「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SIDE STORIES -』

- What If Collector's -

【 Proxima War 】

 

 

 

 

 

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 一目で心を奪われた。

 特殊合金製の強固な檻と、幾重にも張り巡らされた呪力障壁によって封じられていた少女の姿を見たとき、俺の中でなにかが「変わった」。

 

 俺が狐魂コレクターとしての道を歩んでから、十年もの歳月が過ぎようとしている。

 故郷の星で、水連を名乗る白い狐に才能を見出されてから、俺は数多の星々を旅して巡り、捕獲した狐魂を「約束の地」と呼ばれる星へ送り続けてきた。

 その行為に疑問を持ったことなどないし、その行為が持つ「意味」について考えたこともなかった。

 ただ、「大義」…宇宙の平静と安定のために必要な行為なのだと、その言葉を盲目的に信奉し、活動を続けてきた。

 そして、そんな俺たちの活動を妨害する「闇の勢力」の存在。

 その成り立ちや実態について判明していることは少ない。ただはっきりしていることは、危険なエネルギー物質「γ」を使って何かを企んでいる、おそろしく破壊的、破滅的な組織ということだけだ。

 彼らはγによる惑星汚染を進めるため、俺たちコレクターを積極的に懐柔しようとしている、という噂もまことしやかに囁かれている。たんに手駒を増やしたいのか、それとも水連率いる「光の勢力」を内側から切り崩そうとしているのか、そこまではわからない。

「中には、自ら進んでγ汚染を受け入れた裏切り者もいるらしい」

 以前、とある惑星の狐魂を捕獲するために協力したコレクターは、そんなことを言った。

 生物がγを摂取すると、肉体が変化を起こし、飛躍的な生物的進化を遂げるという。その代償は心理不安、精神錯乱、そして徐々に訪れる肉体の崩壊。つまり、破滅だ。

「どんな甘言に釣られたかは知らないが、意志薄弱もいいところだな。組織の恥だ」

 一時だけ手を組んだコレクターに、俺は、そう、答えた。

 その台詞は本心からのものだった。俺には宇宙の平定に尽力しているという確かな「誇り」があったし、組織への忠誠はそのままセルフ・イメージ(自己的美意識)の強化に繋がった。

 

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 いや、正確に言おう。今でも、俺はかつての自分が正しいことをしていたのだろうと思っている。

 だが…

「これが、γスポア…なのか…?」

「その通り。自らの肉体を蝕むγによって組成変化を起こした結果、彼女は体内でγの生成を行なうようになった」

 黒衣を纏った男…闇の勢力の使いと思われる者は、眼前の光景に唖然とする俺に対し、極めて冷静にそう言い放った。

 檻の中に閉じ込められた、漆黒の狐魂。

 身体から凄まじい悪臭を放ち、寄り集る虫を前にしても、まったく動じる気配がない。その姿はまさしく地獄の悪魔、蝿の王の化身のようだ。

「貴方には、惑星プロキシマ侵略の先鋒として働いてもらいたい。もちろん、相応の報酬は用意しよう」

「報酬?」

「貴方たちが使用する貨幣…コンコインと言ったか。それと、γ汚染を中和する解毒剤。これを使えば、γによって強化された肉体を長時間保つことができる」

「そんな取り引きに応じるとでも思うのか。随分と安く見られたものだ」

 長年組織への忠誠を誓ってきた俺は、黒衣の男の提言を鼻で笑い、あしらおうとした。

 普段なら、腰に下げていたブラスターガンを抜いて男を始末していただろう。もし、俺の気がかりが相手の持ちかけた取り引きのみであったのなら。

 しかし俺が関心を抱いたのは、γスポアと化した狐魂の少女だった。

「…なぜ、俺に彼女を見せた?」

「プロキシマ陥落には彼女の力が必要になる。もし貴方が快諾してくれたならば、侵攻作戦に伴う相棒として彼女を同行してもらおうと思ったのだが」

 まるで蝋人形のように微動だにせず、デスマスクのように青白い顔貌をこちらに向ける少女、しかしその僅かに濡れた瞳を見たとき、俺の中でいままで存在したことのなかった「欲求」が生まれた。

 その、憂いを湛えた瞳を見つめたとき…俺は、「変わった」。

「もし、侵攻作戦が成功したとして…彼女は、どうなる?」

 俺のその問いを待っていたかのように、黒衣の男は控え目に笑みを浮かべると、まさしく俺が求めていた通りの答えを口にした。

「貴方のお好きなように」

 

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 惑星プロキシマ…多元宇宙が交差する場所。そこでの戦いは熾烈を極めた。

 γを積極的に摂取し怪物的な肉体で戦闘に挑む仲間…俺はそいつらを仲間などとは思っていなかったが…そいつらとともに、俺は普段と変わらぬ脆弱な人間の姿のままで戦場に立っていた。その傍らに、例の少女…緋威狐を伴って。

 どこか不安そうに俺を見つめる彼女に、俺はふっと笑いかけた。

 いちおう、出陣前の餞別として黒衣の男から身体機能をブーストする強化薬と、それに伴うγ汚染を中和する解毒剤を幾つか渡されている。ほとんどの参加者はそれを躊躇いもせず服用したが、俺はそれを自身に使うことも、また自身が使役する狐魂に使うような真似もしなかった。

「なに、こちとらもベテランのコレクターだ。薬なんかに頼らずとも、戦い抜いてやるさ…」

 滅多に使うことのない軍用のヘヴィ・レーザーライフルを携え、俺は戦線に身を投じた。

 

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 奇襲によって前線基地を確保し、次なる作戦に備えての小休止中に、俺は緋威狐にあるものを渡した。

 瓶入りの液体…γ汚染用の解毒剤を不思議そうに見つめる緋威狐。

「君が、望んで今の境遇に身を置いているわけじゃないことは、俺にもわかる。その程度の量じゃ気休めにしかならないかもしれないし、最終的にどれだけ必要になるかはわからない。ただ、解毒剤を飲み続ければ、いつかは…いつかは、γの汚染から解放され、元の身体を取り戻すことができるかもしれない」

 そう語る俺のほうを振り向き、緋威狐がビクリと身体を震わせた。その瞳に、若干の動揺と恐怖を混ぜて。

 俺の肉体にも、γ汚染の兆候が出始めていた。もちろん、他の仲間のようにγを摂取したからではない。γを生成し、常にγを放出し続ける緋威狐の近くにいたせいで、自然とその影響を受けていたのだ。

 だが、慌てることはない…少量のγを摂取したところで、すぐに精神に変調をきたすわけではない。

「俺の心配はしなくていい。だから、はやくそいつを飲んじまってくれ。俺が安心して戦えるように」

 あのとき…緋威狐をはじめて見たとき、俺は「彼女を救いたい」と思ったのだ。彼女を守り、幸せにしてやりたい、と。

 それは、いままで漠然とした意識で活動を続けてきた俺が、はじめて具体的な目的意識を持った瞬間だった。

 

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 戦争がはじまってから一週間の歳月が過ぎ、光の勢力の総本山であるプロキシマ要塞での戦いは熾烈を極めた。

 仲間の多くは敵の猛反撃によって、あるいはγ汚染による肉体変化が臨界点を迎え命を落としていた。

 闇の勢力が長期戦に向かないことは当初から予想されており、そのため電撃戦で一気に敵勢力を叩き潰す作戦が講じられたのだが、予想を上回る相手戦力の強大さに苦戦を余儀なくされていた。

 ここに至るまで酷使しすぎたため、すでにフレームがガタついているレーザーライフルの照準器を覗いた俺は、驚くべきものを目にした。

 光の勢力が篭城するプロキシマ要塞から飛来する狐魂、あれは…緋威狐!

「どういうことだ?君が…」

「あれは別次元に存在する、もう一人の私です。おそらく敵勢力に捕獲され、懲罰隊として戦線に投入されているのでしょう」

 一人だけではない、二人、三人…十人、五十人…とにかく多くの、寸分違わぬ容姿の緋威狐たちがこちらへ向かって来る様子は、まるで悪夢の様相を呈している。

 多元宇宙が重なる特異点として機能する惑星プロキシマでは、当然予測された光景だった。ひょっとしたら、あの要塞の中には別次元の俺が防衛陣地を固めているのかもしれない。

 ふたたびレーザーライフルの照準器に目を戻し、飛来する緋威狐に狙いをつける。対狐魂用に調整されたセンサー・モジュールが弱点である核をハイライトで写し、俺はレーザーの出力を狙撃用の最大収束モードにセットした。しかし、トリガーをなぞる指がなぜか動かない。

 俺の逡巡を察したかのように、傍らの緋威狐が俺の背中に抱きつくと、静かに、しかし力強く、言った。

「あれは私じゃありません。撃ってください、私と、彼女たちのために…!」

「うおお!」

 獣のような咆哮をあげ、俺はトリガーを引き絞った。

 最大出力で放たれたレーザーが大気の電離現象で輝く光線となって伸び、相対する緋威狐の核を撃ち抜き胴体を真っ二つにした。焼け爛れた断面を晒しながら、緋威孤が襤褸切れのように落下する。

 胸が引き裂かれるような思いをしながら、俺はただ背に感じる体温と鼓動を糧に、こちらへ向かって来る緋威狐を次々と狙い撃ちしていった。ただ機械的に、作業的に、これは射撃訓練の的撃ちだと自分に言い聞かせながら…そうでもなければ、頭がおかしくなりそうだった。

 すべての緋威狐を撃ち堕としたとき、俺はふとした脅迫概念に苛まれた。

 もし、後ろを振り返ったとき、そこに緋威狐がいなかったら…俺が殺した緋威狐のように、いままでずっと行動を共にしてきた緋威狐も無残な死体としてそこに横たわっていたら。

 しかし緋威狐はずっと離さず俺を抱きしめ続けてくれていた。その頬に、一筋の涙を浮かべて。

「ありがとう…ごめんなさい。辛い役目を押しつけてしまって」

 俺が守ると誓い、幸せを願った少女と同じ姿をした者を殺し続けるのは、たしかに精神的に堪えた。

 とはいえ何のことはない、俺が愛したのはいまここにいる、共に戦ってきた緋威狐ただ一人なのだ。それ以外の者は、どれだけ容姿が似ていようと、別次元の同一存在であろうと、極論すれば「赤の他人」に過ぎない。

 すべての不幸な魂を救ってやろうと考えるほど俺は英雄願望にかぶれているわけじゃないし、彼女も俺にそんな高潔さを求めていなかったからこそ、俺に「撃ってくれ」と言ったのだ。

 俺が願い、彼女が求めるのは、ほんのちっぽけな、小さな幸せ。ただそれだけだ。

 その、取るに足らない幸福のためなら、俺は修羅にでもなろうし、悪魔に魂を売ることも厭わないだろう。

 思えば、随分とわがままになったものだ…正義感や忠義心で活動していたかつての自分との対比に思わず苦笑を漏らしながら、それでもまったく後悔していないことが余計に可笑しかった。

 

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 最終的にプロキシマでの戦いは二週間に及び、結果は光の勢力の勝利に終わった。

 捕虜として捕らえられた俺は緋威狐と引き離され、かつて光の勢力に属していたコレクターだと判明すると、裏切り者の汚名とともに厳しい拷問を受けた。作戦に失敗したいま、利用価値のなくなった捨て駒を闇の勢力が気にかけるはずもなく、救出など望むべくもない。

 屈辱と恥辱の日々、繰り返される罵倒と暴力のなかで日を追うごとに身体の自由がきかなくなってくるのを感じながら、俺が気にかけていたのは緋威狐のことだけだった。

 そして、「審判の日」…プロキシマ戦役で捕らえられた捕虜の最終的な処遇が決まる日、俺は処刑台へ連行される途中に偶然緋威狐の姿を目撃した。

『あなたの名前は?』

「…ヒーコ……」

『あなたはずっと光の勢力のために活動を続けてきましたね?』

「…はい」

『あなたがずっと敬愛してきた組織のリーダーは水連ですね?』

「はい」

『あなたはいま、幸せですか?』

「はい」

『あなたはいま、幸せですね?』

「はい」

 強化ガラス越しに見えた、愛する緋威狐の姿。

 拘束されたうえで全身を封呪符で縛られ、奇妙な機械に接続された状態で盲目的におなじ返事を繰り返している。身体のあちこちに突き刺さったチューブからは、洗脳に用いられる数種の薬品が流しこまれていた。

 原始的なマインド・コントロール。

 さらに先に進むと、俺以外の仲間が連れていた緋威狐と思われる少女たちが、屈託のない笑顔で俺の脇を通り過ぎていった。どうやら重度のγ汚染から回復し、さっきのような「精神治療」によって明るさを取り戻したらしい。

 それは俺がかつて願った、幸せな緋威狐の姿そのもの、そのはずだった。

 だが、この…胸中に渦巻く、奇妙な違和感はなんだ?

 度重なる暴行のせいで脳に少なからず損傷を受けていた俺は、それ以上先へ思考を進めることができなかった。足を止めた俺を、両脇で抱えていた執行官が警棒でぶん殴る。もう痛みもほとんど感じなくなっていた。

 捕虜の処刑は収容施設のグラウンドで行なわれた。俺より先に連れ出された捕虜が、身体に謎の機械を当てられ、そいつがピーッ、ピーッとやかましいビープ音を鳴らすと、白い防護スーツで身を固めた執行官がブラスターライフルで捕虜の頭をぶち抜く。

 頭部が破裂し、首の断面から犬の小便のように血を垂れ流す死体をトラックの荷台に放り込むと、次の受刑者が執行官の前に立たされる。その繰り返し。

 誰一人として死を免れた者はいなかった。やがて、俺の番になった。

 ガイガーカウンターのようなハンディ・デバイスを背中に押しつけられ、カチ、カチという針の振動音が耳に届く。

「おい。こいつ、ほとんど反応がないぞ」

 処刑がはじまってから、執行官が「次」という以外で言葉を発したのはそれがはじめてだった。

「汚染レベルがほとんどゼロに近い。なんでこんなやつが闇の勢力についてたんだ?まぁ、いい」

 執行官は俺を引っ立てると、近くにいた警備員に向かって乱暴に突き飛ばした。

 何が起きたのかわからないまま呆然とする俺に、執行官が極めて事務的な口調で言った。

「更生の余地あり。次」

 

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 半年後、俺はリハビリ・プログラムによって身体機能は回復していたが、脳に受けた損傷は治らなかった。

 深く物事を考えることができなくなり、あらゆる事象に無関心になり、なにを見ても感情が動くことがなくなった。おまけに過去の記憶も曖昧になり、自分が誰で、いままで何をしていたのか、そしてなぜこの施設にいるのかすら、ほとんど思い出すことができない。

 やがて俺の前に、水連を名乗る白い狐が面会に現れた。どこかで会ったような気がするが、思い出せない。

「あなたが例の…まあ、いいでしょう。じつは、あなたに頼みたい仕事があります」

「し…ごと?」

「し・ご・と。仕事です。前回のプロキシマ戦役で捕縛した狐魂の更生を続けてきましたが、どうも一人だけ、精神治療の効果がない狐魂がいるのです。困ったことに…彼女はγを体内で生成できる能力を持っているので、迂闊に解放することもできません」

「あー…」

「調査の結果、あなたは先天的にγへの耐性があるようです。そういうわけで、彼女の面倒を見るのにあなたが適正であると判断しました。わがまま娘の更生係として、あなたには彼女とともに生活してもらいます」

 水連は俺の返事を待たず、さっさと移動をはじめてしまった。慌ててついて行く俺の前に現れた、「特別収容室」の文字が刻まれたプレート入りの扉。

 その先にいたのは、緋威狐だった。γによる汚染は幾分低減されているが、それでも鬱々とした表情は以前と変わりない。といっても、彼女が俺の知っている緋威狐であるという確証もないのだが、

「それでは、後を頼みますよ」

 ほとんど事態を丸投げするようにそう言い残し、水連は部屋を出ていった。

 一方、具体的な指示を何一つ受けていない俺は、どうしていいかわからずその場に立ち尽くす。

 たっぷり十分ほどためらったあと、うっすらと目を開いた緋威狐に声をかけようとするが、そもそも何を言えばいいのかがわからない。

 先に言葉を発したのは、緋威狐のほうだった。

「ずっと…我慢してきました。頑張って耐えました」

「え…?」

「洗脳を受け入れれば、楽になれることはわかっていました。だけど、だけど…」

 緋威狐の態度には、どこか違和感があった。あまり感情を動かさず、ほとんど言葉も発さなかった彼女が、自分から、これだけ堪能に話しかけてくるなんて。

「怖かったんです、自分が作り変えられるのが。私が私でなくなってしまう、あなたを愛した私でなくなってしまう、そんなのはいや、いやです…!」

 彼女は涙を流していた。

 偽者かもしれない、などという根拠のない考えが俺の脳裏に浮かぶ。と同時にすぐ、そうではないだろう、と疑いを打ち消した。

 もともと緋威狐が俺に見せていた態度は彼女の一面に過ぎず、そして長い別れと、度重なる拷問に近い強制治療が彼女の人格に影響を与えたに違いなかった。そして脳に傷を受け、処刑場で死を目前にしたことで、俺自身の感性もまた、変わってしまったのだろう。

 ただ、変わっていないこともある。

 おそらく無意識下でγを放出するためだろう、拘束具を着せられ指一本動かせないまま部屋の中央で吊られている緋威狐に近づくと、俺はそっと彼女を抱きしめた。

 γを遮断するぶ厚い特殊鋼に覆われた部屋で、涙を浮かべる緋威狐と口づけを交わす俺もまた、泣いていた。

 変わらなかったのは、互いを愛する二人の心。

 後悔はなかった。

 

 

 

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