をやるのは難しいことじゃないわ」

「まーな。オレ一人でもできるんだが、どうするよ」

「馬鹿言わないで」

 サブマシンガンにサプレッサーを装着し、ヘッドセットの内側で笑みを浮かべながら、エデンは相棒に向かって言った。

「楽しみは分かち合わなきゃ」

 

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「おいおい、そいつはナシだぜ( No, no no no no, sorry )」

 血まみれで床に倒れていたILC保安部員が銃を向けるのと、それをベケットが取り上げたのはほぼ同時のタイミングだった。

 反撃しようとしたのは咄嗟の行動だったが、自分が無力な存在になったとわかった途端、ILC保安部員の表情がこわばる。

 殺される…

 外敵への怒りはもちろんあったが、それでも会社のために命を投げ出すほどの恩義はない男が今際に浮かべたのは悔恨と怯えの顔だった。

 そんな相手の心象など無視するかのように、ベケットは姿勢を低くして男の身体をまさぐると、軽い口調で言った。

「フム…爆発の衝撃で吹っ飛んだ瓦礫にやられたな?右脚が折れてるうえ脳震盪を起こしてる、が、まあ見た目ほど酷い怪我じゃあねえよ。少なくとも致命傷じゃねーから、じっと救助を待つんだな」

 そして奪い取った銃、インド軍が採用しているMSMC短機関銃をその場で分解し、床にパーツを撒き散らした。

 もちろん、とどめを刺すこともできるはずだ。いまや相手は抵抗するための武器も、抵抗の意思すら失っている。

 しかし、それなら、怪我人を放置して敵に救助の手を煩わせたほうがまだ合理的だとベケットは考えていた。というのは表向きで、実際のところ、無闇やたらと死傷者を出したくないのが本音だったが。

 情けか?優しさか?

 いや、これは「ルール」だ…とベケットは思った。戦場にも、守るべきルールがある。

「いくら殺しのライセンスを持ったスーパースパイだからって、多少はお行儀良くせんとな」

 パチン、音を立てて銃の装弾を確認したベケットは、負傷者を放置して歩きはじめた。

 因果や縁はどこで繋がっているかわからない。殺せば断てるほど単純な代物でもない。

 あの負傷者は死なないだろう、すくなくとも、すぐには。それで、あいつはとどめを刺さなかったオレに感謝するだろうか?

 そんなことはないだろう。

 命を拾ったことで今後の人生で善行を尽くすことを誓うとか、戦場であろうとも命の尊さを忘れないようにするだとか、そんなのは寝物語だ。「心」というものはそんなに単純にはできていない。

 だが、それでいい…とベケットは思った。

 相手を生かしておいたのは、なにも、愛と平和の使者として人間を導くためではない。

 常に正しいことをするだとか、自らの言説が肯定されなければ気が済まないとか、そういうのは神様がやればいいのだ。一介の狐が演じるには身の丈が足りなさ過ぎた。

「ここは…厨房か?」

 敵の姿を求めて歩いていたベケットは、いつの間にか、カウンターの向こう側に広いスペースの食堂が見渡せるキッチンに立っていた。

 さすがに夜遅く食堂を利用していた職員はいないらしく、構内はがらんとしており、厨房も綺麗に片付けられていた。おそらくは翌朝早くに仕込みの準備ができるよう、残念ながらその機会はないだろうが。

 さすがインドというべきか、食材や調味料はカレーに関するものが大半だった。

「インド人が計算やITに強いのは、カレーに含まれる香辛料が脳に良い作用をもたらすからだという俗説があったな。今度チャー公に食わせてみるか…いや、あいつの場合は体質改善の薬膳料理のほうがいいかな」

 そんなことを言いながら、ベケットは棚に並べられた大量の香辛料の瓶を見つめる。

 インドの家庭料理とも言われるカレー、それに用いる香辛料の調合は料理人によってすべて違うと言われており、マーケットにはカレーに使うための香辛料が数百種類も並べられているという。

 なかには他の国ではついぞ見かけない、珍しい種類の香辛料も存在し、ベケットはそういったものを棚から選別し、手にとってラベルを確認する。

 そのとき…

「それ、いちおう会社の財産なんだけどね?」

「…… ……!!」

 ベケットが香辛料のラベルから顔を上げると、キッチンの向かい側に一人の少女が立っていた。

 まるでこの場所の主のように…ある意味では間違っていないのだが…腕を組み、仁王立ちの姿勢で憮然とした表情を見せる少女は、全身を鋼鉄の鎧に包み重火器を装備したベケットの姿を見てもまったく動揺した様子を見せない。

 一見して非武装の少女…オロシを前にして、ベケットは言葉を発することなく、ただ胸部装甲を解放してみせた。

 パシュゥゥウ…

 圧縮された空気が放出される音とともに左胸の装甲が開き、ベケットはそこに香辛料の瓶を入れると、ふたたび装甲を閉じた。

 それは、見るも明らかな窃盗行為であった。

 その様子を一片たりとも見逃さなかったオロシは片眉をピクリと吊り上げ、口先を尖らせて言う。

「もう一度言うけど、それ、会社の財産」

「なんなら後で請求書を回してくれ」

「ついでに器物損壊や医療費の査定額もまとめて計上したいんだけど」

「それはちょっとキツいな…」

「きみの雇い主は金欠なのか?」

「いや。ただ、ちょっとケチでな」 

「それじゃあ…」

 オロシは腰のチェーンにぶら下げていた、クナイに似た小型の刃物を両手に、鮮やかに戦闘態勢に入った!

「代償はきみの命で払ってもらうしかないね!」

「オレを殺しても金は出ないぜ!」

「これはカネの問題じゃあない!」

「わかる( I see )」

 ベケットも素早くガトリングガンをかまえ、すでにオロシの両手に設置していたマーカーへ銃口がぴたりと狙いをつける!

 すでにモーターは回転をはじめ、間もなく銃弾が大量にばら撒かれるという、その刹那。

 オロシの握っていた刃物の柄がグンと伸び、それは六尺七寸の槍へと変化した!

 無駄のない腕の振りとともに変化していく槍が投擲され、それは発砲寸前だったガトリングガンの銃口へ真っ直ぐ飛び込んでいく!

 ガギッ、カッ、ググググ…

「なにっ!?」

 槍がガトリングガンの銃口を通り抜けて刃先が薬室まで貫通し、銃身の回転が阻害されて発砲できない!

 得物が最初から見えていたとはいえ、針穴に糸を投げて通すような芸当をしてくるとは…

「ハアァッ!!」

 そしてオロシは槍を投げた瞬間に、その結果を待たずして床を蹴り跳躍する!

 まずい…ベケットは即断を迫られる、あの槍がこの装甲に通用するかはわからないが、身を持って試したいとは思わない。

 銃口に詰まった槍を引き抜けばふたたび発砲は可能だろう、しかし、ストロークが長すぎる。そもそも機動性を重視したスーツとはいえ、間接の可動域は生身とは比べるべくもない。柔軟性や速度もだ。

 槍を抜き、ふたたび狙いをつけて、発砲するのでは遅すぎる。

 一瞬の間にその判断を下したベケットは左腿部の装甲を解放し、レールからせり上がってきた大型拳銃を引き抜いて素早く発砲した!

 ドガ、ドガ、ドガ、ドガンッ!

 反撃を受けたオロシは初弾を槍の穂先で受け止めると同時に空中で身体を反転させ、残りの銃弾をすべて躱していく。

 そしてベケットに接近したオロシは首筋の装甲の隙間目がけて槍を振り下ろすが、銃弾を回避するために強引に姿勢を変化させたためか、わずかに勢いが鈍っていたその攻撃をベケットはガトリングガンの銃身で受け流し、そのままオロシを背後に突き飛ばす。

 間髪入れず、振り向きざまにベケットは追撃の銃弾を叩き込んだ!

 ドガ、ドガ、ドガ、ドガンッ!

 着地と同時に振り返る隙すら与えられなかったオロシは手を背後に伸ばし、槍を高速回転させて銃弾を受け止める。

 が、しかし!

 ガッ、ガキッ、バキッ、バキバキンッ!

「うわっ!?」

 数発の銃弾を受け止めたところで槍の柄が破損し、切っ先が弧を描いて壁に突き刺さった!

 一方で弾切れを起こしたベケットは素早く再装填するとともに、ガトリングガンの銃身に深く挿入された槍を引き抜く。

「細工仕込みじゃなくて霊力に呼応して変形する武器か。特定の波長の霊力にしか反応しないタイプだな、専用武器ってヤツだ」

「やわな道具じゃないのに…なんて威力の銃だよ」

「特注品だからな」

 毒づきながら予備の槍に手を伸ばすオロシに、ベケットは平然と言い放つ。

 これは以前、チベットでコン=シェンと戦ったときに.50口径のピストルが完全に封殺されたときの教訓だった。

 曰く、規格外を相手に既製品で対抗すると碌なことにならない、と。

 いまベケットが手にしているピストルは試作型のワンオフ・モデルで、弾薬は12.7x99mm弾のネック部分を切除した専用のリロード弾を使用する。口径は.730インチ(18.6mm)。CONスーツのパワーアシストと併用してようやく扱える、怪物級の拳銃だった。

「敵に対抗するためにはより大きな銃を、か。欧米人らしい発想( like american maneuver )だよ」

「なぜ欧米人と( why american )?」

「中東の戦闘部隊には見えないから」

「わからないぜ。ジハード(聖戦)用の新兵器かもしれん」

「あと、彼らにはそういうユーモアがないんだよね」

「たしかに( cute. )」

 それは、奇妙な時間だった。

 オロシが槍を振りかざし、ベケットがふたたびガトリングガンの銃口を向ける刹那。

 会話だ。

 これから殺し合おうという者たちが、すでに殺し合いを演じている者たちが、まるで双方の同意を得たように手を止め、言葉を交わす瞬間。

 はやく引き金をひけばいい、とベケットも思う。

 だが実際に敵と相対したとき、それは戦う前か、それとも戦いの最中か、「いまはそのとき(タイミング)じゃない」と脳のどこかで囁きかける声が聞こえることがあるのだ。

 その声に従って手を止めたときは、不思議と相手も動きを止め、こちらを見て、そしてどちらかが口上を切り出す。

 そういうときの会話は、相手のこれまでの人生、生き方、性格、思想といったものがダイレクトに反映される。

 人間性、いや、狐の性(さが)とも言おうか。

 おそらく自分が戦いを好むのは…ベケットは思った…純粋に戦闘行為を楽しむためではなく、相手の心の奥底に触れたような、こういう瞬間を望んでいるからかもしれなかった。

 ヒュガッ!

 オロシが投擲した二本の槍をベケットは両腕で弾き飛ばす。

 すでにオロシが手にしていた槍は追跡システムのセンサーにマーク済であり、おそらく初手は投げて牽制してくるだろうと踏んでいたベケットは、槍の軌道に合わせて腕を振るようスーツにプログラムをセットしていたのだ。

 そして、間髪入れず。

 ヴウゥゥゥウウーーーーーーンンッッ!!

 ガトリングガンの連続した発砲音が一つの繋がった音になり、無数の弾丸を解き放つ!

 しかしオロシの動きも素早く、槍の投擲と同時に予備の槍に手を伸ばしていた彼女は、収縮した複数の槍を両手に握ると、それをすかさず側面の壁に向かって放り投げる。

 シュカガカカッッ!

 宙空で伸びた槍の両端が壁に突き刺さり、でたらめな格子模様を描いたそれらは簡易な防壁となって銃弾を防いだ!

 無数の槍のシールドで一瞬だけベケットの視界が塞がれ、一度タグをつければどこまでも標的を追い狙い続けるスマートガン・システムのマーキングが『追跡不能』の明滅を繰り返す。

 いくら最新鋭スーツの高精度センサーといえど、壁を通してものを見ることはできない。さらに光沢のある槍の丸い柄がセンサー光を乱反射して撹乱されたに違いない。

 まさか狙ってやったわけじゃないよな?

 ベケットはかぶりを振る…そんなはずはない。

 すかさず射撃モードをマニュアルに変更し、ベケットはトリガーをひく。

 槍の耐久度は先刻の立ち回りで確認済だ、おそらく7.62mmでもそう長くは保たないだろう。それにあの簡易障壁は面の盾ではなく、あくまで線の集合体。身を守るには不完全な代物だ。

 ガガガガガガガガンッ!

 大口径ライフル弾が乱暴に槍を叩く音が響き、やがて、バキッ、メキメキッ、槍の柄がひしゃげる破砕音が耳に届く。

 ただ、ベケットには気になっていることがあった。

 彼女…オロシは防戦に徹するつもりでこの障壁を築いたのか?他に何の策もなく?

 応急的に銃弾を防ぐ以外に方策がないと?

 逃げるための時間稼ぎかもしれない、しかし彼女の眼差しからは逃走の意志を感じない。

「なにか…仕掛けるつもりだな」

 そうベケットがつぶやき…メキメキィッ、槍の障壁が粉々に破壊されたと同時に、一本の槍が飛び出してきた。

 ベケットを狙ったものではないのか、あらぬ方向に投擲された槍の存在を知覚した直後。

「殺(と)った」

「!?」

 いつの間にか。

 そう、いつの間にかベケットのすぐ近くまで迫っていたオロシが、残忍な笑みを浮かべ、槍を振りかざした。

 シュッ、ドシュッ!

「ぐあああぁぁぁぁぁぁっ!?」

 咄嗟に身をひねったベケットの右肘を槍が貫通し、鮮血が飛び散る!

 おそらく反応が一刻でも遅れていれば、右肩を通して頭蓋まで射抜かれていたであろう一撃。

 この槍は…アーマーを通る!

「ぉああああああッ!」

「えっ!?」

 オロシが槍を引き抜くまえに、ベケットは槍が刺さった右腕を力強く捻り、槍をベキリとへし折った!

 さらに間髪入れずロケットポッドの銃口を地面に向け、発射!

 ドガッッッーーーーーー!!

「うわぁぁーーーーっ!!」

 すぐさま腰を落とし後退しようとしたオロシはそのまま爆風で吹き飛ばされ、床の上を転がりながらも、途中でどうにかバランスを取り、四つん這いの姿勢で静止した。

 至近距離によるロケット弾の爆発で無数の傷と煤だらけになったベケットは折れた槍の穂先を引き抜き、スーツの簡易治療機能を使って傷口を止血用ポリマーで塞ぐ。

「咄嗟に姿勢を低くしてダメージを最小限に抑えたか…それができないよう、わざわざ狙うまえに撃ったってのにな」

 もとより、爆発のインパクトは上方に拡散する傾向がある。

 だから爆発物に対して「伏せる」というのは、実際に正しい対処なのだ。すぐにその判断ができれば。

 毒づくベケットに、オロシも同様の表情を浮かべて口を開く。

「そっちも、よく避けたよ。本気で狙ったんだけど」

「慣れてるんでな」

 オロシはあえて必殺の一撃に言及したが、本当に恐ろしいのは「それ」じゃあないと、ベケットは気がついていた。

 一瞬で間合いを詰めた、あの技。

 投擲した槍を伸長させてキャッチし、槍とともに滞空したのち短縮、着地する。

 伸縮式の槍を用いた高速移動。

 一定のプロセスを手違いなくこなし、瞬時に相手の懐まで飛びこむ技巧。

 よほど戦い慣れしているのだろう、彼女は自分の力の使い方をよく心得ている。ベケットはそう思った。

 肘を…右腕の間接を破壊されたのは大きな痛手だと、力なくぶら下がる手を見ながらベケットは考える。これでは銃を撃つのもままならない。プログラム・モードで外骨格を動かすことは可能だが、激痛は避けられないだろう。

 ダメージを受けた腕で槍を折ったのは咄嗟の感情的な行動だったが、そんな無茶が可能だったのはアドレナリンで脳が瞬間的に沸騰していたからこそだ。

 ヘッドセットの内側で脂汗をかきながら、ベケットはスーツの簡易治療機能を使って少量の麻酔を自身に投与し、左手で拳銃をかまえた。

 おそらくオロシはまたあの高速移動を使ってくる、とベケットは思った。今度こそ見切ってやる。

 その読みは正しかった。一部は。

 オロシはばらばらの方向に槍を五本投擲した。

「……どれだ!?」

 ベケットは目を見開く、おそらくオロシは連続して高速移動を行使できるだろう。彼女は自身のペースで択攻めを仕掛け続けることができるはずだ、最後の一撃を見舞うまで。

 最初の一手を見誤れば、オロシを捉えられなくなる!

 ヴォァアアッッ!!

 ベケットはバーニアに点火すると、槍とともに宙を舞うオロシを潜り抜けるように姿勢を低く保ち、地面スレスレの超低空飛行を敢行!

 壁に激突する直前でバーニアを止めて床を転がり、身を反転させてすかさず膝射の姿勢をとった。

 おそらくオロシは標的の位置を基準に高速移動の軌道を変える、そう予測したベケットは、相手の視界から外れることで択攻めの範囲外に逃れたのだ。

 ドガ、ドガ、ドガッ!

 おそらくベケットが予想外の動きをしたため、わずかに判断が鈍っているオロシの姿をすかさずスマートガン・システムでマーキングし銃弾を叩き込む!

 標的を見失い壁にはりついていたオロシもまた攻撃を予測していたのか、槍を床に突き刺すと同時に収縮させ瞬時に着地、銃弾を避ける。その直後、銃弾によってえぐられた壁の破片がオロシの頭上に降り注いだ。

「う、む…けほっ」

 粉塵を浴びてむせながらも、オロシは膝立ちの姿勢でベケットを真っ直ぐに睨みつける。

 床に突き立てた槍を握っていないほう、左手にやはり予備の槍を数本かまえた状態で。

 一方で右腕をだらしなく垂らしながらも左手の拳銃でオロシをポイントし続けるベケットは、静止したままのオロシを見つめ、引き金にかけた自身の指が固くなったのを感じ、ふたたび「あの瞬間」が訪れたことを悟った。

 だが、ベケットはオロシに語りかけたりはしなかった。

「♪キミは思うだろう、ヤツはだらしのない男だと。だがすぐに考えも変わるさ、そうヤツが銃を握ればね、坊や。銃を握ったときにね」

「…… …… …歌?」

 ベケットは意味のある言葉を口にしたりはしなかった。その代わり、歌を口ずさんだ。

「♪ヤツは西部一の男、いつだってクール、常にベスト。相棒はコルト45(フォーティ・ファイヴ)」

 そして、「その瞬間」は終わった。

 ベケットが引き金にかけていた指を絞り、オロシはふたたび槍を投げるかまえに入る。

 ドゴーーーーーンッ!

 しかし銃声が響くまえ、槍が投げられるまえに、壁が粉砕されて二人の間を遮るものが現れた。

 それは鉄筋コンクリートで形作られたイビツな人形、フォトが操る巨大ゴーレムだった!

 ドゴ、ドゴ、ドゴ、ドゴンッ!

 すかさずベケットは連続して速射を浴びせ、バーニアを点火して上昇、天井を突き破ってその場から離れる!

「あッ!?」

 逃げられた!

 そう直感したオロシは追おうとしたが、ベケットの動きを捉えきれなかったうえ、ゴーレムの巨体に視界を遮られてすぐに行動することができなかった。

 ガラガラと音を立てて天井の一部が崩れ落ち、頭上から爆音とともに響く破壊音がしばらく続いたのち、いっときの闘争の終わりを…あるいは、中断を…告げる静寂が、あたりを包んだ。

 ボロボロ…と破片を落としながら、超大口径ピストル弾をその身に受けて半壊しかけているゴーレムを見つめ、オロシはハァ、とため息をついた。

 それが落胆によるものか、はたまた安堵によるものかは、オロシ自身にもわからなかったが。

「まったく、フォト、余計なことをしてくれるよ」

 

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「いったいこれはどういうことだ!?」

 ベケットたち重装狐チームの襲撃直後より、ILC社の会議室は喧々たる騒ぎとなっていた。

 社長以下重役が一堂に集まったこの場で、事態を正確に把握している者や、まして冷静な判断が下せる者は一人も存在していないように見える。

 まさに蜂の巣を突いたような有り様だった。

「敵の正体は?」

「わからん。保安部が抑えているが、完全に留めておけるかどうかはわからない」

「化け狐どもに任せておけば安心かと思っていたのに、くそっ…連中は、上まで上がってくると思うか?」

「やつらの目的が警備員の掃除でなければ、おそらくは」

 彼らの態度はいかにも官僚的で、保安部員の身の安全を心配している者は一人もいない。

 そんなことを考えるのは荷が重過ぎるのだろう、彼らはすでに「自分の命」という何よりも重い荷物の心配をしなければならないのだから。

 やがて社長のシャシールが手を挙げて皆の声を制止し、重苦しい声を発する。

「これは…例のプロジェクト絡みと考えて間違いないな?」

 誰も、すぐに返事をすることができなかった。

 確信や証拠が何一つなかったからだが、それでも、他に原因が考えられないことは、その場にいる誰もが理解していた。

 皆の納得したような顔を見て、シャシール社長が言葉を続ける。

「おそらく連中が『あれ』を使い、それを辿られたのだ。あの忌々しい連中が誰を敵に回したのかはわからん、しかし、手が早すぎる。生半可な相手ではないことは確かだろう」

「どこの企業軍でしょうか。監視カメラの映像を見ましたが、ああいった新鋭の装備はフランスか、あるいは…」

「下手したら、政府を敵に回した可能性もある」

 誰かが発したその言葉に、室内にいた全員が息を呑んだ。

 メガ・コーポの台頭で政府の持つ影響力が弱くなったのは事実だが、それでも企業が喧嘩を売って無事で済まされるような相手ではない。その力は依然として無視できるようなものではないのだ。

 束の間の静寂のあとで、意地の悪そうな男の声が響いた。

「ところで、この…責任は、誰が取るのかね?その、誰がこの場に残って監督を務めるかということだが?」

「もちろん例のプロジェクトの研究主任だろう」

「ちょっと待ってください」

 間髪入れずに名指しされた、特別開発チームの指揮者であるゴスワミ部長はガタンと音を立てて立ち上がり、真っ青な顔で異を唱える。

「わたしはただソフトウェアを開発していただけで、こんな事態の責任を取るなどとは…」

「その、ソフトウェアに関する不備があった場合、きみが責任を取るのが筋ではないのかね?」

「それはソフトウェアそのものに欠陥があった場合です!なにより、プロジェクト自体は社長も含めた我々みなの合意のもとで進めていたはずではないのですか!?」

 理不尽な吊るし上げに対し声を荒げるゴスワミ部長の意見は、たしかに間違ってはいなかった。

 しかしいま会議室にいる面子のなかで、正しさを求めている人間は一人もいなかった。

 皆が求めているのは生贄で、それを得るためなら、ほんのわずかなこじつけさえあれば充分であることを、誰もが理解していた。

 やがてシャシール社長が重苦しいため息をつき、ぽつりと声を漏らす。

「…我々は屋上のプライヴェート機で脱出する。ついてはゴスワミ開発部長、きみは社長代理としてこの場に残り、ブレイ保安部長と協力して事態の沈静化にあたってくれ」

「そんな…」

「いまこのときより、きみの声はわたしの声となる。きみはわたしと同等の権利を持つ。事態が収束したら連絡をくれ、期待している」

 社長の言葉の結びとともに重役全員が立ち上がり、ぞろぞろと会議室を出ていく。

 それとは対称的に、さっきまで呆然と立ち尽くしていたゴスワミ部長だけが椅子に腰を沈め、大きなため息をつき、両手で顔を覆い、しばらく涙を流してから、よろよろと立ち上がって内線電話に手を伸ばした。

「ブレイ保安部長」

『えっと…ゴスワミ開発部長ですか?どうされました』

「社長と他の重役が屋上のプライヴェート機で脱出する。彼らの脅威になりそうなものは見当たらないか?」

『ええ。いまのところ敵戦闘員は全員建物の中に…いえ、敵狙撃手が建物周辺に潜んでいますが、全力で捜索中です。ほかは非武装の装甲車が二輌のみです。ところでゴスワミ部長は脱出なさらないのですか?』

 社長たちが部下を見捨てて逃げ出したというのに、恨み言の一つも言わないブレイにゴスワミ部長は申し訳ない気持ちになりながら、静かにつぶやいた。

「わたしは…社長代理として、この場の指揮を任された。いまのところ、わたしはきみより上の命令系統にいる、ということになる」

『それ、捨て石にされたってことですよね?』

「ずいぶんはっきりと言ってくれるな」

『あ、その…すいません』

「いいんだ、実際に矢面に立っているのはきみたちなのだから。わたしこそ、何もしてやれなくてすまない」

『災難ですね、互いに…それで、社長代理としての命令を?』

 ブレイに指示を請われたゴスワミ部長は、どうすればいいかしばらく考え、こういう状況でどうすればいいのか自分にはまったく見当がつかないことだけを自覚すると、口を開いた。

「きみが思う最善の行動を取ってくれ。責任はわたしが持とう」

『それはここで仕事をはじめてから一番うれしい命令ですね』

 壊滅的な事態に似つかわしくない明るい声で応じるブレイに苦笑しながら、ゴスワミ部長は内線電話の受話器を戻した。

 続いて響いてきた銃声や爆発音、建物の振動を感じながら、ゴスワミ部長はふたたび革張りの椅子に腰かけると、いかなる結末が待っているにせよ、はやくこの悪夢が終わってほしいと願った。

 

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 屋上に待機していたティルトローター式のプライヴェート機に社長以下重役たちが乗り込み、機体が垂直に離陸したのちローターが九十度回転して飛行しはじめた様子をじっと観察していた男がいた。

「へっへっへっ、お偉いさんが雁首揃えてご登場ときた。いや、この場合はご退場かね」

 それは、ベケットたちが敷地内に待機させていた装甲車の二輌目の運転手。

 彼は170センチほどもあるOD色のコンテナを片手に装甲車の運転席から降りると、ずしりと重いコンテナを地面に放り投げ、蓋を開けて中身を取り出していく。

 円筒形のボディにバッテリー一体型の冷却装置をセットし、コンテナに納まっている箱型のアンテナやケーブル…IFF、敵味方識別装置だ…を一瞥する。

「こいつは…いらないねぇ…ククッ」

 赤外線誘導システムをアクティヴにセットし、運転手は円筒形の物体…FIM-92スティンガー地対空ミサイルを肩づけでかまえると、ゆっくり加速をはじめるプライヴェート機の姿を照準器越しに捉え、ニヤリと笑みを浮かべた。

「逃がすわけにゃあ、いかねーんだなぁ」

 目標補足を告げる電子音を耳にすると同時に、運転手は引き金をひいた。

 ドンッ、バシュウウウーーーーーーッッ!!

 白煙とともに飛翔したミサイル弾体がロケットモーターの点火により一気にスピードを上げ、炎を噴き上げながらプライヴェート機に向かって一直線に飛び込んでいく!

 ズドガシャアアァァァーーーーーーンンッッッ!!

 ミサイルが命中したプライヴェート機は空中で大爆発し、燃える炎の残骸と化して敷地の反対側に落下、フェンスを薙ぎ倒しながら轟音を立ててアスファルトの地面に叩きつけられた!

 言うまでもなく、プライヴェート機に搭乗していた企業重役やパイロットのなかに生存者がいるとは思えなかった。

「たまやぁ…へっへっへっ、汚ねぇ花火だぜ……」

 役目を終えたミサイル発射機をその場に放り捨て、コートの胸ポケットからシガーチョコを取り出した運転手…スクイは、ニヒルな笑みを浮かべてチョコレートを口の端にくわえた。

 もっとも、その余裕の笑みはそう長くは続かなかったが。

「इसे रोक(止まれ)!」

「कदम नहीं है(そこを動くんじゃない)!」

 ガシャ、ジャキジャキッ!

 おそらく死角から近づいていたのだろう、武装した男たちに銃口を向けられたスクイは、「パキッ」と音を立ててシガーチョコを噛み、両手を上げた。

「んー…企業の保安部員じゃねーな」

 SWAT部隊のような全身黒ずくめの服装、ホロサイトを装着したSIG553の銃口を見つめ、現地の軍や警察の装備に関する資料を脳内で反芻したスクイは、おそらく彼らはNSG…インド陸軍の特殊部隊ではないかと当たりをつけた。

「ブラックキャットか。軍属だが指揮系統は警察直下だったかな」

「無駄口を叩くな、テロリストめ。壁に手をつけ、拘束する」

「ハッ、命は取らんか?お優しいね」

 片手に手錠を持ち部下にハンドサインで指示を出す特殊部隊員を観察しながら、スクイはこの状況を理解しようと頭を回転させた。

 そもそも企業のトラブルは軍や、まして国家警察にとって対岸の火事…それが国内の出来事であっても…そのはずで、余計な横槍は入らないという前提ではなかったか?

 そして発見次第即刻殺害を命じたILC保安部と違い、彼らはスクイたちを生きたまま捕らえようとしている。

 その意図はなんだ?たんに、生命を尊重しているだけなのか?

 強引に手首を掴まれて後ろ手に回され、ガチャリと手錠をかけられたスクイは、装甲車の側面に顔を押しつけられたまま口を開いた。

「よぉ、おい、軍人サンがなんだって企業の敷地内に出張ってきたんだぁ、エ?」

「察しの鈍いやつだ。軍人だって、誰もが企業を嫌ってるわけじゃない。特に、おまえみたいな連中が飛び込んできたときにはな」

「…… …… …?」

「おまえはな、おれたちの財布なんだよ」

「…はン。生け捕りは飼い主を喜ばせるためか?」

「飼い主じゃない、ただの金ヅルだ。敵の正体を知りたいだろうからな、財布の紐を緩めたくなる程度には」

 口の軽い特殊部隊員の話を聞いて、スクイは彼らの目的を理解し、どこか疲れたような笑みを浮かべながら「世も末だ」とつぶやいた。

 要するに、彼らは臨時雇いのアルバイトなのだ。

 事前の調査で引っかからなかったのは、彼らがその関係を巧妙に隠していたからというより、企業と癒着している軍人がいる可能性をスクイがまったく考えていなかったせいだ。

 当然ながら通常の指揮系統から外れて独断で行動しているのだろう、あるいはパトロールとか、非常事態に備えて現場で待機するといった口実を使っているのかもしれないが…

 しかし、彼らが「金ヅル」と呼んだ連中はたったいまスクイが吹っ飛ばしたばかりだ。

 あの爆発に気づかなかったわけはないが、ひょっとして企業の重役全員が乗り込んでいたことは知らない、いや、見ていなかったのか?

 どちらにせよ、そのことは口に出さないほうが良さそうだった。「もう生かしておく必要がない」と思われて得することは一つもない。

「ここを開けて出て来い!抵抗すれば射殺する!」

「隣の車輌は空だ。こっちの処理は企業の連中に投げよう」

「…連絡が取れないな。せっかく漁の成果が挙がったっていうのに」

 装甲車のカーゴハッチを叩いて警告をする隊員、腕時計の文字盤を睨みつけながら携帯電話のようなもので交信を試みる隊長格の男(おそらく企業重役とコンタクトを取ろうとしているのだろう。無断なことだ)、慌ただしく動き回る彼らの様子を見つめながら、スクイは「彼女」がちゃんと仕事をしてくれることを願った。

 やがて装甲車のカーゴハッチが開き、通信担当のソナーとティーティーが、おどおどした様子で両手を上げながら出てきた。

「なんだ、子供じゃないか」

「外見に騙されるなよローガ( guys )、こいつらは見た目で判断できんからな」

 安堵のため息とは裏腹に油断なく銃口を向ける特殊部隊員に、スクイは若干の危機感を抱く。

 おいおい、本当に大丈夫なんだろうな…?

「よしなよ兄(ニィ)ちゃんたち、保護者つきで車に残ってた子供(ガキ)どもになにをビビる必要がある?」

「怪しいな」

 軽口を叩くスクイに、隊長格の男が疑惑の視線を向ける。

 おっといかん、藪蛇だったか。これはまずいな。

 それでもスクイには、まだなんとかなる状況だという意識があった。確信はないが。たぶん、なんとかなるだろう、と。

 そのうち特殊部隊員の一人がティーティーの肩を力任せに掴み、装甲車の側面に身体を押しつけた。小さな足を蹴って大きく開かせ、ニッケルメッキの手錠をぎらりと光らせる。

 だが、そいつはミスを犯した。本人は油断していないつもりだったが、確実にへまを犯していた。

 身体検査を怠ったのだ。

 儀礼的な検査はした、あの両手でボディラインをなぞるように叩く、例の痴漢まがいの動きを見せはしたのだ。

 しかし、童話の絵本から飛び出したような格好の赤頭巾の少女に対しては、それでは不充分だった。

 内腿に縛りつけられた大柄のハンターナイフを探りあてるには、それでは不充分だった。

 小人のように小さなティーティーの手首に手錠を嵌めようと腰を屈めた特殊部隊員は、一瞬だけビクリと痙攣したのち、その動きをピタリと止める。

 他の特殊部隊員が異変を察知しかけたとき、そいつの両手首と、ステーキ肉のようにスライスされた顔面が、ボトリと音を立てて地面に落ちた。

 男が血を噴き出して倒れかけたとき、すでにティーティーは他の特殊部隊員の足元まで肉薄していた。

 仲間の凄惨な死に気を取られたせいで、小柄な肉体をさらに屈めて突進するティーティーの姿に気づいた者はおらず、ほとんどの特殊部隊員はどうにか銃をかまえて敵の姿を捉えようとしたところで、光の一閃とともに命を刈り取られた。

 ヒュ…ジャギイィィィンッッ、ザッ、ドシュッッッ!!

 投光器の明かりを反射してきらめくブレードが弧を描き、黒づくめのプロフェッショナルたちをただの「部品(パーツ)」へと腑分けていく。GIジョーを分解して玩具箱に片づけるように。

 情けや容赦といった思慮の入り込む余地がないティーティーの一撃は、セラミック・プレートが仕込まれた重量級の装甲服をもシルクのように容易く引き裂いた。

 しかもそれは失血死を期待するような生易しい攻撃ではなく、神に祈る猶予すら与えない的確な急所への致命打だった。

 くぐもったような悲鳴すらすぐに掻き消され、アスファルトの地面に広大なブラッド・スプレーがペイントされたとき、それを見慣れた光景のように眺めながら、ティーティーはおぼろげな自身の記憶の向こう側を覗いていた。

 …あの人がわたしを拾ってくれたのは、たしか、こんな場面だった気がする。

「いや~、おい、すごいな…データを見ただけじゃあチト信じられなかったが、へっへっへっ、噂に違わぬ実力だ」

 全身に浴びた返り血を拭おうともしないまま立ち尽くすティーティーに、スクイが若干引きつったような笑みを浮かべて話しかける。

 一方で、これまで少女が同年代の友達に接するような態度でしかティーティーと触れ合ったことのないソナーは見るからにドン引きしており、手錠をかけられたままの状態でその場にへたりこんでいた。

 そのことに気づいたのか、ティーティーは慌てて両手をパタパタと振りながら(そのせいで血が周囲に飛び散ったが、本人は気がついていない)、弁明をはじめる。

「ゃ、ぁの、これ、ちがっ…」

「て、てぃーてぃーちゃん、つよいんだね…」

「ぁうー、ぅぅー…」

 血まみれのハンターナイフを片手に、どす黒く染まった赤頭巾という出で立ちでは何を言っても説得力がないだろう。

 ガクガクと震えながら平仮名発音で喋るソナーに、もとより口下手なティーティーがなにかを説得できたはずもないが、それでもソナーを気遣い、束の間培ったソナーとの友情が壊れることを望んでいないことは、ソナーにも伝わった。当面はそれで充分だった。本能的な恐怖は収まらなかったが。

 不意の襲撃を乗り切ったことで、三人は次にどう行動すべきかを考えなければならなかった。

 この場を去るのでなければ、周囲に散らばった不快なオブジェは放っておくしかないだろう。掃除でもするか?敵地の只中で?

 ソナーには依然、建物内に突入した仲間をサポートする任務が残っているし、ティーティーはソナーの護衛を、スクイは二人について状況を監督する役目がある。

 つまりは短い休憩時間を終えた工場作業員のように、元のポジションに戻るしか選択肢はなかった。状況が変わったといえば、周囲が血浸しになり、ちょっとばかり身体が血にまみれただけだ。

 ティーティーが手錠の鍵を拾って仲間の拘束を解いてやろうとしたとき、誰もいないはずの装甲車から出てくる人影があった。

「क्या हो रहा है(いったい、何が…)?」

 それは一人だけ仲間から離れ、無人の装甲車のカーゴ内を捜索していた特殊部隊員だった。

 間の悪いヤツというのは、どこにでもいるもので…

 目の前の光景、細切れになった仲間の死体が視界に入った瞬間、危機を察した特殊部隊員はライフルをかまえて引き金をひこうとする。ホロサイトの照準をティーティーの胴体の真ん中にピタリと合わせて。

「तुम कुतिया मर(くたばれ)!」

 ソナーの手首に嵌められていた手錠の鍵を開けようとしていたティーティーは、咄嗟にソナーを庇うような体勢で覆い被さり、ハンターナイフを投擲しかける。

 またスクイも特殊部隊員に飛びかかろうとしていたが、指をサッと一撫でする動作を止めるには間に合わない!

 だが。

「गधे, भी तुम मर जाते हैं(死ぬのはテメェだ、クソ野郎)」

 ズガーンッ!

 けたたましい銃音とともに特殊部隊員の頭部が吹き飛び、バランスを崩した胴体がもんどりうって倒れる!

 いったい、誰が…

 呆然とする三人の前に、銃口から白煙を噴く長大なライフル銃を片手でかまえ、ツーサイドテールの髪を揺らす漆黒の鎧騎士が姿を現した。

 いつからそこにいたのか、いや、たったいま到着したばかりなのか。

 ガチャリ、ライフルの銃口を持ち上げ、三人を、いや、ティーティーを真っ直ぐに見つめた重装狐…スパーキィは、やけに馴れ馴れしい口調で音声を発した。

「相変わらずボーッとしてるな、気が抜けてるぜ。相棒」

「…ぇ?ぁ、ゎ…た、し?」

 しばらく周囲をきょろきょろと見回し、どうやらスパーキィは自分に向かって話しているらしいとわかったティーティーは首をかしげながら、今日はじめて会ったばかりの重装狐に怪訝な表情を向ける。

 もっともスパーキィは相手が理解しているかどうかなど気にしていないらしく、銃を持っていないほうの手でティーティーを指さし、言葉を続けた。

「せっかく独り立ちしたんだ、もちっとシャッキリしてもらわんと困るぜ、姉妹(きょうだい)」

「きょ、ぉ、だ…い?」

 いったい、なにを…

 そう言いかけたティーティーは、忘れかけた記憶の彼方に見た半身の姿を、そして、自身が目覚めた直後に研究所で交わされたライアンとクレインの会話の内容を思い出した。

『肉体の再構成にあたり、二つの魂を一つにしなければならない』

『切り離した魂をソウルコンテナに保管する実験は失敗してましたね』

『一度でも融合した魂は、通常、二度と元の状態には戻らん』

『しかし実験が成功したということは、魂を綺麗に分離させる方法が確立されたのですね?』

『いや。蘇生実験中、なぜか魂が綺麗に分離したのだ。自律的に…』

 蘇生。ソウルコンテナ。魂の分離。綺麗に…?

「ま、さか…」

 ありえるはずがない、いや、そんな可能性があるとすら思っていなかった真実にティーティーが気づきはじめたとき、おそらくは別行動を取っていたのだろうエデンからの通信をスパーキィが受信した。

『そっちはどう?』

「ああ、やっぱりこっちにも手を出して来てたぜ、あのクソ野郎ども。リスクを負ってでも様子見に来て正解だった」

『よかった。それと、屋上に妙な装備を持った連中が集まってる、こっちからじゃ角度が悪くて狙えないから、そっちでどうにかできない?』

「任せときな」

 潜伏地点で、謎の襲撃者…ティーティーたちを襲ったのとおなじ、インド軍特殊部隊を撃退したあとにこちらへやって来たらしいスパーキィは、ふたたびティーティーを一瞥すると、残念そうにつぶやいた。

「どうやら今日は忙しい一日らしい。そろそろ行くぜ、じゃあな」

 そう言って、スパーキィは踵を返して立ち去ろうとした。

 その光景の概視感に、ティーティーは言いようのない恐怖を覚える。

 また。

 また、「去ってしまう」。あのときのように。

「ぁ、待っ……」

 ティーティーの発した小さくか細い声に、はじめ、スパーキィは気づかないフリをしていた。

 だが途中で足を止め、一度だけ振り返ると、一言、そう…一言だけ、ティーティーに向かって言った。

 「あのとき」、絶対に言おうとしなかった言葉を。

「また会おう」

「…ぁっ… …… ……!!」

 あのとき、聞きたかった。

 嘘でもいいから言って欲しかった、その言葉を。

「ティーティーちゃん!?」

 いままで意図してティーティーを遠ざけようとしていたソナーが慌てて彼女に駆け寄る、堰を切ったように涙を溢れさせ、泣き出したティーティーの肩を抱いて。

「どうして泣いてるんです、なにか…悲しいことでもあったですか!?」

「ゎ…かんなぃ…けど…」

 どれだけ拭ってもすぐに溢れだしてくる涙を必死ですくいながら、ティーティーは、疑いようのない確信を抱いていた。

 彼女が、スパーキィが、失った自分の半身であることを。

 

 

 

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