「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SIDE STORIES -』

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【 Sirocco - Tales - 】

 

 

 

 

 

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  [Tales:1 おやつ]

 

 研究所の廊下を歩いているとき、ノーマッド博士は中庭が騒がしいことに気がついた。

「(…誰か、収容中の狐魂が問題でも起こしたか?)」

 このところ保護観察中の狐魂が頻繁にトラブルを起こすことから、そんな推察をする。

 そのとき中庭から、同僚の研究員がノーマッド博士に向かって大声を張り上げた。

「た、たっ…大変です博士!」

「どうした」

 あまり運動慣れしていないのか、額に玉のような汗を浮かべながら駆け寄ってくる研究員にノーマッド博士が訊ねる。

 しばらく呼吸を整えてから、研究員は青ざめた顔で言った。

「し…シロッコさんが!」

「なに、彼女がどうかしたのか」

「また『あれ』を!」

「なんだと!?」

 あれ、と聞いて、それまで無表情だったノーマッド博士が慌てて中庭に飛び出す。

 中庭中央、四方をベンチに囲まれた巨木の傍らに佇むシロッコを、ノーマッド博士が呼び止めた。

「シロッコ君、なにをしているのだね!?」

「博士?」

 くるり、振り返ったシロッコの口元には…ビクビクとうねる、乳白色の芋虫が!

 ああ、またか…!ノーマッド博士は額に手をあて、天を仰いだ。

 シロッコはもともと鳥に近い生態だった。そのせいか、鉤爪で木のウロをほじくり返し、芋虫を生きたまま食べる奇行がたびたび報告されていたのである。

 もっともシロッコにとって、それは人間がおやつを食べるのと何ら変わりない行為であり、注意されたところで何が問題なのかを理解できていなかった。それが問題だった。

「シロッコ君、やめなさい」

「?…なにをですか?」

「人が見ている前で芋虫を生食するのはやめなさい」

「どうしてです?」

「どうしてもだ!」

「…わかりました。それじゃあ、人が見ていないところで」

「それもやめなさい」

 …すべては。

 すべては、新たに作られた狐魂の再教育プログラムに「人前で芋虫を食べてはいけない」という文言が存在しないせいであった。

 もちろん芋虫の生食は犯罪ではないし、栄養価が高く食用として有用であるという学説もある。

 しかし大抵の文化圏において、木の中に眠る芋虫をその場でほじくり返して食すというのは忌避される習慣であるということを、ノーマッド博士はシロッコに根気良く教え込む必要があった。

 

 

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  [Tales:2 脂肪]

 

「博士、この脂肪の塊にはなんの意味があるのです?」

 すでに定番の逢引場所(というほど大それたものではないが)となりつつある、USFOオフィスと研究所を繋ぐ廊下の途中の休憩所にて、ミネラルウォーターのボトルを大型の鉤爪で器用に掴みながらシロッコが言った。

 質問されたノーマッド博士は、エスプレッソのカップに口をつけながら訊き返す。

「この脂肪、とは、どの脂肪のことだ?」

「これです」

 たゆん。

 なんの話かわからない、という表情のノーマッド博士に見せつけるように、シロッコは空いているほうの手で自身の、平均よりは若干上、というか一般水準からすればかなり大きい胸を揺すった。

「はっきり言って、行動の障害にしかならないのですが。あと、あまり好ましくない視線が集まる点も気になります」

「シロッコ君、女性の胸というのはだね。子孫を残すためになくてはならない大切なものなのだよ、ぞんざいに扱うべきではない」

「哺乳類が幼体の成長に必要な分泌液をここから放出することは知っています。私が気になるのは、子育てをしていない平時においてさえサイズが大きいのはなぜなのか、ということです」

 そう。

 シロッコはもともと鳥類に近い生態だったため、人間の…あるいは、人型狐魂の常識がしばしば通用しないのだ。

 オホン、一つ咳払いをしてから、ノーマッド博士は真面目な表情で講義をはじめた。

「シロッコ君、女性の胸というのは子育て以外にも、異性へのアピールとしての役割があるのだ。大抵の場合において、男性というのはサイズの大きい胸に惹かれるものだ。女性が優秀な雄に惹かれるように…それは自然の摂理であり、いわば優れた種としての象徴でもある」

 平坦な胸の持ち主が聞いたら憤死しそうな自説に対し、しかしシロッコは素直に納得したようだった。どこかしら野生種としての本能が根強く残っているシロッコにとって、優れた個体が子孫を残すという論拠は理解しやすかったらしい。その内容に若干の偏見が含まれていたとしても。

「つまり博士は、優秀な雌のイメージとして私の義体を作ったわけですね?」

「そうだ。誰しも、自らの創造物は完璧でありたいと思うもの…君のそのボディは、私が考え得る魅力的な女性像を体現したものなのだ」

 ただし、もともとその義体はシロッコのために作られたものではない…それでは手術が間に合わない…ため、まさか非人型の野生種の魂を入れることになるとは考えていなかった、とは、ノーマッド博士は言わなかった。

 しばらくノーマッド博士の言葉を吟味し、若干脂肪の乗った腹回りや太腿に対する劣等感を思い出してから、シロッコはだしぬけに言った。

「つまり、この身体つきは博士の趣味ですね?」

「まあ、そうだ」

 眉をひそめるシロッコに、ノーマッド博士がきっぱりと言い放つ。

 

 だが それが逆にシロッコの逆鱗に触れた!

 

 バシーンッ!バシーンッ!

「アーオ!」

 ミネラルウォーターのボトルを持ち替え、鉤爪のついた鋼鉄製の義手で殴りつけてくるシロッコに対し、ノーマッド博士は抵抗の手段を持たない!

「なぜ殴る?なぜ殴る!?」

「クエー」

「なぜいま野生に還る!?」

 バシーンッ!

「アーオ!」

 このときシロッコの胸中にはいろいろと複雑な思いがあったのだが、それを言葉で表現する術を思い浮かばなかったため、このような凶行に及んだのであった。

 もっともこれはスキンシップの一種であり、冗談では済まされない暴力が加えられることはないと思われていたのだが……

 

 

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  [Tales:3 テスト済]

 

「新しい肉体にも、すっかり慣れたようだな」

「はい。戸惑うことも多かったですが」

 UFSOオランダ支部附属研究所のメンテナンスルームにて。

 定期的に行なわれる義体のオーバーホールを終えたシロッコに、ノーマッド博士が訊ねた。

「具体的には何が大変だったのだ?」

「身体のバランスが、以前までとはまったく違ったので…あと、排泄口の多さが」

「排泄口?」

「以前は一つでしたから…それが人体ベースの肉体だと三つもあるじゃないですか。率直に言って、今でも煩わしいと思っています」

 そこまで言って、そういえば、とシロッコは以前から疑問に思っていたことを口にした。

「そういえば…尿道口と菊門はまだわかるのですが、もう一つの、膣口にはどのような用途があるのでしょう?」

「膣口とな」

「この肉体に生まれ変わってからもう何年も経ちますが、未だに使用した記憶がないのです」

 そう語るシロッコの表情に、躊躇や羞恥は微塵もなかった。おそらく初めから人型狐魂として生まれ落ち、文明社会の中で生きてきたのであれば、このような質問を平然とすることはなかったと思うが…

 一方のノーマッド博士も言葉に詰まるような態度を見せることなく、教師が生徒に教えるように淡々と説明をはじめた。

「膣というのは、性行為と出産のために使われる内臓器官だ。そういえば、哺乳類の生殖行動については再教育プログラムの中に入っていなかったか…今一度見直しの必要があるな」

「生殖器官、ですか。しかし、その…」

 そこまで言って、シロッコは口をつぐんだ。

 いまさら羞恥の意識が芽生えたわけではなかろうし、いったいどうしたのかと訊ねるノーマッド博士。

「なにが疑問点でも?」

「いえ、その。私の肉体は人工的に造られたもの、ですよね?生殖器が、ちゃんと機能するのかと思って…」

「その点については問題ない。子孫繁栄は種としてもっとも優先すべき、尊重しなければならない要素だ。人工器官での受精実験そのものには成功しているし、少なくとも性行為に用いるぶんには君の生殖器の機能に不備はない」

「なぜそう言い切れるのです?」

「私が実際に試したからな」

 し、ん……

 ノーマッド博士が言葉を言い終わらないうちに、二人の間の空気が一変した。

 まったく悪びれた態度を見せないノーマッド博士に、シロッコは辛うじて声を上げる。

「……へ?」

「そういえば言っていなかったな。蘇生実験直後、君の生殖器官の機能をテストするために私が実際に性行為に及んだのだ。まったく問題はない、素晴らしい感触だった。君はその肉体に誇りを持つべきだよ」

 淡々と、まるで工場製品の検品を済ませたような態度で語るノーマッド博士。

 しかしいくら元は野生種だったとはいえ、昏睡中に一方的に性交されたと聞いて納得できるほどシロッコは物分かりが良いわけではなかった。

 うつむいたまま押し黙るシロッコに、ノーマッド博士が怪訝な表情を向ける。

「どうか、したかね?」

 それは純粋にシロッコに気を遣っての言葉だったが、

 

 だが それが逆にシロッコの逆鱗に触れた!

 

 バシイィィィイイインンンンッッッ!!

「ぶっ」

 ビュンッ、ガッ!ゴン。

 鋼鉄製の義手による全身全霊の殴打を受けたノーマッド博士はピンポン玉のように吹っ飛び、コンクリートの壁に顔面から激突し、床に崩れ落ちた。

 異音を聞きつけ駆け寄ってきた研究員は、血まみれのまま床に横たわるノーマッド博士と、異様な殺気を放つシロッコの姿に戸惑いを隠せない!

「い、いったい何があったのですッ!?」

「知りませんッ!」

 頬を紅潮させ、耳の毛が広がり、肩を震わせながら叫ぶシロッコ。彼女が激情を表に出すなどというのは過去に例のないレアイベントだ。

 一方でノーマッド博士は血を吐きながらも、折れた歯を拾いながら呟いた。

「ぶぼはっ、き、気にする必要はない…悪いのは私だ」

「まったくです」

 謝罪するノーマッド博士を、まるで虫ケラでも見るような目つきで見下すシロッコ。

 この件はUFSOオランダ支部はじまって以来の大喧嘩として職員に記憶されたが、その原因について知る者はいない。また後日、シロッコからノーマッド博士に対して「そういうのは当人の了承のもとで行なってください」という、非常にうるせぇ提案がなされたことを知る者もまた、いなかった。

 

 

 

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