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「グレアム尊士の好き勝手放題」

      

 

      

『コンコンコレクター - SIDE STORIES -』

- Another Episode -

【 Haddy - Into the Motherverce - 】

 

 

 

 

 

**      **      **      **      **      **

 

 

 

 ハディの業務は二十四時間態勢、いついかなるときも、要請があれば資料の貸与に応じなければならない。

 米秘匿狐魂研究所…別名、「眠らぬ狐( Sleepless Fox )」。

 そもそもが法や世間の目に触れることなく存在する施設、定時退社や消灯時間などというものは存在しない。もっともこの時代、それ自体は珍しいことでもないのだが…

 ただし狐魂とはいえ神のように万能というわけにはいかない。飲まず喰わず、眠らずにいられるはずもない。

 ならばどうするか。

 食べれるときに食べ、寝れるときに寝るのだ。

 そのタイミングを完璧に読んで自分の生活のリズムを作れること、それこそがエージェントに求められる才。もちろん前提として、水準以上の仕事の能力を持ったうえでの話、ではあるが。

 そんなわけで…その日はまだ太陽が高いうちからハディはベッドに潜り込んでいた。

「このところ、アフリカ関係の資料の要求が多いな…」

 ふわふわと宙を漂いシーツを肩にかけてくれた使い魔を撫でながら、ハディは独り言をつぶやく。

 ずっと外界から閉ざされた村で生活してきたハディがこの研究所に来た当初は、ほぼ世間知らずと言って良い状態だった。

 たんなる文書庫管理人、目録だけを頭に入れていれば良い立場とはいえ、何も知らないでは済まされない。たとえ周囲がそれで良しとしようとも、ハディ自身がそれでは納得しない。

 世界情勢。組織の置かれた状況。その役割。そして地球だけではない、外宇宙に存在する狐魂の…γの、可能性。

 幸いにも時間の融通が利きやすい立場を利用し、ハディは可能な限り情報を集めていた。

 そして彼自身も気がついていた。いま、アフリカがキナ臭い状況であることに。

 アジアの高度経済成長と、それに伴う物価、人件費の高騰から、各国企業は現地工場の移転と経済開発の焦点をアフリカに合わせつつある。

 しかし教育水準の低さ、厳しい気候、劣悪な治安などから開発は難航し、そこに政治的利害や埋蔵資源確保に伴う企業間抗争が泥沼化したことで、現在のアフリカは未曾有の紛争地帯と化しているのだ。

 もっとも…それだけでは、狐魂対策チームが動く理由にはならない。

 表面的な諍いとは別に、もっと事情の異なる「何か」が進行しつつあるのだ。

「わかったところで、なにができるわけでもねぇが…」

 それは自嘲か、それとも羨望か。

 自分に対外向けの任務が割り当てられることはないだろう、それはそれで構わない。

 今日も光の一筋すら届かぬ空間の中でハディは目蓋を閉じる。

 ハディはこの空間に存在する闇の領域をすべて支配下に置いている。もし影に足を踏み入れる者が在れば、たとえそれが就寝中であっても、すぐに察知することができる。

 それはまさに影の結界。

 万が一にでも侵入者の襲撃があった場合、それが闇に身を隠しながら行動するプロフェッショナルであれば、かえってハディの視界に姿を晒すことになる。無防備に。

 ましてフロア全域が闇に包まれている秘匿文書庫は、そのすべてがハディの手中にあると言って過言ではない。

 その能力は通常業務においても遺憾なく発揮される。

 不審者の存在にすぐ気づけるということは、正規の来客にもすぐに対応できるということ。

 自身の能力に対する、絶対の自信。それがなければ、ここではやっていけない。

「自信か…」

 ハディは誰ともなくひとりごちる。過去を思い出し、自分がこれほどまでに自信家になれるとは思ってもみなかったのだ。

 力を持つ者たちに囲まれるまでは。

 そういう連中の只中にあって、自分の持つ力も、そう見下げたもんじゃないと知るまでは。

 眠りに落ちる直前…ハディはすこしだけ、故郷の村に思いを馳せた。

 

 そのせいかは知らないが、気がついたとき、ハディはまさに故郷の土を踏んでいた。

「…… …… …これは……?」

 さっきまで管理人室のベッドで寝ていたはず、などという前提を思い出すこともできず、ハディはしばらくの間、自分がなぜ故郷にいるのかを真剣に考えてしまった。

 帰郷?なんで?休暇を利用してか?

 どうやって?飛行機?電車の乗り継ぎ?そういえば、そんなことをした気も…

 そこでようやく、ハディは違和感に気がついた。

 いや…おかしい。どう考えても、どんな事情があっても、俺がここに戻ってくるなんてことが、帰ろうなんて気になることが、あるはずがない。

 これは、夢だ。

 故郷の村は、ハディが出ていったときとそう様子は変わっていなかった。たぶん、現実もこんなものだろう。

 事件の後しばらくCIAの監視は続いたものの、直接的な介入はなかったはずだ。

 ハディの仕掛けた爆薬、禍々美との戦闘で生じた被害は巧妙に隠蔽され、CIAの監視も、日本政府との協議ののちに管理を委譲して撤退したはず。

 たしか、霊能局…とかいう、専門の部署が管理を引き継いだと思っていたが。

 直接そう知らされたわけではないが、ハディ自身が秘匿文書庫に運ばれてくる一連の報告書をチェックしていたのだ。

 本来ならば褒められた行為ではないし、当然そのことはライアンに気づかれているだろうが、お咎めなしということは、問題はない…見逃されているのだろう。

 故郷に未練はないが、一切の心配がないと言えば嘘になる。

「さて、夢なら夢とわかったところで、べつに、いますぐ目を醒ます必要もねぇわけだが…」

 とは言うものの、村の住民に出くわすというのも、あまり気が進まない。

 そう考えたハディの足は自然、自宅へと向かっていた。

 茅葺き屋根の、古いあばら家。

 いつから建っていたのか、もとは誰が住んでいたのかもわからぬ家に、ハディは独りで暮らしていた。

「夢の中でもそのまま、か」

 隙間を塞ぐための乱雑な日曜大工の跡まできっちり再現されている家の壁を見てため息をつきながら、ハディは泥棒泣かせの固い引き戸をガタガタと動かし、唯一の明かりである蝋燭に火をつける。

 すると…

『おかえり、ハディ』

「…… …… …ッ!?」

 聞きなれぬ声を耳にし、ハディは息を詰まらせる。

 冷たい板張りの床にちょこんと座っていた、赤い着物の少女。ふさふさとした獣の耳、尻尾。藍色の瞳。

 見覚えはない…なかった…はずの、存在。少なくとも、生きている間は…彼女が生きている間は、その姿を目にすることはなかった。ただの一度も。

「……母さん…」

 それは幼くして命を落とした、ハディの実の母。

 その名を、毬喪(まりも)。

『ゆめのなかにでてきてみたわ。こういうのを、ゆめまくらにたつ…と、いうのだったかしら』

「夢の中で…会いに、きた……?」

 淡々と語る毬喪を見つめながら、ハディの心中には感動や喜びよりも、疑念のほうが先に浮かび上がる。

「どういうことだ…この母さんは、俺の夢が見せる幻なのか?それとも、夢の中に…本当に、母さんの幽霊が会いに来たっていうのか?」

『ざんねんだけど、それをしょうめいすることはできないわ』

「そんな…」

『わたしはほんとうに、ほんものの、ゆうれい。でも、どうやってそれをしょうめいすればいいというの?ゆめのなかは、なにがおきてもふしぎじゃないのに?』

 そこまで言うと、それまで横向きに座っていた毬喪は姿勢を変え、改めてハディに正面から向き合うかたちで座り直すと、ハディの目を真っ直ぐ見据えた。

 目の前の少女が放つ特異なオーラ、不可思議な魅力に、ハディは思わずたじろぐ。

 見た目、声音は歳相応。だが、その物腰に若年ゆえの未熟さは感じられない。

 大人びている。が、毬喪の場合、その態度は大人ともまた相容れない、まったく違う種類のものだ。

 子供とも大人とも違う、まるで、まったく別の生き物であるかのような、両者の間で揺らいだまま存在が固定されてしまったような、不思議な存在。

「(でも、このあと、どうすりゃいいんだよ?)」

 目の前の幽霊が本物だろうと、偽者だろうと、無為な詮索をするような野暮をする気はなかったが。

 ただ、死に別れた母との再会のあと、自分がやるべきこと、何を言うべきか、どういう態度を取るべきなのか、それがハディにはまったくわからなかった。見当もつかなかった。

 喜ぶべき?

 ハディの戸惑いは、毬喪のその外見のせいでもあった。

 どう見ても一回り、一世代は下の、幼い少女。それが紛れもなく自分の実母であるという事実。

「(この小さな腹から出てきたのか、俺が…)」

 ぼんやりとそんなことを考え、少女の下半身にチラリと視線を這わせたあたりで、ハディはブンブンと頭を振って妙な気分を振り払った。

「(なっ、なにを考えているんだ俺はっ!?)」

 実際は特に何を考えていたわけでもないが、なにか異様な思考に至りそうだった自身の内心に叱咤を飛ばすハディ。

 と、とにかく…言いたいことはたくさんあったし、聞きたいこともある、やるべきこともあるのだろうが…ひとまずは。

「母さん、その、えーと…ありがとう」

『なあに?』

 慇懃無礼で通るハディの口から礼の言葉が飛び出すなど同僚からすれば耳を疑う光景なのだが、そんなことは知らないのであろう毬喪は無垢な眼差しを向け先を促す。

 子供を相手に俺はいったい何をやっているんだろう、という違和感が拭えないまま、ハディは言葉を続けた。

「俺を助けてくれただろ?あのとき…禍々美を倒したあとに。怨念に身を委ねようとした俺を」

『だって、たいせつなむすこだもの。ひどいことは、させられない』

「まあ、おかげで村の連中も助かったわけだが」

『?…… …そうね』

「!!」

 微妙な間を置いてからのそっけない返事に、ハディはゾッとする。

 平静な態度から発せられたいまの返事、明らかに…「別にそっちはどうでもいい」と言わんがばかりの無関心さ!

 怨念の力を利用したのがハディでなければ、間違いなく毬喪自身も村人の虐殺に加担していたであろう態度!無情、冷徹さ!

 しかしここで、ハディの脳裏に別の疑問が浮かびあがる。

「それにしても、他の女たちがよくあそこでアッサリ引き下がったもんだよな」

『だって、たいせつなむすこだもの。ひどいことは、させられない』

「それさっきと同じ台詞じゃん」

『ね?』

「ねって…ぉうわっ!?」

 背後を振り返った毬喪の視線を追ったハディは、彼女のうしろに少女たちの霊が佇んでいたことを知りおののく。

 禍々美との戦いでハディに力を貸し、そして村人への復讐のためハディを唆した少女たちの怨霊はがっくりと俯いたまま、まるで廊下に立たされた生徒のようにきまりが悪そうな表情をしていた。

「なに、これ」

『ね?』

『『『ゴメンナサイ…ゴメンナサイ…』』』

「ひぃ」

 毬喪に脅され、口々に謝罪の言葉をひねり出す怨霊たち。

 見れば、明らかに毬喪より年上の少女まで混じっている。たんに歳の差が序列になっているわけではないようだ。

 なにより毬喪から発せられる闇の気配…抑えてはいるが、抑えきれていない漆黒のオーラがハディの肌にチクチクと突き刺さる。

 言うなれば…圧倒的格上の存在感!

 息子を想う母の気持ちとか、母は強しとか、そんな言葉遊びを越えた強大な力の奔流!

 そしてハディは理解する、自らが使役する闇の力は他でもない、彼女の遺伝なのだと!

 柔和な笑顔のまま毬喪が手を振ると、怨霊たちは散り散りになって解散した。その顔に、まるで安堵のような表情を浮かべ…

 その様子は、皆に恐れられるヤクザとその舎弟が如く!

 毬喪が出産によって命を落としたのは不慮の事故のようなもの、ひょっとして神主が彼女だけ生かしておいたのは、「殺さなかった」のではなく「殺せなかった」のでは…?

 そんな荒唐無稽な推察すら信憑性を帯びるなか、ハディは周囲を覆う奇妙な空気感に強烈な違和感を覚えていた。

「なんだろう、なんていうか…なんかおかしくね?」

『どうしたの?』

「フツー、なんかこう…もうちょっと湿っぽくなるんじゃね?感動の再会っていうか…ギャグっぽい雰囲気に馴染めないっつーか…」

『いいことハディ、このせかいにはね。陰と陽のにしゅるいの気があるのよ』

「気?」

『たいきにみちる気。陰はかげ、ひじょうさ、きまじめをしょうちょう。陽はあかるさ、きぼう、きげきせいをしょうちょう。せかいをかたちづくる気は、このにしゅるいの気のきんこうでたもたれているの。どちらかというと、ハディ、あなたはふだん、陰の気がつよいくうかんでいきているようね』

 着物の袖を揺らし、手振りを加えながら毬喪は説明を続ける。

『でも、いま、このゆめのなかにみちているのは陽の気。ふだんはしんこくにかんがえてしまうようなことも、かるくながせてしまうし、ずっとひきずっていたおもいきぶんからかいほうされたり、しんぱいごとがきにならなくなったりするわ』

「悪いけど、言ってる意味がよくわからない…」

『げんみつにはちがうけど、ようするに、しりあすとぎゃぐということよ』

「すっげーよくわかった」

 毬喪の説明によれば、自分はいまギャグ空間にいるらしい。マジか。

 本当は二種類の気の流れや、それらが生物に与える影響、さらには空間そのものに作用する力など、色々と理屈があるようだが…

「えーと、つまり…つまり、難しいことは考えずに、気軽に接していいってことか…?」

『そうだよ』

 毬喪はすっくと立ち上がり、物音一つ立てずハディに近づくと、両手を広げた。

 着物の裾が蝶の羽のように広がり、それはゆっくりと閉じて…

 やがて彼女の両腕はすっぽりとハディの頭を覆い、彼の顔を抱きしめていた。

『ずっと、こうしてみたかった…』

「なんか…ちょっと、恥ずかしいな。これ」気恥ずかしそうに若干赤面し、口ごもるハディ。

『はずかしがることなんて、ない』

 ハディの頬を撫で、彼の瞳をじっと見つめながら、毬喪は言った。

『なんねんたっても、どれだけとしがはなれても、あなたがおじさんになっても、おじいさんになっても…わたしはあなたのははで、あなたはわたしのむすこだもの』

 これが、母の温もり…

 ハディは毬喪の成すがままに身を委ねた。波に身を任せるように。普段なら危険を感じて身を引いているところだったが、そうしなかったのは陽の気のせいだったのかもしれない。

『あなたがおなかのなかにいたとき、ね、ハディ。いろいろなことをかんがえたのよ。いっしょにごはんをたべて、いっしょにねて、いっしょにあそんで…これから、このことずっといきていくんだなって』

 どこか遠くを見るような目つきで、毬喪は淡々とつぶやいた。

『しあわせだった…』

 しあわせだった?

 そういえば、ハディは思う、過去について語るとき、毬喪の表情にはまったく蔭りが見えない。

 あるべきはずだった未来に思いを馳せ、心の平穏を得られる環境にいた、ということか?それは、つまり…

 彼女の過去について推察するハディに、毬喪はだしぬけに言った。

『それから、おっぱいもあげてみたかった』

「お、おっぱ…!?」

 少女の口から飛び出した意想外のワードにハディは思わず動揺する。

 しかしなんてことはない、べつに毬喪はからかいやよこしまな気持ちから言ったわけではない。

 母性の発露、そして幼いがゆえの純真さゆえに出た言葉なのだとハディは気づく。むしろ、やましい気分になるほうがおかしいのだ。

 ただ、それならそれで…

 おそらくは陽の気にあてられたのであろう、ハディは普段ならば絶対に口にしない、思いつきもしない台詞を言った。

「い、今からでも…遅くはないかもしれない…」

 ドキドキドキドキ。

 顔を真っ赤にしながらつぶやくハディに、毬喪はきょとんとした顔を見せる。

 やがてその言葉の意味を理解した毬喪はハディに微笑を返し、するりと着物の襟をはだけると、青白い肌を惜しげもなく晒した。

『それじゃあ…ためしてみる?』

 

『おっぱいでなかったね』

「お、おれは…さいていなおとこだ……」

 あっさりと残念そうにつぶやく毬喪、そして羞恥のあまり平仮名発音でのた打ち回るハディ。

 たんに少女の乳を吸った、のみならず、本気で母乳を出させるつもりで乳首をねぶったのだ。その業はあまりにも深かった。

 それもこれも生まれた直後に母を失うという悲劇ゆえの反動、ある意味では純粋であると言えなくもないが…

 しかしここまでやった手前、ハディはもう止まることはできなかった。

 これが許されるということは、あとはもう何もかも許されるのでは?こんな機会は二度と訪れないのでは!?

「俺は…俺は……っ!」

『なあに?』

「母さんッ!!」

『きゃっ』

 強引に毬喪を押し倒すハディ。

 こうなったら行けるところまで行くしかない、最後までッ!!

「母さん!!」

『だめよ』

 バシィーーーン。

「あうっふぅぇあ」

 毬喪の平手打ちを喰らい、ハディは首を支点に胴体が百八十度回転する。

 ゴロゴロと転がり倒れるハディを見つめながら、毬喪は大きなため息をつくと、咎めるような口調で言った。

『わたしは、あなたをあいしています…ははとして。あなたを、むすことして。かぞくとして。そこをごかいされると、わたしはとてもかなしいのよ』

「いや、しかしッ…このままじゃあ、あんまりに生殺し……」

『ハディ…どうやらあなたには、いまいちど、“かぞくのあい”というものについて、おしえるひつようがありそうね』

 

 このあと滅茶苦茶説教された(三時間くらい)。

 

『わかったハディ?かぞくというのはね』

「すいません、わかりましたからもう勘弁してください…」

 なおも説教を続ける気らしい毬喪に、すでに気力ゲージがゼロを割っているハディは力なく懇願する。

 彼が反省したと納得したらしい毬喪は大仰に頷くと、静かに立ち上がった。

『もう、めをさますじかんよ』

「え?いや、でも…」

『しんぱいしないで。きっと、また、あえる』

 こんな状態で別れるのか?

 そう言いたげなハディに、毬喪は微笑みを絶やさずそうこたえる。まるで、なにか確信があるかのように。

 不安そうに見守るハディに最後、毬喪は言った。

『つぎにあうときは、おとうさんをつれてくるね』

「それだけはやめろ!」

 おとうさん…すなわち毬喪の父、ではなく、ハディの父たる神主のことであろう。

 不穏な台詞に思わず口調が荒くなったハディを見て、可笑しそうに笑いながら、毬喪は闇に包まれ姿を消す。

 あどけない子供の笑い声だけが、いつまでもその場に残った…

 

「…… …… …ッ!!」

 目を醒ましたハディは、たっぷり冷や汗をかいた額に手をあて、気を落ち着かせようと深呼吸する。

 いまのはただの夢か?それとも…

「夢であってくれ…」

 亡き母との再会。嬉しくないはずがない。

 それでもあの夢が現実であってほしくないと願う、その理由。

 陽の気にあてられたとはいえ、あのとき自分がとった行動は…!

 

 ハディは ロリコン をこじらせた!

 ハディは はげしいじこけんお におちいった!

 

 また、あるとき…

「あんッたねー、そうやって不機嫌振りまいてると、いつかロクでもない目に遭うよ!」

「うるせぇなクソ女、おまえが俺の前から消えてくれればその不機嫌もちょっとはマシになろうってもんだぜ」

 研究所の回廊でばったりと出くわしたマグダラとハディは激しい口喧嘩をしていた。

 もはや何が原因だったのか、なにを言い争っていたのかすら思い出すことができない。

 この二人が口論を交わすのはしょっちゅうで、すでに研究所の誰一人として、そのいきさつを気にかけることもない。

 いわば日常的な光景であった。そう、ここまでは…

「まったく親の顔が見てみたいわ」とマグダラ。

「じゃあ死ねよ」

「はぁ!?」

「死んだら会えるぜ、俺の両親に。顔が見たいんだろ?」

「え……」

 その一言は、ハディにしてみればいつもの軽口以上のものではなかった。

 だが彼の故郷で騒動に巻き込まれたとはいえ、ハディの出生そのものに関しては何も知らなかったマグダラは、彼の言葉が持つ意味に気づくと、さっと顔色が変わる。

「あの…ごめん」

「ああ?なんだいきなり」

「その、そういうつもりじゃなかったの。本当に悪かった」

「はあぁ?」

 罪悪感を煽ろうとして言ったわけじゃないハディはマグダラの態度を訝ったが、自分の言葉を他人がどう捉えるかという点に思い当たり閉口する。

 そんなふうに気を遣われたら、俺も気にしなきゃいけないような気分になるじゃねぇか…

 なんとなく気まずそうに俯くマグダラ、若干塞ぎこむハディ。重い空気だ。

 やがてマグダラが何か思いついたように手を叩き、ハディに言った。

「そっ、そうだ!両親に会わせてあげようか?」

「てめぇそれは殺人予告か?」

「違う違う、そうじゃなくって!あたし、降霊術が使えるんだ、専門じゃないけど」

「降霊術?」

「だから、あんたの御両親の霊をここに呼び出して…」

「よせよせ、やめろ」

「遠慮しなくてもいいから!」

「いや、遠慮とかじゃなくてだな…」

「いざ我がもとへ参られん、ハディの御両親、カモン!」

「やめろって!」

 直感的に嫌な予感を察したハディはマグダラを止めようとするが、一寸間に合わなかった!

 本来ならば複雑な術式を必要とするはずの降霊術、マグダラはそれを一瞬にして構築し、展開した魔方陣を発動させる!

 その直後、雷鳴とともに暗い影が周囲一帯を覆い、二つの人影が姿を現した。

 一人はつい最近ハディが夢で見た、幼き母…毬喪。

 もう一人は…ハディにとって見覚えがあるような気はしたが、記憶の中の人物像とは一致しない。

 ハディの両親、片割れが毬喪であれば、残る一人が誰であるかは決まっているはずだが…

「(…こいつ、こんなに痩せてたか……?)」

 ハディが知っている、あの忌々しい神主はそれなりに脂肪が乗っていたはずだが、いま目の前にいるそれらしい人物は栄養状態を疑うほどガリガリに痩せ細っていた。そのおかげか狩衣がやけにだぶついて見える。

『またあえたわね、ハディ』と毬喪。

「あ?あぁ…」

 生返事をかえすハディ、毬喪の「また」という言葉の意味を判断しかねていた。

 たんに禍々美を倒したときのことを言っているのか、それとも、夢に出てきたのは本当に本物の毬喪だったというのか?

 それとも、俺はまた夢を見ているのか…「いいや」、ハディはかぶりを振る。これは紛れもない現実だ。

 文明社会での生活に慣れているとはいえ、ハディは狐魂である。霊的な現象を否定するほど愚かではない。

 神主らしき男の動向も気になるが…

『聞くところによると、夢で毬喪に甘えたそうですね。ハディ』と神主らしき男。

「うるせェよ。それより手前(テメェ)、随分とやつれたようじゃねーか。エエ?」

『地獄での生活がなかなかに厳しいもので。おかげですっかり体重が絞られましたよ』

「(イラッ)」

 頬がこけ肉の痩せた外見とは裏腹に、飄々とした態度で言い放つ神主にハディは言いようのない苛立ちを覚える。

 こいつ、自分がやったことを全然反省してないんじゃねーのか。

『ハディ、おとうさんを「てめえ」なんてよんではだめよ?』

「そうは言うけどな母さん、アンタだって、こいつの所業を知らないわけじゃないだろう!村を守る大義名分があったとしても、こいつのしたことは許されるもんじゃない!それに俺自身、この野郎には随分と苦しめられてきたんだ…」

 やや心配そうな表情で首をかしげる毬喪に、ハディが怨嗟を吐き出す。

 さすがに陰の気が強い現実世界ではハディの物言いも普段通りの厳しいものになるらしい。

 しかし彼の態度に毬喪はこれといって驚いた様子を見せることはなく、悩ましげな小さいため息をつくと、伏せ目がちに言った。

『わかっているわ。だからわたしが、かれにおしおきしておきました』

「おしおき?尻でも叩いたのかよ?」

 おちゃらかすような態度で毬喪を挑発するハディ、しかし毬喪は気を害した様子もなく。

『XXをXいでXXXXをXXXたあとXXXをXXXXXしてXXXXXをXXったわ。それから…』

「わかった、もういい!」

 生きたまま人間を「解体」する過程を訥々と語る毬喪を制止するハディ。

 一方で神主はそのときの光景を思い出しつつ、これといって嫌な顔一つすることはなく。死んで解脱を得たのかもしれない。

『いやはや、もう一度死ぬかと思いましたよ』

 そして二人を呼び出した張本人であるマグダラは、先刻以上に気まずそうな面持ちで佇んでいた。

 彼女はハディの出生については何も知らなかった。

 しかし神主が村の奇習を取り仕切っていたことは事件前から調査済であり、毬喪については…存在そのものは知らなかったとはいえ、すでに亡くなっていること、強大な力を持ち、禍々美との戦いでハディの背後に姿を見せていたことから、いかなる経緯でハディが誕生したかを推察するのはそう難しいことではなかった。

「あの…本当にゴメン……」とマグダラ。

「まったくだよ…」ハディは疲れた顔で言葉を返した。

 そこへ、マグダラの存在に気がついた毬喪が興味深そうに彼女を見つめる。

『ハディ、かのじょはあなたのこいびと?』

「こっ、こいびと!?」

 まさかの発言にマグダラは思わず動揺。

 べつにハディのことを異性として意識しているわけではないが、それでも相手が自分をどう思っているのかは興味がある。

 そしてハディの反応は…

「いや、ちげーし」

 呼吸、脈拍、正常。

 まったく精神に動揺のないナチュラル否定であった。

「はぁ」マグダラはガックリと肩を落とす。

「なに残念そうにしてんだてめーわよ」とハディ。

「あたしもアンタのことはどうとも思ってないけど…異性としてまったく意識されてないっていうのはなんかこう、悔しいというか、自信なくすわ。女として」

「あぁ?」

『しんぱいだわハディ、いつまでもおかあさんのおっぱいにあまえてくるようでは…』

「おいいいいいいいいいい!!今それ言うかよ!?」

 毬喪の爆弾発言にハディ狼狽。

 もちろんマグダラがそれを聞き逃すはずもなく、さりとて茶化したり興味を惹かれた様子は見せず、毬喪とハディを見比べ、ただただドン引く。

 ハディにとっても件の夢の内容をもっとも知られたくないのは同僚たるマグダラであり、職場における今後の生活を危ういものにしかねないこの状況は非常にまずいものであった。

「違う、これはその…なんというか……!!」

「イヤ…イロイロトフクザツナ、カテイノジジョーガアルミタイダシ…ベツニ、イインジャナイカナ……」

「良くねぇよ!?ていうかカタカナ発音で気を遣われても嬉しくもなんともねー!」

『どうやら、ハディのことは心配せずとも良さそうですね』神主が口を挟む。

「テメエは早々(さっさ)と地獄へ還りやがれ!!」

『悲しいことを言ってくれますね。まあ、向こうでは時折毬喪が会いにきてくれますし、寂しくはないですが』

『こんどまた、さしいれをもっていくわね』

「なんだそのムショ入りしたヤクザと面会を欠かさない献身的な妻みたいな小芝居」

 ていうかこいつら、相思相愛なのかよ。救えねぇ……!!

 発覚する新事実に頭を痛めるハディ。

 そのうち毬喪と神主の姿が薄れはじめ、徐々にその存在が希薄なものになっていく。

『どうやら、けいやくのじかんがきれたようね』と毬喪。

「契約?」

『こうれいじゅつとは、れいのじったいかにひつようなれいりょくをじゅつしゃがていきょうし、れいをせいじゃのせかいへよぶけいやく。ていきょうされたれいりょくがきれたら、わたしたちは、しごのせかいへかえらなければならないわ。もっとも』

 そこで言葉をいったん打ち切り、毬喪はマグダラを見つめる。

 彼女に挑発的な流し目を送り、不敵な笑顔を見せた。

『そういうよけいなけいやくさえなければ、わたしはじぶんのちからでこのせかいへこれるけれど』

「!!」

 毬喪の言葉に、マグダラの顔からサッと血の気が引いた。

 降霊術によって呼ばれた霊は、現世(うつしよ)での実体化に必要な霊力を術者に頼らなければならない。逆説的に、それ以外の力で現世に留まることは許されていないのである。

 これは魔術関連の契約すべてに言えることであるが、こうした力は驚くほど柔軟性に欠けるというか、応用がきかない場合が多い。

 それというのも、拡大解釈が可能であったり、隙を突くことが可能な術は予測不可能な事故を招きやすく、意図せずして術者の意図を外れた被害を出すことが往々にしてある。

 契約外の力が及ばないようにするのは、いわば人智を越えた力を行使するにあたっての安全弁のようなものなのだ。

 そして毬喪の言葉が意味するのは、「降霊術によって呼ばれている間はマグダラの力を借りて実体化せざるを得ないが、そうした余計な契約さえなければ、いつでも自力で現世に実体化可能だ」というものだった。

 もちろん、そんなことは誰にでもできることではない。

 そもそも霊が自力で現世に姿を見せることが可能であることが前提なら、降霊術など存在しないか、もっと異なる形で発達していたであろう。

 もちろん毬喪とて、いつでも、ずっと現世にいられる、というわけではない。

 現世にいる間の霊体は、いわば開きっぱなしの蛇口のようなもの。瞬く間に消耗し、タンクに溜まっていた水(=霊力)は空になってしまう。もとより自然の、いや、神の摂理に反する邪法であるから、これは致し方のないことである。

 これに対処する方法は一つではない。あらかじめ膨大な量の霊力を蓄えておくか、僅かな霊力の消費で現世に留まれるようにするか、現世で霊力を補給する方法を見つけるか。

 これは努力・実力だけではなく、才能、生まれ持った特質に依存する場合が多い。

 なかには現世に存在を固定することに特化した霊体型の狐魂も存在するという、当人にその自覚があるかどうかは別として。

 さらには死後の世界から現世へ移動する際にも膨大な霊力を必要とする。

 便宜的に「ゲート越え」と呼ばれるこの行為は、脆弱な霊力しか持たない大多数の人間の霊や、下級狐魂には不可能である。霊能者による降霊術は、このゲート越えを補佐する意味合いも強い。

『それじゃあね、ハディ。ときどきようすをみにくるからね』

「いや、もう来なくていいよ。わりとマジで…あとクソオヤジは本当に二度とツラ見せに来るんじゃねぇ」

 二人の霊の去り際を、ハディがおそろしく疲れた表情で見送る。

 毬喪が神主を連れて姿を消す刹那…漆黒の薄靄と、濁り水のような凶兆の残り香を散らし、不穏なざわめきを残して死後の世界へと帰っていった。

 なんとも言い難い光景を目前にしたマグダラが、沈痛な面持ちで一言。

「あの、本当に…なんというか、その、ゴメン」

「まったくだよ…」

 

 それから多少気まずい思いを引きずっていたのか、ハディに突っかかられてもやり返さずに大人しく引き下がるようになったマグダラであったが…

 あるときラゴゥルとばったり出くわしたハディは、どうにかやり過ごそうと目を背ける。

 口論になるとストレートに反論してくるマグダラとは違い、ラゴゥルはハディの言葉を真に受けることなく的確にハディの痛いところを突いてくる。

 おまけにどんな罵詈雑言を吐かれようと決して落ち着いた態度を崩すことがないため、ハディにとって苦手な相手であった。

 しかもその日はどういうわけか、通り過ぎようとしたハディをラゴゥルのほうから呼び止めてきた。

 ふだんはハディのほうから突っかかって口論に発展するのだが。

「ハディ。最近、君に関して妙な噂を聞いたのだが」

「…なんだよ?」

「どうやら君は、幼女の胸にこだわりがあるそうだね」

「ウオオォォォイイイイイ誰に聞いたクソッタレ」

「マグダラに」

「あのクソアマアァァァァァアアア!!」

 

 

 

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