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「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SHOP SQUAD -』

- 1st Season -

Last_Chapter 【 換毛 - Home, sweet home. - 】

 

 

 

 

 

**      **      **      **      **      **

 

 

 

「狐魂の権利保護団体だぁ?」

 素っ頓狂な声を上げるベケットに、チャペルが頷いた。

「人間とおなじように心や人格がある狐魂には、人権と同等の権利が与えられるべきだっていう活動主旨の団体なのよね、けっこう大規模な組織みたい」

「現状では、地球に向けて放逐された狐魂はほとんどが各国政府によって秘密裏に回収されている。今になって狐魂の存在が露見するとは…たぶん、どこぞの機関がポカミスをやらかしたのだろう」

 クレインはそう言って、面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 

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 彼らはいま、6輪式トラック(M939)の荷台に乗って基地へと帰還する途中だった。

 肥料(アンフォ)爆弾による洗礼と、立て続けに反政府ゲリラの包囲攻撃を受けたコンボイの撤退を援護するため、三匹は休暇を返上して出撃していたのである。

 不幸なことに狭い路地の入り組んだ市街地が現場で、周辺は一般市民の生活圏内だったため、戦車や航空機による支援は却下されてしまったのだ。

「いくら小回りがきくからって、狐使いが荒すぎるよな。使い減りしないと思いやがって、オレたちは兵器じゃねーっつーの」

 反政府ゲリラを蹴散らしたあと、トラックの荷台に乗り込みながらベケットが愚痴をこぼす。

 チャペルの口から衝撃的な事実が語られたのは、ベケットがヘッドセットを外して新鮮な空気を吸い込んでいた、そんなときだった。

「ねぇ、べーやん…アタシたち、軍にいられなくなるかもよ」

 

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 そして、冒頭の会話である。

「…でー、オレたちが戦闘に参加している映像がネットに流出してるって?」

「うん。最初はやらせ映像だって思われたり、軍が手を回してすぐに削除させてたみたいだけどね。でも最近になって、狐魂の存在が世界中で認知されるようになってきたじゃない?それで、これは政府が狐魂を軍事利用してるんじゃないかって大騒ぎになったのよ」

「ちなみに、動画を撮影したのは反政府ゲリラの連中らしい…忌々しいね、まったく。まぁ、ボクは自分の雄姿が世界中で公開されることに対して抵抗はないけど」

「そーかい。じゃ、シャバに出たら映画でも撮ってもらえよ、オマエが主演で」

「いいね、それ」

 茶化すつもりで言ったベケットに、クレインは大真面目に頷く。

 ハァ…ベケットはため息をつくと、ふたたびチャペルに質問した。

「実際問題、こいつぁどんだけシリアスな話なんだ?」

「国際世論は米政府への非難一色ってカンジね。アタシたちがどういう経緯で軍に編入されたかもバレちゃってるようだし、軍の上層部もすでに権利保護団体にアタシたちを引き渡すことを決定してるみたい」

「マジかよ。しかし、どこでそんな話を聞いたんだ?」

「司令官の端末をチラっと覗いたの。暗号は意外と単純だったの、あんまり関心しないなぁ」

「相変わらず悪いコだよ、オマエは」

 苦笑しながら、ベケットは無意識に天を仰いだ。

 青と白の美しいコントラストを描く、見てくれだけは平和な空をぼーっと見つめながら、ベケットは自分たちが地球にやって来たときのことを思い返す。

 いまとなっては顔も名前も思い出せない主人にぶ厚い油揚げを残し、地球へとやって来たのはいつだったか。そのとき、すでにチャペルとクレインは一緒だった。まるでおなじゆりかごで育った赤子のように。

 地球へと降り立ったとき、三匹はすでに存在が希薄なものになっていた。消えかかっていた、と言ってもいい。なにが、と問われると返答のしようもないが…肉体?自我?とにかく、意識を保つのが難しいほどに危険な状態だったことは確かだ。

 そこへ、狐魂の存在を察知した(軍事衛星だかレーダーだか、とにかくそういった機器に反応があったらしい)軍の秘匿研究機関員が三匹を捕獲し、研究施設へと連れ帰ったのである。

 施設で徹底した(且つ、容赦のない)調査が行なわれるなか、ベケットの目にはこの人間という生物がひどく邪悪なものに映ったことをよく憶えている。

 彼らも自分たちが恨まれるようなことをしているのは承知だったようで、調査の仕上げに三匹の記憶を抹消すると、狐と人間の間を取ったような人造の肉体に収容したのだった。

 記憶を無くしたかわりに新たな肉体を得たベケットたちは、軍の高官に言われるがままに訓練カリキュラムをこなし、専用の強化外骨格をあてがわれ戦場に駆り出された。

 地球に侵略してきたγクラスタと、中東方面でのテロ掃討作戦に従事していた三匹はある日空軍の誤爆によって負傷し、そのときのショックで記憶を取り戻してしまう。

 しかしすでに軍隊生活に愛着が湧き、軍隊仲間が家族同然の存在となっていたベケットたちは研究員に「自分たちは記憶を取り戻した」ということを告白したうえで、すでに研究所に対して恨みはなく、軍隊での生活を続けることを…現状維持を望んだのである。

 そうした事情があったため、いまになって軍を辞めさせられると聞かされても、ベケットとしては複雑な気持ちだった。

 もちろん、平和な世界での生活に対する憧憬も、なくはなかったが…

「なぁチャー公、その権利保護団体ってとこに行かず、軍に居続けることはできねーのか?」

「難しいねー。研究所がやったことは明らかに非人道的行為だし、アタシたちが軍に残りたいって言っても、それはマインドコントロール処置の影響で無理矢理言わされてるだけだって突っぱねられるのがオチじゃない?」

「でも、そのマインドコントロールはもう解けてるんだぜ。それにオレたちは研究所とも和解してる」

「そこが難しいところなのよ。研究所がアタシたちにマインドコントロール処置を施したことは実験記録から判明してるの、でもマインドコントロールが解けたことを法的に証明する手段がないし、研究所と和解した公的な証拠もないでしょ?」

 チャペルの説明に続けて、クレインが口を挟んだ。

「観念することだ、曹長…彼らにとっては、卑劣な手段で危険な任務をあてがわせている悪しき軍からボクらを保護するのは天命なんだよ。国際世論の後押しもあり、軍上層部の決定もある。彼らはただ、親切でやってるだけなのさ」

「ケッ、ありがたメーワクな話だぜ」

 どうやら、ベケット以外の二匹はすでに自分の運命を受け入れているようだ。

 それがどうにも面白くないベケットは、ふてくされて二匹に背を向けると、トラックが基地に到着するまで一言も口をきかなかった。

 

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 それから三日後、ベケットたちに正式な解任通知が届けられた。

 書面の内容は概ねチャペルの語った通りで、三匹はアメリカに帰国したあと、権利保護団体の管理下に置かれるということだった。

「国連傘下の慈善団体を敵に回すほど、我が軍は愚かではない。それに、そろそろ君たちにも休養が必要な頃合だと思っていた」

 これまで父親同然に慕ってきた司令官の言葉に、ベケットは苦々しい思いをしながら頷く。

「長い休暇になりそうだよ」

「おいおい、なんて顔をしてる?いいか曹長、くれぐれも連中を敵に回すなよ…国際世論ってやつは、テロリストよりも手強い相手だからな?」

「まったくだ。悪質さがゲリラとどっこいなのはヴェトナムの頃から変わらんものな」

 ハッハッハッ、互いに大げさな態度で笑ってから、ベケットは司令室を辞去した。

 去り際に見た老練の司令官の背中が、やけに小さく見えたのが印象的だった。

 

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 帰国する前日の夜、中隊本部の宿舎内でささやかな「お別れパーティ」が開かれた。

 これまでにベケット率いるタスクフォース「ガンマ・ユニット」と関わりのあった兵士全員がこぞって参加し、各々がベッドの下に隠し持っていたアルコールや高級なつまみ、食堂からかっぱらってきたあれやこれやといったものが闇鍋的に集まった結果、パーティ会場は予想以上に騒々しいものになってしまった。

 そのことで頭を抱える人間が何人かいるはずだが、この際細かいことには目を瞑ってもらうしかない。

「わ、やったぁ!ビール、ビールあるよ?」

「中東じゃあアルコールはご法度だからなァ」

「ゲリラ戦の基本は人心掌握だからね。地道なところからコツコツと…まぁ、実を結んだことなんかないけど」

「アレッ、じゃあチャー公は露出のない服着なきゃマズイんじゃなかったか?なんて言ったっけ、あの黒いやつ」

「アバイヤ?任務のときはスーツ着てるからいいじゃないよ」

「そもそもボクら、人間じゃあないしね…」

「だったらアルコールも解禁でいいだろーに、アッラーの御心はオレにゃあわからん。おっと」

 仲間と一緒にはしゃいでいたベケットは、こちらに向かってきていた兵士とぶつかりそうになってしまった。なにせ狭い宿舎に大挙して来ているので、人口密度たるやクラブのダンスホール並なのだ。

 すぐに道を譲ったが、兵士は立ち去る様子を見せなかった。どうやら彼が探していたのはアルコールのお代わりではなく、他でもないベケットのようだった。

「あんたがいなくなると寂しくなるぜ、曹長」

「今生の別れみたいに言うなってーの。それに、すぐ慣れるサ」

 そう言いながら、ベケットは兵士が差し出した手をがっちりと握り締めた。

 もっとも、目の前の兵士と以前どんなふうに関わったのかという肝心な部分が、ベケットには思い出せないでいたのだが…当の兵士はまさか忘れられているとは思っていないのだろう、しきりに喋り続けていた。

「みんなは口に出さないけどさ、俺たちにとってあんたは特別な存在だったんだぜ」

「そりゃ、この外見じゃあな」

「それもあるが」

 フフッ、兵士は苦笑しながら、話を続ける。

「あんたが来ると、戦局が変わるんだよ。どんなに難しい状況でも、すっ飛んできたあんたがミニガンを撃ちまくって、ロケットランチャーをぶっ放すだけで事態が好転するのさ」

「オレをゲン担ぎの神様みたいに言うのはよしてくれ。幸運の天使だったら、むしろオレのほうが欲しいくらいなんだから」

「そうかもしれないな」

 ここまで話して、そうか、とベケットは気づいた。

 こいつは、ちょっと前に反政府ゲリラの襲撃に遭ったコンボイの運転手の一人だ。あのときはヘルメットを被っていたし、なにせ混沌とした状況だったので、ゆっくりと顔を見る暇もなかったのだが。

 ベケットは視線を落とし、兵士のジャケットの右胸に刺繍された名前を心の中で読んだ。リチャード二等兵。この名前は憶えておこう、とベケットは思った。

 リチャード二等兵は去り際に、こう言い残していった。

「あんたは命の恩人だ。あんたが来てくれなかったら、俺は確実におっ死んでいた。あれはあんたじゃなけりゃあ駄目だった。感謝してるぜ、本当に」

 すでに主役そっちのけで乱痴気騒ぎをはじめている集団に混じって消えていくリチャード二等兵の後ろ姿を眺めながら、ベケットは思わず熱いものがこみ上げてくるのを感じた。

 娑婆に出たあとも、こんなふうに接してくれる人間が果たしているだろうか。他ならぬあんたが必要だった、と言ってくれる人間がいるのだろうか。自分にしか果たせない役割を演じることができる、そんな環境があるだろうか。

 国のためだとか、世界平和のためだとかいう題目に傾倒するほどベケットは理想主義者ではなかったが、それは人間たちもおなじなのではないかと思う。ただ自分には果たすべき任務があり、背中を…命を預けるに値する仲間がいる。それがどれほど貴重な体験であったかを、ベケットは痛感した。

 誰かさんの秘蔵だったらしいウィスキーを一気に飲み干したとき、ベケットはクレインがそっと宿舎から抜け出すのを目にした。

「チャペルちゃんは性にオープンだからさー、フィーリングが合えば誰とでもヤらせてくれるんだぜー?」

「イヤンもう、セクハラっ!セクシャル・ハラスメントっ!そのかわり一対一じゃなきゃダメなんだかんね」

「マジでー、アハハハ!……マジ?」

 すっかり酔っ払ってしまったらしいチャペルは、男所帯の兵士連中からのセクハラの応酬にまったく恥じることなく言葉を返している。

 …あいつは放っておいても大丈夫そうだな。

 そう判断したベケットは、クレインを追って自身もそっと宿舎を抜け出した。

 昼は地獄のように暑く、夜は地獄のように寒いのが中東の気候だが、少しだけ身を晒すぶんには酔い覚ましに最適だった。冷たい風を全身に受けながら、ベケットはクレインの姿を探して視線を走らせる。

「トイレができる草むらでも探してるのかい、曹長」

 なんのことはない、クレインは出口のすぐ横に立っていた。琥珀色のウィスキーが注がれたグラスをくゆらせながら、なにか考えごとでもしているのだろう、じっと空を見つめている。

「騒がしい場所は苦手だったっけ、軍曹?」

「そういうのじゃないけどさ」

 ベケットの言葉に、クレインは苦笑した。

「不思議だな、と思ってね」

「なにがだ?」

「はじめ、ボクらが来たときはあからさまに嫌われてたじゃないか」

「そういやそうだったか。ああー思い出した、中でも一人、妙に生意気なのがいたっけな」

 いまでこそ中隊の皆は家族同然だが、ベケットたちが編入された当初は、敵視されるか、そうでなければ嘲笑の対象として見られていた。

『おいおい冗談だろ、軍用犬ってのは聞いたことあるけど、軍用狐ってなぁどういうジョークだ?』

 ブラックホークから降り立ち、司令官に着任報告を口頭で済ませ、荷物を持って宿舎に向かう途中で、ベケットは件の青年に出会ったのだった。

 いかにもハイスクールを卒業したてという風情の青臭いにきび顔の兵士、たしかローズ二等兵といったか。ベケットは最初から曹長階級で、明らかに階級の劣る兵士に開口一番馬鹿にされたことに対し、ショックを受けなかったと言えば嘘になる。

『顔の正面についてる人間の目ってのは擬態かなんかか?肩の階級章が見えてないのかな』

『それ本物か?どうせプリントアウトしたもんだろ、あるいはお得意の妖術でも使ってさ。人間様を化かして喜んでるんだろうが、えぇ?』

『いちおう特殊部隊教練はパスしてるんだがな。なにが不満だ?』

 仏頂面で問いかけるベケットに対し、ローズ二等兵はへらへらと笑いながら答えたものだ。

『鏡見りゃあわかんだろ。職が欲しけりゃサーカスにでも行きな』

 三匹が着任した当初は、万事がその調子だった。好奇、嘲笑、侮蔑の視線に晒されながら、そのときはまだ記憶を無くした状態だったために、ただ当惑するしかなかった。牧師にすら避けられたのだから、これは相当なことだ。

 しかし前線に立ち、幾度となく銃火に身を晒すうちに、いつしか他の兵士との間に奇妙な連帯感が生まれていた。それがやがて信頼に結びつくのは、自然な流れだったのだろう。

「最初は忌々しいとしか思えなかった軍隊生活も、御然らばするとなると、少し寂しいね…そうは思わないかい?ベケット」

「なんだって?」

 クレインの言葉に、ベケットはぎょっとした。

 こいつ、いま、オレのことなんて呼んだ?ベケット、だと。こいつが階級ではなく名前でオレを呼んだことなんか、いままでに一度でもあったか?

 ベケットの動揺に気がついたのか、クレインは彼の肩を叩くと、やや皮肉っぽい笑みを浮かべて言った。

「ボクたちはもう、軍人ではなくなるんだ…階級で呼び合うのは可笑しいだろう?ベケット」

「そうだな、あー…クレイン?」

 実を言うと、ベケットもクレインを階級以外で呼んだことがなかった。

 改めて名前で呼び合うと、なんというか、まったくしっくりこない。呼び方を変えただけなのに、なぜかまったく知らない他人と話しているような気分になる。

 当惑するベケットの脇をすり抜けて、クレインは宿舎へと戻っていく。少しだけ間を置いてから、ベケットも彼の後を追った。

 パーティ会場へ戻ったベケットを待っていたのは、酔っ払いたちの無粋な質問だった。

「よォおまえら、どこ行ってたんだよ?おまえら二人とも、チャペルちゃんとヤったことあるんだってー!?」

「おいおい。誰から聞いた、そんなこと」

 そう言いながら、ベケットには会場の真ん中でべろんべろんに酔っているチャペルが自分でばらしたのだろうということがわかっていた。

 まったく、あいつには貞操概念ってものがないのか…そう思いながら、ベケットはあることに気がついた。

 …おまえら二人、だって?

 眉間に冷や汗を一筋垂らすベケットに、クレインがまったく平静な口調でつぶやいた。

「知らなかったのかい…?キミとボクは…穴兄弟だ…」

「知りたくもなかったよそんな現実ぁ!!」

 ベケットの悲痛な叫びは、今回のパーティで一番の笑いを誘った。

 

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 すこし飲み過ぎたかもしれないな、と思いながら、ベケットは自室の寝台の上で横になった。片付けはまかせろ、と皆が言ってくれたのは有り難かった。余計な手を煩わせずに済むからだ…片づけをしながら吐いたりしたときに。

 間もなく深い眠りについたベケットは、夢を見た。

 頭がガンガンする…実際はアルコールのせいだったろうが、ベケットはそれがロケット弾が至近距離で爆発したせいだと錯覚していた。

 あたりが粉塵に覆われ、視界がまったくきかなくなる。ベケットは朦朧とする頭を振ってからすぐに暗視装置を作動させようとしたが、なぜか上手くいかなかった。どうやら爆発の衝撃で暗視装置が故障したようだ。

 あちこちから悲鳴が聞こえていた。そのアクセントはアラビア語では有り得ない。CDのジャケットに「PARENTAL ADVISORY」と書かれるような罵り言葉を叫ぶ者、神に、あるいは母に助けを求める声、それが自分に理解できるってことは、畜生、そういうことだ。

 次の攻撃を警戒しながら、ベケットは負傷者の姿を探して周囲を見回した。

 強化外骨格は小銃弾程度なら防ぐことが可能だが(カラシニコフ用の7.62x39mm弾でも数発程度なら直撃を防ぐことができる。命中角が浅ければかすり傷で済む)、RPGの直撃を受けたら助からないだろう。実際に試したわけではないが、身を持って実証する気にはなれない。

 幸い、火器統制システムはまだ生きている。敵の姿さえ発見できれば反撃が可能だ。

『曹長、聞こえるかい』

 ベケットの耳に、クレインの声が飛び込んできた。無線も無事のようだ。モニターに「交信中」の文字が点滅する。

『いま敵の背後に回っている。それと、伍長が応援を要請した…間もなく航空支援と車輌隊が到着する、それまでに負傷者の安全を確保してくれ』

『了解した。そうか、チャー公がやってくれたか』

 すこしは希望が持てるようになってきた。

 クレインは隠密接近のプロだ。彼のスーツには試作型ながら光学迷彩も搭載されている。ひとたび自慢のクローを振るったなら、敵は大変な混乱に陥るはずだ。

 そうやってクレインが蜂の巣を突いている間、自分は出来る限り負傷者を集め、周辺の安全を確保しなければならない。

 決心も新たにしたところで、背後にロケット弾が一発着弾した。

 ふたたび地面に叩きつけられながら、ベケットは悪態をつく。破片や爆風によるダメージはほぼゼロと言っていいが、衝撃波だけはどうにもならない。

「た、たすっ…助けて、助けてくれ……!」

 驚いたことに、さっきまで聞こえなかった悲鳴がベケットの耳に届いた。それも、すぐ近くで。

 声の主を探して首を回したベケットは、すぐにその正体を探り当てた。

 瓦礫の下敷きになり、全身から血を流していたのは、中隊本部への配属当日にさんざんベケットをこき下ろしていたローズ二等兵だった。

 ざまあみろ、いい気味だ…そんな感情が浮かんでも良かったはずだが、ベケットがまず感じたのは、「彼を助けなければならない」ということだった。

「待ってろ、いまそこから引きずり出してやるからな!」

「助けて、死にたくない…」

 はっきり言って、ローズ二等兵はかなり危険な状態にあった。

 たとえ瓦礫をどけて彼を救出することができたとしても、応急処置でどれほど保たせることができるだろうか?車輌隊に医療班は含まれているだろうか、そうでなければ野戦病院まで我慢してもらうしかなくなる。

 そうした思考とは別に、ベケットはほとんど本能的と言っていい動きでローズ二等兵に手を伸ばしていた。

 生意気で、青臭くて、自分だけはなにがあっても生き残ると思い込んでいたに違いない、どこにでもいる若者の恐怖に歪む顔を見つめながら、ベケットは絶対に彼を助けなければならないと確信する。

「絶対に助けてやる、約束する!オマエを故郷に帰してやるからな!」

「ゲホッ、グ…た、たす、け、て…」

 吐血し、顔を醜く歪めるローズ二等兵の顔面に、遠方から放たれたロケット弾が白煙を曳きながら突き刺さる直前、ベケットは彼の口から漏れる弱々しいつぶやきを、たしかに耳にした。

 

「 助 け て 、 曹 長 」

 

 

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 翌日、ベケットは悲鳴とともに目を醒ました。

 吐き気をこらえながら喉に水を流しこみ、なんとか息を整えようとする。

「…くそっ」

 あれは夢ではない。夢だったが、ただの夢ではなかった。あれは現実に起きた出来事の反芻だった。

 目の前でRPGの弾頭が破裂したあと、ベケットはローズ二等兵「だったもの」をかき集め、それを袋に入れて、基地まで持ち帰ったのだ。すくなくとも、故郷に帰してやるという約束は果たせたわけだ…おそらく、とっくの昔に星条旗がかかった棺桶に入れられ、礼砲とともにアーリントンの土の一部になっているだろう。

 こんな経験ははじめてだった。

 研究所の方針でベケットたちは月に一度精神科医のカウンセリングを受けており、これまでにPTSD(心的外傷後ストレス障害)の兆候は見られなかった。当然、その自覚もない。

 戦場で酷い目に遭うことは多々あったが、そのことを後々まで気に病んだことなど一度もなかった。

 それだっていうのに、どうしていまさらになって。

「酷い顔だね。飲み過ぎたのかい?」

 気がつくと、クレインが戸口に立っていた。

 服装はいつものタイガーストライプ迷彩(彼が愛用しているものだが、本来ならば軍規違反だ。なぜ問題にならないのか、という問いの正確な答えを得られたことはない)だったが、ハーネスは装着していなかった。

 護身用というよりはトレードマークのように両肩に吊っていた銃剣が見えないことから、いよいよ軍隊生活への別れが近いことを思い知らされる。

「まるで暴漢に襲われた処女みたいな悲鳴が聞こえたっていうから、飛んできたんだけど…どうかしたかい」

「あいかわらず下劣でプライドに障る例えをありがとうよ。なんにもねェよ」

「ならいいんだけど、ちょっと寝過ぎじゃあないかな…もう飛行機が到着してる」

「マジか」

「チャペルは先に機内で待っているよ。さっさと荷物を纏めて、ベケットも来るといい…」

 チャペル。ベケット。

 またしてもクレインが仲間を名前で呼んでいることに、ベケットは違和感を覚えていた。そしてそのことが、かえってベケットに「ある決意」をさせるきっかけとなった。

「なあ、軍曹」

「なんだい、ベケット」

「軍曹」

「……どうかしたかい」

「オレは残る」

 その言葉を聞いたクレインが、目を大きく見開いた。彼が驚きの感情を表に出すのは珍しい。それを面白がる余裕がベケット自身にないのが残念だったが。

 なにより、クレインはベケットの発言に感心したようには見えなかった。だがこの際、他人にどう思われるかはたいした問題じゃない。

「オレはあいつらを見捨てて行けない」

「人聞きの悪い言い方はするもんじゃないよ、ベケット。それに、もう決まったことだ」

「わかってるだろ、軍曹、オレがいれば中隊の損耗率は劇的に下がるんだ。オレには戦うしか能がねぇ、でもあいつらは違う。将来のことを考えてるヤツが沢山いる。グリーンカード(永住権)が欲しい移民も。それに、無事に退役すれば奨学金で大学に入ることだってできる」

「…キミにその権利がないとは思わないが」

「人間には家族だっているだろう、婚約者が帰りを待ち侘びてるかもしれない。オレにはそういうのはない、しがらみなんてものは。だからこそ、オレみたいなヤツが戦わなきゃいけないんだ」

「いいかいベケット、これは気持ちの問題じゃない。政治的な配慮が絡んだ、極めて微妙な問題なんだ…わかっていると思っていたけど」

「軍曹、オレはあいつらを死なせたくない。生きたまま国へ帰してやりたいんだ、それだけだ。それとも、このままわけのわからん連中のマスコットにされて、救えたかもしれない命が救えなかったことを、ニュースの死亡者数を見るたびに後悔するような人生を送れってのか?」

 熱っぽく語るベケットに、クレインは呆れたような表情を見せた。実際、呆れているのだろう。

 ひょっとして、クレインには自分の真意が伝わっていないのではないか…ベケットはそう感じはじめていた。

 口数が少なく、表情の変化に乏しいクレインの思考を読むのは至難の業だ。しかし一方で、クレインはベケットの言葉の意味を正確に理解していた。

 しかし、相手に理解を示すことと、賛意を表明するのは同義ではない。たったいま、クレインはそれを証明しようとしていた。

「ベケット。キミは、神様にでもなるつもりかい?」

「なんだと?」

「いまこうして話し合っている瞬間にも、どこかで誰かが死んでいるんだ。キミが寝ていたり、食事をしているときに戦場で死んだ仲間もいたはずだ。キミはそれらすべてをひっくるめて『救えたはずの命』と言い、すべての仲間の死を『自分の責任』であるかのように考えている。これが神の所業でなければなんだ?」

「オレは…」

「戦友を想うキミの気持ちはわかる。だけど、それはただのエゴだ」

 その言葉に、ベケットは頭をハンマーでガツンと殴られたような衝撃を受けた。

 はじめは侮辱されたのだと思い、顔が紅潮するとともにクレインを叩きのめしたい衝動に駆られが、しかしすぐに彼も、ベケットが戦友を気にかけるのとおなじように自分を心配してくれているのだと理解すると、途端に胸が締めつけられた。

 ひょっとしたら自分は、いまの環境を手放したくないばかりに、戦友を言い訳に使っていたのかもしれない。

 そのことに気がつきながら、ベケットはなおも反論する。

「イヤだ…オレはここに残る」

「ベケット」

「イヤだ」

「……曹長」

 ベケットはハッと顔を上げた。

 ひどく悲しそうな表情をしたクレインの、心を見透かせそうな視線を直視するに至って、ベケットは自らの無力さを思い知らされた。単純な正義感だけでは、どうにもならないことがあると…

 その日、ベケットは生まれてはじめて号泣した。

 

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 けっきょく、三匹とも予定通りに狐魂の権利保護団体に引き渡された。

「戦地での生活は大変だったでしょう。団体施設には恐れるべき外敵も、厳しい訓練も存在しません。何不自由なく生活ができます、保障しますよ」

「あー、そう」

 笑顔をラバーマスクのようにはりつけた職員にそっけない返事をしながら、ベケットは長い廊下を歩いていた。

 率直に言って、ここ数日の団体職員との生活は愉快とはほど遠いものだった。

 彼らは軍隊を…ベケットの戦友たちを「暴力的な野蛮人」としか考えておらず、地球上から軍隊がなくなれば世界が平和になると心の底から信じているようだった。また彼らは自分たちのことを「高崇な存在」だと思っているらしく、その鼻につく自意識過剰ぶりはしばしばベケットを苛々させた。

 なによりも辛かったのは、チャペルやクレインと離れ離れになってしまったことだ。

 軍隊での慣習から抜け出すため、基地での生活を思い出させるものから遠ざける必要がある、というのがその理由だった。いずれ再会できると団体職員は請け負ったが、その点に関して具体的な話は何一つ聞くことができなかった。

 たいした第二の人生だ…ベケットは自嘲混じりのため息を漏らす。

 団体職員には狐魂に対する知識や理解がなく、せいぜいクジラやラッコのような「保護すべき希少動物」と同程度の認識しかなかった。そのことがベケットをより失望させた。

 そして今日、ベケットは権利保護団体が主催するスピーチにゲストとして招かれたのだった。地球における狐魂の現状、保護の重要性、団体が掲げる使命の大切さをアピールするためのものだと聞いていた。

 会場に足を運ぶと、すでに多くの観衆が集まっていた。

 ベケットが姿を現すと同時にワッと歓声が上がり、そこに悪意がないとわかっているにも関わらず、ベケットは妙に胸糞の悪い気分を味わう。

 サーカスを観るのはキライじゃないが…ベケットは不意にそんなことを考えた。自分がセンターサークルに入ってアシカの役を演じるのは願い下げだ、と。

「さて、お集まりの皆さん」

 いそいそとベケットが席についたのとほぼ同時に、団体職員がマイクを前にスピーチをはじめた。

 チャペルとクレインも、別の場所でやはり似たようなスピーチのゲストとして出席させられているらしい。彼らなら、すくなくとも自分よりは愛想良く振舞うのだろうか?

 そんなことを考えながら、ベケットは不機嫌ここに極まれりといった表情で頬杖をついた。

 なんといっても、スピーチ会場に選ばれたのは軍事基地のすぐ隣なのだ。銃を手に周辺を警戒しているパトロールがいる傍らで、戦争(というより軍隊そのもの)をヘビよりも嫌っている連中が集まっている。なんとも妙な光景だ。

 特に話を振られることもないのでぼーっとしていたが、やがてスクリーンに過去の自身の活動記録が投射されると、ベケットは腰を抜かしそうになってしまった。

『やつは反政府ゲリラの一員だ。撃て』

『しかし…』

『いいから撃て!』

 ガガガガガガッ!

 スピーカーから漏れた銃声が、聴衆の肩を震わせる。

 スクリーンには、ベケットが周囲の軍人に促され、年端も行かない少女を撃ち殺している映像が写されていた。

 もちろんそれはベケットの記憶にはない光景だったし、少女の像は明らかに合成加工で付け足されたされたものだった。音声も後からアフレコで吹き替えられたもので、スクリーン上で逡巡の様子を見せる自分の声は、自分とは似つかないものだった。

 どう見てもやらせ映像だったが、わざと荒いフィルムを使用し、あまり調子の良くないプロジェクターで投影していたため、聴衆の中にそれと気付いた者はいないようだった。あるいは、荒い映像がかえってリアルな戦場を錯覚させたのかもしれない。

『こういう汚い仕事はバケモノに押しつけるに限るぜ』

 いかにも素人っぽい演技で付け加えられた音声に、ベケットはただ呆然とする。

 その後も次々とシチュエーションを変えて似たような映像が流された。いずれも合成と編集の手際の稚拙さは目を覆いたくなるほどだったが、もとより自らの地位の向上のために軍をバッシングしたいだけなのだろうから、プロパガンダとしてはこの程度でも充分な成果があるのかもしれなかった。

 おそらく今日この会場に足を運んだ一般市民は家に帰ったあと、家族に「軍は本当に卑劣で悪辣な連中の集まりだよ。今日、実際にその映像を見たんだ」とでも言うのだろう。

「このように、一連の軍事活動は明らかに社会のルールを逸脱しており、とても容認できるものではありません。それでは最期に、実際に狐魂さんのコメントを聞いていただきましょう」

 頭を抱えるベケットに、団体職員が嬉々とした表情でマイクを向けてきた。

 それをまるで親の仇のように睨みつけながら、ベケットは叫ぶ。

「おい、あれは一体どういうことだ!?」

 残念ながら、その声は聴衆には届かなかった。寸でのところでマイクのスイッチが切られていたのだ。

 団体職員が笑みを崩さず、駄々をこねる子供を諭す親のような態度でベケットに語りかける。

「必要なのは、真実ではなく『皆が信じたがる現実を造ってやること』です。ここであなたが一言賛意を示してくれるだけで、我が団体に多額の献金が集まるでしょう」

「なんだと?」

「なに、活動資金のすべてを慈善行為に費やす必要はありません。幾らかは必要経費として自由に扱うことができます…わかるでしょう?あなたも、良い暮らしができるようになるのですよ?」

 そう言われたとき…ベケットの頭の中で、なにかが「プッツン」と切れたような音がした。

 こいつら、最初から金儲けのためにオレたちをダシに使おうとしてやがった!

 なによりも自分が、金のために軍を売るような性根の持ち主だと思われていることが、ベケットにとっては不愉快だった。

 ベケットは団体職員の手からマイクをひったくり、スイッチを入れると、それで団体職員のこめかみを思い切りブン殴った。

 ゴスッッ!!

 どでかい殴打音がスピーカーから発せられ、団体職員が頭から血を噴き出しながら床にどうと音を立てて倒れる。

 聴衆の間でざわめきが広がるなか、同席していた別の団体職員が狼狽しながら叫び声を上げた。

「け、け、け、警備員!」

 もとはスピーチを邪魔する者を取り押さえるために配置されていたのだろう警備員が、警棒を手にいっせいに押しかけてくる。しかし一定の距離を保ちながら、手が届く距離まで誰も近づいてこないことにベケットは疑問を覚えた。

 だがしかし、なんてことはない、彼らは「保護の対象に公衆の面前で暴力を振るっていいのか」と判断に困っているだけなのだ。

 ベケットはマイクを放り投げると、ニヤリと笑みを浮かべた。

「なるほど、どうやらオレにも人間社会のルールってヤツがすこしづつわかりかけてきたようだ。オマエら、無闇にオレを殴ることができねーんだな?でも、オレはオマエらに手加減する必要はないってわけだ」

 そう言って、パキパキと指を鳴らす。

 やがて意を決したらしい警備員の一人が、警棒を振りかぶりながらベケットに突進していく。

 ベケットはその一撃を受け流すと、相手の腕を掴んで地面に引きずり倒す。男の手から警棒をもぎ取り、慣れた手つきでクルクルと回転させながら、動揺を隠せないでいる他の警備員に向かって言った。

「なっちゃいないぜ?オレが軍隊式の武器格闘ってのをレクチュアしてやるよ」

 それからというもの、会場は大変な騒ぎとなった。

 次々と迫ってくる警備員をベケットが難なく無力化していく間、不思議なことに聴衆はそれほどパニックを起こさなかった。自分たちにまで被害が及ぶとは考えていないのか、あるいは、これはこれで面白い見世物だと考えたのかもしれない。

 しかし、それも銃で武装した軍人たちが雪崩れこんでくるまでの話だった。

 聴衆に避難勧告を出すと同時に、壇上に上がりこんだ兵士たちがベケットをぐるりと囲むように包囲する。

 兵士たちが構える無数の銃口に見つめられながら、ベケットは口を開いた。

「おいおい、銃を向ける相手を間違えてるんじゃねーのか?」

「いますぐ武器を捨てて投降してください。そうしなければ、我々はあなたを撃たなければならなくなる」

「なぜだ」

「国民の安全を守るのが我々の使命だからです」

「こいつらは」

 ベケットは床に伏せている団体職員を指差し、大声を張り上げた。

「オマエらを利用しようとしてたんだぞ?どうしようもないデマカセをでっち上げて、ありもしない罪をおっ被せて、それでもこいつらを守ろうっていうのか!」

「サー、それが我々の義務です」

 その言葉のあと、会場から遠ざかろうとする聴衆のざわめきがふっと止んだ。

 まるで空間が切り取られたかのような静寂のあと、警備員が苦痛の呻き声を上げるのとほぼ同時に、ベケットは手にしていた警棒を投げ捨てる。その後すぐに兵士たちに取り押さえられたが、手際は丁寧なものだった。

 ベケットがトラックの荷台に押し込められているとき、指揮官らしい男が団体職員の詰問を受けている姿が見えた。

「あれをどこに連れていくつもりだ!」

「彼の身柄は今しばらく軍が預かります。ご心配なさらずとも、数日後にちゃんと引き渡しますよ」

「拉致するつもりか、この外道どもめ」

「追って書類を提出します。法的な手続きに従って発行される、政府の公式文書です。それでは、ごきげんよう」

 まるで道化めいたやり取りで団体職員の追及をかわしたあと、指揮官らしい男はでかい図体に似合わぬ軽快な動きでベケットとは別の車輌に乗り込んだ。

 トラックが始動し、がらんとした会場が遠く小さくなっていく光景を見つめながら、ベケットは自らの腕に嵌められた手錠のじゃらりという音を聞いて視線を落とした。

 …感情に任せて、民間人を相手に暴れ回るとは。

 興奮が醒めるにつれて、ベケットは自らの行為かいかに恥ずかしいものであったかを自覚せざるを得なかった。

 …あれでは、ペテン映像の中の粗暴で悪質な軍人そのものじゃないか。オレは、他ならぬ自分自身の手で軍の品位を落とし、権利保護団体の正当性を証明しちまったようなもんだ。

 そういう考えに至ったのは、軍に居場所を求める自分自身が軍の規範に反していたからに他ならない。

『サー、それが我々の義務です』

 あれこそが。

 あれこそが軍が理想とする軍人の姿だ。批判や中傷を気にも留めず、自らの成すべきことを全うすることこそが。軍人の仕事は国の安全を守ることで、国民に好かれることではない。

「ハァ…なにやってんだかな、オレは」

 手錠を嵌められたまま、器用に頬杖をつくベケットに、同乗していた兵士が話しかけてきた。

「サー」

「サーはいらないよ。もう民間人だ」

「ミスタ・ベケット」

 声をかけてきたのは、誰あろうベケットに罪の意識を自覚させたあの兵士だった。「それが我々の義務です」と言い切った、あの若い兵士だった。

 ばつの悪い思いをしながら、所在なさげに視線を逸らすベケットに向かって、その兵士は笑顔を向けて言った。

「自分はあのとき、ああ言いましたが。でも、あのマイクの一撃は痛快でしたよ」

「…なに?」

 意外な一言に驚きつつ、ベケットは周囲を見回す。

 いままで見ようともしていなかったが、荷台に乗っていた兵士たちは皆愛想の良い笑顔を浮かべていた。それは任務を終えて基地に帰還する途中で、仲間に見せる笑顔とおなじものだった。

「みんな、そう思ってますよ。あれは俺たちではできません。あまり気に病まんでください、俺たちは嫌われるのも仕事の内のようなもんですから」

「…バカだなぁ、おまえら」

 そうつぶやいて、ベケットは苦笑した。

 それにつられて他の兵士たちも笑い声を上げ、やがてベケットも大声で笑いはじめた。いまはなぜか、笑いたい気分だった。それは皆もおなじようだった。

 

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「まったく、大変なことをしてくれたな。曹長」

「…すまねぇ」

 軍事基地でベケットを待っていたのは、眉間に深い皺を浮かべてうなだれている司令官のホログラム映像だった。

 リアルタイムで立体映像を投射する通信システムが実現していたことにベケットはまず驚いたが、いまはこの最先端の(いささか趣味的な)テクノロジーを堪能している余裕がないのが残念だ。

「わかっているとは思うが、君の身柄を数日後に連中に引き渡さなければならない。これは何をもってしても変わらない」

「ああ…」

「だが、それを回避する方法もある」

「なに?」

 司令官の口から飛び出してきた言葉に、ベケットは耳を疑った。

 しかし次の瞬間に司令官が口に出したことは、もっと驚くべきものだった。

「曹長。死んでみる気はないか」

「…なんだって?」

「言葉通りだ。死ねば、連中の慰み者にされる心配はなくなる。我々も、これ以上君たちとの関わりを追求されることもなくなる。双方にとって利益になる、ということだ」

「なるほど、たしかにいいアイデアだな。オレがくたばるって点を除けばよォー!」

「まぁ、そう気を急くな」

 ホログラム映像に掴みかかろうとするベケットを制しながら、司令官が言葉を続けた。

「たしかに、君たちが研究所で捕獲されてから現在に至るまでの詳細なデータを連中は握っている。しかし、だからといってそれが我々の研究のすべてを熟知しているということにはならない」

「話が見えないな」

「じつは最近まで、君たちのために開発していた新しい義体の研究を進めていた。より人間に近いデザインで、狐魂の能力を利用して人間そのものに擬態化することもできる。身体能力も向上している、まだ調整段階ではあるがモノはすでに完成している」

「へぇ」

「…君が狐魂権利保護団体の施設に移送される道中で、テロリストに偽装した我々の工作員が君を襲撃する計画が持ち上がっている」

 そこで一旦言葉を切った司令官は、ベケットの反応を窺うようにじっと見つめてきた。

 一方、ベケットは未だに話の全容が掴めない。司令官はベケットから目を逸らし、まるで他人に話をしているかのように言葉を続けた。

「君を殺して即座に魂を回収し、研究所に移送して新しい義体に収容する。現場に残った君の死体は公のデータとして残り、我々は警護体制の不備を批判されるだろうがそれで騒動はお終いだ。知っていたかね?君たちは中東ゲリラから悪魔のように嫌われている。高額の懸賞金までつけてな…あらゆる組織が、こぞって犯行声明を出すだろう」

「なんて話だよ、まったく。しかし、オレはもう軍には…」

 いられないんじゃないか。

 たとえ肉体を交換しても、また今回とおなじトラブルに見舞われないとも限らない。ベケットがそう言いかけたとき、司令官の次の言葉がすべての疑念を吹き飛ばした。

「曹長。これは、CIAからのオファーだ」

「ジーザス。冗談だろ?」

「急な話だ、驚くのも無理はない。君が取れる行動は限られている。大人しく狐魂権利保護団体に身を寄せるか、死を偽装してカンパニーへ移るか。もちろん、ただ死ぬだけでも我々は一向に構わない」

「それって、考えるまでもないんじゃないのか」

 言葉とは裏腹に、いささか気の迷いが抜けない表情のままベケットが言った。

「ラングレーに伝えてくれ、軍人崩れのFNG(くそったれな新人)が仲間入りするってな。履歴書はいらないよな?」

「それを聞いて安心したよ。手続きはこちらで済ませておく、おめでとう…少佐」

「少佐、か」

 諜報機関では、慣例的に高い軍事階級を職員に与えることが多い。任務の際に軍の協力が必要になった場合、立派な階級章をぶら下げて入れば横車を通しやすくなるからだ。

 いくら一度死ぬとはいえ、曹長から少佐とは二階級特進どころの話ではないのだが、今回の場合はあくまで昇進ではなく、別人として生まれ変わったベケットに与えられる新たな経歴だと考えれば妥当な処置なのだろう。

「オレが佐官か。屋台のウドンなんかすすれなくなるな。もっと高級なところへ行かないと」

「安心しろ、給料は今までとそれほど変わらん。あまり期待はするな」

「ナンバー・テンだ」

「私から忠告しておく。スパイは自分で創意工夫して金を稼ぐ術を編み出さんと、老後のための貯蓄すらできんぞ。立場を上手く利用しろ、ただしやり過ぎるな」

「熱いジャガイモの食べ方くらい自分で考えるサ」」

「シャンペン・スパイって柄には見えないがな。身の振りが決まったところで、じつは別室にキミの将来のパートナーを待たせてある。部下というか。呼んでみよう」

 将来のパートナー、と聞いてベケットは嫁のことかと思ったが、なんのことはないCIAでともに活動することになる同僚を指しているのだと気づいた。

 パートナー、か。チャペルとクレイン以上のコンビを組めるような相手なんかいるのか?ベケットはすこし気分が暗く落ち込む。

 ビーッ、ブザーの音とともに扉が開き、別室から姿を見せたのは…

「またぞろそのウンコ色のツラと突き合わせることになるとはね、曹長。いや、少佐だったかな?」

「やっほーべーやん、びっくりした?ndk?ndk?」

 ベケットの前に現れたのは、他でもないクレインとチャペルだった。

 呆気に取られるベケットの背後で、司令官のホログラムがもっともらしく頷く。

「君とおなじくCIAに配属されることが決定した、チャペル小尉とクレイン中尉だ」

「お、おまえら、どうして…」

 そもそもベケットがここにいるのは狐魂権利保護団体を相手に大立ち回りを演じたからなのだが、なぜ他の二匹までこの場所に?

 ベケットの疑問に、クレインが答えた。

「なんのことはない、理由はだいたいキミとおなじさ…普段は冷静沈着寡黙なナイスガイのボクも、ときには腹を立てることもあってね。抵抗してくる連中に、『オレを殺したいなら軍隊でも連れてきやがれ!』と言ってやったよ」

「トニー・モンタナか」

「そう。で、本当に軍隊が来たんで、ボクはまだ死にたくなかったんで大人しく捕まった、というわけさ」

「あたしはそんな暴力的なことはしなかったよ?」

 クレインに続いて、チャペルも自らの行動について語る。

「あたしは事前にヤラセ映像が流れるって情報を掴んでたから、映像データを全部(例のBGM)が流れるAVに差し替えておいたの。オーイエスシーハー。混乱に乗じて逃げようとしたら捕まったけど」

「中学生かオマエは」

 それぞれの事の顛末に安心するやら呆れるやら、ともかくまた三匹一緒に行動できるとわかったベケットは思わず表情を崩した。

 

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 後日…

 狐魂三匹を収容した護送車が何者かによって襲撃された。運転手と護衛は軽症で済んだが、狐魂は三匹とも激しい銃撃を受け死亡した。死体を撮影した写真は全世界に公開され、米軍は警備体制の不備を非難されることになる。

 襲撃後間もなく中東各国の反政府組織が犯行声明を出したが、実際に襲撃を決行した組織がどこなのかは判明していない。

 貴重な狐魂のサンプルが失われたことで民衆の関心は薄れたが、今なお狐魂の存在を巡る議論は続いている。襲撃事件の調査中、狐魂権利保護団体の違法行為が明らかになったことで国連の権威が失墜し、それが類似の民間組織を次々と生み出すきっかけとなった。

 狐魂を実験動物みたく拘束するのは間違いだとして人間社会に溶け込ませようとする組織がある一方で、特殊な能力を持つ未知の存在を野放しにするのは危険だとする組織も存在し、どちらが正しいかを判断するのはまだまだ時間がかかりそうである。

 人間と変わらぬ生活を送る狐魂がいる一方で、能力を悪用して事件を起こす狐魂も存在する。狐魂を保護するために過激な主張をする団体も、あるいは手段を選ばず狐魂の始末に使命感を燃やすテロ組織も存在する。

 当の狐魂の思惑もさまざまだ。

 人間を好み共に生活する者、人間を憎み破壊活動に勤しむ者、狐魂の独立国を建立しようと画策する者、政府指定の保護区でひっそりと暮らす者。人間に存在を悟られず、あるがままに生きる者。

 狐魂と人間の歴史は、まだ始まったばかりだ。

 

 そして…

 襲撃事件から半年後、世界各地で暗躍する三匹の狐魂らしき存在の確認が各国メディアで示唆された。

 だが、真実はすべて闇の中である。

 

 

 

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