「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SIDE STORIES -』

- Shop Flaurein Series -

【 Sachiko - The End of Karma - 】 Part_1

 

 

 

 

 

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「行くのか」

 黙って一族の集落から立ち去ろうとするジェイジェイの背中に、酋長のイツァ=チュが言葉を投げかけた。

 アリゾナ州南部ピマ郡、シエリタ山脈。

 ここには小規模な狐魂の部族が昔から住んでおり、ずっと外界から…とりわけ、人間の文明から…隔たれた環境で生活している。

 山脈の東には世界でも最大規模の銅鉱山が存在するが、それ以外では、稀に奇矯なキャンプ客が訪れるほかに人間が足を踏み入れることはない。

 低木の生い茂る荒地で彼らはウサギを狩り、肉以外ではメスキート豆やホホバの実などを食べて暮らしている。極めて閉鎖的なコミュニティであり、他の部族からは温厚で平和的な一族であると評価されていた。

 そのなかにあって、好奇心が旺盛で気性の荒いジェイジェイの存在は異質なものだった。

 彼はしばしば鉱山労働者用の寄宿舎へと下りていき、人間に化けては彼らに混じって食事をしたり、賭け事に興じる。たまに仕事をしては小銭を稼いだりもしているらしい。

 人の出入りの少ない職場だから、余所者の来訪が目立たずに済む場所ではないはずだが、それだけジェイジェイが人を化かす能力に長けているということだろうか。彼は体力的にも強靭で、何をやらせても器用にこなす。

 喧嘩が強く、非常に喧嘩っ早い性格だったため、人間相手はもとより、他部族の狐魂とも悶着を起こすことがあった。そのときは決まって酋長であるイツァ=チュが出向し両者の関係を取り持つ必要があった。

 酋長…英語ではチーフと訳されるため誤解が多いが、本来酋長とは他部族との調停役を意味する言葉であり、部族のまとめ役や長といった意味ではない。そもそも、古来ネイティブ・アメリカンを祖とする部族社会にボス的な概念はないのだ。たとえばアフリカの部族とは違い、アメリカの部族にピラミッド型のヒエラルキーは存在しない。

 人間の生活や文化に強い関心を持つジェイジェイが、自然との調和を是とする一族の生き方に馴染むはずもなく、他方、一族にトラブルや混乱をもたらずジェイジェイが去ることを歓迎する同胞がいることも事実だ。

 だがイツァ=チュは黙ってジェイジェイが出て行くのを見過ごすつもりはなかった。

「どこへ行くつもりだ、ジェイジェイ」

「北だよ。南はちょっとおっかないらしくてさ」

「ヒッチハイクでもするつもりか」

「酋長がヒッチハイクなんて言葉知ってたなんて、意外だなあ。そんなことしないよ、のんびり歩いていくさ」

 そう答えるジェイジェイの表情には不適な笑みが浮かんでいた。

 彼は大胆だが、同時に周到な男でもある。事前に周辺の地理くらいは把握しているはずだ。集落から最寄の街までは約35km、その間はひたすら険しい山道が続く。

 碌に水も食料も手に入らない荒地だ。とてもじゃないが、「のんびり歩く」ような道程ではない。

 どうやら、ジェイジェイはそれをやるつもりのようだった。

「予言は知っておろうジェイジェイ、一族を離れる者には災いが降りかかる」

「僕を心配しているのかい?むしろ、それを喜んでいる連中のほうが多いんじゃないのか」

「お前だけのことではない。一族を離れし者、それに関わるすべてに災いが訪れる。この先、お前の向かう道には死と破壊がもたらされるであろう。考え直せ、ジェイジェイ」

「僕は力を試したい。自分を試したい。ここではそれは無理だ」

「ジェイジェイ、お前は強い。だが、今のおまえの強さはただ、力が強いというだけのもの。お前が証明したがっているのも同じこと。ただ力で他者を制する、それだけのことだ」

 イツァ=チュはさらに一歩踏み出し、力強い目つきでジェイジェイをまっすぐに見つめる。

「予言とは、神より『預』かりし『言』葉、預言であり、『予』め『言』付けられたもの、なのだ。よいかジェイジェイ、予言を試そうとするな。それはお前だけの不幸ではない」

「僕は…行くよ」

「そうか、止めても無駄か。決意は固いか」

「ああ」

 いっそ、自然の手にかかれば…

 寸でのところで口まで出かかった言葉を飲み込み、イツァ=チュは棘のように鋭い草が生えた固い山道を下っていくジェイジェイの背中を見守る。

 その後ジェイジェイはツーソンの街に辿り着き、姿と身分を偽って警察官になる。

 優秀な成績からFBIにスカウトされたジェイジェイは活動の場を南のノガレスに移し、メキシコ国境を挟んで麻薬組織との対決に身を投じることになる。

 それはまさに予言通りの、血と暴力に彩られた人生の幕開けだった。

 

 

 

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 チバシティ、2016年4月。

 狐魂受け入れ政策のモデル都市として指定されてから早くも一年が経ち、一向に進まない法整備とともに、不良狐魂による犯罪が目立ちはじめていた。

 現行法では取り締まれない狐魂犯罪と、それに類する超常現象の解決のため皇宮直属の組織として新設された『霊能局』、その手足となって活動する捜査課の刑事であるサチコは、たったいま目前で起きている出来事に思わず頭を抱えた。

「なぁいいかいオネーチャン、そもそも狐魂というのは種として人間よりも遥かに優れた存在であってだなあ…人間の監視を受けながらせせこましく生きなきゃならない現状ってのが既に間違ってるわけだよ。オワカリ?」

 朝の出勤途中、今日の昼食は弁当で済ませるかとコンビニへ立ち寄ったのが運の尽き。

 たったいまレジ前でアルバイトの女性店員(見たところ若いが、学生か主婦かは区別できなかった)を相手にクダを巻いている狐魂のまわりには学生やサラリーマン、現場作業員といった風体の男たちが傷を負って倒れている。

 なぜかといえば、それは倒れている連中が狐魂に喧嘩を売った結果であり、なぜ喧嘩を売ったのかといえば、それはこの狐魂が強盗だからだった。

 朝の出勤時間は誰も彼も気が立っており、正義感からというより、強盗をぶちのめしてさっさと買い物を済ませ、はやく学校や職場に向かいたい、という欲求からの行動と思われる。こうした「仕事は何にも優先する」という概念は、まったく日本人らしい。

 だが今回に限っては運が悪かったと言うほかない。

 いきなり複数人で掴みかかってきた通勤客たちをあっという間にぶっ飛ばし、無力化できる程度にこの狐魂は強かった。それも丸腰で…だ。どうやら、念動力を凝縮した「気」の塊(破壊のエネルギー)として放出させる能力に長けているようだ。

 全身を鋲つきの革製品で固めたパンクス・スタイルという軽薄さのわりに、それなりの修行は積んでいるようだ、とサチコは見当をつける。残念なのは、才能はあるようなのに、短絡的な犯罪行為しか力の使い途を思いつかなかったらしいことだった。

「つまりだなあ、文明というのは本来優れた種によって管理されるべきであり、いまこそ人間はその支配権を…おい、早く金を袋に入れろって。レジの中だけじゃない、金庫のもだ。鍵の場所を知らなきゃ店長かオーナーを呼べ、早くしろよ」

 …こういうのを説教強盗と呼ぶのだろうか?サチコは内心で呆れる。

 さっさと拘束したいところだが、なまじ相手が中途半端に力を持っているため、迂闊に動くことは出来ない。

「(金を持って出ていこうとしたところで現行犯逮捕、が定石かなあ。一番油断するタイミングだし、銃口にビビッてくれるといいけど)」

 まだ職場のタイムカードは押していないが、霊能局刑事の逮捕権はいまからでも行使できる。

 犯人の視線が届かない棚の影で、サチコはハンドバッグの中に隠してある魔導銃のグリップを握る。いま装填されているのは通常弾、おそらく弾倉を交換する暇は与えられまい。

 どのみち撃つ気はない、極力は。撃たずに捕まえるのが刑事の仕事だ。撃って殺すのは兵隊の役割だ。

 サチコがハンドバッグから銃を取り出そうとしたそのとき、いつからそこにいたのか、トレンチコートを着た巨漢の大男が強盗のすぐ横に立ちふさがった。

「あのぉ~。そのへんで、そろそろヤメにしませんか?」

「…なんだ、テメエ。いつからそこにいた」

「さっき入ってきたばかりです。朝ごはん買いたいんですけど、ちょっとレジ空けてくれませんかね?」

 大男は薄っぺらい笑いを顔にはりつけたまま、懐から財布を取り出そうとする…少なくとも、傍目からは財布を取り出す動作に見えた。

 だが、犯人の動きは素早かった。

 カウンターを飛び越えると犯人は店員を素早く拘束し、薄緑色に発光した掌を女性の細い首元に突きつける。

 一方で大男は手に財布…ではなく、拳銃を握っていた。カスタマイズされた.45口径拳銃を。

「テメエ、なにもんだ…!?」

「まいったな」

 犯人が動いたのは拳銃を目にする前だった。おそらく、その前に「天敵」と認識されたのだろう。

 気を悟られたか…大男は苦笑する。それは取り繕ったものではなく、本物の戸惑いの笑みだった。

「おまえ、警察か」犯人が歯を剥き出しに問いかける。

「そんなところです」

「退けよ。女の首が吹っ飛ぶぞ、これはブラッフ(脅し)じゃねえ」

「となると」大男は微笑んだ。「僕は、ケチな強盗じゃなく傷害致死の重罪犯を逮捕することになるわけだ。大手柄だ」

「テメエェ…ッ!」

 犯人が動揺し、大男がトリガーにかける指が動く。

 大男の瞳には一切の動揺の色なく、その銃口の向かう先は…

「だっ、駄目ーーーッ!!」

 慌ててサチコが叫び、ハンドバッグから銃を取り出す。

 その一瞬で大男はトリガーにかけた指を離し、他方、犯人は掌にエネルギーを集中させて大男に向ける。

 バンッ、バンッ!

 犯人が力を放出させる直前、大男は銃口を少しだけ逸らし素早く二発の銃弾を撃ち込む。

 肩を撃たれた犯人はでたらめな方向に力を放出し、カウンターが粉砕される。おそらく人間が受けても同じように粉砕されたはずだろう。

「がああぁぁぁーーーっっ、痛ぇーーー!!」

 どさっ、仰向けに倒れた犯人は声を限りに叫び、ふたたび方向性のない力を掌に宿らせようとする。

 だがそれより先にサチコが犯人に駆け寄り、両手を後ろに回して素早く手錠をかけた。

「霊能局捜査課の刑事です、あなたを強盗未遂の容疑で逮捕します」

「こ、このっ、クソッ!人間の狗(イヌ)どもめ、同胞だろうが!恥ずかしいと思わねぇのか貴様ッ!」

 声を限りに喚き散らす犯人に、サチコはため息をつく。

 ふたたび力を溜めようとする犯人の後頭部に銃口を突きつけ、サチコは厳しい口調で言いつけた。

「それ以上力を行使するつもりなら、あたしはアンタを撃ち殺さなきゃなんなくなるんだけど」

「き、脅迫だ!権力の濫用だ、訴えてやる!」

「ご自由にどうぞ。人間の狗、ね…言っておくけど、あたしは自分の意志でこうやってるし、狐魂は人間ほど同胞に甘くないわよ」

 さて…

 暴れようとする犯人をどうにか取り押さえつつ、顔を上げたサチコは一連の様子をじっと眺めていた大男と目が合う。

 サチコが質問する前に、大男のほうが口を開いた。

「被疑者への権利の読み上げをしなくて良いんですか?」

「この国にミランダ警告はないわよ、外人さん。ところで…あなたは何者?そういう物騒なシロモノは、この国だと警察かヤクザしか持ち歩かないものなんだけど」

「あ、これ、外交特権です。いまのところは、ですが…あなたは霊能局の刑事さんと言いましたね?丁度よかったです、僕、あなたに用があるので」

「あたしに?」

「はい」

 大男は拳銃を懐のホルスターにしまうと、ニッコリと笑いながら会釈した。

「本日より霊能局捜査課へ研修生として配属されることになりました、FBI捜査官のJJギブソンと言います。以後、よろしくお願いします」

「……へ?」

「え、FBI…?」

 自らの素性を晒す大男、JJの言葉に、サチコのみならず犯人までもが呆然としたような声を出す。

 ああ、そういえば…サチコは思い出す…半月ほど前から、国際交流という名目でFBI捜査官が派遣されてくる、というような話を聞いていたような気がする。

 狐魂の存在が公になってから二年弱の月日が経過した現在、世界に名だたる合衆国連邦捜査局でさえ狐魂犯罪への対策は充分とはいえず、なにより権利を行使するにあたっての基幹となる法整備が整っていない状況という有様のなか、他国の対狐魂犯罪専門の機関へ意見を伺いに来るというのは、理にかなった行動に思える。

 通常、そうした活動はプライドが邪魔して実現しないものだが…縄張り意識の強い、頭文字で略された米国の法執行機関は尚更だ…すでにそれでは済まされない状況ということか。

 とはいうものの、とサチコは思った、それで派遣されてきたのがこのミスター・トリガーマン(殺し屋)というのはどういうわけだろう?

 はじめに銃をかまえたとき、まるで躊躇のない動きで強盗の「眉間」に狙いをつけたJJの笑顔を思い出し、サチコは大変な面倒を背負い込んだような思いで手錠の鎖を掴み、強盗を引っ立たせた。

 

 

 

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「こういうのはちょっと困りますね、ミスターJJ」

 定刻よりやや遅れてオフィスに到着したサチコとJJを出迎えたのは、ゴーグル越しに眉を八の字に曲げた課長ハクロウの渋面だった。

「州を跨いで活動する連邦捜査官といっても、日本でその権利を行使することはできません。ここは合衆国ではないのですから。つまり、あなたは私人として拳銃を使用したことになります」

「明確な殺意を持った相手への正当防衛は成り立つと思いますが、たぶんそういう話ではないですよね?」

「この国ではね。合法的に持ち込まれた銃であり、臨時発行された銃器携帯許可証があり、であっても、何の問題もないというわけにはいかないのです。市民感情…という言い方が正しいのかはわかりませんが、とにかく、日本で銃声を耳にするというのは本当に珍しいことなんですよ」

「成る程、次からはカラテかカンフーを使うことにします。えぇと、日本の警察が使うのはジュウドーでしたっけ?」

「…撃ったのがサチコ氏だったら、まだ話は簡単だったんですが」

 JJのジョークが聞こえなかったふりをして、ハクロウはいったんこの話を打ち止めにした。

 正規の法執行官であるサチコが犯人を撃ったのであれば、それは職務上の適正な判断として処理される。しかしJJは…米国では正規の法執行官かもしれないが、あるいは、霊能局の研修生として正規の手続きを済ませた後ならば問題はなかったのだろうが、いまは何の権限もない「ただの外国人」でしかない。

 そして米国であれば、銃器「所持」許可証と、銃器「携帯」許可証を所持した一般市民が火器を使用して強盗を撃退することに何も問題はないのだろうが、たとえ同様の権利を有していたとしても、日本ではそれが問題になる。

「拳銃は最後の武器、でしたっけ?エド時代のサムライの風習が未だに残っているんですかね」そう言ってJJは肩をすくめる。

「忍者部隊月光じゃなくて?」とサチコ。

 その言葉の意味がわからず、JJのみならず霊能局捜査課の面々が顔を見合わせては首をかしげる。

「えーと…」奇妙な手振りをしつつ、「ばか、撃つやつがあるか!拳銃は最後の武器だ!我々は…忍者部隊だ!」と、なにやら声真似のようなものを披露する。ものの、やはり周囲の反応は芳しくない。

 若干空気が気まずくなりはじめたあたりで、ハクロウが手を鳴らした。

「さてまあ、重苦しい話はこのへんにして、と。霊能局へようこそ、JJギブソン氏。我々はあなたを歓迎しますよ」

「その我々ってのにはあたいも入ってんのかい?ボス」

 いささか棘のある口調で割り込んできたのは、刑事のミレグラだった。

 やや濁った左目にモノクルをかけ、筋肉質な肢体(ボディ)は美しい灰色の毛並みに覆われている。よく手入れされていたが、箱入りという感じではない。どちらかと言えば荒事向き、自分に近いな、とJJは思った。

 握手のつもりで差し出された右手を見て、JJはギョッとする。

 金属骨格が剥き出しの、赤銅色をしたサイバネ・アームを見せびらかしながら、ミレグラは悪戯好きの子鬼のような笑みを浮かべた。

「こいつはあたいが刑事になる前、課長と戦(ヤ)ったときに吹っ飛ばされたもんさ。んで、自分がいままでしてきた悪さのツケを払うかわりに、今度は自分がワルどものケツを蹴っ飛ばす側に回ったってわけ」

 かつて霊能局の課長と敵対した…つまり前科者か、とJJは声に出さず納得する。

「それはつい最近の出来事ですか?」

「あん?おい、なァ優男。こいつが…」ミレグラは瑕だらけの旧式義腕を持ち上げ、「新品に見えるってのか?」

「でも、霊能局が設立されてからまだ一年しか経っていないでしょう」

「おいおい、ノーテンキな頭だなァ?甘っちょろいぜヤンキー、霊能局はずっと昔ッからあったんだよ。ただ、一年前に存在が公になったってだけのこと。新しくそういう組織ができたように見せかけてだ、そーいう理屈さ」

「なるほど。つまりこのビルが改装を必要とするほど古ぼけて見えるのも、予算が足りなくて安い貸しビルを使ってるわけじゃなくて、何十年も前から変わらない姿でここにあったわけだ」

 そう言って、JJはふたたび差し出されたミレグラの義手を握った。

 てっきり強く握り返されるものだとばかり思っていたが、どちらかが相手の力を試すようなことは起こらなかった。ミレグラの義手の扱いはJJが想像していたよりも、だいぶ力加減が繊細だった。

「その目も課長に?」濁った左目を見つめ、JJが訊ねる。

「いんや、こいつはそれよりもっと、だいぶ古い。ガスにやられたんだ。戦争だよ。いまでも雪が降ると思い出す」

「雪?」

 しかしミレグラはそれ以上の昔話をするつもりがないようだった。

 元軍人で前科者の刑事か、とJJはひとりごちる。司法機関の職員としては一筋縄ではない人選だ。というより、普通、そうした瑕のある人材は選考の時点ではねられるはずだが(JJのように身分を偽らない限り)、このあたりは国…というか、組織の気風だろうか。

 続いてソフト帽にサングラスという、刑事というよりは私立探偵に近い風体の男(この課にいる職員は皆そんな感じだが)がJJに挨拶した。

「アンソニー・ブラックショットだ。対狐魂犯罪の研修に来たという話だけど、我々もあなたから学ぶことがあると思っていますよ」

「ジョナサン・ジェイコブ・ギブソンです。犯罪捜査に関して僕は特にエキスパートというわけではありませんが、知っていることで良ければいつでもお話ししますよ」

 互いにフルネームを名乗り、JJは白手袋を嵌めた(屋内なのに?と訝りつつも)ブラックショットの手と握手を交わす。

 すると…「うわっ!?」JJの手を握った途端にブラックショットは飛び上がり、それにつられてJJも思わず飛び退いた。

「えっ、な、何?」唐突な二人のリアクションに驚くサチコ。

「あ、いや…その、今のは私の過失です」ブラックショットが慌てて取り繕う。

「見えたのかい?」と、ハクロウ。

「ええ。手袋をしていたのに、あれだけ強烈なものが見えるなんて。凄まじいな…」

「彼は触れた物から記憶を読み取ることができる能力の持ち主なんだ」と、先刻から戸惑いの表情を浮かべるほかに反応のしようがないJJへハクロウが説明した。「ただし能力の制御が難しいのと、力が強過ぎるために、普段は能力を封印する手袋を嵌めているんだ。だけど、それでも無意識に記憶を読んでしまうことがある。稀にだけれど」

「ああ、サイコメトリーですか。力が強過ぎる、というと」

「たとえばダンボールに触れたとしよう。彼はダンボールが影響を受けた直近の状況のみならず、ダンボールがまだ素材となる木だった頃から、その製造過程に至るまで仔細に読み取ることができる」

「それは…難儀な」

「何かに触れるたびにそんな調子じゃあ、気が狂ってしまうよ」と、ブラックショットは疲れた表情で言った。「まして生物に触れた日などには、どれだけ心を煩わせる必要があるやら」

「それで、僕の記憶を読んだ?」

 こころなしかJJの表情が硬くなる。

 それはサイコメトラーを前にした者のありがちな反応であり、特に咎めるようなものではない。

 だが、とブラックショットは考えた。自分が読み取った記憶からすれば、むしろその反応は大人しすぎる。「あれ」を瑣事だと思ってはいないだろうから、動揺しないよう訓練されているか、元からそういう性格なのか。

「安心してください、人のプライバシーをやたらと吹聴することはありませんから」

「それを信用していいのかな?」笑顔のまま、JJがずばり問う。

 冗談めかしてはいるが、恐らくは本音だろう。抱いて当然の疑問だ。

「それが異能者のルールですから。やたらと力を見せびらかす者は、あちこち出向いては奇跡を起こすようなことをやっていては、早晩、両の手をツーバイフォー木材に釘で打ちつけられて、脇を槍で突かれることになります。世界中の誰もが知っている、有り難い教訓ですよ」

「そのうえ後世に語り継がれることもない、と」

「少なくとも私のために教会が建ったり、日曜日にファンが礼拝に訪れることはないでしょうね」

 その返答は概ねJJを納得させることに成功したようで、それ以上の追求はなかった。

「さて」いままでのやりとりをじっと見ていたサチコのほうへ向き直り、JJが言った。「まだ自己紹介は済ませていませんでしたね?」

「狗錷禊(クガワラ)サチコ。よろしく、ギブソン刑事?」

「同僚に刑事の敬称をつけるのは止しましょうよ。ギブソンでいいです、あるいはJJ、ジョナサン、なんとでも」

「それではJJ氏」ハクロウが手を叩き、JJの注意を惹いた。「これからうちの職員が施設内を案内するので、そちらについていくように」

 捜査課オフィスの入り口で待機していた他の部署の職員がJJを引きつれ、廊下の向こうへと姿を消す。

 階段を移動する音がして、JJが居なくなったのを確認してから、ミレグラがハクロウに尋ねた。

「ところでアイツ、どういうやつなんだ?」

「ファイル(報告書)によると」芝居がかった手つきでレポート用紙を捲り、ハクロウはその内容を読み上げる。「JJギブソン、FBI特別麻薬捜査班のメンバー。任務地はノガレスをはじめ、メキシコほぼ全域に及ぶ。逮捕を前提としない殲滅作戦用の戦力であり、数多くのカルテル・メンバーをその手で殺害している。負傷経験なし。地元の麻薬カルテルからはエル・ディアブロ(悪魔)の名で恐れられている…だ、そうです」

 そこにはFBIから前もって提出された公式文書に加え、ハクロウが個人的な伝手を頼って得た情報も含まれていた。

 そもそもJJの活動内容には不明瞭な点が多い。FBIの公式文書に記載された身分は人間のものであり、それはFBIでの活動より以前、ツーソン市警所属時にJJが偽装したものであることは明らかである。

 しかし今回JJが派遣されたのは対狐魂犯罪用のノウハウを学ぶための的確な人材としてであり、FBI所属の狐魂としてだったが、そもそもFBIは組織内に狐魂の職員が存在することを公式に認めてはおらず、従って公式文書にはJJを狐魂と認める記載が一切存在しない。

 これはいったい、どういうことなのか。

 ハクロウが個人的に入手した、JJの活動に関する情報はチバシティ警察組織犯罪対策部の銃器薬物対策係が追っていたカルテル・メンバーの追加資料として密かに収集されていたもので、それによると、通常の作戦規定を大幅に無視した危険な制圧任務を繰り返し行っていたようだ。未確認だが、たびたびJJと行動を共にしていた協力者もいるらしい。

 それにしても、悪魔とは…

「あの優男がァ?」

 納得しかねる、という顔つきでミレグラが眉を曲げる。

 常にどことなく申し訳なさそうな笑顔を浮かべるJJの表情を思い出し、今朝の出来事を勘定に入れるにしろ、数多の悪名をもって鳴る南米の麻薬カルテルと対決している姿はどうしても想像できなかった。

 彼女はブラックショットの脇を肘でつつき、握手のジェスチュアをしてみせる。

 その意図を理解したブラックショットは、先の自身の言動などまるで冗談であったかのように口を開いた。

「たぶん、本当だと思いますよ。あの血のイメージは…あの握手の瞬間、私には断片的な映像しか読み取れませんでしたが、いや、あれは平和とはまったく無縁な生き様を通した男のアルバムですよ。間違いない」

 そう言って、ブラックショットは肩をぶるっと震わせた。

 彼はその能力から、過去に何度となく過酷なイメージの読み取りを余儀なくされたことがある。犯行現場に残された凶器から、猟奇殺人のまさに犯行場面を見せつけられたことさえ…その彼がこのように感情を表出させることは珍しく、それだけJJから読み取った記憶の断片が並ならぬものであったことを意味していた。

「あいつがねぇ…」

 次にそうつぶやいたのはミレグラではなく、サチコだった。ただし、その疑問形が含むニュアンスはミレグラのものとは若干異なっていたが。

 このなかでJJの戦闘を目の当たりにしたのはサチコだけだ。身分証がわりに銃を抜き、なんの疑問もなく犯人の頭を撃ち抜こうとした、あの瞬間…「本気で撃つつもりだ」というのは、サチコ自身の能力である第六感を使うまでもなかった。

 だからサチコ自身も銃を抜き、警告を発したのだ。それで意図は伝わるはずだと思ったし、事実、伝わった。

 サチコが法執行官だというのは、銃の扱いを見てすぐに理解しただろう。慣れているだけでなく、犯人を殺さず無力化する動きを踏襲していた。そういうことを一般人が学ぶ機会は皆無であり…セルフディフェンスの基礎は「自分が死ぬような状況になったら自分ではなく相手に死んでもらえ」というものだ…また、学ばずに身につくような技術ではない。

 どのみちJJが犯人の頭部を撃ち抜く形でカタがつくのを容認するなら、サチコが行動を起こす必要はなかったし、そうでなかったからこそ、JJはわずかに狙いを逸らし、犯人を棺桶ではなく治療室送りにするほうへ瞬間的に判断を軌道修正したのだ。

 おそらくは彼にも、殺すことを是としない法執行官としての良心はまだ残っているはずだ、とサチコは思った。

 この国にいる限りはその良心をずっと表に立たせておくことを意識させよう、この街は何をさておいても射殺しなければならない「標的」で溢れているわけではない…

 それにしても可哀想だったのはあの店員だ、とサチコは思った。強盗の盾にされ、そいつが撃たれるのを目の当たりにしたのだ。すこしでもJJの狙いがまずかったら銃弾は自分に当たっていた、という懸念は言うに及ばず。

 あのときはさほどに構っている余裕はなかったが、かなり酷いショックを受けていた様子だった。悪くすれば、今朝の出来事がトラウマとして残り続けるかもしれない。もう一度あんなことが起きるかもしれないと考えると、今の仕事を続けられなくなるのでは…もっと上手く対処できれば良かったのだが、とサチコの良心が疼く。

 そんなサチコの内心を察したかはわからないが、だしぬけにハクロウが言った。

「さしあたって、JJ氏の滞在中はサチコ氏にパートナーとしてつくようお願いしたいのですが」

「エッ、あたし?」

「サチコ氏の第六感は非常に頼りになります。彼の周囲でなにか問題が起こりそうになったら、すみやかにそれを回避して頂きたい」

 もともと狐魂は優れた第六感を持っているが、サチコの場合はさらに特殊で、人や物、あるいは場所に潜む吉兆や凶兆を正確に嗅ぎ分けることができる。

「第六感といやあ」ミレグラが言った。「今朝のはどうなんだよ?あれだけのことが起きたってことは、何か感じたんだろ?」

「まあ、感じたには感じたけど」と、サチコ。「台風の目みたいなやつ。でも、ああいう場所で何かヤバイことが起きそうだとわかってて、刑事としてはそれを見過ごすことってできないから」

 そうしたサチコの姿勢は彼女を優秀な刑事たらしめる一方で、時として自らを不用意に危険に晒しかねない悪癖でもあった。

 そのことは他の職員も理解しており、サチコの行動を制限をするよりも、可能な限りサチコをバックアップをすることで積極的に事態の解決に当たってきた側面がある。しかし得体の知れない新人、もとい研修生と二人で行動するにあたっては、そうしたリスクを犯す危険は控えたほうが良いだろう。

「JJ氏の身に何かがあったらFBIもあまり良い顔をしないでしょうし、彼と行動している間は極力危険を避け、穏便に過ごしてください。できますね、サチコさん?」とハクロウが続ける。

 それに対してミレグラが片眉を吊り上げ、「なんだよテメェの保身が目的か?ウチはFBIの下部組織じゃないし、ベビーシッターでもねェ。トラブったら自分でケツを拭かせりゃいいじゃねかーか、その『悪魔』とやらによ」

「職員の安全を考慮した配慮、と言っていただきたい。何も起きないに越したことはありませんから」

 表情一つ変えずに答えるハクロウになおもミレグラが突っかかろうとしたが、サチコがそれを止めた。

 なによりハクロウの口調は「決定事項」を告げるそれであり、ここで我が刑事課長の日和見主義、官僚主義を非難してどうなるものでもない。そういうやりとりはあまり珍しいものでないとしても。

 ハクロウも以前はもっと熱意のある性格だったらしいが…おそらく、今のハクロウならミレグラと対決したときに右腕を吹っ飛ばすような攻撃は仕掛けないだろう…なんでも妻を事故で亡くしてから今の性格になったらしいが、その詳細はサチコの知るところではない。

 たしか大学で同期だったブラックショットが理由を知っていたはずだが、彼は課長の秘密を口外するような男ではない。

 秘密?サチコは思案する、誰もハクロウの妻の死を話題に出さないし、出そうともしないが、そこに何か「秘密」が含まれるような事柄があったろうか?

 そうした思考は、ハクロウの次の一言によって打ち消された。

「それで、サチコ氏とJJ氏には京都へ行ってもらいます」

「エエッ!?」

 課長の言葉に驚いたのはサチコだけではなかった。ブラックショットは洒落たデザインのサングラスの奥で目を丸くしていたし、ミレグラに至っては戯画化されたかのように全身で驚きを表現していた。

 それもそのはず、JJを京都へ寄越すというのは、ミレグラにとって少し「特殊」な意味を持つ。

「おいおい課長、まさか…まさかアイツに、魔導銃を持たせようってんじゃないだろうな?」

「霊能局の刑事が事件の解決に当たるには不可欠な道具だからね。これはすでに、上のほうとFBIが協議して決まったことだよ」

「そーですかァー」

 あからさまに不服の態度を見せるミレグラ、しかしそれにハクロウが何がしかのフォローをすることもなく。

 おそらくJJが「魔導銃」の所持を認められたら、ミレグラの不機嫌はこんなものでは済まないだろう。だが、そのことをいま憂いても仕方がない。

「それで、いつ出発すれば?」サチコが訊ねる。

「いますぐです」

「エエッ!?」

「冗談です」真顔のままハクロウは言葉を続け、「といっても明日の午前中に出発なので、いささか急ではありますけど。品川から新幹線への乗り換えです、切符はすでに手配済み。移動にかかる時間はせいぜい三時間といったところですか。なお、日帰りですので」

「うへぇ」

 用事だけ済ませてさっさと戻ってこいということか、観光案内どころじゃないな…と思う一方で、滞在時間が短く済むことに内心のどこかで安堵しているサチコだった。

「生八つ橋買ってきてくれ」とミレグラ。

「ベタな注文…」

 先刻までの不機嫌はどこへやら、あっけらかんとした態度で催促するミレグラにサチコはジト目をくれてやる。

 特別手当なんか出ないだろうし、これじゃあ土産代のぶん、損じゃないか…

 そこまで考えたところで、サチコは駄目元で一言。

「課長、研修生の世話するぶんだけ特別手当とかは…」

「お土産代くらいは負担しましょう」

 お、一歩譲歩。

 けちなハクロウにしては大盤振る舞いと言って過言ではないが、この程度のことで大喜びしなければならない現状にサチコはため息一つ。

 それとは正反対に、ハクロウの言葉を聞いたミレグラはにわかに表情が明るくなった。

「課長の奢りならさ、サケ買ってきてくれよ!日本酒!うんと辛いヤツ!」

「さすがにそれは容認できませんなァー」とハクロウ。

「なんだよケチ!あーでも、自腹でもいいから酒買ってきて欲しいなあー」

「やだよ重いから…」誰が持ち帰ると思っているのか、とサチコが反論した。

 なんだかんだ言ってこの二人、けっこう仲が良いんだよなー…と、憎まれ口を叩き合うミレグラとハクロウの姿を見てサチコは思う。ミレグラは未だに右腕を飛ばしたハクロウのことを恨んでいると公言しているが、すくなくとも以前に比べて殺気はだいぶ薄れ、隙を見て寝首を掻くといったような気配は感じられない(昔は多少そういう雰囲気を纏ってはいたが)。

 殺意を隠しているということはあるまい、もしそうなら、サチコなら「勘づく」…

 サチコの驚異的な第六感を誤魔化す方法も、なくはない。ミレグラの場合、課長への殺意を気取られず日常を過ごすなら、強力な催眠術の類で自身の内にある殺意を完璧に隠し通さなければならない。そんなことが可能かどうかはわからないが、狐魂のなかにはそういう術が得意なやつもいる。

 そして来るべき時が来たら、何がしかの出来事をトリガーに…それはたんに時限式かもしれないし、あるいは注文していた強力な武器を手に入れたときかもしれないし、催眠術にかかる前に雇った殺し屋の集団が課長に銃口を向けたときかもしれない…そのとき催眠術が自動的に解除され、ミレグラは内に秘めていた殺意を剥き出しにする…

 可能性も、なくはない。

 ミレグラは策略を好むタイプではないが、本気でハクロウを殺すつもりなら、その程度の「仕掛け」を用意することくらい、当たり前に考えつくだろう。

 だが、可能性はあくまで可能性だ。留意しておくに越したことはないが、本気にする必要はない。サチコは本気でミレグラを疑っているわけではなかった。

 ミレグラは気づいているだろうか、とサチコは思った。自分が彼女をそのように疑っていることに。

 まったく気づいていないかもしれないし、ひょっとしたら気づいていて、口に出さないだけかもしれない。

 少なくともサチコはたったいまの懸念について口外したことはないし、ミレグラも自分が同僚に疑われているかもしれないという疑問を口にしたことはない。実際は二人とも、互いのそういう懸念について気づいているかもしれないのに。

 だが、それでも二人がそういった点について議論を交わすことはない。なぜなら、それがオトナの思いやりというやつだからだ。

 まあどのみち、とサチコは思う。ミレグラが催眠術で殺意を隠していたとしても、相手の精神状態に関わらず肉体から過去の記憶をトレースできるブラックショットの能力を使えば看破は可能なわけだ。

 建前では能力者としての倫理を口にするブラックショットだが、実際のところ、彼は相当な「クセモノ」だ。ミレグラが気づいていないタイミングで、彼女の過去の行動を探ることくらい、すでにやっていそうだった。当然、バレたらただでは済まないが。

 同僚への能力使用はいかなる組織にあっても、最も忌み嫌われる行為だ。それが法執行官であれ、企業であれ、あるいは犯罪組織であれ。そのことを自覚しての、あの「異能者のルール」発言だ。

 やれやれ、いったい自分はなにを考えているのか…とサチコは思考を中断した。

 ミレグラは殺意を隠しているかもしれず、ブラックショットは仲間に対して能力を悪用しているかもしれず、だが、だからなんだというのか?

 そんなのはべつに「彼らに限ったことではない」。

 大小の違いはあるだろうが、隠し事をしたり、自身の能力を悪用したり、できる…「可能性がある」というのは、誰にでも言えることだ。そう、自分自身は言うに及ばず。

 だからといって、その可能性のすべてを糾弾したり、行動の芽を摘もうなどというのは、それこそ狂気の沙汰だ。そういうのは歴史上の独裁者がやるようなことで、健全な思考ではない。

 大事なのは、折り合いをつけることだ。

 さて、能力といえば…

「ところで課長、あの優男はどんな能力を持ってるんだ?それとも、たんに銃が達者ってだけなのかい?」

 サチコの疑問をミレグラが先取りした。

「それなんだが」手元の資料をパラパラと捲りつつも、ハクロウは思わしくない声で答える。「FBIの資料には記述がないようだね。他の資料にもそれらしい情報は載っていません、まさか、誰も把握していないってことはないでしょうが」

「私が見た記憶の断片にも、それと特定できるような映像はありませんでした。何かしらの能力を持っているにせよ、あまり多用はしないか、少なくとも、見た目に派手なものでないことは確かでしょう」

「どうにも…あんまり気にくわねーな」

 ブラックショットの補足を聞いたミレグラは、腕を組んだまま険しい表情で唸った。

 もし銃の腕だけで数々の苦境を乗り越えてきたとしたら、それはそれで驚くべきことだし、あるいは何らかの目立たない能力を有効活用してきたとすれば…その可能性が高いと思われた…局としても、早いうちに把握しておく必要がある。

 ハクロウが言った。

「とりあえず京都にいる間にでも、それとなく訊いておいてもらえませんか?サチコ氏」

「そーだね。案外、本人が素直に教えてくれるかもしれないし」

 それはまったく根拠のない希望的観測だったが、サチコはふと、その何気ない一言を自分自身ですっかり信じていることに気がついた。

 なんだか奇妙な気がする一方で、思いつきが確信に変わるまでにそう時間はかからなかった。なぜなら、それがたんなる思いつきではなく、自らの第六感が言わせたのだと気がついたからだ。

 

 

 

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