「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SHOP SQUAD -』

- 2nd Season -

Chapter_01 【 捕獲作戦 - Triple Three - 】 Part_1

 

 

 

 

 

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 2014年3月。米陸軍が秘匿していた狐魂戦闘部隊「ガンマ・ユニット」の存在が公になり、狐魂保護団体「UFSO(United Fox'spirit Secure Organization)」の管理施設へ移送中にテロ組織の襲撃を受け死亡した事件は全世界に衝撃を与えた。

 のちに「狐が死んだ日(FDD=Fox Died Day)」と呼ばれるこの事件をきっかけに、世界中に潜伏していた狐魂の存在が次々と発見され、その処遇を巡って各国の意見が対立。国連管理下の組織として狐魂の管理を担当するはずだったUFSOは度重なる不祥事の露見により権威が大きく失墜し、結局は狐魂を発見した各国政府と、UFSOの縮小に伴い創設された多数の民間組織に処置を委ねることになった。

 

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 2016年10月。チベット西部で大規模なレアメタルの鉱脈が発見され、中国政府はチベット自治区領内の都市ツァンダの大規模な再開発を決定。各国の大企業を誘致した結果ツァンダはベッドタウンとして瞬く間に経済的発展を遂げたが、一方で政府は土地に根づいていたツァンダ市民を半ば強制的に退去させ、抵抗する者に対しては武力による弾圧を行った。

 そして2021年4月。新興の反政府組織「チベット解放戦線」は、ツァンダにオフィスを置く欧米企業への攻撃を繰り返していた「タリバン」、新疆ウイグル自治区に潜伏していた「東トルキスタン革命国民連合戦線」等と結託し、大規模な破壊工作を展開。

 これに駐留していた中国軍のみならず、各企業が独自に擁していた私設軍も反撃に乗り出し、ツァンダは未曾有の激戦区へと変貌した。

 その最中、チベット解放戦線の背後に強大な狐魂の存在を察知した合衆国中央情報局は現地にエージェントを派遣し、チベット解放戦線に協力する狐魂との接触を命じた。「可能な限り捕獲せよ」という言葉とともに…

 

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 さまざまな色の灯火がイルミネーションのように錯綜する夜の飛行場。

 各国の航空路線が入り乱れるツァンダ飛行場は広大な面積を有しているが、その半分は軍の私有地である。とはいえ敷地が分割されることはなく、滑走路の上には民間の航空機と軍用機、作業用車輌と装甲車輌が入り乱れて慌しく動き回っている。

 そんななか、新たに一機の小型ジェット機が滑走路に近づいていた。いつ衝突事故を起こしてもおかしくない(実際、過去に何件か発生している)混雑状況で、パイロットは軍隊蟻の行進を掻き分けるような器用さで見事に着陸してみせる。

 しばらくしてカーゴランプが開き、ナイロン製のボストンバッグを抱えた三人の人影が滑走路に降り立った。

「いやー、活気があるねぇ。ここは」

「うぇるかむ・とぅ・ちゃいな、べいべー!」

「コメディ映画だと、ここらへんで轢かれたりするんだ」

 耳と尻尾を隠し、人間に偽装したベケット・チャペル・クレインの三人が、口々にそんな感想を漏らす。服装もCON(Cyber Optical Neuron interface)スーツではなく、至って目立たない普段着だ。

 直後、三人の目前を92式装輪装甲車が時速60km以上のスピードで爆走していった。風圧と砂埃に煽られた三人は、悪態をつきながら歩きはじめる。

「大通りを自転車で走るのとはワケが違うんだぞ、まったく…これだから教養のない連中は嫌いなんだ!」

「まだ着いたばっかりなのにもう汚れちゃったよぉ。お風呂入りたぁーい」

「あれ、軍の車輌じゃないね。中国の武装警察隊だったか、本当に色んな勢力が入り混じってるんだなあ」

「なに関心してんだ中尉、あやうく轢き殺されるところだったんだぞ!?こっちはコメディ映画と違って、派手に吹っ飛ぶだけで済むわけじゃないんだからな」

「行く先々で事故に遭って、包帯とかギプスを増やしながら任務を続けるってパターンもあるけど」

「コメディどころか洒落にならねーからそれ!」

「でもべーやん、ここ注意して移動しないと本当にぺちゃんこになるよ?」

 表情を動かさず淡々と語るクレインにつっかかるベケット、それを諭すチャペル。

 そんな三人のもとへ、足早に駆け寄ってくる姿があった。ダークスーツをぴっちりと身に着けた、やや神経質そうな眼鏡の中年男。銀行員か弁護士か、あるいは政府の役人か…ともかく、喧騒のなかにあってやや場違いに見えなくもない男は三人の姿を確認すると、騒音に負けないよう大声で話しかけてきた。

「お待ちしておりました、チーム・ガンマの皆さんですね?」

「ああ。あんた、うちの局員?」

「普段はオフィスにいるんですがね。まったく災難ですよ、バージニアの空気が恋しいです。もっともビジネス・エリアに行けばマクドナルドもありますから、食に困ることはありませんが」

「リトル・アメリカってやつか。ここって日系企業は入ってたっけ?アジアンはともかく、肌の白いやつが作る日本料理はデタラメが過ぎて食えたもんじゃないからな」

「親日家で?」

「ジャップはどうでもいい。オレはウドンが好きなだけだ」

「ハァ」

 背広の男…仮にミスターCIAとでも呼ぶべきか、彼についていくと、やがて一台のウォークスルーバンが目についた。

 外側からは車の中が見えないようになっている、いわゆるFBIなんかが人員輸送や監視任務に使うようなやつだ。増設されたバッテリーから伸びるケーブルが荷室に繋がっており、あからさまに怪しいのだが周囲に注意を払う者はいない。よくよく袖の下を払ってあるのだろう。

 ボディが黒ならいかにも過ぎるほどだったが、生憎白のマット仕上げだった。

「あそこか。あんなわかりやすい外見で、偽装する意味なんかあるのかね?」

「それを言われては…いやしかし、それにしても貴方がたが発見したアレ(it)は素晴らしいものですな」

 ピクリ。

 不意に足を止めるベケットに、さっきまで愛想笑いを浮かべていたミスターCIAが眉をひそめる。

 いったい、どうしたのか…ミスターCIAが質問するよりも早くベケットの拳が伸び、胸倉を掴んでいた。

「なっ!い、いったい…!?」

「いいか手前(テメエ)、二度と彼女のことをアレ(it)なんて呼ぶんじゃねぇ。次に言ったら顔の形が変わるまでブン殴るからな」

 そう言って、ベケットはミスターCIAを乱暴に突き飛ばす。腹を立てていたのは明白だったが、いったい何が彼の怒りに触れたのか、ミスターCIAには理解できなかった。

 顔面に貼りつけていた笑顔が消え、仏頂面で緩んだネクタイを締め直すミスターCIAを横切りながら、チャペルとクレインがフォローを入れる。

「カレ、ちょっと神経質なのよねー。気にしないでね?」

「クソコテ認定したくても、現実にはdelもIDもないからね。災難だったね」

 先頭を歩くベケットがバンの後部ドアを開けると、そこはちょっとした電子の要塞のようになっていた。

 大型の通信装置にレーダーシステム、監視や盗聴などのスパイ用機材一式が所狭しと詰め込まれており、その中心で、革張りのリクライニング・チェアに身を沈めマックシェイクを啜っていた少女がベケットの来訪に気づき、口を開く。

「あ、どうも」

「待遇は悪くなさそうだな。安心したぜ」

 あちこちに散乱する空のカップを避けながら、ベケットは少女に向かって言った。

 探知狐ソナー、ベケットたちがかつてルーマニアに潜伏する狐魂の回収命令を受けたときに保護した狐魂だ。どこまでも遠く、どんなものでも見通せる力を持つが故に、自ら目を塞いで生活していた彼女を説得し、CIA狐魂対策チームの電子戦要員としてスカウトしたのは半年ほど前の話だ。

 それ以来ベケットは彼女と顔を合わせる機会がなかったが、狐魂の扱いについては未だに法整備が進んでおらず、また局内でも待遇についてのトラブルが頻繁に起きているため、彼はソナーのことをずっと心配していたのである。

「狭い場所に押し込められて窮屈じゃないか?」

「いえ、もともと狭いところに引き篭もって生活してましたし。それに、ここでは欲しいものがあったら言えばなんでも買ってもらえるので、それなりに快適です」

 ぼそぼそとした、ちょっと聞き取りにくい声でソナーが答える。

 ずっと人里離れた場所で隠居めいた生活を送っていたせいだろう、コミュニケーション能力に多少の問題があるものの、会話に支障をきたすほどではない。

 まるでネカフェ難民のような生活に不平を言わない点については、謙虚というか、物好きというか。

 そして(当人も最近まで自覚はしていなかったらしいが)、ソナーはかなりの甘党だった。いまではマックシェイク(特にストロベリー味)が大のお気に入りで、一日にLサイズ(アメリカ基準)を十本は空にするという。そのかわり小食というか、固形の食料はほとんど摂らないため健康には良いはずもない(栄養士が見たら卒倒するだろう)が、そのあたりは人間ではなく狐魂の面目躍如といったところか。

 ソナーの身体を調査した研究員によると、どうも糖分をエネルギーに変換するメカニズムが非常に発達しているらしいのだが、それでも栄養失調や肥満にならない理由については皆目見当がつかないそうだ。そもそも、外見はともかく肉体の構造は人間のものと根本的に異なっているのである。

 ズコー、けぷ。

 ストロベリーシェイクを一口飲み、げっぷを漏らすソナーを微笑ましく見つめながら、ベケットが尋ねる。

「それで、例の標的は?」

「あ、はい」

 ストローから口を離し、ソナーはストロベリーシェイクを片手に端末を操作する。これで人間の専門家が本気で取り組むより倍は早いというのだから、驚きだ。

 間もなくスクリーンに周辺の地図が表示され、幾つもの赤い光点が同時に明滅をはじめる。

「おそらく、標的は貧民街を抜けた先の廃墟に潜伏しているものと思われます。しかし見ての通り、狐魂の反応は周囲に無数に存在します。合法的にしろ、そうでないにしろ、現在ツァンダにはかなりの数の狐魂が潜伏しています」

「どうやって標的を選り分けた?」

「廃墟から感じる反応だけ、明らかに他の狐魂とは異質だったので…なんというか、奇妙な感じというか、上手く言葉で表現はできないんですが。それに、あの辺はチベット解放戦線が根城にしていて軍も近づきませんから、まず間違いはないと思います」

 狐魂の探知はソナーの持ち前の「狐魂の第六感(Fox Sense)」によるものだ。そこから得た情報はヘッドセットを介して各種端末に送られ、然るべき処理を施したのちにデジタル・データとして算出される。

 当然それらの情報を処理するソフトウェアは独自の物が用いられ、そのプログラミングや機器の改造はチャペルの協力のもと、ほとんどがソナー自身の手で用意されたものだった。

「オーケイ、だいたいわかった。パッケージは届いてるか?」

「ええ、先日の時点で搬入済みです。隣のコンテナ車に積んでありますよ」

「よし、見に行こう」

 ソナーからの報告を聞き、ベケットが大股で荷室から降りていく。その脇をすり抜けるようにチャペルとクレインがやって来た。

「やほーソナーちゃん、元気ぃ?マシンの調子はどう?」

「あ、チャペルさん、どもですー。いまのところ問題はないです、ちょっとしたトラブルなら自分でなんとかできるようになりましたし。この仕事終わったらまたCIVでマルチやりましょうよ、今度は負けませんよー」

「フフフ、クロムヘッドにアナクロなデッカーが勝てるカシラ?」

「入出力速度が戦力の決定的な差ではないことを教えてあげますよ」

 電脳化している重サイボーグのチャペルに比べ、ヘッドセットを皮膚電極で繋いでいる(身体に機械を埋め込んでいない)ソナーでは端末を介した反応速度にかなりの差が出るのだが、そこは持ち前の知能でどうにかする算段らしい(以前はそれでボロ負けしたのだが、懲りていないようだ)。

 当人はあまり不自由していないと言っていたが、ソナーの身柄は半ば軟禁状態にあり、チャペルはたまに会いに来てはPC用のゲームソフト等を手土産として渡していた。そのせいか、最近はソナーもすっかりオタク気質が伝染ったように思える。

「今日はボクもお土産を持ってきたんだ。暇なときには映画を観るのが一番」

「あ…ありがとうございます……」

 クレインがどっさりと持ち込んだ映画のDVDを、ソナーはやや引きつった笑みを浮かべながら受け取る。

 ラインナップに問題があるのか、あるいはいまさらDVD?BDじゃなくて?とか、置き場所がないからデータで欲しいな~とか、ぶっちゃけ割れで充分とか色々な思惑があったりなかったりするらしいが、もちろん当人の前でそれは口には出さない。

 ソナー自身は「データさえあればいいじゃん」というチャペルの思想に寄っているのだが、クレインは「ソフトを持っていること自体に価値がある」と考えるアナクロな思考の持ち主で、そのあたりの双方の主義の相違に振り回されることもしばしばである。

「それじゃあ、アタシたちも行くから後でね。何かあったら言ってね?意見も予算も通せるから、それだけのことをソナーちゃんはやってるんだから」

「ありがとうございます~。とりあえずジョンソンさんを足代わりに使えるんで、いまはそれで満足です」

 ソナーが大量に摂取するマックシェイクは、彼女自身が買いに行くのでも、まして宅配を頼むわけでもない。

 荷室から降りながら、クレインがぽつりと呟いた。

「あの背広の男、ジョンソンっていうのか」

「ミスター・ジョンソンね。ありがちな名前よねぇ」

「第六世界にはまだ三十年ほど早いよね」

 そんなことを言いながら、すぐ隣に停めてあるトレーラーに近づき大型コンテナの扉を開く。

 薄暗闇の中からルビー色の光が発せられたかと思うと、続いて点灯した庫内の電灯に照らされてCONスーツを着用したベケットの姿が浮かび上がった。

「よぉ、お前ら。遅かったな」

「べーやんがせっかちなのよ。すっかり戦争屋気分なんだから」

「最近は地味な任務が多かったからなぁ。このスーツを着るのも随分とひさしぶりだ」

「目立たないよう注意しなきゃならないのは今までと変わらないからね、少佐?」

 ガトリングガンのモーターを回転させ、ロケットポッドの装弾を確認するベケットに、チャペルとクレインが苦言を呈する。

 米陸軍の対γクラスタ部隊「ガンマ・ユニット」を解散し、死の偽装を経てCIAの狐魂対策班内部に対外活動部隊「チーム・ガンマ」を立ち上げたのがもう七年も前の話になる。

 その間に曹長だったベケットは少佐に、伍長だったチャペルは少尉に、軍曹だったクレインは中尉に昇進…いや、別人として新たに地位を与えられ、世界中に増殖しはじめた(あるいは、姿を隠すことをやめた)狐魂たちの対処に当たってきた。

 たいていは強力な能力を持ちながら人間社会に順応しきれていない狐魂を「国益」のために他国よりも先に確保する任務を遂行することが多く、そのために多少の非合法活動や非人道的行為を働いたこともある。

 しかし三人を突き動かす根底にあるのは同胞への思いやりであり、たとえそれが国家に利用される形であろうと、異端の存在として孤立するよりは…最善ではないにしろ…良いだろうという幾ばくかの信念のもとに行動していることは確かである。

 とはいえ普段からそんな難しいことを考えているわけではなく、大抵は惰性的な義務感とその場のノリで活動していた。

 ベケットに続きチャペルとクレインも新しい義体に合わせてカスタマイズされたCONアーマーを装着し、HUDの起動を確認する。

「スパイ稼業に足を突っ込んでからドンパチとは縁遠くなったから、未だにこのスーツには慣れないなぁ」

「性能はこっちのほうがいいんだけどねー、なにせちびっこかった頃はほとんどずっとスーツを着っぱなしだったから、あのときはもう皮膚の一部みたいなものだったからねー。仕方ないよ」

「おいおい、頼りないなぁ?いちおう激戦区なんだぜ、ここは」

 なんとなくしっくりこない様子で外部カメラによる映像を見つめながら呟くクレインとチャペルに、ベケットが挑発するような態度で煽る。ただし、二人はそれを無視。ベケットが好戦的なのはいつものことだ。

 反応がなかったため、ベケットはすこしだけ不機嫌になった。無視されたからではない、どうもチャペルとクレインの二人は自分のことをストリートファイターやサイヤ人のように見做しているフシがある、という自覚を再認させられたからだ。

 …べつにオレは、バトルマニアってわけじゃないぞ?

 むすっとするベケットに対し、クレインが一言。

「…オラより強いやつに会いに行く」

「混ぜんな!」

 怒声を上げるベケット、それにつられてなのか、チャペルが甲高い声でけらけらと笑い出した。

「キャハハハハッ」

「面白くねェよ」

「オラより強いのがおめぇで本当に良かった」

「もういいって!ていうかもう違うモンになってんじゃねーか!」

『まだそこに居たんですか?』

 やいのやいのと言い合う三人のディスプレイの端に、呆れた様子でため息をつくソナーの姿が映し出される。

 今回の彼女は情報の事前調査だけではなく、任務中のサポートも任されている。例のバンに積まれていた通信装置を介し、チャペルとソナーの二人で組み上げた独自の暗号化プログラムを通して映像と音声がリアルタイムで送受信可能になっている。

 独自のセキュリティ・システムを構築しているため傍受は困難を極め、また仮に傍受に成功したとしても解析はほぼ不可能だろう。なにせ基礎言語ですら独自規格のものをわざわざ作り、既存のOSでは動作しないものをソフトウェアでエミュレートして動かすという凄まじく意味不明な手順を踏んでいるのだ。そのため通信状態が悪いとかなりラグが出る(処理能力に高い負担をかけるため、その影響が目立ちやすくなる)が、そのぶん安全性は高い。

 そもそも、そんな極めて非効率的な代物を実用段階に持っていけるだけで充分に凄いのだが。

『あまりモタモタしてると、他所に先越されちゃうかもしれないですよ?』

「そんなに逼迫してるのかい?」

『…たぶん正確な位置を把握しているのは私たちだけですが、標的である狐魂の存在は中国政府や他国の企業も認識しているでしょうし、このところ企業私設軍の動きも活発になっています。それでなくとも現地に展開する中国軍と各企業私設軍の間でトラブルが多発しているので、動くなら早いほうがいいですよ』

「ほらな、激戦区だって言ったろ。冗談でも誇張でもなしに、ここは最前線なんだぜ」

 したり顔でベケットがそう言ったとき、ズドン、遠方から爆発音のようなものが響いた。

 立て続けに怒号と銃声が三人の耳に届き、同時に周囲が騒然となったことに気がつく。カーゴに収容しきれなかった兵士たちが車体の上に乗った直後に急発進する装甲車を見つめ、ベケットがつぶやく。

「なにかあったな」

『どうやら貧民街をパトロール中のマカラハン・コーポの兵士が車爆弾に巻き込まれたようです。典型的なアンブッシュですね、周囲に多数のチベット解放戦線の兵士が展開しています。ああ、おまけに応援に駆けつけた人民解放軍とマカラハン・コーポの兵士が同士討ちをはじめて収集がつかなくなってますよ』

「マカラハンってウチ(米)の企業よね?」

「同士討ちね、同士、う~ん、もともと中国軍とは仲間でもなんでもないんじゃあ」

『いちおう、表向きは正規軍と企業の私兵が協力してテロリストの掃討に当たっているということになってますけど』

「お題目はな。最初は中国政府も、企業軍がここまで強大な力を持つことは予測できてなかったんだろ。最低限の自衛用戦力を保持するための特別法が拡大解釈されたばっかりに、いまじゃあ正規軍にとっても脅威的な存在になるとは」

「中国軍は開発規模の縮小や上納金の要求をしてたから、けっこう恨まれてるみたいね。かといっていまさら企業を退去させるわけにもいかないお国の経済事情、おっかない話なのだわさ」

『ともあれ、行動するなら今がチャンスですね。途中まで企業軍に混じって行動すれば怪しまれることもないでしょうし』

「そうだな。バックアップはどうなってる?」

『現在、マーカーのチャンネルをマカラハンの企業軍とおなじ周波数にセットしてあります。マカラハンの上層部には政府筋から話を通してありますが、過信は禁物ですよ』

「こっちも国益のために動いてるとはいえ、末端まで情報が行き届いてない、なんてことはよくあるからな」

「あたしらも兵隊だった頃は誤射に誤爆に命令無視なんて日常茶飯事だったもんn…[信号切断]」

「チーちゃん、これ一応ログ残るから不穏当な発言はやめてね、マジマジ」

「[信号切断]」

「いや、後で消すからいいじゃんじゃなくて。会話の前後の繋がりが不自然だって本部から怪しまれてるからね?」

『…(絶句)……』

「と、ともかくだ!作戦開始!」

 半ばヤケクソ気味に叫びつつ、ベケットはコンテナの荷台から飛び降りた。他の二人もそれに続く。

 ターミナルを通らずに企業用の専用ゲートを抜け、スラムへと向かう通りを進む。大勢の兵士たちとすれ違うなか、三人は特殊な装備に身を固めた男たちの存在に気がついた。

 IFFやカメラ、暗視装置などのオプションが装着されたFA-MAS、HUD装備のヘルメット、腰には通信機のほかに大型のバッテリーがぶら下がっている。ウッドランド・パターンのBDUの肩には、フランス国旗のパッチが縫いつけられていた。

「へぇ、FELINかい?あれは」

「装備は同等だな。たしかここに出張してきてるフランス企業のアルシッド・エレクトロニクスがFELINに参加していたはずだ、おそらく他の企業からも装備を提供してもらってるんだろう。フランス軍も関与してるんじゃないかな、装備の実地試験って名目でさ」

 FELINはフランス軍と軍事関連企業数社が協力して研究・開発が行なわれている次世代歩兵システムの総称だ。すでに幾つかのテクノロジーは実用段階にあり、主に特殊部隊が前線で運用している。

 いかにも近代戦装備で身を固めた兵士たちが出動準備を整えている中にあって、軍事顧問らしき男だけが奇妙な格好をしていた。漆黒のマントに羽つきのフェドーラ帽、腰にはサーベルが下がっている。その風貌は狐そのもの…それも、かなり美形な。

 優雅ながら精悍な顔つきの男、どう見ても狐魂だった。部下に「ダングラール」と呼ばれたその狐魂は、来るべき作戦の実行に向けて的確に指示を飛ばしている。

「今日びは表の世界で活動する狐魂も増えたよな」

「軍事利用は国際法で禁止されたけど、民間企業での運用、いや雇用かな、それについてはほぼノータッチだからね」

「ところでカレ、どことなくクーやんに似てると思わない?」

「あらチーちゃん、通信規制解除したの?」

 いままで沈黙を保っていた(というか、クレインに通信制限をかけられて黙らされていた)チャペルが会話に割り込んでくる。

 もちろん仲間の通信を勝手に制限することも、制限を勝手に解除することも本来は想定されていない行動だ。使い慣れていないとは言ったが、現在ベケットたちが着用しているCONスーツはかなり機能が拡張されており、当人たち以外には制御が難しい代物になっている。

「クーやん酷いよー、勝手にカギ掛けるなんてぇ!」

「というか、ボクは正規のプロテクトキーを複製して使っただけだから、本来は解除できるはずないんだけどね…」

「エッヘン!ウィザード(ヤバイ)級のハッカーを甘く見ないでほしいのだ!」

 腰に手をあてて豊満な胸を反らすチャペルを無視し、クレインはふたたびアルシッドの兵士たちに目を向けた。

 そのとき、ダングラールと目が合う。たとえ姿を偽装していようと、そうでなかろうと、狐魂同士は見ただけで相手が「そう」だと気づくことができる。狐魂独自の共鳴現象とでも言おうか、狐魂同士は引かれ合うのだ。

 ただそれとは別に、二人はしばらく見つめ合ったあと、ほぼ同時に「プイ」と顔を背けてしまった。

 その仕草になんとなく不自然なものを感じたチャペルが、クレインに訊ねた。

「どしたの、クーやん?」

「いや、なんかね…なんか気に入らないんだ、あいつ」

 クレインはどこかうわの空でそう応える。もっとも相手のことが気に入らなかったのはダングラールも同じだったようで、どことなく不機嫌そうにこちらを睨みつけているように見える。

 ともあれ、今回の作戦に彼らが関わることはないだろう…三人はそう判断すると、アルシッドの兵士たちを背に先を急ぐことにした。

 

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 空港から5kmほど離れた位置まで進むと、街灯がまばらになってくるのと引き換えに堆く積まれた瓦礫の山が目立つようになってきた。痩せこけた野犬が周囲を徘徊し、大量のゴミが散乱している。

 ここが貧民街の入り口だった。といって、地図に「貧民街はここからここまで」という線引きが載っているわけではない。厳密には貧民街などという名のついた土地も存在しないのだが、この荒廃ぶりを見るにつけ、便宜上そう名づけられたのも止む無しとベケットは思った。

 いよいよ近くなってきた銃声に耳を傾けながら、チャペルが普段とは違うトーンの低い声でつぶやく。

「ここ、昔は観光地だったんだよね」

「そうなのか?」

「もともとツァンダには古代文明の遺跡があって、ここの住民は観光収入で生計を立ててたんだよ。でも、そこに中国政府が無理矢理介入して…遺跡を破壊してまでレアメタルの採掘場を作って、外国企業を誘致するために元からいた住民を追い出してさ。正直、恨まれても仕方ないとは思うよ」

「だからってテロ行為に走っていい理由にはならないけどね」

「…まさかクーやん、『テロリズム』なんていう為政者にとって都合の良い言葉遊びなんか、本気で信じてる?」

「なんだって?」

 そこで、チャペルとクレインの間に険悪な空気が流れる。

 おいおい任務中だぞ…しかも、いつ何者に襲われてもおかしくない敵性地域で。そう思ったベケットは二人の間に割って入り、すこしうんざりした口調で諭した。

「ハイ、やめやめ。政治的な話は鉛弾の飛んでこない場所でしようぜ、な?」

「ふーんだ」

 大人気ない仕草を見せるチャペルに、ベケットはやれやれと肩をすくめる。

 まったく、緊張感が足らんぞ…そう思いながら、ベケットはHUDに表示された改良型レーダー・マップのAROデータを確認した。グリッドとラインで構成された簡素なマップ上に、無数の光点が表示される。

 これは心臓が発する微弱な低周波を検知したもので、一定以上のサイズの哺乳動物を表示するよう調整されている。生物の種類は光点の色で分別され、フィルター機能を使えば特定の生物反応だけを表示することもできる。オプションで心臓を持たない…構成としては単細胞生物に近い…γクラスタを検知することも可能だ。

 どうやら廃墟の中には少なくない人間が潜伏しているようだった。ベケットはソナー・センサーを展開し、超音波の反射によって得たドップラー・シフトを視覚化してHUD上に投影する。

「ここいらへんにいるのは皆民間人のようだな。武装はしていない、心拍数がやや乱れがちではあるが」

「こんな場所に人が住んでるなんてね」

 三人はレーザー通信で情報を共有し、現在の状況について検討する。

「アンブッシュされたらひとたまりもないな、穴だらけの住宅に囲まれた場所なんてのは。どこから狙われるかわからん」

「慎重に進もうね。幸いというか、周囲には狐魂もγもいないみたい」

 ガトリングガンの銃口を周囲に向けつつ警戒しながら進むベケットとは対照的に、チャペルは銃口を下げ自然体のまま歩いている。なにも無警戒というわけではない、民間人の不安を煽らないよう配慮しているのだろう。女性らしい気遣いだ。

 一方、クレインは闇夜の中に浮かび上がる荒廃した街の光景を観察していた。当時の面影を偲ばせる屋台や土産物屋の残骸が放置され、まるで閉園当時のまま放置され続けたアトラクション・パークのような気味の悪さを感じさせる。

「以前、破壊されたアフガンのバーミヤン遺跡を見たことがあったけど…これはその比じゃあないね。なんとも寒々しい光景だ…破壊された市民生活の残滓か。しかもまだ、ここには人が住んでいる」

「いまさら他に行く宛てもないのかな、それとも故郷を離れる気がないのかしら。政府は彼らを追い出そうとしたけど、周辺の都市に受け入れ態勢を整えるような指示は一切しなかったわ。まるで地元の野生動物を追い払うように、辺境に追いやろうとしたってわけ」

「むしろ自分たちで始末しようとしなかったことが不思議だな。いや、実際にはやろうとした…というか、やりかけたらしいがね」

 短距離通信で雑談を交わしながら、三人は周辺に展開している政府軍や企業軍と遭遇しないよう慎重にコースを選んで進み続ける。

 ブービートラップにも注意を払わなければならなかった。視界が悪く、ガラクタが犬の糞よりも多く転がっているロケーションで罠を偽装するのはそう難しいことではない。

 人の出入りが多く、民間人の生活の中心地だとしても油断はできなかった。テロ組織が地元民と密接な関わりを持っているなら尚更で、ここではその可能性が極めて高そうに思える。年齢が一桁の少女でも空き缶にピンを抜いた手榴弾を入れるくらいは造作もないし、この期に及んで民間人の巻き添えを憚るような良心の期待を作戦行動に組み込むわけにはいかない。

 高低差が激しく、入り組んだ路地の階段を下りる途中でチャペルがワイヤーのようなものを見つけた。

「みんなストップ、コンクリートジャングルに潜むランボーにご用心ってね」

「わな線か?」

「まだわかんない。ちょっと待ってて」

 二重罠…一方を解除したらもう一方が起動する…を警戒し、チャペルが慎重にワイヤーを手繰っていく。

 指先にビリビリとした奇妙な感覚が走ったが、それが何であるかはわからなかった。生体モニタに異常はない、変な音はなにも聞こえなかったし、赤外線視野で観察しても興味を惹くようなものは見当たらなかった。ワイヤーそのものの分子構造に変哲もない。

 気のせいか…脳の錯覚か。

 ワイヤーの先にあったのは小型の電子装置だった。見たこともない形式で、チャペルのCONスーツに内蔵されているデータベースにも登録されていない。

 …ジャマーかなにかだろうか?

「ねぇべーやん、これ一体…」

 チャペルが仲間の姿を求めて後ろを振り返ったとき、モニターに一瞬だけノイズが走る。直後、いままでずっと一緒にいたはずのベケットとクレインの姿が消失していた。

「え…!?」

 慌てて二人の信号を探したチャペルは、三人がまったく別々の位置にいることに気がつき驚愕した。それも、かなり離れている。先刻まで行動を共にしていたのなら、まず移動できる距離ではない。

 レーダー・マップのAROデータを確認するが、あらゆる種類の信号が常時移動と消失を繰り返していて使い物にならなかった。

 まさか、妨害電波か!?

「べーやん、クーやん、聞こえる!?返事して…!」

 三人の間は強固なクローズド・ネットワークで繋がっており、並の妨害電波で遮断することはできない。

 にも関わらず、ベケットとクレインからの反応はロストしたままだった。まるで、一瞬にして存在を消されたように…しかし辛うじて地図上に位置を確認できることから、二人が殺されたのではなく、通信システムが何らかの干渉を受けている可能性が高い。

 いったい、何が起きているんだろう?

 チャペルが動揺を抑えようとしたそのとき、不意にレーダー・マップの機能が回復した。と同時に、すぐそばに生体反応があることを確認する!

「誰!?」

 ソナー・センサーを展開し、正体不明の存在を検知する。位置は…チャペルの上空!

 左腕に装着した二連銃身式サブマシンガンの内蔵セイフティを外し、チャペルは慌てて銃口を向けようとする。

 廃ビルの上から飛び降りたのか、 月明かりを背に身体を反転させながら二挺の拳銃の狙いをこちらにつけている黒い影が視界に映った。漆黒の戦闘服に、フルフェイスの抗弾ヘルメット。

 チャペルが相手の正体を誰何するより早く、拳銃の銃口から閃光が迸った!

 タタッ、タタタタンッッ!!

 銃声が耳を刺すと同時に、チャペルの右肩に鋭い痛みが走る!

「く……っ!」

 苦痛に顔を歪めながら、チャペルはスマートガン・システムの照準を相手の顔面に合わせ、ほとんど反射的な動作で二連銃身式サブマシンガンを発砲した!

 ヴバババババン!!

 .45口径の重低音が連続して鳴り響き、重量低速のミリタリー・ボール弾が連続して抗弾ヘルメットのバイザー部分にヒットする!

「ぅやっ!?」

 年端もいかない少女のような声を上げながら謎の敵は宙空でバランスを崩し、そのまま瓦礫の山にガシャンと音を立てて落下していった。運の悪いことに…相手にとっては不幸中の幸いだが…そのせいでチャペルの視界から消え、射線から外れる。

 スマートガン・システムから発せられる『トレース不可』の信号がHUDの端に表示され、チャペルは仕方なしに設定したターゲッティングを解除した。

「~痛っ…」

 肩の激痛に苦悶の声を上げながら、チャペルはその場にへたりこむ。

 生体モニタを確認すると、右肩に集中して四発の小型の鉄芯が埋まっていた。幸い骨は避けているが、あまり喜ばしい状態ではない。

 足元に転がる変形したブレットを一瞥し、チャペルは嘆息した。

「鉄芯入りのAP弾か…」

 並の拳銃弾であれば、チャペルの軽装型スーツでも充分に止められる。にも関わらず貫通銃創をこしらえたのは、特殊な弾頭を使用しているからに他ならない。AP弾自体はレアものというほどでもないが、明確な目的がない限り、そうそう使われることのない弾だ。

 ガラン…

 敵対者が瓦礫から身を起こし、ゆっくりと立ち上がる。

 頭部への射撃は致命傷にはならなかったか…チャペルは内心で舌打ちする。おそらく銃撃はすべて抗弾ヘルメットが受け止めたのだろう、.45口径弾はあまり貫徹性に優れた弾ではない。

 チャペルに銃口を向けられた状態で、相手は悠然と歩きながら、多数のブレットがヒットした抗弾ヘルメットを投げ捨てる。その頭からは狐耳がぴょこんと飛び出し、まだ幼さの残る顔立ちの少女が不敵な笑みを浮かべていた。

「へぇ、咄嗟の射撃で正確に頭を狙い撃ってくるなんてね。けっこうやるじゃん?」

「…狐魂?」

 かなりの高所から落下したにも関わらず、ほとんどこたえた様子を見せない少女にチャペルは驚きの目を向ける。

 レーダー・マップのAROデータは目前の少女が確かに狐魂であることを示していた。拡大カメラで写した体毛の構成からも、人間とは似て非なる者であることがはっきりとわかる。

 しかし、銃口を向けられているにも関わらず平然としているのはどういうわけだろう…チャペルはいかにも自信満々といった顔つきでこちらを見下ろす少女の態度を訝り、頭の中でちょっとした計算を働かせた。

 250グレインのFMJ弾頭を使用する二連銃身式サブマシンガンの銃口初速は約1450fps、そして相手との距離はせいぜい20m程度…だいたい、発砲してから0.04秒でヒットする概算になる。周囲に遮蔽物がないではないが、身を隠しながら近づくには遠い距離だ。なにより、秒間14x2発の弾幕をそうそう潜れるものか…

 殺れる。

 状況がこちらに優位であることを確信したチャペルは、ひとまず相手の出方を待つことにした。

「(あの抗弾ベストはどれだけ重いのかしら?.45口径なら何発か止めれそうに見えるけど…運動エネルギーによるインパクトを別にすればね。それに抗弾素材は一度でも損傷すると性能がガタ落ちするから、0.2秒の間に十発もほぼ同箇所にもらえば気休めにもならないはずよ。そもそも、ああいう装備っていうのは『不運な一撃』を避けるためのもので、無敵の兵士を作るための代物じゃないしねー…あの娘がどういうつもりでいるのか知らないけど、実戦慣れせずに映画の知識を過信しているならご愁傷様なのだわ)」

 素人にしては、ヘルメット越しとはいえ被弾したにも関わらず一切動揺を見せない胆力が気にはなるけど…そこまで考えて、チャペルは内心で苦笑を漏らした。なに、胆のでかい新人なんてのはどこにだっているものだ。

 殺す必要はない、無力化さえすれば。つまり頭だろうと、胴体四肢だろうと、狙うならどこでもお好きに、というわけだ。

 いつでも撃てるようマーキング情報をスマートガン・システムに入力しているとき、チャペルは少女のベストの胸部に刺繍されたパッチに気がついた。

 赤い背景に黄色の縁取り、筆書体っぽくあしらわれた「大連」の黒文字。

「あなた、大連工業公司の私兵ね?」

「そういうアンタはマカラハンお抱えの狐魂でしょ?」

 疑問の余地なく断言する少女に、チャペルはもう少しで「え?」と疑問を呈する声を上げそうになってしまった。

 なぜそんな間違いを?こちらの正体を誤認しているならばあえて正す必要もないが、少女の発言がたんなる当てずっぽうではないらしいことにチャペルは違和感を覚えた。

 まさか、IFFの信号をトレースされたのか?

「アンタたち、くそテロリストのお仲間を探しに来たんでしょ?困るんだよねー、獲物を横取りされちゃうとさ。あれは、あたしたちがずっと狙ってたやつなんだから…だから、さ」

 そこまで言って、少女…コン=フーは両手に拳銃を握ると、ゆっくり銃口を持ち上げた。

「あたし、訓練以外で狐魂と戦うのは初めてなんだ。だから、楽しませてよ」

「やだ」

 もういい、必要な情報は揃った…これ以上、彼女の口を開けさせておく理由はない。

 そう判断したチャペルは、真っ直ぐに伸ばしていた銃口を少しだけ動かしてコン=フーの胸部に狙いをつけ、トリガーを引いた。

 ズヴババババン!!

 大型バイクの排気音にも似た銃声が響いた瞬間、コン=フーの姿が視界から消失する!

「え!?」

 姿が消えたのではない、スマートガン・システムはコン=フーの位置をトレースし続けている。だが、その位置はまたしても上空!壁を蹴って建物の間から間へ飛び移り、そのあまりの素早さにチャペルの身体の動きがついていけなかった。

 …反応が早すぎる!?

 縦横無尽に飛び回るコン=フーの動きに撹乱され、チャペルはすっかり混乱してしまった。

 銃撃を避けスパイダーマンばりに跳ね回る敵への対処法など軍では教わらなかったし、これまで数多くの実戦を経験してはきたが、このような相手には一度もお目にかかったことがなかったからだ。

 もっと早く撃っていれば、いや、どのみち同じことになっていただろう。遅かれ早かれ…

 第三者の目から見ればただ狼狽しているようにしか写らないチャペルの姿を嘲笑うかのように、やがてコン=フーが宙空で二挺拳銃の狙いをまっすぐチャペルに向け、引き金をひいた。

 

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「三人の信号がロストしました…どうやら、貧民街エリア一帯に大規模なジャマーが展開されているようです」

「なんだって!?」

 チャペルがコン=フーと接触する直前。

 空港で待機していたウォークスルーバンの車内で、三人の動向をモニターし続けていたソナーとジョンソンが予想外の事態を目の当たりに騒然としていた。

「レーダーが使い物にならないなら、君の『目』はどうだい?」

「…駄目です、見えません。どうやら電子装置による妨害だけではなく、何らかの呪力障壁が張られているようです」

 アイマスクを外し、しばらく遠くを見つめるような仕草をしたあとで、ソナーがため息とともに肩を落とす。

 ぎょろりと突き出た大きな一つ目をぐるりと回し、ソナーがジョンソンに向かって言った。

「しかし、おかげで相手の正体が掴めました。こんな芸当ができるのは、たった一人しか考えられません」

「狐魂か?」

「ええ」

 コンソールを素早く操作し、ソナーはスクリーンに三人の少女の写真を表示させる。

「大連工業公司が私設軍に多数の狐魂を抱えているのは周知の事実ですが、中でも特に優秀なエリート工作員…メカニックとか、エージェントなどと呼ばれる狐魂の存在がこれまでに示唆されてきたことはご存知ですね?」

「まさか、彼女らがそうだと?」

「断定はできませんが、これまでに集めたデータを総合すると、かなり確度が高いと言えるでしょう」

 さらにソナーがトラックボール式の多機能マウスを数度カチカチと鳴らすと、解像度の低い(隠し撮りしたものと思われる)写真数枚と、「枪神」「鬼刀」「电子霊」という名が三人の少女の写真の上に重ね合わせられた。

「これらの名前は彼女らのコードネームと思われます。大連の無線通信を傍受して得たものですが…通常、彼女たちはスリーマンセルで行動します。电子霊 がジャマーを使って標的を孤立させ、枪神と鬼刀が始末する。この戦術によって壊滅した部隊は数知れず、被害はテロ組織のみならず各企業私設軍にまで及ぶそうです」

「証拠を残さない皆殺しか、まさしく暗殺専門部隊といったところか」

 そこまで言って、ジョンソンは「ハッ」となった。

 重苦しい表情を見せるソナーに、ジョンソンは腹の底が冷えるような思いで訊ねる。

「まさか、彼女たちが狙っているのは…?」

「ジャマーの発生源、障壁が展開されている中心地と、直前までベケットさんたちが行動していた場所を考えると、可能性は高いです」

 

 

 

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