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「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SHOP SQUAD -』

- 1st Season -

Chapter_01 【 救出作戦 - Triforce and Delta - 】

 

 

 

 

 

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「諸君、今度の任務はシリアだ」

「「「げーっ!?」」」

 狐魂のみで構成された米陸軍所属の戦闘部隊「ガンマ・ユニット」の指揮官サリヴァン少将の言葉を聞き、ベケット、チャペル、クレインの三匹が悲鳴にも似た声を上げた。

 イラク、バグダット。

 往時に比べ活気がなくなり、幾分閑散とした米軍基地内のブリーフィング・ルームで、三匹の狐魂たちは戦術マップと少将の顔を交互に見つめ、なんとも言えない表情を浮かべる。

「ついに米国も、シリアの内戦に本格的に介入するのか?」

「いや、そうではない」

 身を乗り出して訊ねるベケットに、サリヴァン少将は首を横に振った。

 生真面目な性格ではあるが、それ以上に好戦的で血気盛んなベケットは肩透かしを喰らったような顔をし、さらに突っ込みを入れる。

「じゃあ、どうして」

「先日、シリア北東部の都市マリキヤ郊外に降下したデルタフォースが作戦に失敗し、孤立状態に陥った」

「あれぇさっき、内戦には介入しないって言わなかったっけ?」

「他国に軍隊を派遣するのは内政干渉ではなかったかな?立派な侵略行為だ」

 チャペルとクレインから相次いで野次を入れられ、サリヴァン少将は「どうしてこいつらは静かに話を聞けないのか」という表情を浮かべると、ため息をついてから言った。

「秘密作戦だったんだ。シリア軍幹部の中でも特に過激な連中がマリキヤ郊外の別荘に集まるという情報を入手し、彼らを捕獲するためにデルタフォース一個分隊が派遣された。ブラックホークによる低空飛行でな」

「情報の出所は?」

「CIAだ。軍幹部たちは目立つことを恐れたのかほとんど護衛を連れておらず、捕縛は容易だという話だった」

「映画だと大軍団が待ち受けているパターンだね、それは」

 クレインが冗談めかして言う(真顔のままだったが)。それに対し、サリヴァン少将は口の端に笑みを浮かべながらも、まったく目が笑っていない表情で応えた。

「じゃあデルタの連中は映画のような人生を歩んだことになるな。実際には多数の護衛がついていて、デルタの分隊は降下と同時に激しい銃火に晒された。ブラックホークも撃墜され、どうにか機体の爆破には成功したが、追撃を逃れるために都市から脱出し、救難信号を発してから今も逃走を続けている」

「それ、何日前の話なの?」

「二日前だ」

「…今頃、シリア軍の増援部隊が派遣されてるんじゃないかな、それ」

「やべぇーな」

 チャペルとベケットが小声で囁き合うなか、クレインがサリヴァン少将に尋ねた。

「で、デルタの人数は?」

「八人だ」

「少人数で無茶な作戦を遂行するだけが特殊部隊でもあるまいに、ヤンキーの精神構造は西部開拓期のカウボーイと変わってないな。No Jhon Wayne heroics, ok?」

「黙れよ、紅茶野郎」

 クレインのシニカルな言動に、ベケットが幾分厳しい口調で釘を刺す。こんな光景は珍しくもないのか、チャペルはただ肩をすくめただけだった。

 だが、サリヴァン少将は話が横に逸れることにうんざりしはじめていた。

「おまえら、真面目に人の話を聞く気があるのか?」

「ありますよ、もちろん。ボクらは優秀な兵隊ですから」

 悪びれる様子もなくそう言い放つクレインにつられ、ベケットとチャペルがもっともらしく頷く。

 人間の部下だったら鉄拳制裁しているところだが、相手が貴重な知性体のサンプルとあっては迂闊に手出しができない。ガンマ・ユニットの指揮を任されてからタイレノールの量が増えたことを思い出し、サリヴァン少将は深く重いため息をついた。

 そのうち、部下と一緒に精神医のカウンセリングを受けたほうがいいかもしれない。

「…要点を言う。君たちの任務はデルタフォースが潜伏していると思われる地点に降下し、彼らの脱出を援護することだ。トルコとの国境沿いには、すでに回収部隊が展開している。彼らと合流しろ、シリア軍の連中も隣国までは追ってこないはずだ」

「内戦が世界大戦に発展しかねないものな。待てよ、トルコとの国境が近いなら、トルコ軍に救出を頼めばいいんじゃねぇの?」

「デルタからの救難信号をキャッチしたとき、すぐに連絡はした。返答は、我々を巻き込むな、とさ」

「やるなら勝手にやれ、てことね。ま、そりゃそーか」

「で、シリア政府は何か言ってきてるのか」

「まだ何も。連中はデルタを生きたまま捕えたいようだ…いざというときの交渉材料に使いたいのだろう」

 話はそれで終わりだった。事態は急を要するので、もたもたしている時間はない。

 ベケット、チャペル、クレインはそれぞれ格納庫へ向かい、ユニフォーム(軍服)からスーツ(礼服)へと着替えはじめた。戦場へ赴くための礼服、重装型サイバースーツに。

 

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「しかし、ボクらが無能なデルタの尻拭いとはね」

「無能なのはデタラメな情報流したCIAと、作戦を立案した軍上層部でそ」

「カンパニーの連中、我々が観測したときはまだ護衛は少なかった、とか抜かしたらしいな」

 MC-130H輸送機のカーゴベイで装備を点検しながら、三匹はぶつくさと文句をつぶやき続ける。

 作戦はこうだ。三匹は国境ギリギリの上空10000mからHAHO降下でシリア領内に侵入、デルタフォースが最後に救難信号を発した地点に到着したら彼らとの交信を試みる。

 そして彼らに位置情報を送ってもらい、合流後に北上してトルコ国境付近で待機している回収部隊と落ち合い帰還する、という算段だ。

「位置情報の転送はTACBEだったね?追跡されるね、それは」

「だからスピードが肝心、てことでそ。それよりトルコの国境でトラブルがなきゃいいけど」

「トルコ政府は協力も妨害もしない、とさ。黙認してくれるとよ」

「ありがたい話だね。しかし、たった三匹で救出作戦とは…ボクらもデルタの無謀さを馬鹿にできないな」

『協力者のことも忘れるなよ。アーミーのミスで変なのを運ばなきゃならないこっちの身にもなってくれ』

 突然、三匹の会話に割り込んでくる声があった。

 パイロットが機内放送を使って話しかけてきたらしい、この輸送機は空軍の持ち物だ。人員は言うに及ばず。

「つれないこと言うなよー。帰ったらメシ奢ってやるからさ」

『ネズミでも喰わせる気か?いいよ、礼なんかいらん。とっとと飛んでいっちまえ、ついでに帰ってこなくてもいいぞ』

「失礼しちゃうわぁ。ネズミなんか食べないわよ、ぷんすか」

「非常時以外はね」

『…本当に喰うのか?』

「とっ、特殊部隊教練で習っただけだから!」

「そんなこと言ってチーちゃん、訓練中は『うますぎるっ!』とか言ってノリノリで食べてたじゃないか」

「あれはゲームの真似しただけだから!変なことバラさないでよもぉーっ!」

 マスクの下で顔を真っ赤にしながら首を振るチャペルに、センサーライトを無意味にチカチカ点灯させながらクレインが「そういえば、あんなことやこんなことも」と次々に暴露話を披露していく。

「潜水訓練中に、不凍液が云々などと意味不明の供述をしており」

「そういうクーやんだって、下半身だけ水面から突き出して教官からめっちゃ怒られてたじゃないよー!」

『…楽しそうだなぁオイ』

「ああ。マトモなのはオレだけだ」

 なんとなく疲れた口調で漏らすパイロットに、ベケットはしみじみと頷いた。

 やがてカーゴベイのハッチが開き、凄まじい強風が機内に吹き込んでくるとともに、真っ赤に染まった空が三匹の目の前に飛び込んできた。

「わぁ、綺麗な夕焼け」

「本当は夜のほうがいいんだけどね。ボクらは暗視装置ついてるし」

「オレにとってはこっちのほうが都合がいいぜ」

 パラシュートを背負い、酸素ボンベの位置を直すチャペルとクレインを尻目に、ベケットがずいと機外へ向けて一歩踏み出した。

 その様子を見ていた搭乗員が、大声で叫ぶ。

「おい、あんたパラシュートは!?」

「オレには必要ない」

 そう言うと、ベケットは降下用の装具を何一つ身につけないまま飛び降りた。

 絶句する搭乗員の脇を通り抜け、チャペルとクレインもタラップに立つ。

「曹長さ、これが隠密作戦だっていうの、わかってるのかね?」

「さぁ」

 まったく驚いた様子を見せないまま、二匹も揃って宙空へ身を躍り出した。

 

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「バーニア点火」

『イエス。バーニア点火』

 スーツの補助システムがベケットの指示を認識し、直後にスーツの背面に標準装備されたブースターが火を噴く。

 夜間にこんな機動をすれば目立つこと間違いなしだが、日の入りでは夕焼けに紛れて目立たなくなる。燃料パックの容量はそれほど多くないため無駄な航行はできないが(そもそも長時間の飛行を想定した装備ではない)、一回の降下程度なら充分に間に合うはずだ。

 パラシュートよりも早く、正確に目的地点へ降下することができる。

「ノロマども、先に行ってるぜ!」

『やぁだ。下品だわぁ、アメリキって』

『通信簿に「協調性が欠けてる」って書かれるタイプだね』

 HUDにチャペルとクレインの顔が表示され、それぞれが呆れた調子でベケットを批難する。

 が、ベケットにとってそんなのは知ったことではない。

 デルタフォースが最後に救難信号を発した地点まではまだ距離がある。ベケットはしばらくバーニアを吹かしながら飛行を続けていたのだが…

 プスッ。

 突然、気の抜けた音とともにブースターが作動を停止した。

「お、おい。どうした」

 ベケットは焦りながら、原因を探ろうとする。なぜかモニターが作動しないため、外部センサーでそれとなく様子を確認するしかなかった。

 生ガスは吹いていない。凍結もしていない。電気系統の故障か?

「おい、原因はなんだ?バーニア点火、おい聞こえてるか、バーニア点火だっ!」

 音声認識システムに向かって叫んでみるものの、先ほど応答した女性タイプのボイスは流れずスーツは沈黙を保ったままだ。

 やがてビープ音とともにハードディスクがガコガコと回転する音が聞こえ、HUDに文字列が表示された。

『err:0c0000\215.vid 80, 80, 4c, P8 fx=0 XgridZ[0.000000-0.000000]』

「…なんだ、これ」

 どうやらエラーの原因を示しているらしい、しかしベケットにはこの文字列の意味がさっぱりわからなかった。

 現在、高度6000m。このまま落下したら、スーツを着ていても間違いなく死ぬ。

「おい、冗談だろ!?」

 このまま落ちて死んだら、いくらなんでもカッコ悪過ぎる!

 体面やプライドを気にするベケットとしてはそれが何より我慢ならず、どうにかして機能を回復させようと頭を働かせる。

 しかし出来ることといえば、音声認識システムに向かって繰り返し叫ぶことだけだった。

「バーニア点火、バーニア点火ァッ!頼むよ!」

 もう駄目かと思われたそのとき、ベケットの聴覚に聞き慣れた女性タイプの音声ガイドが届く。

『機能復旧、レディ。バーニア点火』

 ゴッ!

 ふたたびブースターから炎が迸り、落下速度が徐々に落ちていく。

 しかし、すでに軌道修正はおろか着陸にも間に合わなくなっていた。眼下に無数の建物が流れていき、やがてベケットは路肩に駐車されていた錆だらけの白いセダンに突っ込む。

 ズガッシャーン!

 炸裂音とともにぐしゃぐしゃになったセダンが吹っ飛び、衝撃でバウンドし宙空に投げ出されたベケットは、建物の三階に激突してフロアを半壊させた。

 

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「げーっ。ベーやん、市街地のど真ん中に着陸したよ!?」

「着陸っていうか、墜落だね、あれは」

 ベケットが落ちていく様子をカメラのズームサーチで捉えていたチャペルとクレインは、いきなりのトラブルに頭を抱える。

「市街地では政府軍と反政府ゲリラの間で小競り合いが起きてるみたい。下手したら両方から攻撃されるかも」

「一人ブラックホークダウン状態か。カワイソウに」

 しばらく滞空したのちに平坦な場所に着地した二匹は、パラシュートと酸素ボンベを一箇所に纏めた。

「こんなものが見つかっても米軍が介入した証拠にはならないけど、一応黄燐手榴弾で焼いておこう」

「ブービートラップ仕掛けたほうが良くない?C4持ってるでしょ」

「子供が触ったらどうするんだい?ここは敵地かもしれないけど、銃で武装した兵士しかいないわけじゃない」

 ゴッ!

 黄燐手榴弾で不要な装備を焼き、急いでその場から離れたあと、二匹は周囲を見回した。

 あたりは平坦で、ほとんど起伏のない土地だ。身を隠すには不向きで、逃走中のデルタフォースは相当に難儀しているに違いない。

「川が近いからか、畑が多いね。砂漠地帯でなくて良かった…砂塵が舞っていると、ボクの光学迷彩はあまり役に立たないから」

「ところで、これからどうするの?」

「どう、って?」

「ここからだと、デルタの救難信号発信地点とベーやんの降下地点は逆方向になるよ」

「そうだね…」

 本来ならば任務を最優先すべきだが、仲間を見捨てていくわけにもいかない。

 しばらく考えたあと、クレインは一計を案じた。

 

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「الله اكبر(アッラーアクバル!)」

「オレはアッラーに恨みなんかねェよッ!」

 ダダダダダン!

 AKのフルオート掃射を受けながら、ベケットは素早い身のこなしで建物の影から影へと走り抜けていく。

 スーツに内蔵されたパワーアシスト装置と、吸音素材のおかげで、重装狐は鈍重な見た目に反して素早く、静かな移動が可能になっている。

 しかしポリマーと各種合金を用いた複合素材からなる抗弾装甲はあまり多くの銃弾を防ぐことはできない。それでも特に装甲が厚いベケットであれば、数発程度なら大口径ライフル弾の直撃でも耐えられるが、もとより防弾素材は一度ダメージを受けると機能が著しく低下する。

 重装狐は性格的にはロボット兵器ではなく、あくまで高機能のスーツを着用した歩兵でしかないのだ。

 息を切らせながらもどうにか身を隠すことに成功したベケットは、投げやりな口調で吐き捨てた。

「ちっくしょう、あいつら、オレが攻撃してもいいのかよ…?」

 さっき襲ってきたのは反政府ゲリラの連中だった。どちらかといえば西側諸国が支援したい側だ、銃撃を受けたからといって、おいそれと反撃して良いものか?政治的な問題に発展するのでは?

 しかし、いざというときは威嚇のみならず殺傷を含む反撃を行なうつもりではいた。

 それでも今のところ反撃を手控えていたのは、倫理的あるいは政治的な配慮からではなく、市街に展開する武装勢力を片っ端から敵に回してしまうと、あっという間に弾が尽きてしまうことがわかっていたからだ。

 ガトリングガンに使用する6.8mm弾が2000発。40mm小型HEAT弾が19発。予備の拳銃が一挺。これだけあっても、考えなしに戦闘をはじめたらすぐに無くなってしまうだろう。

 どうしたもんか…と考えあぐねていると、クレインからの通信が入った。

『曹長、生きてるかい』

「あぁ、なんとかな」

『上から来るぞ、気をつけろぉっ』

『チーちゃん、ちょっと黙ってて。曹長はいま市街地南部にいるんだね?』

「そうみてーだな。予定してた降下地点からだいぶ離れちまった」

『カッコつけずにパラ使えば良かったのに。ボクらはいま、市街地から離れた東のはずれにいる』

「デルタの連中は北に逃げたんだったな?」

『そう。で、ボクらはこのまま北に向かってデルタの救難信号発信地点に向かうけど…キミは、市街地の西側をぐるりと迂回しながら北上してくれないかな?』

「なにぃ?」

 てっきり、すぐに合流することを提案してくれるだろうとばかり思っていたベケットは、呆気に取られた。

 しかし次のクレインの言葉は、さらに衝撃的なものだった。

『なるべく、派手に戦闘しながら移動してくれると助かるんだけど』

「おい待てよ。つまり、オレに囮になれ、つってんのか?」

『キミとの合流を優先してしまうと、あまりに時間がかかり過ぎる。それに、シリア軍に捕捉されてからデルタフォースを探しに行くような事態になるのは避けたいからね』

「だからっておめー、オレ一人こんな場所に残して行くのかよ!?」

『夜まででいいから。日が落ちたら敵を撒いて北上してほしい、それから合流してトルコとの国境地帯に向かおう』

 つまり、ベケットがガトリングガンやらロケット擲弾を派手にぶっ放してシリア軍と反政府ゲリラをもろとも引きつけている間に、他の二匹は悠々とデルタフォースの安全を確保しに行く、というわけだ。

 夜になったら撒いて合流しろ、と言うが、そんなに上手くいくだろうか?

 ベケットのスーツには高度なセンサーや暗視装置が備わっていたし、夜間の行動にも慣れている。それに対し、シリア軍や反政府ゲリラはそれほど錬度が高くないうえ、夜間戦闘用の装備はほとんど備えていないだろう。

 それにしても無謀すぎる。しかし、やるしかなさそうだ。

「…帰ったらメシ奢れよ」

『きつねウドンでよければ』

「定食つき、大盛りでだ!覚悟しとけよてめー」

『了解。交信終了』

 

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「ちょっとひどくない?」

「自分のミスが原因だからね。これくらいは仕事してもらわないと」

 チャペルの批難を、クレインは軽く受け流した。

 スーツに内蔵されている無線装置で三匹はいつでも交信が可能で、互いの位置を正確に把握することができる。もっとも、外部との連絡や信号の送受信はより高度な通信機器を搭載しているチャペルの仕事だ。

 チャペルとクレインがしばらく移動したのち、市街地のほうから「ボンッ!」という爆発音とともに黒煙が上がった。

 小道を歩いていた親子が何事かと首を回し、小走りで市街地へと向かう。

 咄嗟に伏せたおかげで姿を見られずに済んだ二匹は、その様子をしばらく窺っていた。

「逃げないのかな」

「娯楽の少ない場所だからね。戦争もエンターテイメントの一種さ」

「流れ弾が当たるかもしれないのに?ニュースで戦地の映像とか見てると、そういう感じはしないけど」

「野戦病院、荒廃した都市、悲嘆に暮れる女子供…メディアが好むのはそういう映像だからね。そもアジアやアフリカや中東の戦争を、文明人の尺度で計っちゃいけないよ」

「そーいうもん?」

「そーいうもんです」

 やがて二匹は立ち上がり、また移動を開始した。

「民間人は全員反政府ゲリラと繋がってると考えていい、子供に見つかるだけでもマズイから、皆が市街地に引き寄せられてくれると正直助かる」

「でも、絶対に死人は出るよね」

「それで心を痛めるのは、自分は善人だと思い込みたいやつだけさ」

「やぁだ、冷たいの。そんなことばっか言ってると、女の子にモテないよ?」

「生憎、女の子の気持ちを理解してあげれたことは一度もなくてね」

 

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「قتله(殺せ!)」

「أنا لست العدو(オレは敵じゃねぇ!)」

 ズガガンッ!

 言語翻訳ソフトを起動して敵意がないことを伝えようと努力するものの、誠意虚しく返ってきたのは銃弾だった。

 身を隠していた柱がボコボコと削られていくことに危機感を覚えつつ、このあたりが判断の潮時だとベケットは感じていた。

「くそったれめ、オレは我慢強いほうじゃねェぞ」

 火器統制システムに異常がないことを確かめ、ベケットはアイカメラを少しだけ物陰から覗かせると、滅多やたらに撃ちまくってくる反政府ゲリラの面々に一つ、また一つとマーキングを施していった。

 続けてマーキングした標的に撃ち込む弾数、撃つ順番などをスマートガン・システムにプログラムする。こうすることで、発砲開始と同時に銃が自動で射撃と照準を繰り返し、敵を一瞬で殲滅してくれるというわけだ。チャペルにはV.A.T.S.だの、マーク&エグゼキュートだのと呼ばれている。

 …おまえらが悪いんだぜ?

 内心で自分を正当化しながら、ベケットは柱から飛び出してガトリングガンの銃身を回転させた。

 映画やゲームではいい加減な描写をされることが多いが、実際の電動式ガトリングはトリガーを引いてからすぐに発砲を開始する。もちろん銃身の回転が安定して秒間発砲数がフラットになるまで少々の時間を要するが、それもコンマ数秒の世界だ。人間が知覚できるような差異はない。

 こうやって発砲を開始するとき、ベケットの脳内にはアドレナリンが充満し、いつも時間が止まったような錯覚を覚える。

 一人目を撃ち倒し、次の標的に銃身が傾く。しかし優先順位を後回しにしていたゲリラ兵がRPGをこちらに向けているのを見て、ベケットは咄嗟に優先順位を変更した。

 チ、チ、チ。機械的な作動音を繰り返しガトリングガンを構えなおす間、ズームしたカメラが今まさにトリガーを引こうとしているゲリラの指先を捉えていた。

 どちらが撃つのが先か!

 銃身に備えつけられたレーザー照準がマーカーの中心点に合ったとき、目の前が粉塵に覆われた。

「!?」

 ベケットはカメラの倍率を下げ、スマートガン・システムを一時停止させる。

 カメラを赤外線モードに切り替え、コンクリートの破片と砂煙の中でゲリラ兵がRPGのグリップを握ったまま倒れている姿を確認した。直前までゲリラが身を隠していた建物に穿たれた弾痕の射入孔を解析し、弾道から発砲地点を予測する。

 予測使用弾種、14.5x114mmBS鉄鋼焼夷弾。発砲地点、着弾位置よりNEE50m+-。

 別方向の攻撃から混乱する反政府ゲリラ達の視線の先に、四輪駆動の装甲車が煙を上げながら向かって来る姿が見えた。

「APC …BRDM!」

 おそらく政府軍のものであろう、ロシア製の軽装甲車輌を目にしたベケットはスマートガン・システムに入力したプログラムを解除し、すぐさまバーニアを点火してその場で急上昇した。

 しばらく浮上してからブースターを停止させ、建物に架かっていた看板をキャッチしてから飛び上がり、ふたたびバーニアを瞬間的に点火する。

 こうして最小限の燃料消費でかなりの高さまで浮き上がったベケットは、自身を狙うものの銃身が上がりきらないBRDM-2装甲車輌の砲塔上面にマーカーをセットし、左腕に装着されている連装式ロケットポッドを突き出した。

 ボシュウッ!

 40mm小型HEAT弾頭が白煙を上げながら直進し、「コチン」という少し間の抜けた音とともに装甲を貫通した直後、「ズドンッ!」という迫力ある重低音とともに爆発した。

 車体前面の視察口から炎が吹き上がり、勢いよく開いたハッチから火に巻かれた乗員が飛び出してくる。火を消そうと地面を転がろうとするも、そのままゲリラ兵の掃射を受けて絶命する。

 ベケットは落下しながら、着地する直前にバーニアを吹かして衝撃を殺した。

 こちらに銃口を向けたまま、しかしさっきまでとは違い発砲を躊躇いながら様子を窺ってくるゲリラ兵に向かって、ベケットはグッと拳を突き出す。やったぜ。

「هذا الكلب ليس عدوا(あの犬は敵じゃない)」

 どうやら年配らしいゲリラ兵の一人がそう言い、仲間を引き連れてその場を離れていった。

 できれば死人が出る前にそう認識して貰いたかったが、先に手を出してきたのは向こうなので、こちらが文句を言われる筋合いはない。

 ゲリラ兵の何人かが仲間の死体を引きずっていく姿を見送りながら、ベケットはそんなことを考えた。

「しっかし、犬ってなァ…失礼なヤツだ」

 さっきまでの喧騒が嘘のように静かになった空間で、ベケットはぽつりと呟くと、自分もそそくさと移動をはじめた。

 

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 日が落ちても、空は明るいままだった。

「めっちゃ燃えてるねー」

 夕刻とそう変わりなく真っ赤に染まる空を見ながら、低い姿勢で移動していたチャペルは呟いた。

 爆発の炎と銃弾のほかにも、政府軍が次々に打ち上げる閃光弾が昼間と変わらぬ銃撃戦を可能にしているようだ。戦闘音は一向に収まる気配がなく、むしろ激化しているように思える。

「ベーやん、大丈夫かな?」

「銃を撃つのはいいけど、移動することを忘れてなければいいけどね。彼は一度アドレナリンが入ると、戦うことしか考えなくなるから」

「けっこう熱中するタイプだもんね」

 幸いトラブルに見舞われることなく救難信号発信地点に辿り着いたチャペルとクレインは、周囲の安全を確認する。

 あちこちに薬莢や弾痕といった戦闘の痕跡が残り、残骸と化した戦車や政府軍兵士の死体が放置されている。生きた兵士がここにいないということは、逃走を続けるデルタフォースの追撃に向かったか、あるいは反政府ゲリラを制圧するため市街地へ向かったか。

 チャペルはその場に屈みこむと、高性能通信装置を起動し、デルタフォースが定時報告に使用する周波数に合わせた。

「テス、テス。ガンマ・ツーよりロメオドッグ、聞こえますか?こちらガンマ・ツー、ロメオドッグ応答願います。どーぞ」

 ガンマ・ツーはチャペルのコードネーム、ロメオ・ドッグは今回の作戦で使われるデルタフォース分隊のコードネームだ。

 しばらく無線に耳を澄ませたが、応答はなかった。

「こちらガンマ・ツー、ロメオドッグどうしました?全滅しちゃいましたか?トイレ休憩中ですか?」

『アホなこと抜かすな!こちらロメオドッグ・フォー、あんた何者だ』

「あ、通じた。こちらガンマ・ユニット、サムおじいさまの要請で救出に参りましたぁ。いま、あなたがたが救難信号を発信した場所にいまーす」

『なんだと本当か?ありがてぇ、こっちはもう弾がほとんどなくて頭を低くしてるしかない状況だ』

「ちゃんと全員揃ってますか?」

『…ヘリのパイロット二人が死んだ。それに、俺たちの仲間も一人連れていかれた。詳しく話したいが、長時間の通信は傍受のリスクが高まる。そこから6km北に移動してくれ、そのときにまた通信してくれたら、ビーコンを使って正確な位置を知らせる』

「わかりました。じゃあ、詳細はそのときに」

『頼む。交信終了』

 通信を終え、顔を上げたチャペルにクレインが話しかける。

「彼ら、なんだって?」

「パイロットは死亡したって言ってた。しかも、仲間の一人が捕まったって…ここから北へ6km進んだあたりにみんな潜伏してるから、そのときにまた話そうってさ」

「二日もかけた割には、案外近いものだね。ところで、パイロットの死体をどうしたか、聞いたかい?」

「あっ」

 しまった、というふうに、チャペルが口に手をあてた。わかりやすいリアクションだ。

 長話ができないのと同様に、度重なる通信もリスクを高める要因となる。もう一度、ちょっとだけ話を聞く…というわけにはいかないだろう。

「…まずかったかなぁ?」

「いや、あまり重要なことではないよ。それに十中八九、彼らは死体を運んでいるだろうしね」

「たしかに、ここに死体がないってことは…それにしても、米兵は仲間意識が強いのね。戦闘しながら死体を担いで後退するなんて、普通できないわよ」

「たしかに難業だけどね。ただ、それは仲間意識とかいうんではなく、たんにアメリカ軍人の死体を現場に残しておくのはまずいと判断したからだと思うけど」

 その言葉を聞いて、またぞろチャペルが呆れたような表情をしたはずだが、クレインはあえて振り返らなかった。

 自分でもドライ過ぎると思うことはある、だが、見せかけの思いやりに、いったいなんの価値がある?

 戦争を綺麗事で済ませることはできない。しかし、そういう割り切りこそが自分を冷血たらしめている要因となっていることも確かだ。

 とはいえ、他者に好かれたいという下心さえなければ、それはそれで構わないはずだ、というのがクレインの主義だった。わからないのは、チャペルがこんな自分を批判はすれど嫌ってはいないらしいということだ。

「つくづく、女心っていうのはわからないね」

「え、なに?」

「べつに。猫の目と秋の空は変わりやすいっていう話さ」

「にゃーん」

「あらかわいい」

 小首をかしげ、手を頭の上で丸めて猫のポーズを取るチャペルにクレインは控え目な賛辞を送った。

 

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「メイドインUSAの弾丸を喰らえ!」

 ヴヴヴヴヴヴヴヴッッッ!

 電動ドリルのようなけたたましい音を立てながら、ベケットのガトリングガンが凄まじい速度で銃弾を排出していく。

 この銃に装填されている6.8x43mmSPC弾は、従来の5.56mm弾の威力不足を改善するために米陸軍の要請でレミントン社が開発した新型弾薬だ。従来製の銃や弾倉などと互換性を持たせつつ、7.62mm弾と同等の威力を持たせるというコンセプトで作られた。

 現行の5.56mm弾も7.62mm弾も設計が古く、6.8mm弾の開発は時代のニーズに合わせてより高性能な弾薬を普及させる目的があったが、そのためにかかる諸経費で光学サイト等の命中精度を向上させるオプションを銃に装備させるほうが合理的だとして、結局普及はしなかった。

 公式発表では採用に先んじて二万発が納入されたと言われたが、実際はその百倍の二百万発が納入されており、これは正式採用を見越してレミントン社と癒着していた軍高官が先走ったゆえの判断ミスだった。

 ベケットのガトリングガンにこの弾を使用するのは、余剰在庫の消費と、新型弾薬の実戦データの採取が理由だった。要は、テスト運用(実験)だ。

「在庫一掃のバーゲンセールだ、遠慮せずに受け取れェーッ!」

 シリア政府軍の撃ち上げる照明弾が街路を煌々と照らし、銃を持つ者とそうでない者が慌ただしく入り乱れるなかで、ベケットは続々と展開する政府軍兵士に向かって弾丸をばら撒き続けていた。

 照明弾のせいで暗視装置は役に立たず、そもそもベケット自身があまりに堂々と立ち回っていたため隠密行動もなにもあったものではない。

「منعه(ヤツを止めろ!)」

 どうやら小隊長格らしい、少しだけ目立つ階級章をつけた政府軍兵士が声を張り上げた。

 兵士たちはアサルトライフルやマシンガンといった小火器で応戦するものの、秒間60発からなる弾雨に晒されてまともに狙いをつけることができずにいる。

 一方でベケットは弾丸の一発一発の軌道をトレースし、弾道特性や着弾時のインパクト、貫通性や跳飛のリアクションなどをすべてモニターし記録していた。こうしてハードディスクに集められたデータは、作戦終了後に軍の研究所に提出され今後の兵器開発に役立てられるのだ。

 たいした反撃もできないまま、後から駆けつけた応援部隊に挟まれて身動きが取れなくなっている兵士たちを一瞥し、ベケットは一旦ガトリングガンを引っ込めた。

 銃撃が止んだところで銃を構えなおし、改めて狙いをつけようとする兵士たちに向けて、ベケットは左腕部装着の連装式ロケットポッドを突き出し発砲する。

 ボッ、ボッ、ボッ、ボシュウゥゥゥゥーーーッッッ!!!

 連続で撃ち出された40mm小型HEAT弾が幾筋もの白煙を尾に引きながら飛翔し、一箇所に纏まって行動していた兵士たちをもろとも吹き飛ばす!

「هجوم، والآن(今だ!)」

 ベケットの掛け声とともに、周囲の建物の影に潜伏していた民兵が次々に飛び出していく。

「الله اكبر(アッラーアクバル!)」

 雑多な装備を抱え、銃弾をばら撒きながら前進する民兵たちを前に、爆風に煽られ一時戦意を失っていた政府軍兵士たちも次々と立ち上がり反撃をはじめる。

「الله اكبر(アッラーアクバル!)」

「لا اله الا الله(アッラーの他に神なし!)」

 互いに同じ神の名を叫びながら撃ち合う光景に、ベケットはちょっとした頭痛を覚えた。

 …こいつら、本当は戦えればなんでもいいんじゃないのか。

 そんな下世話なことを考えながらふたたびガトリングガンを構えようとしたとき、民兵の一人がベケットの動きを制して言った。

「ここは私たちがなんとかする、キミはそろそろここから脱出したほうがいい」

「それで大丈夫なのか?」

「心配してくれるのは有り難いが、これは私たちの戦争だ」

 勇敢な言葉とともに銃火の下へ飛び出していった若い民兵の背中を見つめ、ベケットはなんとも言えない表情のままその場を立ち去った。

 はじめは敵と誤認されていたベケットの正体を仲間に教え、呉越同舟の協力関係を取りつけたのは、他ならぬ今の若者だった。ネットサーフィンで学んだという彼の英語はお世辞にも上手いものではなかったが、それでもかなり状況改善の役には立ってくれた。

 デルタフォースの失態については、反政府勢力も関知していた。アフガンで煮え湯を飲まされていた一部のムジャヒディンたちはシリア政府軍を出し抜いての追跡と報復を主張したが、それは却下されたらしい。

 それよりも、シリア政府軍が米軍特殊部隊の唐突な出現の意図を把握できていない状況を利用し、混乱に乗じて政府軍を叩くほうが建設的だという意見で話が纏まったという。もしアメリカ人を見かけても、向こうから干渉してこない限りは無視する意向だったのだそうだ。

「街の反対側にはアメリカ人を親の仇のように憎んでる聖戦士たちが展開しているけど、キミたちのことは教えないほうがいいだろうね?」

「脅してるつもりか。恩になんか着ないからな」

 冗談めかして笑う若者に、ベケットは憮然とした態度で答えたものだったが。

 狭く入り組んだ路地を抜け、街を覆うように聳える塀を乗り越えてから、ベケットは古ぼけたスズキのオフロード・バイクが停めてあることに気がついた。

 …オレが乗っても大丈夫かな?

「メーカーが、スモウレスラーの乗車も視野に入れて耐久試験をしていたら良いんだがな」

 いくらスーツにパワーアシスト装置が内蔵されているとはいえ、長距離を徒歩で移動するのは疲れるうえ時間がかかり過ぎる。

 幸いにしてバイクは古いタイプだったので簡単に直結でき、燃料も半分以上残っていた。乗る前に、目立つうえベケットにとっては不要なヘッドライトを引き抜き、雑に放り投げる。

 細身のバイクに跨る自分の姿はおそろしくみっともなく見えるに違いない、そう思ったベケットはため息をつくと、レバーをキックしてエンジンをスタートさせた。

「オレは上海雑技団かボリショイサーカスかよ。泣けるぜ」

 

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「いいかいチーちゃん、『サンダー』と訊かれたら、『フラッシュ』と答えるんだ。これ豆ね」

「へーへーへーへーへー。5へぇ」

 銃声が遠くなり、人気がなくなってきた丘陵地帯を越えながら、クレインは米軍式の暗号のやりとりをチャペルにレクチャーしていた。

 すでにデルタフォースとの二度目の交信を終えていた彼らは、ふたたび作動させられたビーコンの発信源から位置を割り出して潜伏地点の間近へと迫っている。

 やがて二匹のセンサーが複数の熱源を関知すると同時に、緊張した囁き声が発せられた。

「…サンダー」

「フr」

「LOVE」

「敵だーーーーーッッッ!!」

 ズダガガガガガガガガガガン!!

 チャペルの返答を遮るように言葉を重ねたクレインの妙な言動に、デルタフォースの隊員たちが全力で反撃してきた。

 咄嗟に身を翻し岩陰に身を隠したチャペルが、泣きそうな声でクレインを責めたてる。

「なにやってんの、なにやってんの、なにやってんの!?」

「すまない。つい、こう、なんだろう…条件反射というか」

「と、とにかく誤解を解かないとっ」

 銃撃だけならまだしも、手榴弾やロケット擲弾を使われたらたまったものではない。そんなものをまだ手元に残していれば、の話だったが。

 チャペルはすぐさま無線からデルタフォースに連絡を取った。

「こちらガンマよりロメオドッグ、銃撃やめてください!それアタシたちですっ、お願いやめてぇ~」

『なんだって?』

 およそ軍人の交信とは思えない女の泣き言に、屈強なデルタフォースの精鋭たちは面喰らったに違いない。

 間もなく銃撃がピタリと止み、静寂があたりを包む。

『…なんで暗号を間違えた』

「冗談だったです」

 ぐすっ、涙声で答えるチャペルに対し、応答するデルタの隊員は呆れた様子を隠そうともしなかったが、苦言はひとまず置いといて用件を先に済ませることにした。

『まぁ、いい。サンダー?』

「フラッシュ」

『よし、来てくれ』

 チャペルとクレインが生垣を飛び越えると、その向こうに洞窟が見えた。

 おそらくあそこに隠れているに違いない、そう思って駆け出したチャペルを、何者かが呼び止める。

「そっちはダミーだ。700発のベアリング弾で自分のミンチを作りたいなら止めないがね」

「うぇっ!?」

 慌てて立ち止まったチャペルは暗視装置を起動し、ソナー・センサーを展開した。反射を繰り返す超音波によって形作られた虚像を視覚化し、洞窟の入り口に数本のワイヤーが張り巡らされているのを確認する。

 ブービー・トラップ(まぬけ罠)、対人地雷だ。

「敵を正面に(FRONT TOWARD ENEMY)、ね…地雷は自分で標的を選べないものね」

 デルタフォースの隊員たちは洞窟の脇の茂みに姿を隠していた。

 いずれも表情は疲弊しきっており、幾分やつれている。特殊部隊の精鋭といえど、まともに食事や睡眠が取れないまま長時間を屋外で過ごすのは耐え難い苦痛を伴うのだろう。

 チャペルたちが無駄弾を撃たせてしまったことに責任を覚える一方で、デルタフォースの面々も二匹の正体を計りかねていた。

「あー、その。おまえら、なんなんだ?人間?なのか?」

「我は外宇宙より去来せし超高度知性体なり。下等な地球の猿どもよ、ひれ伏すがよい」

「ハァ?」

「気にしないで。このひと、ちょっと頭がおかしいだけだから」

 胸を反らして大法螺を吹聴するクレインを、チャペルが制する。

「アタシはタスクフォース『ガンマ・ユニット』所属のチャペル伍長です。こっちの頭がおかしいほうはクレイン軍曹」

「頭がおかしいって二回言ったね?大事だから二回言ったね?」

「なんだか、よくわからんが…とりあえず、米陸軍所属なのは間違いないんだな?俺はロミアス大尉だ」

「死ねクソエレア」

「ハァ?」

「すいません、こいつちょっとゲーム脳なんで」

「大丈夫かこいつら…」

 別に緑髪でもなんでもないロミアス大尉は、ちょっと変わった救援部隊を前に改めて不信な表情を浮かべた。

 大尉含む七名のデルタフォース隊員はいずれも無事で、疲労の色が濃いものの負傷などはしていない。しかし弾薬はほとんど尽きかけており、食料はもっと前に食べ尽くしてしまっていた。

 それというのも、逃走の際にパイロットの死体を運ばなければならなかったため、幾らかの装備を捨てなければならなかったという事情もある。まして短時間で終了する予定のミッションだったため、ハナから長期間の行動を想定した装備ではなかったせいもある。

 乾燥した気候とはいえ、死体はすでに腐敗をはじめていた。

 グロテスクな外観や死臭をものともせず検分を終えたクレインは、その様子を見守っていたデルタ隊員に告げた。

「パイロットの死体はここに埋めていくしかないね。石灰をかけて、万一掘り起こされそうになったら爆薬で死体ごと吹っ飛ぶように仕掛ける。それしかない」

「同胞は機械とは違うんだぞ。粉微塵に吹っ飛ばすなんざ…!」

「まだすべてが終わったわけじゃない。ボクだって、好みや趣味でこんな方法を提案してるわけじゃないよ。ただ、これは任務だ」

「…わかってるよ。ああ、わかってるさ。クソッ」

 クレインがシリアスなやり取りをしている一方で、チャペルはオプション装備を山のように取りつけているSOPMODカービンを大事そうに抱えたロミアス大尉をじっと見つめていた。

 その視線に気づいたロミアス大尉は、何事かと問いかける。

「なんだ、この銃が珍しいか?」

「…というか、そんな重いの、よくずっと持ち歩いてたなって。それを捨てて、鹵獲した銃を使おうとは考えなかったの?」

「こいつは私物だ。高かったんだぜ?ピンチに陥るたびに銃を捨ててたんじゃあ、戦場で死ななくても借金で首を吊るハメになっちまわぁ」

「ふーん」

 パイロット二人の死体を埋め、ここからの逃走の算段を説明したうえで、話題はシリア政府軍に捕えられたデルタ隊員のことに移った。

「戦術マップは出せるか?」

 ロミアス大尉の台詞に応えるように、チャペルのヘッドセットのバイザーが光り地面に地図を投射する。

 投影された光学地図を指でなぞりながら、ロミアス大尉は捕虜が監禁されている小屋の位置を正確に当てた。

 ここからそう遠くない丘の上に建てられたボロい木造屋。

「敵の数はそう多くないが、なにせ装備に不安があってな。ただ見捨てるわけにもいかないから、ずっと見張ってたんだ」

「逃走が捗ってなかったのはそういう理由かい?」

「ああ。あんたらの任務は俺たちを逃がすことだろうが、できれば協力して救出…」

「協力?馬鹿を言うもんじゃない」

 自身の言葉を遮ってぴしゃりと言い放ったクレインに、ロミアス大尉はハッと顔を上げた。

 チャペルも緊張で表情を固くし、まわりをぐるりと見回す。各々銃を固く握り締めたデルタ隊員たちは無言のままだったが、その目つきから「仲間を助け出さない限り、俺たちはテコでもここから動かないぞ」という決意がありありと見て取れた。

 当のクレインは相変わらずの無表情で、こともなげに言った。

「キミたちにこれ以上無理をさせるわけにはいかない、救出はボクらだけでやらせてもらおう。とはいえ…キミたちを今のままの状態で置いていくわけにはいかないな。じつはもう一人、仲間が来る予定になってるんだけど…彼が来るまで、ボクらが持ってきた予備の糧食でもどうかな?安心してほしい、ネズミは入ってないから」

 

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 数時間後、チャペルから潜伏地点の正確な位置情報を受け取っていたベケットが大量の荷物を抱えて飛び込んできた。

「よお、Dボーイズ。シケた面してんなァ」

「あんたが、例の仲間か。なんだ、その荷物」

 二人分を七等分されたとはいえ、幾らか腹を満たし元気を取り戻したロミアス大尉は、ガチャガチャとやかましく金属音を立てる巨大な風呂敷包みを指して質問した。

 ドチャリ、ベケットは風呂敷包みを地面に置き、中身を取り出す。

「AKは各国のバージョンがあるぜ。M16にFAL、G3、それから…ショットガン?ポンプ式か、こんなの拾ったかな」

「どうしたんだ、それは」

「いやなに、武器弾薬が不足してるから拾ってこいってクソ映画が言うもんだからよォ。あちこちから掻き集めてきたのよ。おかげでバイクが潰れちまったよ、中途から徒歩でここまで来るのは骨が折れたぜ」

 大量の雑多な銃火器と弾薬を取り出しながら、ベケットは愚痴っぽくこぼした。

「あー、オタクが最初から持ってた武器な。ここに置いてけ、5.56mm弾はそんなに多くないからな。心配しなくても、お仲間を救出したあとでちゃんと回収してやるよ」

「なんだかな。助けてもらってばかりだと気が悪い、デルタの沽券に関わる」

「そもそもこれは非公式活動だ、つまらない沽券だの股間だのはパンツの中にしまっとけ。それに、あんたらが優秀なのを今さら疑うやつなんかいないさ。それより今は、余計な損耗を出さないことを考えるべきだぜ」

 ここから先、トルコ国境へと向かうルート上にはまだシリア政府軍は展開していない…その必要がないからだ…が、念のためデルタ隊員には自衛用の火器で武装してもらい、先に回収部隊との合流地点へ向かってもらう。

 その間にベケットたちガンマ・ユニットは捕らえられたデルタ隊員を救出し、先に脱出したデルタ部隊を追って合流地点へと向かうというのが現時点での計画だった。

 ほとんどが反政府ゲリラが使っていたものだろう、雑多な小火器で武装した部下たちを一瞥し、ロミアス大尉はベケットに向かって訊ねた。

「ところで、他の部隊は?他の救出チームはどこにいるんだ?」

「なに言ってんだ。オレたち三人で全部だ」

「……え?」

 意想外の言葉に呆気に取られ、それについて質問しようとしたときには、すでに三匹の姿はなかった。

 部下のほうを振り返ったロミアス大尉は、皆が同じように間の抜けた顔をしているのに気づき、かぶりを振った。苦笑を漏らし、自身に渇を入れるかのように声を張り上げる。

「移動開始(Move out)!」

 

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 音を立てず、呼吸一つ荒立てずに岩だらけの斜面を登りながら、不意にベケットがつぶやいた。

「アーマーが痛むな」

「整備係は良い顔をしないだろうね。そして給与明細の額を見たとき、大変だった仕事の価値をしみじみと感じるのさ」

「オマエ、ホンットーにイヤなやつだな」

「お褒めいただき恐悦至極」

「褒めてねぇ」

「知ってる」

 ベケットは一瞬、弾帯タンクに残っている僅かな弾をすべてクレインにぶち込んでやろうかと思ったが、さすがにそれは自重した。躊躇する前に行動に移せるほど自由に生きれたらどんなに楽しいだろうかと、ふと考えることもあるのだが。

 目標の小屋を探すのは、それほど大変ではなかった。

 戦術マップを参照するまでもなく、荒涼とした何もない土地に張り巡らされた電線を伝っていけば良いだけなのだから、向こうから道筋を示してくれているようなものである。

 丘の頂上に近づいたころ、ベケットの赤外線センサーがバラックの前に立つ二つの熱源を関知した。歩哨のようだ。

「チャー公、衛星は使えるか?」

「んー、ちょっと待ってね。大丈夫、いまちょうど上を飛んでるみたい」

 ベケットに促され、チャペルはその場に屈みこむと、中東方面の地表を見渡せる軌道上に存在する偵察衛星とシステムをリンクさせた。

「ちょっと目を借りますよー」

 無線通信による偵察衛星とのシステム・リンクに成功したチャペルは、視野に衛生からの情報を投射しながら現在位置を素早く的確に入力していく。

 やがて、デルタ隊員が捕らえられている小屋の上空を赤外線モードで捉えた映像が送られてきた。

「外に出てるのは、表にいる二人だけみたいね」

「死角に潜んでたりはしない、ってことか。あとは全員中だな…軍曹、やれるか?」

「お任せ。そろそろボクも血が見たいと思ってたところ」

「やーね、悪趣味だわぁ」

 チャペルの非難に見送られながら、クレインは光学迷彩を使って姿を消しつつ小屋を守る歩哨に近づいていった。

 赤外線暗視装置を持っているか、強力な光源がある場所であれば看破は可能だろうが、この暗闇の中で目視で発見することはできないだろう。たとえ、正面から悠然と近づいていったにせよ、だ。

 やがて二匹の聴覚センサーに微かな切断音と水音が届き、続いて無線越しにクレインの声が聞こえてきた。

「タンゴ・ツーダウン」

「やれやれ」

 二匹が小屋の前まで近づいたとき、クレインは兵士の切断された上半身を抱えているところだった。

 おそらく右手のクローで切り飛ばしたとき、地面に落ちて音を立てないようキャッチしたのだろうが、そのグロテスクな光景はことさら二匹にクレインを蔑視させるには充分なインパクトがあった。

 傍らにもう一人の兵士、腎臓を寸断された死体が転がっているのを一瞥し、ベケットが忌々しげにつぶやく。

「人形遊びでもするつもりか?」

「こゃーん」

「やめて」

 上半身だけになった死体の両手首を掴み、狐のポーズを取らせるクレインに対しチャペルが本気で嫌そうな声を出す。

 一面血だらけになった地面にクレインが死体の上半身を横たえるあいだ、ベケットとチャペルはそれぞれ聴覚センサーとソナー・センサーを展開した。

 わずかに開いた窓の隙間から超音波を潜らせ、小屋の構造と中にいる人数、服装、武装などを確認し、呼吸音や心拍数からリアルタイムで位置と心理状態を観察する。それらのデータを三匹は共有し、突入の算段を立てた。

「軍曹、C4は残ってるか?」

「小屋を吹き飛ばせる程度には」

「バーカそんなにいるか!ドアの金具に仕掛けてくれ、爆破と同時にヒットする。チャー公、マーキングはオーケー?」

「準備よし」

 ベケットとチャペルは小屋の中にいる人間の呼吸の発信源にAR上でマーカーをセットし、それぞれの分担にチェックを入れていく。一人だけ武器を持たず、椅子に座らされている人間がいるが、これがおそらく捕らえられたデルタ隊員だろう。かなり弱っているようだ。

 しばらくしてクレインが爆薬のセットを終え、発火リングに指をかける。

「準備オーケイ?」

 クレインに促され、すでにスマートガン・システムに情報入力を終えたベケットがチャペルのほうを向いた。

「Choise?」

「Choise!」

 チャペルの言葉を合図に、クレインが発火リングを引き抜き爆薬を起爆させた。

 ババッ、バンッ!

 少量の爆薬で金具が吹き飛び、ベケットのタックルでドアが勢いよく倒れる!

 デルタ隊員を拷問していたシリア政府軍の士官たちが驚きの声を上げる間もなく、ベケットのガトリングガンとチャペルの二連銃身サブマシンガンの銃口が、呼吸音の発信源に向けて…口内に、その先の脳幹に向けられる。

 ヴッ、ヴヴッ、ヴヴヴヴッ!

 バババン、ババン、ババババン!

 モーターの回転音、大口径ライフル弾が空気を切り裂く音、低速重量弾頭が歯や骨を砕く音が小屋中に響きわたり、二匹の腕に据え付けられた銃が一寸刻みで次々と標的を変え正確に撃ち倒していく。

 ほんの二、三秒、総勢八人のマーキングされたターゲットを抹殺するのに二匹が要したのは、たったそれだけの時間だった。

 大量に吐き出された薬莢が地面を転がり、硝煙があたりに充満する。

 わずかな時間で多くの銃弾が交差したにも関わらず、かすり傷一つ負うことなく一命を取り留めたデルタ隊員を助けるべくベケットが身を乗り出したとき、物陰から重装狐たちがセンサーで感知し損ねた兵士が一人、コマンドタイプのAKを手に飛び出してきた。

「يموت، متحولة(くたばれ、バケモノ!)」

「まずい!」

 口泡を飛ばしながらトリガーに指をかける兵士に、ベケットは慌てて銃口を向け…間に合うか!?

 やがて兵士が持つAKの銃口が、デルタ隊員の腹部に向けられ、パシュッ、炭酸ガスの放出音とともに何処からともなく銃弾が発射される。

 次の瞬間には政府軍兵士の額に麻酔用の注射針が突き刺さっており、けっきょく彼は一発も撃たないままその場に昏倒してしまった。爆破された扉の向こうで、クレインが左腕に装着された麻酔銃をかまえているのが見える。

「どうして撃ち漏らしたのかな?」

「知らんよ。なぁ」

「あたし知らなーい」

 まさか呼吸すらしていなかったとは考え難いが、ともかく隠れていた兵士の存在をセンサーが感知できなかったことについて、三匹はあまり深く考えないことにした。

 一方で、いままで散々に暴行を加えられ痛めつけられたデルタ隊員は目の前の光景に息を呑み、呼吸が苦しいながらもどうにかして一言声を発した。

「あ、あんたら…いったい」

「オタクとその仲間たちを助けにきた。礼はいらんぜ、その分の給料は貰ってるからな」

 軽口を叩いてから、ベケットは自分と他人の血にまみれたデルタ隊員に肩を貸してやる。

 チャペルもそれを手助けする一方、額に麻酔針を突き立てて失神している政府軍兵士を見つめながらつぶやいた。

「ところでこれ、どうしよう?」

「殺してもいいけど、それより生きてこの不始末の責を負わされるほうがきついんじゃないかねぇ」

「おめーホントに性格悪ィな。ま、反対はしねーけどよ」

 クレインの提言に、ベケットが意地悪く答える。

 負傷兵を連れてどうにか足場の悪い丘を下ったとき、三匹の目の前をヘッドライトで照らしながら一輌のジープが近づいてきた。「TOYOTA」と書かれたボール紙が貼られたボロい荷台の上に、悪ガキめいた笑みを浮かべたデルタ隊員たちが乗っている。

 運転席でハンドルを握るロミアス大尉が、陽気な笑みを浮かべて言った。

「よう。深夜タクシーのサービスが欲しいんじゃないかと思ってね」

「こいつはたまげたな。どこから拾ってきたんだ、こんなの」

「あー、たまたま通りがかった一般人に協力を要請してだな。そのー、徴発?した。だよな?」

 そう言ってロミアス大尉は助手席に腰かけている副官に話の水を向けたが、副官はただ苦笑いを浮かべただけだった。

 深夜に荒地のど真ん中に叩き出された民間人には悪いが、このジープは有り難く利用させてもらうしかないだろう。

 重装狐たちは互いに笑みを浮かべると、まさか助かるとは思っていなかったのだろう、驚きの表情を浮かべたまま硬直しているデルタ隊員に向かって言った。

「さぁ、国へ帰ろうぜ」

 

 

 

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