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「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SHOP SQUAD -』

- 2nd Season -

Chapter_01 【 捕獲作戦 - Triple Three - 】 Part_2

 

 

 

 

 

**      **      **      **      **      **

 

 

 

「…なにかされたな……」

 気がつくと、ベケットは枯れた噴水が鎮座する広場の中心に立っていた。

 いまのところ、センサー類は正常に機能している…一瞬で内容が書き換わったことを除けば。それでなくとも、まるでテレポートしたかのように場所を移動したことを考えると、そう単純な妨害工作を受けたわけではなさそうだとベケットは思った。

 おそらく、脳の認識に干渉するタイプの能力か。自分がいままで見ていた光景が、「実際に目の前にあった光景ではない」可能性がある。脳の知覚をコントロールされた場合、五感のすべてが信用できなくなってしまうからだ。

 とはいえベケットのみならずチャペルやクレインにも同時に干渉していたのであれば、これはかなり高度な術式であるはず。

 ベケットは神経を集中させ、いま自分が見ているもの、聞こえている音、匂い、あらゆる認識が正常に働いていることを確信し、どうやら今は術が解けているらしいと考えた。こういった術式は相手の無意識を利用するものだから、それと気づいてさえいれば見破ることは困難ではない。

 高度な術式は使用者に過度の負荷をかける。術者が限界を迎えたか、それとも目的を果たしたから解除したのか…もし陽動が目的なら、三人をばらばらに分散させることが目的なら、術者はもう充分に役目を果たしている。

 チャペルやクレイン、そしてソナーとの交信を試みるが、HUDに「送受信不可」という飾り気のない文字が明滅するのみで反応が得られなかった。

「やれやれだ」

 ひとまず仲間と合流しなくては…そう思って周囲を見回したとき、噴水のそばにさっきまでいなかったはずの人間が佇んでいることにベケットは気がついた。

 漆黒の戦闘服、平坦な胸部には「大連」のパッチが刺繍されている。顔を隠す気はないらしく、どこか幼さの残る顔つきに浮かぶ、ふてぶてしいまでの不適な笑みがどこかアンバランスな印象を受けた。

 小麦色の髪を後ろで束ね、頭頂部には人間のものとは違うケモノの耳がぴょこんと突き出ている。

 一瞬だけ浮かんだ「民間人か?」という疑問をベケットが打ち払ったとき、少女が口を開いた。

「やぁ。ご同輩…かな?」

「おまえ、狐魂か」

 ぼろ切れを巻いた棒状の物体を携えた少女…コン=シェンは、ベケットの質問には答えず、やや場違いのようにも見える愛想の良い笑みを浮かべた。

 なんとも油断できない笑みだ…ベケットは動じた素振りを見せないまま、スマートガン・システムに少女の胴体四肢をマーキングさせた。もしコン=シェンがなんらかの怪しい動きを見せれば、すぐさま念じただけで銃が勝手に狙いをつけてマーキング部分を撃ち抜いてくれる。

「大連の兵士がここで何やってるんだ?それも、一人で。まさか迷子じゃないだろ?」

「キミだって、単独任務を遂行してるようには見えないけど。アメリカ企業の兵隊さん?」

 アメリカ、というところまで普通に聞き流し、企業、という単語が出たとき、ベケットはヘッドセットの内側で片眉を吊り上げた。

 カンパニー(CIA)を企業扱いするとはいい度胸だ、と思い、そもそも眼前の少女が自分の所属を知っているはずがないと考え直し、現在電子タグを使った識別信号をマカラハン・コーポの兵士に偽装していたことを思い出して、ようやくコン=シェンの言動に納得した。

 もちろん、そんな真相を話して相手の誤解を正してやる義務などないから、ベケットはそれに対するリアクションを控えることで無言の肯定とした。

 ただ、黙っているだけでは埒が明かないので、とりあえずベケットは世間話の水を向ける。

「でー、その、なんだ。なにか困ってるなら助けてやるぞ?見たところ銃も持ってないみたいだしな」

「へぇ、優しいんだ、キミ。フツーは警戒しそうなもんだけどね」

 人懐こい態度で接してくるコン=シェンに、その気になれば一瞬で殺せるから警戒する必要もない、とは、ベケットは言わなかった。

 もちろん、じつはこっちが仲間とはぐれて困ってるから協力してくれ、などと言う気は毛頭なかった。敵かどうかもわからない相手に弱みを見せるのは自殺行為以外の何物でもないからだが…

「キミ、仲間とはぐれて困ってるんじゃないの?他の仲間はどこへ行っちゃったんだろうね?」

「!?」

 機先を制する…とは、このことだろうか。

 およそ当事者でしか知り得ない情報をさらりとコン=シェンが口にしたことで、ベケットの脳内警戒メーターが瞬時にレッドゾーンまで跳ね上がった。

 当事者でしか知り得ない情報を知っている、ということは、つまり当事者ということだ。

 ベケットはロケットポッドの無数に空いた発射口をコン=シェンに向けると、さっきまでの穏やかな態度を捨てる。

「小賢しい真似をしたのはお前か…」

「タイマンなら勝てそうだから、なんて言ったら、きっと気分を悪くするんだろうね」

「いちおう死なないように加減はしてやるよ。オレたちは人間よりは死ににくいしな…泣き言はなしだぜ?」

 そう言って…ベケットは、40mm口径のロケット弾を一発、コン=シェンの胴体のど真ん中目がけて発射した!

 パッシュウウゥゥゥゥァァァッッ!!

 白煙の尾を引きながら、フィンを展開しつつ高速で飛翔するロケット弾を前に、コン=シェンは避けようともせずただその場に棒立ちのまま佇んでいる!

 …ショック症状か、状況が把握できていないのか?

 そうベケットが思った直後、コン=シェンは今にも胸に突き刺さる直前まで迫ったロケット弾を手で掴んだ!

「なにぃ!?」

 ベケットが驚きの声を上げる一方で、着発信管との接触を避け弾体の横腹を掴んだコン=シェンは、未だブースターが燃焼を続けているのもお構いなしにつぶやいた。

「対人用のHE弾かぁ。標準的なB型炸薬に、時限信管が五~六秒…ってところかな?」

 それだけ言うと、コン=シェンは持っていたロケット弾を反転させ、ベケットに向けて撃ち放した!

 プシュウゥゥゥウウウウ!!

「冗談だろ(Are you serious)!?」

 さっき自分が撃ったはずのロケット弾がこちらへ向かって来るのをHUD上に投影されたカメラ・アイ越しの拡大映像で確認したベケットは、すぐさまその場から飛び退いて地面に伏せた!

 ドッバアアァァァァンッ!

 時限信管のタイムアウトにより、ロケット弾はベケットの目前で爆発を起こした!

 幸いにして距離が開いていたため、直前に視覚の光量補正と聴覚遮断を行なっていたベケットは、CONスーツが煤を被った以外はたいした被害もなく起き上がる。

「ちょっと距離が足りなかったか。ちぇっ、惜しいなあ」

 一方、まるでホームランすれすれの外野フライを打ち込んだ高校球児のように、コン=シェンが渋い顔を見せた。

 そして、そんなコン=シェンに渋い表情を浮かべるベケット。

「おい…まさか殺し合いを遊びか何かと勘違いしてるんじゃないだろうな」

「命をかけて遊ぶのは悪いこと?」

「なんだそのグッとくるキャッチコピー」

 ゲーム廃人のチャペルあたりが聞いたら別の意味で感動しそうな言葉だが、などと思いながら、ベケットはむくりと身体を起こし、体表に乗った石を払う。

 まったく、厄介な相手だ…ベケットは内心で舌打ちをした。

 倫理観が欠如した兵隊の存在はそれほど珍しいものでもない。が、それにデタラメな戦闘能力が付随すると途端に始末に終えなくなる。お堅い教練本を尻拭き紙に使うようなヤツ、アクション映画やコミック・ヒーローばりの動きをナマでやるようなヤツだ。

 人間でも稀にそういう動きができるやつはいる。それが狐魂ともなれば尚更だ。

 もう躊躇も油断も必要なかった。

 CIA狐魂対策チームのモットーは「なるべく生きたまま連れ帰れ」だが、そもそもいま相対している少女との接触はメニューにない料理だったし、それを味わうか捨てるかは個々のエージェントの裁量に委ねられている。テイクアウトできれば言うことなしだが、それは極めて困難な所業に思えた。

 ガキ、ン…

 ベケットはガトリングガンの銃口をコン=シェンに向け、脳内でトリガー解除の命令を下す。

「丸腰相手に鉛の破片を降らすのは気が引けるがな…まあ、遊び場を間違えたな、お嬢ちゃん!」

 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴンンッッッ!!

 工事現場の掘削機のような音を立て、ガトリングガンが閃光とともに7.62mmNATO弾の雨を降らせる!

 だが…

 ギギ、キ、キィンッッッ……!

 コン=シェンの目の前で派手な火花が散ったかと思うと、彼女の姿がその場から消失した!

「なッ…!?」

 そう、ベケットは一つ思い違いをしていた。

 たしかに彼女は銃火器の類を携帯していない。が、丸腰というわけでもなかった。

 彼女と出会ったときに見かけた、彼女が手にしていた襤褸切れの巻かれた「なにか」。

 一瞬だけ標的を見失ったスマートガン・システムがふたたびコン=シェンの姿を捕捉したとき、ベケットは声を失った。

 弾雨に晒されながら、彼女は凄まじいスピードでこちらへ接近してくる!それも、両手に携えた一振りの中華剣を握り、銃弾を斬り裂きながら!

「おい。おいおい。おいおいおいおい!」

 銃弾を避け、裂きながら、急所を狙った的確な射撃をものともせず近づいてくるコン=シェンの姿をアイ・カメラの拡大映像越しに捉えたベケットは動揺を隠せない!

 やがて目前に迫ったコン=シェンの振りかぶる剣撃を、ベケットは左腕に装着されたロケットポッドで受け止めようとする。

 ガシュンッ!

 一見すると板金一枚斬ることすらかなわぬ古式の中華剣、しかしその一撃はロケットポッドの砲身を見事に両断していた!

「なっ、なにィーーーッ!?」

 斬り落とされた砲身の先端と、小型ロケット弾頭がポロポロと地面に落下していくのを見て、ベケットは叫び声を上げる。

 …このままじゃやばい!

 コン=シェンの次の一撃がベケットの首筋を捉えようとしたとき、ベケットはスーツ背面のバーニアを噴出させてその場から飛び上がった。

 そのまましばらく身体が宙に浮くに任せ、やがて窓ガラスが全部割られた廃ビルに近づくと、上階の窓枠部分を掴みぶら下がる。

 ついでに、バキン、もはや使い物にならなくなったロケットポッドを切り離し、自動爆破装置をオンにした。

 ズドバーーーン!

 あの小娘を爆発に巻き込めれば…少量の爆薬で破裂した装備品を見ながら、そうベケットは思ったが、相手もそこまでまぬけではなかった。

 すぐさま後退したのか、さっきまでベケットが立っていた場所から少しだけ離れた位置にコン=シェンは立ち、ナマケモノみたいにビルからぶら下がっているベケットを真っ直ぐ見つめ笑みを浮かべる。

「それ、いい銃だね。ちゃんとまっすぐ飛んでくれる…おかげでやりやすいよ」

「あのガキ…」

 ベケットはコン=シェンの言葉の意味を理解し、ほぞを噛んだ。

 一般的に誤解されがちだが、銃弾というのは決して一直線に真っ直ぐには飛ばないし、速度も常に一定というわけではなく、また同じ場所から射撃しても、毎回同じ位置に着弾するとは限らない。そうでなければ、「命中精度」などという言葉をこの世の単語帳から抹消しなければならなくなる。

 おまけに、ベケットが右腕に装着しているガトリングガンは直径7.62mmの弾頭を毎分2000発、銃口初速900m/秒のスピードで相手に降り注がせる。おおざっぱに言えば、一秒で1km先まで届く銃弾を34発撃つ計算になる。

 だから飛来する銃弾を斬り落とすなどというのは、たんに超人的な反射神経の持ち主だとか、動体視力が優れているとか、銃口の向きから着弾点を計算するとかいうトリックで成せる技ではない。

 弾道学に精通し、銃を知り尽くし、そのうえで超人的な身体能力を駆使し、そこまでしてようやく足先を踏み入れることができる領域だ。無論、ぶっつけ本番で上手くできるようなものではない。呆れるほどの過酷な訓練…あらゆる種類の銃弾を、あらゆる銃火器で撃った場合の弾道データを頭に叩き込み、そして実際に斬り落としてきたに違いないのだ。

 何度も失敗してきたのだろう。何度も銃弾をその身に受けたことがあるのだろう。

 だから被弾したらどうなるかを彼女は「知っている」し、であらばこそ、既知の脅威への対処法も知っている。だからこそのあの余裕、あの笑みなのだ。

 これが気違い沙汰、狂気の産物と言わずなんと言うのか。

「イカレてやがるぜ」

 そして、そうまでして銃火器を知り尽くしてもなお、銃ではなく剣を手に取る理由、そこまではベケットには理解できなかった(もっとも、彼女の姉が同等の訓練を受けたのち、銃を手に取ることになったとは、ベケットには知る由もないのだが…)。

 なにより、あの剣。

 通常の刀剣なら、数発も銃弾をまともに受ければたちまち破損してしまうだろう。それに、ロケットポッドのような金属の塊を一振りで切断する切れ味もまともではない。

 バーニアを使ってその場から離れる直前、ベケットはたしかに視界に剣先を捉えていた。刀身の材質まではわからなかったが、その刃にモノフィラメント・ワイヤー(単分子繊維)が仕込まれていたのを発見したのだ。

 あれは刃物の切れ味ではない。あんなもので斬られたら、ベケットの重装型CONスーツといえど無事では済まないだろう。

「(しかし、銃が効かないなら、どうすりゃいい…!?)」

「おーい。そっちから来ないなら、こっちから行っちゃうよー?」

 逡巡するベケットの眼下で、コン=シェンは廃ビルの壁を「垂直に」歩き、のぼってきた。

「こっちも、それほど時間に余裕があるわけじゃないんだ。悪いけど、そろそろ決めさせてもらうよ」

「…さすがにありゃあ、どうやってんのかわかんねーな」

 どんどん近づいてくるコン=シェンを相手に、ベケットはふたたびバーニアを吹かしてその場から離れる。

 どう倒したものか、あるいは、どうやって逃げたものか、その対策についてはまるで良い案が思い浮かばなかった。

 

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「なるほど、キミが仕掛け人ってわけか」

「もう、なにが起きたのかは大体察している…という顔ですね」

 クレインが「目を醒ました」とき、目の前にあったのは広大な空き地だった。

 もとはアパートでも建っていたのか、古ぼけた「建設予定地」の看板が傾いたままの空き地には破損した家財道具や瓦礫の山、スクラップになった自転車やバイクなどがでたらめに積み重ねられていた。侵入者を防ぐための金網のフェンスが切断されているところを見ると、どうやらここは近隣住民の不法投棄の穴場として使われているらしい。

 そして空き地の中心に、貧民街一帯を覆うジャマーと呪力障壁の中心地に、狐魂の少女が佇んでいた。

 胸に「大連」のパッチが縫いつけられた漆黒の戦闘服、そのボディに彼女の能力を補佐するためと思われる電子装置を背負っている。かなり重量のある機材を支えるためか、脚部には外装型のサイバー・リムが装着されていた。

 狐魂の少女…コン=ホーは閉じていた瞳をうっすらと開き、クレインを正面に見据え、口を開く。

「我々は、自らの猟場を余所者が荒らすことを好みません。申し訳ありませんが、排除させていただきます」

「そういうのはボクを殺してから言うべきだった。でなければ、手を抜こうだなんて思えなくなる」

 敵対者に向かって言葉を返すと、クレインは爪先から頭のてっぺんまでスゥッと姿を消した。

 クレインのCONスーツに搭載された、光学迷彩。

 正式にはCACS(Coated Active Camouflage System)という。ベケットのような重装甲でもなく、チャペルのように情報処理用の演算能力が格段に優れているわけでもないクレインのスーツが持つ一大機能がこれで、全身に組み込まれた小型カメラの映像をリアルタイムで解析し装甲表面に投影するものだ。

 映像投射型の欠点として完全な透明にはならない(わずかに空間に歪みが生じているように見える)が、それでもあらゆる角度から見た場合に最小限のノイズで済むよう調整されており、また体表温度の調整や紫外線・赤外線の感知・投射機能も備えているため、レーダーやセンサー類に検知されにくくなっている。

「キミは見えないものを見せるのが得意らしいけど、見えなくなったものを見ることはできるかい?」

「さあ。試したことがないものですから」

 クレインの言葉に、コン=ホーはそっけなく応じる。

 まあいい、お喋りは終わりだ…クレインは両腕の巨大クローを回転させ、地面を蹴った。

 それと同時にコン=ホーが背負っていた機械から二本のアンカーが飛び出し、近くにうち棄ててあった廃車に突き刺さる。コン=ホーが両手を突き出すと同時に両者を繋ぐワイヤーが揺れ、そして1t近くはあろうかという二輌の廃車が、宙に浮き上がった!

「…… ……!?」

 位置が特定されることを恐れて声こそ出さなかったが、クレインは物理法則を無視した眼前の光景に目を疑う。

 その直後、コン=ホーが握り拳を作るようなジェスチャを見せると同時に二輌の廃車が徐々に変形していき、車体がぐしゃりと音を立てて歪むと、粉々に割れたウィンドウの破片が地面に舞い落ちた!

 バラッ、バラバラバラバラッ!!

 ザザーッ、細かいガラス片がシャワーのように降り注ぎ、それがちょうどクレインに当たると、何もないはずの空間に破片が弾き飛ばされる光景がコン=ホーの目にはっきりと映る。

 光学迷彩はあくまで姿を見えなくさせるためのもので、物理的に姿が消えるわけではない。だから何かしらの物体が命中すれば跳ね返り、それが敵対者にこちらの位置を知らせることになる。

「…まずい!」

 危険を察知したクレインは慌ててその場を飛び退き、そしてその直後、コン=ホーが操る廃車が先刻までクレインがいた場所に叩きつけられる!

 ドガッシャァァーーーンッ!

 かなりの高度から地面に落とされた廃車がひしゃげ、車体の長さが半分近くになるまで不恰好に潰れる。さらにもう一輌の廃車が地面すれすれの高度まで落下したかと思うと、今度はハンマー投げのように横薙ぎに振り回された!

「くっ!」

 スクラップの塊がボディに当たる直前、咄嗟にジャンプしたクレインは紙一重の差で激突を避けることに成功した。

 一方で勢いをつけすぎたのか、振り払われた廃車のバンパーに突き刺さっていたアンカーが抜け落ち、投げ出された廃車がそのままガラクタの山に突っ込み派手な音を立てる。

 潰れた自転車やら真っ二つになったブラウン管テレビやらがガラガラと轟音を響かせながら崩れていくなかで、クレインは装甲の表面にこびりついたガラス片をはねのけながら呟いた。

「見かけによらず、戦いが派手だねぇ」

 どうやらガラクタだらけの場所に誘き出したのも作戦のうちらしい、これは念能力か何かだろうか?

 息をつく間もなくコン=ホーが両手を天に掲げると、今度は地面に散らばったガラス片が竜巻のように舞い上がり、雹のように凄まじい勢いでクレインに襲いかかる!

 生身であったならば全身をずたずたに切り裂かれるだろう刃の嵐、CONアーマーの装甲の前ではほぼ無力に等しいが、それでも装甲表面に傷がつけば、CACSの効果は劇的に低下する。

 なにより、この戦闘は(少なくともクレインにとっては)偶発的に発生したもので、本来の任務とは何ら関わりのないものだ。任務遂行前のアーマーへのダメージは極力避けなければならない。

「こういう美しくない戦い方は、あまり好まないけどね。少しばかり、キミに学ばせてもらうよ」

 無数のガラス片が迫るなか、クレインは傍らに転がっていたオフロード仕様のスポーツバイクを右腕のクローで突き刺し、前面に突き出した。

 さすがに重いな、自分のスーツで持ち得る重量限界ギリギリだ…そう思いながら、クレインはクローを回転させる。扇風機のように回転するバイクが降り注ぐガラス片をことごとく弾き飛ばし、クレインはその奇怪な盾を構えながら前進をはじめた。

 攻撃を受け止めながら接近してくるクレインに、今度はコン=ホーが驚かされることになった。

「予測できない男…」

 せめて迷彩の無効化ができればと考えていたが、まさか防がれるとは思っていなかったため、次の攻撃手段を探しに視線を周囲に走らせる。

 しかしその直後、クレインが盾に使っていたバイクをコン=ホー目がけて投げ飛ばしてきた!

 咄嗟にアンカーを射出し、コン=ホーはバイクの動きを止める。視界一杯に広がったバイクを脇に払いのけた瞬間、彼女の眉間に小型のトランキライザー・ダートが飛び込む!

「……!?」

 ハッと息を呑み、コン=ホーは目を見開く。

 尾部に羽飾りのついた金属製の注射針がコン=ホーに突き刺さる直前、眉間の五センチメートル先の距離で、どういうわけかそれが宙空に停滞したまま動きを止めた。

 続いてコン=ホーが睨みつけると注射針はスーッと射出方向に向かって後退し、しばらく飛び続けたあと「パンッ」と音を立てて破裂した。

 麻酔薬が飛び散るのを見ながら、左腕に装着された炭酸ガス式の連発式麻酔銃の狙いを正確にコン=ホーの頭部に向けていたクレインがマスクの下で片眉を吊り上げる。

「(やはり念能力…サイコキネシスの類か。あのアンカーは補助用機械で増幅した力を効率よく伝導させるためのものだね。ガラス片や注射器のような質量の小さいものであればアシストなしで操れるわけか)」

 狐魂特有のサイオニクス・サイエンスの研究は未発達分野で、クレインも過去に接触した狐魂の実演を見る他は関連文書を軽く読み流した程度の知識しかないが、質量の大きい物体を持ち上げるのは、質量の軽い物体を持ち上げるよりも遥かに膨大な力を必要とすることは知っていた。震度九のエネルギーは震度五の百万回分に相当するとかいう類の話だ。そんなに。

 それから、それ自体が自身を操ろうとする力に反発するもの…たとえば動物などは、無機物と比べて格段に難易度が上昇するはずだ。コン=ホーがクレインに直接干渉しないのは、おそらくそういう理由だろう。

 しかし狐魂同士の共感能力を阻害する呪力障壁といい、それぞれを引き離し誘き出すために使った幻覚といい、彼女はかなり有能な「力」の使い手だとクレインは判断した。生来の才能も勿論そうだが、これは訓練によって鍛えられ、そして実戦で「使い慣れている」感覚だと考えていいはずだ。

「前菜としては少々重いなぁ」

 こんな困難は当初予測されていなかった、これは特別手当を請求するしかないなとクレインは思った。そしてその金で海賊版のDVDを買い漁ろう。

 正規のパッケージ版とは別に海賊版も揃えたいという、恐ろしく微妙な趣味を持っていたクレインは、そんな野望を胸に秘めつつ、コン=ホーの次なる攻撃に備えた。

 

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「…うぅっ…いたいよぉ……」

 全身から血を滴らせ、チャペルは壁に手をつけながらよろよろと足を動かした。ヘッドセットの下では、乾いて塩の結晶になった涙の跡を、さらに涙が覆うように流れ続けている。

 被弾の苦痛を最小限に抑えるよう、いまチャペルはCONスーツの機能を使って痛覚を最小限にまで抑えていた。しかしそれだけでは耐えられないほど、いまでは全身を襲う激痛が酷いものになっている。

 痛覚を完全に遮断することはできない、それはなぜ生物に痛覚が備わっているのかを考えればわかることだ。致命的な傷を負っても、それと知ることができなければ、痛みに苦しむよりもさらにまずいことになる。

 あまりに一方的な戦い、なぜこんなことになってしまったのか…全身にくまなく撃ち込まれた銃弾の跡からどろどろと血を流しながら、チャペルは半ば朦朧とした意識のまま逃げようと…他の仲間、ベケット、クレインらと合流するために歩き続ける。

 しかし。

 バッ、バツンッ!

 チャペルの背中に衝撃が走り、CONスーツの装甲に阻害された銅のジャケットが裂け、鉛が潰れ、マッシュルーム化した弾丸が二発、コンクリートの地面に転がり落ちる。

 そして弾丸に内包されていた鉄製の弾芯がアーマーを突き抜け、アンダースーツに穴を空け、棘筋を切り裂き、上大静脈と肺動脈の間を通り、内肋間筋を突き破って、最終的にスーツの内部から緩衝材を抜けた先の装甲プレートを叩いたところで動きを止めた。

「がっ、がふっ」

 チャペルは血を吐きながら、足をもつらせて無様にその場に倒れこむ。

 銃弾は動脈や内臓器官を避けて撃ち込まれていた。急所ではない、死ににくい場所に。いずれも、いままでに撃ち込まれた弾丸はすべて。偶然ではない、チャペルの幸運が銃弾を急所から逸らしたわけではない、これは射手が狙ってやったものだ。

 なけなしの力を振り絞って這いずり回るチャペルの背後から、硝煙を噴く拳銃を両手に掲げ近づいてくる少女…コン=フー。

 弾倉を抜き、再装填しながら悠然と歩み寄ってくるコン=フーの表情は余裕や勝者の笑みとはほど遠いものだった。その顔は、不快感に満ちていた。

「…なんだ。アンタ、全然弱いじゃん」

 そう言って、ダンッ、ダンッ、ダンッ!再びコン=フーは発砲し、チャペルの両腕に新たな弾痕が穿たれる。

「あっ、うあ、うわあああぁぁぁっ!」

「見慣れない装備した、それも狐魂っていうから、どれだけ強いのかと思ったのにさ。ガッカリだよ、アンタ」

 泣きながら悲鳴を上げるチャペルの背中を踏みにじりながら、コン=フーが吐き捨てるように言った。

「人間なんかザコばっかりで、今度こそ全力で戦えると思ったのに。ねぇ聞かせてよ、あたしが死ぬほどキツイ訓練受けてきたのは、アンタみたいな弱っちぃのと戦うためだったの?」

「…し、しらないよ、そんなの…!」

「おまけに霊気もほとんど感じないしさ。わかってる?アンタの持ってる力、ほとんど尻尾と変わらないじゃん」

「…… ……?」

「もしかして、知らない?霊気、霊力、まぁ呼び名なんてどうでもいいんだけどさ。古来より人と狐魂の間には交わりがあって、人間にはない霊的な力、それを彼らは霊気って呼んでるわけ。それが、アンタからは全然感じられないのよ」

 狐魂が本来持っているであろう「力」が自分にはほとんどないこと、その点について、チャペルには心当たりがあった。

 もともとベケット、チャペル、クレインの三人は四等級、下から二番目の位しか持たない低級の狐魂で、外宇宙から地球へ放逐されたあと、ほとんど消滅しかかっていたところを人間に保護され、人造の肉体に収容されたのだ。

 そういうわけだから、他の狐魂が持っている特殊な力、ソナーの千里眼やコン=フーの超人的な身体能力といったものが欠けていることには薄々感づいていた。

 今回、自身の持つ力を自覚し正確に使いこなす敵と出会ったことで、以前から抱いていた疑念が確信に変わったわけだが、いまそのことに気づいたところで、もう、どうしようもない。

「もっとも、人間の作った機械に頼りきってる時点で察するべきだったよねぇ。アンタの存在は狐魂にとっての恥だわ」

「殺すなら…さっさと殺してよ。こんなことして、楽しいの…?」

「楽しくなんかないわよ。でもさ、たとえば…アンタだって、虫を殺すときに興味本位で足をもいだり、羽を取ってみたりするでしょ?」

「アタシは…虫なんかじゃ…!」

「死にかけの虫、今のアンタにぴったりの言葉だよ。芋虫みたいにぐにょんぐにょん動いてさ。ま、もう弄るのも飽きたし…そろそろ、ちゃんとトドメ刺してあげるよ。ああ、虫を殺すのに罪悪感なんか沸かないからね?」

 そう言って、コン=フーはチャペルの脇腹を蹴り上げる。

 ゴロン、うつぶせに倒れていたチャペルの身体が仰向けに転がされ、コン=フーが二挺の拳銃を明滅するバイザーに向ける。

 だが、それこそが…この瞬間こそが、チャペルの待ち望んでいた一瞬だった!

 バシュッ!

「なっ!?」

 ヘッドセットのバイザーが発光し、百万本以上の蝋燭が一瞬のうちに点灯したような閃光がコン=フーの網膜を焼き尽くす!

 すでにチャペルの左腕は神経がズタズタにやられていて動かなかったが、彼女は冷静にCONスーツの外骨格モードにインタラクトすると、腕が肉体を無視して作動するようプログラムをセットした。

 ややぎこちない動きでチャペルの左腕が持ち上がり、左腕に装着された二連銃身式サブマシンガンの銃口がコン=フーに真っ直ぐに向けられる。しかしコン=フーも、視力を奪われながらも感覚を頼りに銃口をチャペルに向け、引き金をひき絞った。

 バババババババババンッッ!!

 パッ、パパンッ、パパパパンッ!

 二人が発砲したのはほぼ同時だった。

 最初の一弾を放ったのはコン=フーで、それはチャペルの脇腹を撃ち抜いた。しかしその直後、チャペルの腕に備えつけられたサブマシンガンの二つの銃口から放たれた.45口径弾が漏れなくコン=フーの胴体にヒットする。

 仰向けに倒れたコン=フーと、銃口の位置を固定していたチャペルの二人はその後も弾を撃ちまくったが、それらの銃弾は互いのどちらにも命中しなかった。

「はーっ、はーっ、はーっ…」

 荒い息をつきながら、プログラムが終了したチャペルの左腕がだらりと垂れる。ガチャリ、二連銃身式サブマシンガンに装着されていたドラム式弾倉が地面に擦れ、重厚な金属音を立てた。

 …倒したのだろうか?

 苛烈な反撃に転じたチャペルだったが、すでに指一本動かす余力も残っていなかった。

 もし、今ので仕留めることができていなかったら、殺される。

 CONスーツの生命維持プログラムが自動的に作動し、体内に人工血液が注入され、銃創が有機ポリマーで塞がれていくなかで、チャペルはそんなことを考えた。仮に死んでいなくても、相手が素人なら、負傷によるショック症状で行動不能に陥ってくれる可能性もあるが…

 普段はあまり頼りにしていない神に祈るような気持ちでコン=フーの死を願っていたとき、コン=フーがガラガラと音を立てて立ち上がった。

「…っい、っっったあぁぁぁぁぁぁああああいい!!」

「……へ?」

 全身に銃創をこしらえ血まみれになりながら、仁王立ちで睨みつけてくるコン=フーに、チャペルは思わず間の抜けた返事をかえしてしまった。

 …まさか、生きてる?というか、怒ってる?

「痛ッたいじゃんかあ!あたしの身体は繊細なの、アンタみたいな造りモノじゃないんだからね!?なんてことしてくれんのよーッ!」

「知らないわよ、そんなの、失礼なヤツだわね…」

「あーッ、もう、怒った!キレた!完ッ璧にムカついた!殺す、アンタ絶ッッッ対にぶっ殺す!」

 やにわに喚き散らしながら、コン=フーが拳銃の銃口をチャペルに向ける。しかし遊底が開放されたまま、弾倉にも薬室にも弾が残っていない。要するに弾切れで、そんな銃で脅されてもどうしようもないのだが、激昂するあまり冷静な判断ができない今のコン=フーにとってそれはどうでもいいことらしかった。

 というより、まだ視力が回復していないのだろうか?

 カチカチと引き金の遊びの部分ばかり引きながら息巻くコン=フー、その姿は甚だ滑稽に写らなくもなかったが、しかしそのことがチャペルにとって有利に働くわけではない。

 依然チャペルが身体を動かす余力がないことに変わりはなく、そしていつコン=フーが再装填の概念を思い出さないとも限らないのだ。

 ああ、これが美人薄命ってヤツなのね…などとチャペルが諦めかけたとき、突如として地面が大きく揺れはじめた。

「…地震?」

 チャペルだけでなく、コン=フーも徐々に強くなっていく揺れに気づき警戒心を高める。

 これはただの自然現象なのか、そうでなければ…

 二人が別の可能性を考えたそのとき、周囲一帯に響き渡る巨大な声が耳を貫いた。

「争いをやめるのだ…」

 ボゴォッ!

 地割れとともに、地中から何者かが姿を現す!

「こゃーーーん!」

 地中から伸びる黒い影はどんどん大きくなり、それはやがて周囲にそびえるどんな建物よりも高く、巨大になった。

 その威容に、チャペルが呆然とつぶやく。

「まさか、あれは…伝説の、ロング・フォックス!?」

 ロング・フォックス、狐魂の観測者。

 誰もが知っていながら、その存在の確実性を証明できない謎の狐。狐魂であるかどうかさえ定かではなく、「まるいきつね」と並ぶ幻の存在とされている。

 しかし…あれがそうなのか?あれは、本当にそうなのか?

 チャペルは眉をしかめ、コン=フーに視線を向ける。どうやら徐々に視力が回復しつつあるらしいコン=フーは、巨大な狐を忌々しい目つきで睨みつけていた。どうやら面識があるようだ。いよいよ、あの狐がロング・フォックスではないような気がしてきた。

 なんといっても、いま二人の目の前に姿を現した巨大な狐は、顔がいやにくどいのだ。

 やがて…ボゥッ!巨大な狐はその身に炎を宿し、迸る灼熱が周囲の大気を焼き焦がした。

「我が聖地を荒らす者よ、その身を滅ぼすことなく我の目前から逃れること叶うと思うなかれ…!」

 そう、彼はロング・フォックスではない。

 炎と再生を司る狐魂、燃え盛るホムラナガギツネ!

「出やがったな、この糞テロリストめ!」

 どうやらチャペルへの関心を失ったらしいコン=フーはホムラナガギツネに向かって悪態をつくと、拳銃にフル装填された弾倉を装填し、ホムラナガギツネに向かって躊躇も警告もせず発砲した!

「くたばれ、この田舎腐れーッ!」

「ムウゥゥゥン!」

 さっきまでキョンシーのように前方へ突き出していた両手を、ホムラナガギツネが交差させる。

 すると!彼が周囲に纏っていた焔が壁のように広がり、飛来する銃弾を防ぎ焼き尽くした!

「我は炎を操る狐魂…斯様にちゃちな金属片を焼き払うなど、造作もないことよ!」

「言ってくれるじゃないの、田舎者。たしかに普通の弾じゃ通用しないかもしれない、けど、アンタとの遭遇を予測してたあたしが、何の用意もしてないと思う?」

「ムゥーン?」

 くどい顔つきのまま唸り声を上げるホムラナガギツネに、コン=フーが好戦的な笑みを浮かべる。どうやら視力が戻りかけているようだ、チャペルに負わされた傷もそれほど深手ではないらしい。

 まだ弾の残っている弾倉を抜き、別の弾倉…装填されている弾の弾頭がエメラルド色に輝いている…を取り出すと、コン=フーはガチャンと音を立てて乱暴に銃把に叩き込み、遊底を引いた。その際、薬室に装填されていた鉄鋼弾が排薬口から飛び出す。

「エーテルを鋳造した特別製の弾頭よ、そのちゃちな炎で防げるもんなら…」

 しかしコン=フーの動きを黙って見過ごすほど、ホムラナガギツネも呑気していたわけではなかった。

 ぐにょーん、ひたすらに長い胴体を伸ばし、そのくどい顔面をコン=フーの間近にまで迫らせていたホムラナガギツネは、その自慢の炎を使うことなく、ふよふよした右手をぶえんと振り払った!

 ぺちん☆

「ブあーーーーーッ!?」

 ズドピューーーン!

 ホムラナガギツネのビンタを喰らったコン=フーはベーブ・ルースの放ったホームラン・ボールのように吹っ飛び、長時間滞空したあと、硝子のなくなったショウケースに激突した!

 ガラクタの山に埋もれながらビクビクと痙攣するコン=フーの耳に装着されたイヤフォンから、遠く離れた仲間の声が漏れ響く。

『フー、大丈夫?』

「…ホー。なによ、いまいいところなんだから」

『なに言ってるの、そんな怪我で。あなたの健康状態はわたしも、本部もモニターしてるんだから。撤退命令が出たわ』

「冗談じゃないわよ。このまま成果もなしに逃げたんじゃあ、とんだ笑い話だわ」

『その怪我で作戦を続ける気?あまり狐魂の頑丈さを過信しないで…それに撤退するのはフーだけじゃない、わたしたち全員よ。これは、ママから直接受けた命令なの』

「ママが?う~…仕方がないなぁ」

 ママ、という単語を聞き、コン=フーが顔を引きつらせる。

 ズズズズズズズン…大地を揺らしながら、蛇のように這って近づいてくるホムラナガギツネの姿を遠目に確認すると、コン=フーはよろよろと立ち上がり、その場から立ち去った。

 一方…

「あの~…アタシ、どうなっちゃうんだろう…」

 すっかり忘れ去られたチャペルは、朦朧とした状態のまま大の字になって床に寝そべっていた。

 幸運だったのは、コン=フーが逃走した直後に通信機能がすべて回復したことだ。チャペルは気力を振り絞ってベケットとクレインの位置情報を取得すると、交信を試みた。

 

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「無駄だよ、無駄無駄ーッ!」

 バキバキ、ガギン、ガギンガギンッ!

 ベケットのガトリングガンから放たれる銃弾の嵐を、コン=シェンは難なく斬り捨てる。

「やばいな、そろそろ弾が切れる。ブースターの燃料も…!」

 接近されたらヤバイ、その思いからベケットは飛行を続けながら射撃を繰り返していたが、高速で放たれた銃弾は悉く防がれていた。しかも、こちらが射撃を繰り返すたびに相手の銃弾を斬り落とす手際が良くなっている。

 もとよりこのまま撃ち続けていればいずれは当たる、などと悠長なことを考えているわけではない。コン=シェンの疲労を誘うという狙いはまるっきり外れたわけではなく、さすがに彼女も肩で息をしはじめている。

 とはいえ、このままではコン=シェンが疲れ切るまえに弾薬の残量が底をついてしまうだろう。しかし、ベケットには秘策があった。

「ガトリングガンの弾を斬り落とすのも随分と手馴れてきたみたいだな。だが、それもオレの計算のうちなんだぜ…!」

 ヴヴヴヴヴヴ、ガッ、ガキンッ!

 銃身が回転を続けながらも、不意に弾の発射が途切れる。弾切れだ!

 連続していた爆音が鳴りを潜め、モーターの作動音がひときわ高く響いたのをコン=シェンは聞き逃さなかった。

「そこだーッ!」

 地面を蹴り、中華剣を構えたコン=シェンが矢のように鋭く飛びかかる。

 ベケットは素早くガトリングガン・ユニットを右腕から切り離し、そして大腿部に手を触れた。ガシャンッ、金属音とともに大腿部の装甲がオープンし、内部に収容されていた.50口径のピストルがレールとともにせり上がる!

「隠し銃!?」

「こいつを喰らいやがれ(Come on and get it)!」

 ズガガガガンッ!

 ワンハンド・ホールドでの素早い抜き撃ちでベケットは立て続けに発砲する!

「不意討ち、それもさっきまでとは弾速も弾道特性もまるで異なる銃弾を落とせるかーッ!?」

 そう、あえてガトリングガンから放たれる銃弾に慣れさせたのは、この一撃への対処を遅らせるため。銃弾そのものへの干渉は音速の領域、僅かな反応のズレが致命的なミスになる。

 だが、しかし!

 先刻までベケットに斬りかかろうとしていたコン=シェンは瞬時に体勢を立て直すと、ほぼ同じ着弾予測地点に向かって収束していくホローポイント弾を剣先の微妙な角度操作ですべて受け止めた!

 キィィ……ィィィイインンン……!!

 銅と鉛が裁断される甲高い音が響き、真っ二つに分かれた銃弾が廃墟の彼方へ吸い込まれていく。

 バキ、ガチンッ!

 ベケットの右手の中で跳ねたピストルの薬室から薬莢がはじき飛ばされ、重量のある遊底が下がった状態のままロックされる。

「チィィッ…なんてヤツだ」

「危なかった。危なかったよ、こういうふうにいきなりタイミングをずらされるのは。ただ、その銃を使ったのはマズかったね」

「なんだと?」

「デザートイーグル。西側で人気があるんでしょ?特に、.50口径のやつは…だから、咄嗟に反応することができたんだ。その銃で、よーく訓練させられたからさ!」

 コン=シェンは笑みを浮かべると、擦れた鉛の跡がびっしりと残っている中華剣をふたたび振りかぶり、ベケットに向かって飛翔した!

「その首、もらったァーッ!!」

 ベケットの首筋目掛け、間近まで迫ったコン=シェンが刃を振るう!

 その攻撃を前に、ベケットは避けようとも、また防ごうともしなかった。ヘッドセットの内側で笑みを浮かべ、彼は背面のバーニアを点火する!

「まさか、小細工がさっきので種切れだと思うなよ?」

「えっ!?」

 ブォゴオオォッ!!

 そう、ベケットが選んだ行動…それはバーニアによる飛翔から繰り出された、体当たり!

 まさか逆に突っ込んでくるとは思っていなかったコン=シェンは巨大な鋼鉄製の弾丸と化したベケットの一撃を避けきれず、直撃を受けて吹っ飛ばされる!

 しかしベケットの追撃は止まらない、空中でふたたびバーニアを点火し、コン=シェンに追いついたベケットは彼女の腕を掴むと、脇腹に容赦のない蹴りを見舞った!

 ビュンッ、ボギッ!

「ぐがっ!?か、はぁっ…!」

 肋骨を粉砕されたコン=シェンは声にならない叫びを上げ、地面に激突する。

 しかしまだ、中華剣は手の中にある。すぐにでも反撃に移らなければ…剣を地面に突き立て、それを支えにして立ち上がろうとしたとき、コン=シェンのこめかみに冷たい銃口が触れた。

 コン=シェンの視線の先には、大口径銃を突きつけるベケットの姿。

「あ…」

「チェック・メイトだ。まさか、この鈍重そうな武装で格闘戦に持ち込んでくるとは思わなかったろ?こう見えてもけっこう動けるんだぜ」

 そう言って、ベケットは引き金をひいた。

 ドゴン!

 鼓膜を切り裂くような炸裂音とともに、銃弾が天を切り裂く。

 なにを思ったか、空に向けて一発撃ったベケットは拳銃を解放された大腿部の装甲に収容すると、コン=シェンに手を差し伸べた。

「再装填済み、実弾入りだぜ。つまりお前さんはもう、死んだってわけだ」

「なんで…」

「そもそも、お前さんを殺すのは仕事の勘定に入ってねぇ。でーまぁ、お前さんは物分かりが良さそうだから、助けてもいいかなって思っただけだぜ。お前さんのボスには、正直に『任務に失敗した』と報告するんだな。ここで死ぬよりはマシだろ?」

「もし、任務を失敗して戻ったら殺される…んだとしたら?」

「そりゃあねーだろ。優秀な工作員を育てるのは時間も金もかかる、コストを考えずにバカスカ人員を使い捨てるのはフィクションの中の悪役だけだぜ」

「…ハァ。いまからでもママの怒る顔が目に浮かぶよ。でもまあ、確かに…死ぬよりはマシなんだけどね」

 そう言って笑みを浮かべると、コン=シェンは差し出された手を握って立ち上がった。

「あいてて」

「大丈夫か?ちょいと強くやり過ぎたか…なんなら仲間を呼んでやろうか?」

「いいって、いいって。そこまでされたらかえって気色悪いよ。それにしても、いったいボクを助けて、キミになんの得があるんだい?」

「一つ貸しだ」

「なに、それ」

「今度会ったら、メシでも奢ってもらおうかな」

「プッ…あはは。キミ、面白いね?ボクはキミを本気で殺そうとしたのに」

「個人的な理由じゃないだろ?お前さんは仕事でオレを殺そうとした、オレは仕事じゃないから殺さなかった。なにも不自然なこたーねぇ、細かいことは気にスンナ」

「正義の味方でも目指してるの?」

「ただの自己満足さ。あまり上手くいった試しはないけどな」

 そう言って、ベケットは数あるセンサーのうちの一つをチカチカと明滅させた。ウィンクのつもりだった。

 コン=シェンがそのことを察したかどうかはわからないが、二人の会話はそこで強制的に打ち切られた。突如として発生した地鳴りに対し、ベケットはセンサーを、コン=シェンは「狐魂の第六感(Fox Sense)」によってただならぬ気配を察知したためだ。

 そして折り良く、コン=シェンの戦闘服に装着された小型無線機が短いノイズとともにメッセージを発する。

『シェン、聞こえる?撤退命令が出たわ…厄介なのが来たから。フーも酷い手傷を負ったみたいだし』

「お姉ちゃんが?でも、これで叱られるのはボクだけじゃなくて済みそうだ」

 無線機越しのコン=ホーの言葉に、コン=シェンは意外そうな声を上げる。

 彼女はベケットに向き直ると、尻尾をふわりと翻しながら言った。

「いま、上のほうから撤退命令が出たよ。キミのお仲間もけっこう優秀みたいだね」

「そいつはどうも。死人は出てないのか…まあ、悪い展開じゃあないな」

「ボクはこのまま逃げるけど、キミはどうするの?」

「まだ仕事が終わってないからな。ツレも探さなきゃならねーし」

「そっか」

 そうつぶやき、立ち去ろうとしたコン=シェンだったが、何を思ったか踵を返すと、ベケットに近づいた。

 まさか、いまさら不意討ちか?そう考えたベケットの後頭部にそっと手を添え、コン=シェンはベケットのヘッドセットの鼻先にキスをした。

「これ、借りの一部ね。こんど本格式の四川料理をご馳走するよ、もっとも西洋人のキミの口に合うかどうかはわからないけど」

「おいおい、少しはこっちの好みも考えてくれよな」

 その言葉に対して返事はせず、コン=シェンは朗らかな笑みを浮かべると、地面を蹴って空を飛ぶように夜闇に姿を消した。

 ズズズズズン…地鳴りが次第に大きくなっていくなか、ベケットはヘッドセットを脱いで頭をがしがしと掻き、ぽつりとつぶやく。

「こういうとき、アーマー装備を後悔するんだよな」

 おそらく化粧などしていないのだろう、キスの痕跡の片鱗も残っていないヘッドセットの先端部分を撫でながら、ベケットはため息をついた。

 そして…ボッゴオォォォンン!

 石造りの地面を突き破り、巨大な狐魂がベケットの前に姿を現す!

 おそろしくくどい巨大な顔面をぬっと突き出し、もふもふの毛並を漲らせる狐魂。光と生命を司る狐魂、光り輝くスベラナガギツネ!

 こいつかな、地元のゲリラに協力している狐魂というのは…と、ベケットは推測する。

 その正体まではわからないものの、そうであるなら中国企業の工作員であるコン=シェンがいち早くこの場から離れたのは正しい判断だとベケットは思った。でなければ、おそらくは仇敵であろう彼女をこの巨大な狐魂が生かしておかなかっただろう。

「しっかし…ブッサイクだな、おまえ」

 スベラナガギツネをじっと見つめながら、ベケットは正直な感想を漏らす。

 その言葉をどう受け取ったのか、スベラナガギツネはみょーんと胴体を伸ばし、ベケットのすぐ目の前までくどい顔面を近づけた。

 何をする気だ?

 訝るベケットの前で、スベラナガギツネの両目が光った。

 ビカビカビカビカビカ!

「うぉっ、まぶしっ!」

 突如明滅をはじめたスベラナガギツネの両目を直視していたベケットは、思わずたじろぐ。

 そしてスベラナガギツネは、ふくよかな右手をぐにょんと曲げると、なぜかベケットを張り飛ばした。

 バチーーーンッ☆

「ぐッばアァーーーーッ!?」

 ガヒューーーン!

 かなり重量があるはずのベケットのボディが、「この一球は絶対無二の一球なり」とばかりに放たれたテニスのサービスショットのように吹っ飛ばされる。

 地面に叩きつけられ、わけがわからないまま呻くベケットを、スベラナガギツネはただ目をチカチカと光らせながら見つめ続けていた。

 

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 ガコンッ、金属がひしゃげる鋭い音が響き、宙を舞った金網のフェンスが籠状に変化してクレインの頭上に降りかかる!

「器用だねまったく、次はビニールシートで巨大な折鶴でも折ってくれるかい?」

 身をひねり、素早く横転して即席の籠から逃れるクレイン。

 パ、パ、パ、パ、パシュ!

 走るクレインの左腕に装着された炭酸ガス式の麻酔銃が白い煙を吹き、狐魂用の強力な麻酔が充填されたトランキライザー・ダートがフルオートマチックで発射されコン=ホーに向かっていく。

 しかし…ヒュン!トランキライザー・ダートはコン=ホーの胴体を避け、その軌道が大きく弧を描くと、あろうことか発砲したクレインに針先を向けた!

「おおっ!?」

「その気になれば、弾丸も操れますよ…まして初速の低い麻酔弾なんて、あくびが出ます」

 そう、トランキライザー・ダートが物理法則を無視した有り得ない軌道を描くのは、コン=ホーのサイコキネシスによるもの!

 我が身に向かい一直線に飛来するトランキライザー・ダートを、クレインは巨大クローの一閃ですべて破壊する。薬液が飛び散り、CONアーマーの表面に降り注いだ。

「ひょっとして、彼女と相対したのがボクで良かったのかな?少佐やチーちゃんだとヤバかったかも」

 そう言って、クレインはふたたびCACSを起動させた。

 光学迷彩で姿を消したクレインに、コン=ホーは「やりにくい」とばかりに唇を噛む。

「姑息な…!」

 二人の攻防が一進一退を繰り返しているのは、互いに決め手に欠いていたからに他ならない。

 なんとかして、次の一手で仕留めねば…!

 クレインと戦闘を繰り広げる傍らでコン=フーやコン=シェンの健康状態をモニターしていたコン=ホーは、二人の状態があまり思わしくないことに焦りを感じていた。戦場において、負傷は敗北とほぼ同義だからだ。

 手負いのまま健闘する、というのは有り得なくはないにしろ、それ自体が褒められた行為ではない。

 そのとき、コン=ホーの背負っていた機材…霊気の増幅装置、霊気伝道型アンカー、自分を含む三人の工作員の健康状態のモニター機能、そして無線装置がセットになっている…が本部からの通信をキャッチした。

『こちら本部より黒狐狸三』

「こちら黒狐狸三」

『たったいま撤退命令が下された。ただちに帰還せよ、繰り返す。ただちに帰還せよ』

「撤退?皆まだ交戦中です、それに作戦継続に支障は…」

『さきほど西蔵の祸神が動き出した。間もなく君たちに接触するぞ』

「であれば尚更、引くわけにはいきません」

 そうコン=ホーが言ったとき、イヤホンに僅かなノイズが走った。

 そして先刻までの無機質な男の声にかわって、艶のある女性の声がコン=ホーの耳を撫でるように囁きかける。

『撤退命令は私が下したのよ』

「…ママ……!」

『退きなさい、ホー。それと、他の娘たちにも伝えてあげて。いいわね?』

「…わかりました」

 どことなく釈然としないままコン=ホーは頷き、他の二人…コン=フーとコン=シェンにもいまの指令を伝えるべく無線の周波数を合わせる。本部と直接交信できるのは、専用の通信機材を背負っているコン=ホーだけだ。

 彼女たちに撤退命令を伝えるまで、なんとか時間稼ぎをしなければ…

 コン=ホーはアンカーを地面に向けて射出し、地形を隆起させる。土を巻き上げクレインの迷彩を破る、もちろんそれが目的の一つでもある。しかしそれだけではない、コン=ホーはアンカーで探り当てた岩盤を宙に放り出すと、それをばらばらに破砕し無数の弾丸のように操ってクレインに叩きつけた!

「Wow、wow!そんなにスーツの修理費用の件でウチの経理部を困らせたいのかい!?」

 避けようもない全方位からの岩粒射出、それに対しクレインはさっき避けた金網の籠を鉤爪の先端に引っかけ、それを被りながら地面を転がる。ないよりはマシ、程度の防備だったが、即席の籠は飛来する岩粒の大部分を弾き飛ばしてくれた。

 一方でクレインを牽制しながら、コン=ホーはコン=フーの無線機に通信を繋ぐ。

「フー、大丈夫?」

『…ホー。なによ、いまいいところなんだから』

「なに言ってるの、そんな怪我で。フーの健康状態はわたしも、本部もモニターしてるんだから。撤退命令が出たわ」

『冗談じゃないわよ。このまま成果もなしに逃げたんじゃあ、とんだ笑い話だわ』

「その怪我で作戦を続ける気?あまり狐魂の頑丈さを過信しないで…それに撤退するのはフーだけじゃない、わたしたち全員よ。これは、ママから直接受けた命令なの」

『ママが?う~…仕方がないなぁ』

 いつまでも聞き分けのないことを言われたらどうしようかと思ったが、ママの名を出した途端、コン=フーはあっさりと折れた。普段は生意気ばかり言う長姉も、なんだかんだ言ってママには頭が上がらないのだ。

 続けて、コン=ホーはコン=シェンの無線機に繋ぐ。

「シェン、聞こえる?撤退命令が出たわ…厄介なのが来たから。フーも酷い手傷を負ったみたいだし」

『お姉ちゃんが?でも、これで叱られるのはボクだけじゃなくて済みそうだ』

 コン=シェンの場合はやけに素直で、これはこれで気がかりではあった。やけにあっさりしていたが、もう戦闘に決着がついていたのだろうか?それにしては元気そうだったが…

 いや、それを確認するのは撤退が完了してからでいい。

 問題は、自身の撤退そのものにあった。コン=ホーがこの場から離れるには、クレインを殺すか、動きを封じるか、彼の目をくらませる必要がある。

 ここでコン=ホーは、勝負を焦ってしまった。

 コン=ホーはサイコキネシスでクレイン自身を操るため、アンカーを射出した。意思を持つ生物を操るのが極めて困難なこの術も、アンカーを突き刺し直接霊力を伝達できれば不可能ではない。

 全身に土をかぶったせいで光学迷彩を無力化され、雨のように降り注ぐ岩の弾丸によって疲弊した今のクレインであればそれができる、そう判断しての行動だった。肉体の制御さえ奪ってしまえば、あとの生殺与奪は思うがままだ。

 だが…ビシュンッ、ワイヤーが伸びたアンカーをクローの一閃で薙ぎ払い、クレインは左腕をコン=ホーに向ける、そして!

 ガシュキィンッ!

 クレインの左手から巨大クローの刃…三枚のブレードが射出される!

「えっ!?」

 まさかクローの刃を飛ばしてくるとは思わなかったコン=ホーは虚を突かれ、つかの間反応が遅れる。しかし、それが命取りになった!

 二枚のブレードは辛うじて動きを封じ、地面に落とすことができたが、最後の一枚だけは制御が間に合わず、それはコン=ホーが背負う機械に突き刺さった。アンカーの射出装置が破壊され、クレインの操作を含む多くの攻撃手段を失うコン=ホー。

 そして、その隙を見逃すクレインではなかった。

 ブレードが残っている右腕のクローを回転させながら、クレインは20m以上離れた位置にいるコン=ホーに向かって一気に跳躍する!

「これで終わりだ(Guess what I have)!」

 その瞬間、勝敗が喫した!

 バギャアッ!

「グエーッ(EAYEEGH)!」

 ヘッドセットが粉砕され、素顔を晒したクレインは自分の身に何が起きたのか、しばらく理解できなかった。

 クローの刃がコン=ホーの心臓に突き立てられる直前…彼女はその魅惑的な脚を高々と上げた。素早く、まるで弓のような「しなり」を見せるその一撃。

 鈍重な機材を支えるための外装型サイバーリム、コン=ホーの両脚に装着された無骨な補助装置はそれそのものが凶器だった。

 そう、コン=ホーが繰り出したのは、鋼鉄の脚によるハイキック!

 それがクレインの顎を捉え、ヘッドセットごと粉砕したのである。

 ドサッ、強烈な一撃を受けたクレインは無様に地面に倒れる。コン=ホーは彼の醜態を一瞥すると、そのまま何処かへと去ってしまった。

「…ひげは(逃げた)?」

 彼女が撤退命令を下されたことなど露とも知らないクレインは、砕けた顎をだらりと垂らしながら意外そうにつぶやく。

 しかし、まさかあのナリで体術にも長けていたとは…コン=ホーはいままでほとんどその場を動かなかったため、てっきり近接戦闘はからっきしだと思い込んでいたクレインは、自らの認識の甘さを反省した。

「逃がしたんじゃあ、ボーナスはなしかな」

 クロー・ユニットをパージし、携帯していた医療キットから取り出した包帯を顎に巻きつつ、クレインがつぶやく。

 致命傷ではないし、戦闘行動に支障が出るような箇所ではないにしろ、深追いするのが賢明だとは思えなかった。それに、ヘッドセットが破壊されたのはかなりの痛手だ。ここはいち早く他の仲間と合流することを考えたほうがいいだろう。

「しかし…ヘッドセットがないと、無線が使えないんだよねぇ。こんなところに置いてけぼりを喰らうのは嫌だなぁ」

 敵地からの単身帰還、というと英雄的美談のように聞こえなくもないが、実行するのは願い下げだった。秘密裏に行なわれる極秘作戦とあっては、成功後の映画化を夢見ることもできやしない。

 

 

 

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